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65 逃げたりしないよ、もう

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     ◆逃げたりしないよ、もう

 なんか、大変なことになっちゃいました。
 いえ、無理やりじゃなくて、同意ですけど。同意…。
 はぁ…なんか。できちゃいましたね、いろいろ。支障もなく。
 俺は医者の知識があったし。ディオンも男同士のそういうことをお勉強なさっていたようで。
 まぁ、勉強だけでは。物理的にできないこともありますが。
 つまり、できたというのはそういうことです。
 恋愛的にも、むにゃむにゃな………。

 はい。一線を越えました。
 というか…ディオンめ。うまくそういう流れに持って行ったよな?
 本当にはじめて? っていうくらい手際が良かったし。

 目が覚めたら、ディオンの腕枕で。
 いつも険しい顔で、眉間にしわがあるのがデフォルトのディオンが。
 なにやら甘い表情で俺をみつめているから。

 朝からひぃぃぃ、って気になったよ。

「おはよう、大樹。昨日は…ありがとう」
 そう言って、ナチュラルにキスしてくるから。
 またしても、ひぃぃぃぃぃってなる。
 ま、昨夜散々キスはしたから、今更だけど。
 でも、唇を小鳥のようについばみながら。
 どこも痛くないか? とか。
 すっごく可愛かった、とか。
 い、言われると。羞恥の極限で憤死寸前ですっ。

 この人、口数少なめだから、逆に愛情表現がストレートで。
 いたたまれないんです。俺がっ。
 つか、それより。
 いつまでもそんな甘ったるい顔をしていられたら困るんです。
 唇を離して身を引いたあと、俺はディオンに決然と告げます。

「…ジョシュア王子が帰るまで、こういうのはナシでお願いします」

 すると殿下は。
 ガーンという文字を背負って、やはり眉間にシワを刻むのだった。
 うむ。この顔の方がなんか安心するな。

「なぜだ? ジョシュアは二階で生活するのだから関係ないだろ」
 おたおたしながら聞いてくるディオンは、レアです。
 しかしながら、俺は心を鬼にして言いますよ。

 本日からジョシュア王子が北の離宮に滞在するのだが。
 いかにも出来立てほやほやですみたいな顔で子供の前に立たれては困るのです。

「そんなデレデレしていたら、空気感が伝わるでしょう? それに王子はともかく小枝は聡い子なので。俺たちの雰囲気をおかしいとすぐに感じ取ってしまいますから。俺はまだ、小枝には無垢でいてほしい。しかし小枝は、性教育のなんたるかをすでに知っていて。あぁ、すぐにもバレてしまいそうで怖いっっ」
 小枝がまた、あの天使の可愛いお顔で。
 えっちしちゃったのですかぁぁ? という場面がリアルに想像できて。
 俺の胸は張り裂けそうです。

「とにかく、しばらくは俺とディオンがそういう仲だと知られたくないのです」
「しかし、婚約したのだし。夜は俺と一緒なのだから。小枝も理解してくれるだろう?」
「五歳の子に理解させる、そういう環境が嫌なのですっ。結婚までナシにしたいところを譲歩しているのです」
 すると殿下はなにやらニヤリと悪い顔で笑うのだった。
 そんな悪人顔、王子としてどうなんでしょうか?

「ほうほう、結婚を視野に入れてくれたのだな?」
「まだです。考えてません。なにも考えていません」
 俺は両手で耳をおさえて首を横に振ります。
 流されません。ほだされません。

「…小悪魔め。おまえは簡単に恋に溺れさせてくれぬな?」
「おっさんに恋した己を恨んでくださぁい」
 俺はササッと寝台を降りて、あまぁい空気を一掃した。
 はい。ラブラブタイムは終了です。
 つか、暗殺対策で事後しっかり服を着込んで寝たのだから。
 その時点でラブラブタイムは終了しているはずですけど?

「大樹」
 俺らの部屋に向かおうとして、ドアノブに手をかける寸前、名を呼ばれて。
 振り返ると。
 ディオンの大きな手に頭を固定されて。
 深く唇を合わされた。
 右手だけで俺の頭を鷲掴わしづかめるって、どんだけ大きいの?
 そして親指で耳をくすぐったりされると、ソワソワして。胸がギュンってなるぅ。
 くちづけは舌を差し入れられて、あやすようにねっとり舌を絡められて。
 あまぁい飴玉あめだまを口の中で転がすように舌がうごめくと。また下半身がジンと痺れて、足が震える。
 ディオンの左手はやんわり背中を支えて。
 逃げてもいいよ、みたいな余裕をみせるけど。

 逃げたりしないよ、もう。

 そして満足したディオンが唇を離したときは。
 俺の顔は火照って、すぐ冷めないくらいになっていた。
「あぁ、可愛い。俺の大樹…」
 目が潤んで、殿下のイケメンがにじんで見えた。

「そのエロい顔で、小枝にバレないといいな?」
「意地悪…」
 手の甲で濡れた唇を拭うけど。
 ディオンはこめかみや耳の後ろに小さなキスを散りばめるのだ。
 うぅぅ、くすぐったいし、顔の赤みがいつまでも取れないですっ。

「もう、甘いの禁止ぃ」
「三日か一週間か、お預けなのだろう? ならば今のうちに堪能しておきたい」
「ダメです、もう従者に戻ります。飯炊めしたきおっさんになりますっ」
 離れて離れて、というように。手で彼の体を突っ張るけど。
 力ではかなわない。腰に手を回されたら、動けないぃ。
 さっきの逃げてもいいよ的余裕はどこへ??

「マジ、スリーパーしますよっ」
 ちょっと怒って言ったら、すぐに手を離したけど。
 もう、言われる前に離してください。

「いいですか? 子供たちの前で絶対ベタベタしないでくださいねっ??」
 指を差して、釘を刺す。
 殿下はうむとうなずくけど、大丈夫かなぁ?
 野良猫がいきなり頭すりすりしてくるくらいの、豹変ぶりなんだから。

 とにかく、俺は殿下の甘々攻撃から逃れて自分の部屋に戻ったのだが。
 ベッドの上で座り込んで、でも寝起きで目をこすっている小枝は。
「パパぁ、初夜は無事に済みましたかぁ?」
 と聞いてくるのだった。
 なんで、バレてんの??
 俺はその場でがっくり膝をついたのだった。

     ★★★★★

「そりゃあ、婚約した殿下がパパになにもしないとは思えません。王族は手が早いものです、えぇ」
 パジャマからいつもの衣装にお着替えさせながら、小枝の話の真意を聞くと、そういうことらしい。
 まぁ、あのときの声が聞こえていたとかじゃなくて、良かったです。
 それにしても小枝は、訳知り顔でそのような事を言うけど。
 前世での、恋愛的な話は。パパ、聞きませんから。
 それはメイのことであるけど。
 パパは小枝で想像してしまいますから。聞きたくありませんっ。

 しかしこれなら、ワンチャン誤魔化せるかもしれないなっ?
「でもねぇ、予測を立てなくても、パパのお顔は朝からとろんとしていて色っぽくて、頬がピンク色なのだからねぇ? いつもの感じじゃないのはいちもくりょーぜんなのです」
 ひえっ、と。小枝の言葉に身をすくめる。
 ご、誤魔化せない? ダメ?
「しかし、パパはこれで童貞パパではなくなったのですね。あ、童貞パパは変わらないか。殿下が童貞を喪失したのでしょうからね? 童貞喪失殿下。くすくすくす」
 小枝がお口に手を当てて、可愛らしく笑いますけど。
 天使の小枝にはあまり童貞という言葉を使ってほしくないです。
 男の子だから、いつかは下ネタでゲラゲラ笑うようになるかもしれないけど。
 そうなるのはまだ早いし。
 下ネタは恥ずかしい言葉だって、今のうちから認識してほしいのだ。
 小枝は清楚で可憐な男の子を目指していただきたい。
 下品なのは、男にも女にも嫌われるぞ?
 つか、小枝は一生童貞であれ。そしてずっとパパの元にいてください。

 っていうか。誤魔化すことはできそうにありません。
 なんで、どっちがどっちまでわかっちゃうのぉ??

「小枝、殿下に童貞喪失とか言ってはダメだぞ。不敬罪だぞ?」
「わかっていますよ、パパ。不敬罪はぼくの方が詳しいですからね? くぅっ」
 処刑のことを思い出したのか。小枝は鼻の上に筋を立てた。
 この頃、よくその顔出るね。

「あと、童貞パパも禁止です。地味に傷つきます」
 事実だけどっ。
 このままでは、俺は一生童貞パパです。
 仕方ないか。ディオンに捕まっちゃったんだからな。
 と、俺は苦笑する。

「パパ。パパの背景にハートが飛んでおりますよ?」
「飛んでない。はずっ」
 俺は即座に否定して。背後を手でパタパタあおいだ。
 聖女にだけ見えるなにかかもしれない。
 すると小枝は俺におんぶをせがんだ。突然の甘えんぼモード。
 殿下にパパを取られちゃったって思ったのかな?

 大丈夫だよ。俺はずっと小枝のパパだからな?

 そうして、小枝をおんぶして廊下を走り回り。
 厨房に入って朝ごはんを作って。
 十時ごろに、マリアンヌ様とジョシュア王子が北の離宮に再びやってきたのだ。

 意外な人物とともに。

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