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63 ごめんね、殿下。つい…。

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     ◆ごめんね、殿下。つい…。

 ジョシュア王子を北の離宮で預かるという話にはなったが。
 王子が居を移すにはいろいろ準備があるようで。
 マリアンヌ様とジョシュアはいったん後宮に戻ることになりました。
 その前に。
 マリアンヌ様とジョシュア王子はうちで昼食を召し上がり。
 その席でエルアンリ様の体調をおたずねになりました。
 経過良好だということを実際に目で確認して、安堵した模様です。
 年が近いとはいえ、義理の母になりますから。
 マリアンヌ様は、ちょっとギャルっぽい軽いテイストがありますが。
 とても女性性を高く持った愛情あふれる方のようで。好感が持てました。

 ちなみに昼食は野菜たっぷり味噌煮込みうどんです。
 仕方がなかったのですぅ。わかりますよ、陛下のきさきにうどんはないってぇ。
 でも前日から仕込んでしまったのです。踏み踏みしたうどんのタネを。
 小麦粉に少しの塩と、耳たぶ程度の固さになるよう水を加減しながら入れて。揉んで揉んで丸く整えたら、放置。
 しばらくして、綺麗に洗った板でタネを挟んで、その上に俺が乗って踏み踏みして、ひと晩放置。

 そうしたら朝、レギが公爵家の方が来るって言ったんですぅ。
 うどんは避けられない状態でした。

 鍋に多めのお湯を沸かしておき。
 大きな調理台の上で粉をふるって、タネを棒で伸ばして。粉をふるってくっつかないようにしてからたたんで、細めの気持ちで包丁で均一に切っていきます。
 麺はゆでると少し膨らむので、太く切ってしまうとゴンぶとになるので注意です。
 ゴン太のうどんも俺は好きなんですけどね?

 そうして湯の沸いた鍋に麺を投入。ふわりと浮いて来てから十分ほど湯がいたら。
 ざるにいったんあげておきます。
 薄く切った豚肉を鍋で焼いて。ここからも出汁が出ますので。
 朝方、鰹節かつおぶしで出汁を作っておいたので。その鍋にかつおだしを入れて沸かします。

 鰹節、というか。カツオモドキの渇いたやつもハッカクが仕入れてきてくれたんだ。
 煮干しも昆布も手に入って、パパはウハウハです。
 海の方は、やはり新鮮な生ものは流通できないということで。
 海沿いの商売人は、干したり、佃煮とかさつま揚げとかに加工して、日持ちさせるように努力しているんだって。
 まぁ、その場に行って新鮮な魚介類も食べたいところだけど。
 さつま揚げでおでん…も、いいね!!

 話がそれました。
 出汁の中に大根ニンジン白菜キノコなどなどお好みの野菜を切って入れ。あくを取って。うどんを投入。そして味噌を溶かし入れ。
 自分で作ると太めのうどんになるので、よく煮込んで。ぐつぐつ。
 野菜たっぷり味噌煮込みうどんの完成です。

 ジョシュア王子にはつるつるぅのもちもちぃが好評で。フォークですくって一生懸命食べていたけど。
 小枝がお箸でうどんをズルズルすすって食べているのを見て。
「コエダ、それはなんだぁ?」
 と、殿下と同じようなことを言っていました。
 離れて暮らしていても、兄弟は似るものなのですね?
 マリアンヌ様は、首を傾げて、不思議そうな顔をしていました。ま、そうでしょうね。
 ちなみに、やはり洋風な異世界人にズルズルはできないようです。

 昼食を食べたあと。ふたりは馬車に乗り込み。
 後ろ髪引かれるジョシュア王子が、馬車の窓に頬をべったりとつけて小枝と別れを惜しんでいますが。
 あぁ、いかにもな金髪王子の顔がくずれ気味です。
 そして小枝は満面の笑みで手を振るのだった。

 温度差が激しい。

 馬車が去って行くのを見送って、俺は小枝にたずねる。
「小枝、明日からジョシュア王子がここに泊りに来るんだけど。大丈夫?」
「はい。王子からすでにそう聞いていました。でも、大丈夫です。どうせ王子は、二日もしたらママが恋しくて泣くに決まっています」
「小枝は、パパと離れて泊まり込みでも大丈夫?」
「嫌です。その日のうちに大泣きです。ですからわかるのですぅぅ」
 鼻の上に筋を立てて、グヌヌとする小枝。
 あぁ、可愛いお顔がぁ。
「大丈夫。パパも小枝と一日も離れていられないんだからな?」
「うふふぅぅ」
 そして小枝は機嫌を直して、俺の手をつなぐのだった。

「ところで小枝、王子を見送ったあと庭に来てくれと殿下が言っていたけど。なんの用かなぁ?」
「さぁ、なんでしょうねぇ?」
 手をブンブン振りながら、俺たちは離宮の庭に向かった。
 玄関の正面は、馬車がつけられるようなアプローチになっていて。屋敷の横手は鬱蒼とした森のような林のようなものがある。
 敷地には、騎士さんや使用人が住むことのできる建築物が二棟ほど建っているが。かなり遠くの方に建っているから。離宮の敷地面積はかなり大きいのだ。他にも、厩舎や馬場や、運動場や。いろいろあって。
 実は、俺らは殿下について回っていることが多いので。屋敷探索などは初日に少ししただけで。全容はほぼつかめていないのだった。
 で。庭も、正面や奥などに何個かあるらしい。
 俺らが来るまで、庭にまで手が回らなくて放置だったようだけど。
 小枝のクリーンのおかげで掃除をしないで済むようになったグレイが、綺麗に剪定せんていして整えたから。見映みばえは良くなった。
 そうは言っても、冬に花は咲かないので。華やかな感じはないが。

「あそこのベンチに座っていろ」
 と殿下に言われた、食堂から見える庭のベンチにたどり着き。小枝と並んで座っております。
 なんだか、ソワソワします。
 子供の前で、ファーストキスのリベンジとか、しやがらないでしょうねぇ?

「大樹、小枝。待たせたな」
 そう言って、現れたのは。
 騎士の服の中でも、式典に着ていくような。ゴージャスな騎士服を身につけた殿下だった。
 勲章のようなバッジや、フリンジがついていて。絹地がキラキラとした光沢のある深い青色の衣装。
 俺と小枝はベンチから立ち上がり。キラキラ殿下を見やる。
 冷たい風が、殿下の青い髪をゆらりと揺らした。

「大樹。私はずっと恐れていた。奴隷解除をしたら、おまえはすぐにも私の元からいなくなってしまうと。身請けするときに。俺はおまえを真の意味で手に入れたいと思ったのだ。だが、大樹が奴隷でいるうちは、真の意味で私がおまえを手に入れることはできないのだと。それもわかっていた」
 殿下は俺の前まで来て。すがるように。願うように。手を握った。
「おまえに愛されたいと思うなら、奴隷紋を外さないと…しかし、怖くて。奴隷を所有する男の元に、神の手であるおまえが、いつまでも留まっているわけがない。おまえを。おまえの自由を束縛したままで愛されたいと思うのは、傲慢なことだ。しかしおまえは、そんな俺のキスに応えてくれて。嬉しかった」

 ひとつ、強く手をギュッとして。殿下がたずねる。
「奴隷契約を解除しても、私のそばにいてくれないか?」
 さすがに、その言葉を聞いたときには胸がギュンと絞られた。
 自由を。俺の意思の自由が、戻ってくる?
 そうは言っても、制限はほぼほぼなかった。殿下が許してくれたから。
 でも。手がずっと首にあてられているような。
 そのようなやんわりとした束縛の意識が常にあるのだ。
 それがなくなったら。どれだけ軽やかに息が吸えるだろう。

「あなたのそばにいると誓わないと、解除してくれないのですか?」
 素直にうんと言えばいいのに。
 つい、反発の言葉が出てしまう。
 ディオンは、究極の難問にぶち当たったような、複雑な表情をした。

 ふふ、その顔で、許してあげますよ。

「嘘です。あなたのそばにいますよ。奴隷解除しても。不眠症が治ってスリーパーがお役御免になっても。あなたが俺をウザいと思う日が来ようとも」
「…大樹」
 悪夢から覚めたような顔で、殿下は俺をみつめた。
「俺もあなたのことを好いているのです。小枝と同じように。あなたのことも守護したいと思っている」
「好いて…俺を、好いて?」
「えぇ。あなたのそばで、あなたの平穏を守らせてください。ディオン、愛するあなたが健やかであるように」

 そう言うと。
 殿下はその場でひざまずき。俺の手の甲にキスを落とした。
「宣言はしていたが、正式におまえに許しを貰っていなかった。御厨大樹。おまえを一生私に守らせてほしい。そして、どうか。私と結婚してくれ」
 ぎゃ、この人、プロポーズしてきたよっ。
 いやぁぁぁ、そこまで考えていなかったけど。
 この流れは断りずらいっ。
 いや、断るつもりもないんだけど。

 ううぅぅぅぅむぅぅぅうぅ。

「ま、前向きに検討ということで、お願いしたいんですけど」
 すると殿下も眉間にシワを寄せて。ううぅぅぅぅむぅぅぅうぅという間を作ったあとで。
 声を絞り出した。

「…………婚約」
「…………はい」

 ううぅぅぅぅむぅぅぅうぅという再びの沈黙のあとで。
 俺も承諾する。わかりました。観念しますよっ。

「ありがとう、大樹」
 ディオンは満面の笑みで、俺の手を引っ張り、体を抱え込むと。
 顔を寄せて。
 えぇ、この流れでは。やはりチュウウウウウウ、しますよね。ですよね?
 そう思って、俺は目をぎゅううぅぅと閉じるのだが。

 なんか、昨日の柔らかい感触じゃないものが口にあたった。
 ん? と思って、目を開けると。
 殿下も、ん? って顔をしていて。
 その、俺と殿下の唇の間には、小さな手が挟まっていた。

「小枝ぁぁぁぁっ、な、なぜだ?」
 そう、俺と殿下の真横に、小枝が立っていて。
 小枝が殿下のキスを阻止したのだったぁ。
 ディオンは驚愕の面持ちでワナワナした。

「小枝は俺の味方だと思っていたのにっ。一世一代の告白アンドプロポーズアンドファーストキスのやり直しだというのにっ、なぜなのだ? 小枝」
「ごめんね、殿下。つい…。なっっっんか、いやだなって思っちゃってぇ」
「なにがだ? もちろん小枝も一緒だぞ? 大樹とともに、おまえも私が守るのだっ」
「それは嬉しいんですけどぉ。キスは今じゃないなって、なっっっっんか、思っちゃってぇ」
 てへっ、と笑う小枝は。とっても可愛いのですが。
 殿下は愕然です。
「なぜだぁぁぁ」
 がっくりとくずおれる殿下を、俺は、はいはいとばかりにベンチに腰掛けさせ。

 そして、殿下の唇にチュッとした。

 ディオンは、顔を上げて、ほうけた感じで俺を見るけど。
 俺はニッコリ笑顔で告げる。
「はい。ファーストキスはこれにて終了。お疲れさまでしたぁ」
 そして小枝を抱っこして、庭を猛ダッシュで駆け抜けていくのだった。

「大樹ゅゅぅぅぅっ、貴様ぁぁぁぁっ!!」
 殿下の叫びが背中に突き刺さるが。
 だって、恥ずかしすぎる。
 婚約の承諾と自分からのキスで。
 俺は満身創痍まんしんそうい。自爆。もう無理ですぅぅ。

「パパ、顔がユデダコです」
「わかってるから、追い詰めないでぇ」

 というわけで。なんでか殿下との婚約が相成りました。ひぇぇぇぇ…。

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