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62 こここ、婚約しても大丈夫
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◆こここ、婚約しても大丈夫
マリアンヌ様のお父様が、俺を養子にしてくれるという話が続いています。
「小枝、学校のことはあとで考えてもいいのだけど。たとえば小枝やパパが、この北の離宮でお仕事するのにね、家柄というものが必要みたいなんだ。一番は、小枝を学校に行かせたいという理由だけど。大人になって働きに出るというときにも、戸籍がしっかりしていた方がいいんだ」
小枝にわかりやすく説明すると。
こっくりと小枝はうなずいてくれた。
「わかりました。養子の件は、その方がぼくもいいと思います」
そしてこっそり、俺の耳元に囁くのだ。
「たぶん、ローディ子爵のようなことにはならないでしょう。マリアンヌ様もいますしぃ。ぼくらの足を引っ張るカネのもうじゃ系の兄はいないと思います。王子をころせって誰かに命令されなければ処刑は回避ですしぃ。公爵家は王子の身内ですから、そのようなことにはならないでしょ?」
「おぉ、よく考えたな、小枝。かしこいっ」
「えへぇ…ぼくも処刑回避には頭がくるくる回るのです」
俺に褒められて、小枝はウネウネしながら髪を手で撫でつけるのだった。
どういう照れ隠し?
「タイジュの言うとおりだぞ、コエダ。それに、公爵の養子になったら、母上とタイジュは義理の兄妹になるのだから、コエダは私の義理のイトコになるのだ。そうしたら、王族とえにしの深い者を、そう簡単に処刑などにはさせられないのだから。このまえ言っていたようなことにはならないぞ?」
「ジョシュア王子とイトコぉぉぉ??」
小枝は一転、頬を手で押さえて驚愕するのだった。
「そうだぞ。イトコなら、私の遊び相手としてもご学友としても、こここ、婚約者としても、遜色ない」
うむ。と満足げにうなずくジョシュア王子に。
小枝は涙目です。
「うそでしょー、処刑が波のように寄せたり引いたりして、ぼくは心が折れそうです」
うぅぅ、とうなって。小枝は俺の腕にしがみつくのだった。
「まぁまぁ、婚約なんて話も、もっと大きくなってからだよ。というか、今更ですけど。殿下も王子も普通に俺らと結婚とか婚約とか言いますけど、そもそも男同士で結婚できるんですか?」
俺は殿下にたずねたが、答えたのはジョシュア王子だった。
「コエダのパパは知らないのか? この国では同性婚は許されているのだ。だから私とコエダが、こここ、婚約しても大丈夫だぞ?」
「大丈夫なわけないでしょ。王子は王位継承者なんだから、女の子と結婚しなきゃ国王に怒られるんだからねぇ」
ジョシュアの言葉に小枝がツッコむ。
もう小枝は、王子だからといってかしこまる様子はなくなったぁ。
「大丈夫だもん。父上は私の言うことはなんだって聞いてくれるんだからなっ」
「そういうの、甘やかされているっていうんだよ。ぼく、知ってるぅ」
唇をとがらせて、ふふーんと言う小枝に。王子は反論できずにムギギとなっている。
仲が良いのか悪いのか??
「まぁ、婚約の話は置いておいて。以前も言ったが、私は大樹以外の者と結婚する気はなく。側室をもうける気もないから、王位継承からは外れることになるだろう。または、養子をとってもいいが。弟王子が多くいるので、王位の継承はそちらでやってもらうつもりだ。私は大樹と小枝と暮らしていけたらそれでよい」
確かに、エルアンリ様とお話をしたときにそのようなことをおっしゃっていましたねぇ。
殿下は雰囲気を作って、俺をみつめるが。
俺は、ニジェールが王位を継ぐのは嫌なので。複雑な気持ちになる。
別に、王族のことに首を突っ込む気はないけど。
王宮の中で暮らしていて、その内情を知ってしまったら。
ニジェールは普通にないなと思うので。
そう思っていたら、マリアンヌ様が声を出した。
「え? あんた、王位継がないの?」
「正式に王位継承権を放棄すると決めたわけではない。ニジェールに王位が渡るのはさすがに避けたいのでな。しかし陛下が。王位継承者をエルアンリやジョシュアに定めてくれたなら。それに異論はない」
きっぱりと告げる殿下に、王子が声をあげた。
「兄上っ、私もコエダとこここ婚約するので。王位は継承しません。私もコエダ以外と結婚しないのでぇ」
「いいえ、王子は可愛い女の子と結婚しますぅ。ぼくが予言しますぅ」
そこに小枝が容赦なくかぶせてくる。
「しないもん。コエダと結婚するもぉん」
また子供チームがワチャワチャしだすが。
「こぉら、ケンカしないのぉ。子供はお外で遊んできなさぁい…グレイ様、お願いします」
俺はグレイに付き添いを頼んで、小枝と王子を庭で遊ばせることにした。
「外で遊んでいいのか? コエダの庭にはカブトムシはいるか?」
「カブトムシは冬はいないって、執事さんに言われたでしょぉ。もう、お子ちゃまは仕方がないですねぇ」
サロンを飛び出していく王子を追いかけて、小枝も渋々ながらついていく。
まぁ、なんだかんだ、子供のお遊びが小枝も楽しいのである。
それでサロンはひと息ついて、静かになった。
大人チームは真剣に打ち合わせをするのだった。
「それにしても、ジョシュア王子が言うところには、俺はマリアンヌ様の兄になるということですが。庶民の俺なんかが、いいのですか?」
「もちろんよ。うちはお父様も兄も騎士職をかじっているので、もう、本当にでっかくて、むさくるしくて、最悪なのよぉ。だから私、タイジュみたいな優しいお兄さんが欲しかったの」
笑顔でそう言われ。
国王の妃の兄だなんて、結構大それた感じだけど。歓迎はされているようで安心した。
「マリアンヌ様にはお兄様がいらっしゃるのですか?」
「えぇ、公爵家の後継よ。私のふたつ年上だから、タイジュとはひとつ年下ね。でもタイジュは長兄になるけど後継の権利は放棄してもらうことになるわ? ごめんなさいね」
「いえ、それはもちろんです」
公爵家も血脈は重んじているだろうし。万が一にもどこの馬の骨ともわからない俺が公爵になったらマズいでしょ。
すると殿下が言うのだ。
「当たり前だ、公爵の後継にタイジュがなったら、私と婚姻できぬではないか」
「あらぁぁ? それはそれで面白そうね? ディオンが公爵家の婿養子とか。ウケるぅ」
マリアンヌ様は愉快げにクスクスと笑った。
やめてください、血脈を賭けた冗談は。
「しかしマリアンヌの兄ならば、タイジュは私の義理の叔父になるのだな?」
はぁ、なんだか入り組んでいますね。
俺と殿下が叔父と甥で。
マリアンヌ様とは義理の兄妹で。
王子と小枝は義理のイトコ?
「名前もタイジュ・ミレージュで聞き馴染みが良い。まぁ、すぐにタイジュ・スタインベルンになるがな? それに公爵家ならば、タイジュが王妃になってもふさわしい。レギ、でかしたな」
「ありがとうございます、殿下」
レギはドヤ顔でディオンに頭を下げるが。
えぇ? マジで俺を王妃にするとか考えてんのぉ?
しかし、待てよ?
「俺が王妃というのはさておいて、それは殿下が王位に就くということですか?」
「いろいろな想定を考えているのだ。おまえが支えてくれるのなら、その選択肢もあり。だが無理強いはしない。私はおまえの心が欲しいのだから、王位を盾に取ることもしないぞ」
以前そのことでディオンを叱ったから。
彼はビクビクの豹のごときだ。
「その件は、もう少し話し合いが必要だと思われます」
「そうだな」
殿下は、この場は引いてくれたので。ホッとする。
しかし。うーん、悩みどころだ。
殿下に王位を継いでもらいたい。この頃は俺もそう思い始めている。
しかし、王になるディオンが好きなのではなくて。
その部分は、ちゃんと分けて考えないと。ディオンに失礼だし。
自分の心に嘘をつかないように、慎重に見極めたいと思っていた。
やっぱ、もう少し時間をください。
「まぁ、もう終わりぃ? ここで婚約が正式に決まるんじゃないかと、私、ドキドキしておりましたのに。世紀の一瞬に立ち会えるのかと思ってぇ」
パチリと音をさせて扇を閉じると、マリアンヌ様はがっかりした声を出した。
「タイジュ? 王妃の心得は私が伝授して差し上げてよぉ?」
「まぁ、おいおい」
「あぁ、おいおいだ」
俺の返事に、殿下も満足げな顔で答える。
あぁ、包囲網が狭まっていく予感が…。
「それで、レギ。手続きの方はどうなっているのだ?」
「はい。マリアンヌ様の前で、こちらに御署名いただけたら完了です。公爵様にも話は通っておりますので」
そうして、なにやら綺麗な契約書の紙をレギが出してきた。
「あぁ、その前に。ひとつお願いを聞いてくださらないかしらぁ?」
と、マリアンヌ様が言い出して。
俺は背筋が伸びるのだった。
そりゃあそうだよね? 俺を養子にするなんて。なにかしら交換条件がないと。
そう思って身構えるが。
「しばらくの間、ジョシュアをこの北の離宮で預かってほしいの」
「マリアンヌ、なんだその条件は?」
思いもよらぬ条件を出され。殿下も眉を寄せて、いぶかしげです。
「後宮の私の屋敷で、立て続けに不祥事が起きたでしょう? コエダちゃんがいなかったら、ジョシュアは救助されずに死んでいた可能性もあったわぁ? 喉を詰まらせたことは、ジョシュアの不手際だったとしても。屋敷の中に敵がいたら、どうなるかわからないですもの。それに毒の混入の件もね? 今回の件も含めて父上に相談したら、私の孫が危険にさらされているなど許されないとご立腹でね。あ、タイジュとコエダちゃんは、ジョシュアを助けたことで好印象だから安心してちょうだい? でも屋敷の使用人の身上調査を厳重にやり直すことになったの。その間、ジョシュアをここで預かってほしいのよ」
「公爵はともかく、私の元にジョシュアを預けることを、陛下はお許しになったのか?」
一応、兄弟は王位継承のライバル関係ということで。
互いにけん制する間柄だったと、殿下から聞いている。
特にジョシュアは今、国王に溺愛されている王子だから。
秘蔵っ子を殿下に渡すことを良しとするのか、というところだね?
「陛下の了解も取っているわ。エルアンリの状態も落ち着いているようだし。陛下はディオンの行いを高く評価しています」
マリアンヌ様は国王の妃としての顔つきになった。
さすがに、凛として。高貴ですね。
「それに、ジョシュアもコエダちゃんと仲直りしたいってぇ。こちらの食事は漏れなく毒なしでしょう? 騎士の数も増えたようだし、後宮より断然安全だわぁ」
しかしすぐに、くだけた口調になるのだった。
高貴は一瞬でしたね。
「しかし、うちには使用人がいないし。母がいないとジョシュアもさみしいだろう? 夜ひとりで寝られるのか?」
「コエダちゃんもひとりで寝ているらしいじゃなぁい? ジョシュアがそれを聞いて。私もできますって。この頃張り切っているのよ。陛下が甘やかすから勉強も剣の稽古もさぼりがちな我が儘坊ちゃんだったけど、コエダちゃんに言われて我が身を正し始めて。ようやく王子の自覚が生まれたところ。あぁ、本当にコエダちゃんさまさまよぉ」
同じ年頃の子と付き合うと、急に大人びたりするようになるからな。
ジョシュア王子も、小枝に負けないように精進するようになったんだね?
「そうは言っても、母から離れたことのない子ですから。泣き止まないようだったら、帰ってくればいいでしょ? 離れていても王宮の敷地内の話ですからね」
まぁ、それはそうだね。
それに、他人の家にお泊りするのは。いつもと違う環境に触れて、学びを得られる。
そこでそつなく振舞えたら、社会勉強的にも自信がつくだろう。
小枝は髪の毛がぺしょっとするかもしれないけど。
「大樹、構わぬか? 食事など、おまえの負担が増えるのだ」
「えぇ、殿下がよろしければ」
変なことを吹っ掛けられたらどうしようと思っていたから、これくらいなら負担にもなりません。
俺らがうなずいたので、マリアンヌ様は笑顔で署名をすすめた。
「良かったわぁ。これで、徹底的に屋敷の害虫駆除ができますわよ。さぁ、署名なさって」
徹底的に、が強い口調で。俺はなんとなく引くが。
とりあえず、書類にサインして。
俺は公爵子息(義理)になったのだった。
マリアンヌ様のお父様が、俺を養子にしてくれるという話が続いています。
「小枝、学校のことはあとで考えてもいいのだけど。たとえば小枝やパパが、この北の離宮でお仕事するのにね、家柄というものが必要みたいなんだ。一番は、小枝を学校に行かせたいという理由だけど。大人になって働きに出るというときにも、戸籍がしっかりしていた方がいいんだ」
小枝にわかりやすく説明すると。
こっくりと小枝はうなずいてくれた。
「わかりました。養子の件は、その方がぼくもいいと思います」
そしてこっそり、俺の耳元に囁くのだ。
「たぶん、ローディ子爵のようなことにはならないでしょう。マリアンヌ様もいますしぃ。ぼくらの足を引っ張るカネのもうじゃ系の兄はいないと思います。王子をころせって誰かに命令されなければ処刑は回避ですしぃ。公爵家は王子の身内ですから、そのようなことにはならないでしょ?」
「おぉ、よく考えたな、小枝。かしこいっ」
「えへぇ…ぼくも処刑回避には頭がくるくる回るのです」
俺に褒められて、小枝はウネウネしながら髪を手で撫でつけるのだった。
どういう照れ隠し?
「タイジュの言うとおりだぞ、コエダ。それに、公爵の養子になったら、母上とタイジュは義理の兄妹になるのだから、コエダは私の義理のイトコになるのだ。そうしたら、王族とえにしの深い者を、そう簡単に処刑などにはさせられないのだから。このまえ言っていたようなことにはならないぞ?」
「ジョシュア王子とイトコぉぉぉ??」
小枝は一転、頬を手で押さえて驚愕するのだった。
「そうだぞ。イトコなら、私の遊び相手としてもご学友としても、こここ、婚約者としても、遜色ない」
うむ。と満足げにうなずくジョシュア王子に。
小枝は涙目です。
「うそでしょー、処刑が波のように寄せたり引いたりして、ぼくは心が折れそうです」
うぅぅ、とうなって。小枝は俺の腕にしがみつくのだった。
「まぁまぁ、婚約なんて話も、もっと大きくなってからだよ。というか、今更ですけど。殿下も王子も普通に俺らと結婚とか婚約とか言いますけど、そもそも男同士で結婚できるんですか?」
俺は殿下にたずねたが、答えたのはジョシュア王子だった。
「コエダのパパは知らないのか? この国では同性婚は許されているのだ。だから私とコエダが、こここ、婚約しても大丈夫だぞ?」
「大丈夫なわけないでしょ。王子は王位継承者なんだから、女の子と結婚しなきゃ国王に怒られるんだからねぇ」
ジョシュアの言葉に小枝がツッコむ。
もう小枝は、王子だからといってかしこまる様子はなくなったぁ。
「大丈夫だもん。父上は私の言うことはなんだって聞いてくれるんだからなっ」
「そういうの、甘やかされているっていうんだよ。ぼく、知ってるぅ」
唇をとがらせて、ふふーんと言う小枝に。王子は反論できずにムギギとなっている。
仲が良いのか悪いのか??
「まぁ、婚約の話は置いておいて。以前も言ったが、私は大樹以外の者と結婚する気はなく。側室をもうける気もないから、王位継承からは外れることになるだろう。または、養子をとってもいいが。弟王子が多くいるので、王位の継承はそちらでやってもらうつもりだ。私は大樹と小枝と暮らしていけたらそれでよい」
確かに、エルアンリ様とお話をしたときにそのようなことをおっしゃっていましたねぇ。
殿下は雰囲気を作って、俺をみつめるが。
俺は、ニジェールが王位を継ぐのは嫌なので。複雑な気持ちになる。
別に、王族のことに首を突っ込む気はないけど。
王宮の中で暮らしていて、その内情を知ってしまったら。
ニジェールは普通にないなと思うので。
そう思っていたら、マリアンヌ様が声を出した。
「え? あんた、王位継がないの?」
「正式に王位継承権を放棄すると決めたわけではない。ニジェールに王位が渡るのはさすがに避けたいのでな。しかし陛下が。王位継承者をエルアンリやジョシュアに定めてくれたなら。それに異論はない」
きっぱりと告げる殿下に、王子が声をあげた。
「兄上っ、私もコエダとこここ婚約するので。王位は継承しません。私もコエダ以外と結婚しないのでぇ」
「いいえ、王子は可愛い女の子と結婚しますぅ。ぼくが予言しますぅ」
そこに小枝が容赦なくかぶせてくる。
「しないもん。コエダと結婚するもぉん」
また子供チームがワチャワチャしだすが。
「こぉら、ケンカしないのぉ。子供はお外で遊んできなさぁい…グレイ様、お願いします」
俺はグレイに付き添いを頼んで、小枝と王子を庭で遊ばせることにした。
「外で遊んでいいのか? コエダの庭にはカブトムシはいるか?」
「カブトムシは冬はいないって、執事さんに言われたでしょぉ。もう、お子ちゃまは仕方がないですねぇ」
サロンを飛び出していく王子を追いかけて、小枝も渋々ながらついていく。
まぁ、なんだかんだ、子供のお遊びが小枝も楽しいのである。
それでサロンはひと息ついて、静かになった。
大人チームは真剣に打ち合わせをするのだった。
「それにしても、ジョシュア王子が言うところには、俺はマリアンヌ様の兄になるということですが。庶民の俺なんかが、いいのですか?」
「もちろんよ。うちはお父様も兄も騎士職をかじっているので、もう、本当にでっかくて、むさくるしくて、最悪なのよぉ。だから私、タイジュみたいな優しいお兄さんが欲しかったの」
笑顔でそう言われ。
国王の妃の兄だなんて、結構大それた感じだけど。歓迎はされているようで安心した。
「マリアンヌ様にはお兄様がいらっしゃるのですか?」
「えぇ、公爵家の後継よ。私のふたつ年上だから、タイジュとはひとつ年下ね。でもタイジュは長兄になるけど後継の権利は放棄してもらうことになるわ? ごめんなさいね」
「いえ、それはもちろんです」
公爵家も血脈は重んじているだろうし。万が一にもどこの馬の骨ともわからない俺が公爵になったらマズいでしょ。
すると殿下が言うのだ。
「当たり前だ、公爵の後継にタイジュがなったら、私と婚姻できぬではないか」
「あらぁぁ? それはそれで面白そうね? ディオンが公爵家の婿養子とか。ウケるぅ」
マリアンヌ様は愉快げにクスクスと笑った。
やめてください、血脈を賭けた冗談は。
「しかしマリアンヌの兄ならば、タイジュは私の義理の叔父になるのだな?」
はぁ、なんだか入り組んでいますね。
俺と殿下が叔父と甥で。
マリアンヌ様とは義理の兄妹で。
王子と小枝は義理のイトコ?
「名前もタイジュ・ミレージュで聞き馴染みが良い。まぁ、すぐにタイジュ・スタインベルンになるがな? それに公爵家ならば、タイジュが王妃になってもふさわしい。レギ、でかしたな」
「ありがとうございます、殿下」
レギはドヤ顔でディオンに頭を下げるが。
えぇ? マジで俺を王妃にするとか考えてんのぉ?
しかし、待てよ?
「俺が王妃というのはさておいて、それは殿下が王位に就くということですか?」
「いろいろな想定を考えているのだ。おまえが支えてくれるのなら、その選択肢もあり。だが無理強いはしない。私はおまえの心が欲しいのだから、王位を盾に取ることもしないぞ」
以前そのことでディオンを叱ったから。
彼はビクビクの豹のごときだ。
「その件は、もう少し話し合いが必要だと思われます」
「そうだな」
殿下は、この場は引いてくれたので。ホッとする。
しかし。うーん、悩みどころだ。
殿下に王位を継いでもらいたい。この頃は俺もそう思い始めている。
しかし、王になるディオンが好きなのではなくて。
その部分は、ちゃんと分けて考えないと。ディオンに失礼だし。
自分の心に嘘をつかないように、慎重に見極めたいと思っていた。
やっぱ、もう少し時間をください。
「まぁ、もう終わりぃ? ここで婚約が正式に決まるんじゃないかと、私、ドキドキしておりましたのに。世紀の一瞬に立ち会えるのかと思ってぇ」
パチリと音をさせて扇を閉じると、マリアンヌ様はがっかりした声を出した。
「タイジュ? 王妃の心得は私が伝授して差し上げてよぉ?」
「まぁ、おいおい」
「あぁ、おいおいだ」
俺の返事に、殿下も満足げな顔で答える。
あぁ、包囲網が狭まっていく予感が…。
「それで、レギ。手続きの方はどうなっているのだ?」
「はい。マリアンヌ様の前で、こちらに御署名いただけたら完了です。公爵様にも話は通っておりますので」
そうして、なにやら綺麗な契約書の紙をレギが出してきた。
「あぁ、その前に。ひとつお願いを聞いてくださらないかしらぁ?」
と、マリアンヌ様が言い出して。
俺は背筋が伸びるのだった。
そりゃあそうだよね? 俺を養子にするなんて。なにかしら交換条件がないと。
そう思って身構えるが。
「しばらくの間、ジョシュアをこの北の離宮で預かってほしいの」
「マリアンヌ、なんだその条件は?」
思いもよらぬ条件を出され。殿下も眉を寄せて、いぶかしげです。
「後宮の私の屋敷で、立て続けに不祥事が起きたでしょう? コエダちゃんがいなかったら、ジョシュアは救助されずに死んでいた可能性もあったわぁ? 喉を詰まらせたことは、ジョシュアの不手際だったとしても。屋敷の中に敵がいたら、どうなるかわからないですもの。それに毒の混入の件もね? 今回の件も含めて父上に相談したら、私の孫が危険にさらされているなど許されないとご立腹でね。あ、タイジュとコエダちゃんは、ジョシュアを助けたことで好印象だから安心してちょうだい? でも屋敷の使用人の身上調査を厳重にやり直すことになったの。その間、ジョシュアをここで預かってほしいのよ」
「公爵はともかく、私の元にジョシュアを預けることを、陛下はお許しになったのか?」
一応、兄弟は王位継承のライバル関係ということで。
互いにけん制する間柄だったと、殿下から聞いている。
特にジョシュアは今、国王に溺愛されている王子だから。
秘蔵っ子を殿下に渡すことを良しとするのか、というところだね?
「陛下の了解も取っているわ。エルアンリの状態も落ち着いているようだし。陛下はディオンの行いを高く評価しています」
マリアンヌ様は国王の妃としての顔つきになった。
さすがに、凛として。高貴ですね。
「それに、ジョシュアもコエダちゃんと仲直りしたいってぇ。こちらの食事は漏れなく毒なしでしょう? 騎士の数も増えたようだし、後宮より断然安全だわぁ」
しかしすぐに、くだけた口調になるのだった。
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「コエダちゃんもひとりで寝ているらしいじゃなぁい? ジョシュアがそれを聞いて。私もできますって。この頃張り切っているのよ。陛下が甘やかすから勉強も剣の稽古もさぼりがちな我が儘坊ちゃんだったけど、コエダちゃんに言われて我が身を正し始めて。ようやく王子の自覚が生まれたところ。あぁ、本当にコエダちゃんさまさまよぉ」
同じ年頃の子と付き合うと、急に大人びたりするようになるからな。
ジョシュア王子も、小枝に負けないように精進するようになったんだね?
「そうは言っても、母から離れたことのない子ですから。泣き止まないようだったら、帰ってくればいいでしょ? 離れていても王宮の敷地内の話ですからね」
まぁ、それはそうだね。
それに、他人の家にお泊りするのは。いつもと違う環境に触れて、学びを得られる。
そこでそつなく振舞えたら、社会勉強的にも自信がつくだろう。
小枝は髪の毛がぺしょっとするかもしれないけど。
「大樹、構わぬか? 食事など、おまえの負担が増えるのだ」
「えぇ、殿下がよろしければ」
変なことを吹っ掛けられたらどうしようと思っていたから、これくらいなら負担にもなりません。
俺らがうなずいたので、マリアンヌ様は笑顔で署名をすすめた。
「良かったわぁ。これで、徹底的に屋敷の害虫駆除ができますわよ。さぁ、署名なさって」
徹底的に、が強い口調で。俺はなんとなく引くが。
とりあえず、書類にサインして。
俺は公爵子息(義理)になったのだった。
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悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。
みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。
男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。
メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。
奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。
pixivでは既に最終回まで投稿しています。
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