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61 奴隷パパ、公爵になるぅぅ?
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◆奴隷パパ、公爵になるぅぅ?
今日の朝食は、ホットドックです。
大きな鍋に湯を沸かし、大量のソーセージをボイルします。
こちらの世界のソーセージは太くて長いよ。
いや、仕入れているソーセージがでかいだけかもしれませんがね。
その間に目玉焼きと生野菜のサラダを作っておき。
こちらはエルアンリ様用だけど。もれなくみんな、食べるから。人数分作ります。
メインはホットドックだけど。
エルアンリ様もだいぶ体調が整われて。もう毒も食べていないのでね。胃も快調な様子。
だからホットドック一本くらいなら食べられる。
ただ殿下みたいに、馬鹿みたいに何本も食べられないよ、って感じです。
それで、焼き立てのコッペパンに切れ目を入れて。
レタスも芯をグリっと回して取って、四つ割に解体する。
茹で上がったソーセージと。
昨日いっぱい作ったトマトピューレと、マヨとマスタードを持って。食堂へ運びます。
目玉焼きとサラダはワンディッシュで、グレイやレギも手伝いつつ各々の前に並べ。
ホットドックは食堂で目の前で作ります。
コッペパンの切れ目に、緑鮮やかなレタス、マスタード、マヨ、ソーセージ、そしてトマトピューレの順に挟んでいき。殿下の前に置く。
「大樹、なんだこれは?」
いつもの質問です。
「ホットドックです。野菜とタンパク質と炭水化物でバランスの良い朝食ですね」
「どうやって食べるのだ?」
マスタード抜きのホットドックを小枝の前に置いた。
「小枝、食べてみせてあげて」
「うんパパ。こうして持ってぇ、お口を開けてガブリ。んん、ソーセージがブチってなって、お汁がいっぱいで、美味しいよぉぉ」
王族である殿下やエルアンリ様は、ガブリはお行儀悪くてさすがに躊躇するが。
小枝がいつも美味しそうに食べるので。
殿下などは好奇心に負けて、ガブリとするのだ。
「んんん、美味いなぁ。小枝、本当に美味しい。ソーセージがブチっだ」
その殿下の感想を聞いて、小枝は満足そうにうなずく。
「でしょぉ? パパぁ、殿下が美味しいって。だから、次はレタスなしで作ってぇ」
「ダメェ。お野菜もちゃんと食べるのぉ」
騎士であるジュリアは、戦場でお上品に食事をしないので。
あまり躊躇なくホットドックをガブリとする。伯爵令嬢なのに、男前だっ。
それを見たエルアンリ様も、そそっとカプリ。食べてみた。
「ん、口の中で全部の味が混ざり合って、その味のバランスが絶妙に美味しい。トマトとマヨが合いますね? マスタードもいいアクセントになっている」
「ピクルスを入れても美味しいんですけど」
エルアンリ様の感想に、俺が答えると。
グレイが今度仕入れておきますと言った。
うまうまと、おひげが美味そうに動いている。
いつもの穏やかでにぎやかな朝食の席だった。
「殿下、タイジュ。本日、北の離宮にお客様がお見えになります。長らくお待たせしましたが、とうとうタイジュの養子先がみつかりましたよ」
食事の席で、レギが興奮気味にそう言った。
戸籍の方は、殿下の計らいですでに用意してもらった。
しかし殿下の従者としても、小枝の学校のためにも、貴族の籍があった方がいいんだって、レギが言ってくれて。
貴族の体面として、こういうことをするのは珍しくないらしいんだけど。
そうは言っても、素性のわからない怪しい子連れのおっさんを養子にしてくれるような貴族はいないんじゃないかなぁって、思っていたよ。
しかも俺、殿下の奴隷だしね。
このことは、まぁ内緒なんだけど。知る人ぞ知る、的な。
だって、戦場では奴隷の首輪をつけていたし。
だから、知る人ぞ知る、なんだよな。
「殿下の従者だけでしたら、うちのヂュカリス子爵家でも良かったのですが。殿下の伴侶となるなら、もう少し家柄の高位なところが良いと思いまして。探していましたが、なかなかお眼鏡にかなう方がみつからなくて…」
レギがさらっと、伴侶前提に話すのに、俺はギョッとするが。
それにエルアンリ様が相槌をうつ。
「そうだねぇ、王族の結婚はそこが面倒くさいところだよねぇ。私たちも、ジュリアの伯爵家はギリギリ受け入れられるラインだ。しかし伯爵家以上の家格となると、なかなか探すのは難しいだろうね?」
「しかし、待った甲斐がありました。大物が釣り上がったのですよ。なんと、公爵家ですっ」
それには、テーブルにつく小枝以外の者が、おおぉぉと声をあげた。
つか、奴隷パパが、公爵になるぅぅ?
いや、俺が公爵じゃなくて。公爵の養子か。
なんの冗談でしょうか? レギっ。
「今日、公爵家の方がお見えになるので。殿下、タイジュ。おおよその話は通っておりますが、コエダのことなどもいろいろと条件などあるでしょうから、直接細かいことを打ち合わせしてください」
うわわ、いきなりそんなことを言われても。心の準備というか。
本当に? 俺が貴族の一員になるの?
大丈夫かなぁ…と、心許なく殿下を見やると。
「緊張することはない。公爵家は腰かけだ。すぐに大樹はスタインベルンになるのだからな」
ディオンは鷹揚な感じでゆったりとうなずいてみせるのだった。
「それって…結婚」
「いかにも、私と結婚っ、だがぁぁ?」
高圧的に言われるんですけど。
まだそこまで考えていないんですけど。
しかし外堀が埋められて高く積み上げられている感、半端ないですよ?
「まぁ、おいおい」
「あぁ、おいおい」
俺の言葉に、ディオンがニッコリ笑顔で言うのだった。
普段いかめしい人が、ニッコリ笑顔は。どうにもうさん臭いんですけどぉ?
★★★★★
誰が来るのか知らないが、俺はサロンで小枝と殿下と並んでソファに座り、ソワソワしていた。
それにしても、会ったこともない人を養子にするなんて。本気かなぁ?
いや、会っている人なのかもなぁ?
それとも神の手として騎士団の壇上に上がったときとかに垣間見たとか?
もしかしたら、神の手なら養子にしてもいいってことなのかもな?
なんて、ひとりで考えていたら。
レギがお客様をサロンに案内してきた。
そこに現れたのは…。
「ごきげんよう、みなさん。今日は空が晴れわたり、養子縁組をするのに絶好の日和ですわねぇ」
赤いドレスをひるがえし、口元を扇で隠しておほほほと笑うのは。
マリアンヌ様と、その隣にはジョシュア王子がいるのだった。
「マリアンヌ様? しかしマリアンヌ様の養子になったら、殿下の義兄弟になってしまいますがぁ?」
俺の驚きの声に動じず、マリアンヌ様とジョシュアは対面の椅子に上品に腰かけ。
グレイが用意した紅茶に手をつけるのだった。
「あぁ、毒を気にせず飲める紅茶は最高ね? そして、タイジュ。私は年上のあなたを養子にはできなくってよぉぉ」
あぁ、そういえばそうだった。
なにがどうなのか、まだよくはわからないけど。
とりあえずマリアンヌ様が義母にならなくて、なんだかホッとした。
「ディオン? あなた、タイジュに話していないの?」
「驚かせようと思って」
その会話を聞いて。そうだよな、殿下は詳細を知らないはずがないよな、と。ジト目で横を見やるのだった。
そういうサプライズはいらないんで。
「タイジュ、あなたを養子にするのは。私の父であるミレージュ公爵よ」
あぁ、そういえば。
マリアンヌ様は元公爵令嬢だって聞いていたな。
するとレギが補足をしたのだ。
「先日、マリアンヌ様のお屋敷で小枝から目を離したのは。このことをマリアンヌ様に打診するために執事と話をしていたからなのです。しかし、あのようなことになって。こちらはとても精神的打撃を受けましたが。私は転んでもただでは起きません。ここはなにがなんでも、この話をのんでもらおうと思いましてね? コエダは牢で悲しい目にあいましたが。しかし今回の件によってマリアンヌ様に有利に交渉できたのですっ」
拳を握ってレギは力説する。
小枝に嫌われそうになったことが、レギには精神的痛手となっていたようだ。
「私は殿下にタイジュの戸籍を手配するよう命じられたときから、常々目論んでいたのです。タイジュは殿下がいずれご結婚を視野に入れている方だから、高位な家柄の養子先を用意しなければ、と。公爵家なら殿下のお相手としても遜色ありません。やりましたっ」
いつもスンとしているレギが大興奮なので。
俺は苦笑気味です。
そんなことを常々目論んでいたとは…。
「えぇ、先日は本当に失礼なことをしてしまいましたわ? ジョシュアの命の恩人を牢に入れてしまうなんて。本当にあってはならないことですもの。今回のお話は、その謝罪の意味もありますの。この話を父にしましたら、快諾してくれましてね? 喜んでタイジュをミレージュ家に迎え入れたいとおっしゃったのよ?」
にこやかにマリアンヌ様は言うが。
大丈夫かなぁ? とも思う。
「あのぉ、王子の命を救ったのは、小枝ですし。もしかして俺と殿下が結婚…などと聞き及びでしたら、それはまだ本決まりではないというかぁ…」
「大樹」
とがめるように、殿下に名を呼ばれるが。
「でも、実際に決まっていないことなのに。誤解して、そのようにならなかったら契約不履行とかになるかもしれないじゃないですか?」
俺は殿下に、正直に言った方がいいと訴え。
そしてマリアンヌ様に向き直った。
「気を悪くしてほしくないのですが、たとえば殿下の伴侶が息子なら政治的有利に立てるとか。そういうことをお考えでしたら。まだなにも決まっていないから、そのぉ…」
はじめてマリアンヌ様との顔合わせのときに、殿下が俺を伴侶に、なんて言いふらしていて。
それを真に受けているかもしれないからな?
もしも政治的思惑に利用する気でも、俺はなにもできないし。
政略の駒には使えませんよ、という気持ちでマリアンヌ様を見やる。
すると彼女は納得の顔つきで微笑むのだった。
「そうね。貴族ですから、そういうことを全く考えない、なんて綺麗ごとは言わないわぁ。純粋に善意で、とまでは言えないけれど。でも政治的有利という点では、すでに私が陛下の妃ですから。たとえばディオンがタイジュにけちょんけちょんに振られたとしても。第一王位継承者の求愛を断るんじゃない、なんて無理強いさせるようなことはさせませんから、ご安心なさってぇ」
弟をからかうような姉のように言われ。
ディオンは鼻の頭に筋を立てるが。
でも、そこまで考えていなかったけど、無理強いしないという点はありがたいというか?
つか、キスはしたけど。結婚とか一足飛びにしないでもらいたい。
けちょんけちょんに振る、とかも考えていないけど。
一生のことなんだから、もう少し考える猶予をくださいよぉ。
「それから、もちろんジョシュアの命を救ったのはコエダちゃんだと、ミレージュ公爵も了解しているわよ? 孫を助けてくれたコエダちゃんにも、その親のタイジュにも、感謝しているの」
「委細承知とおっしゃるならば、小枝のこともありますし。ぜひお願いしたいです。この国の学校に通わせてあげたいので」
この国の学校は、貴族の子女が行くところらしいので。貴族でないと、学園に通えないらしい。
ワンチャン、庶民でも魔法持ちならオッケーみたいで。そこはクリアしているけど。
出来れば憂いなく、すんなり入学を認められたいではないか。
エスカレーター式の学校みたいな。
子供に楽をさせたい親心ってやつ。
だけど小枝は、不満そうな声を出した。
「パパ、ぼくは学園には行かなくてもいいんですけどぉ。ぼくはお勉強は充分していますしぃ。パパのお手伝いをずっとしていたいです」
前世で小枝は学校に行っていたから、お勉強はクリアしているし。元々聡い子だし。俺のお手伝いも、医者的なことも含めて上手にしてくれているけれど。
「小枝、学校は勉強をするだけのところではないんだよ? お友達を作ったり、一般教養を身につけたりできるんだ。パパのお手伝いをしたい気持ちはとってもありがたいし、パパは嬉しいけれど。パパと小枝と患者さんだけの世界は、とても小さい。それで、小枝が将来行くかもしれない世界は、もっと、もっと、大きいんだ。大きな世界に飛び出していくのに、学校は必要なんだよ」
「んん、でも、断罪がぁ…」
と悲しそうにつぶやく小枝。
もしかしたら、学校でジョシュアと出会って処刑されたから。
そのことを気にしているのかもしれないな?
「じゃあ、学校のことはひとまず置いておこう。まだ入学する年齢は先だからな」
俺が優しく小枝の背中を撫でてなだめていると。
「いいじゃないか、コエダ。私と一緒に学校に通ったら、私がしっかり守ってやるぞ」
ジョシュア王子がドヤッた笑顔で言うから。
「はぁ? 王子が一番の不安要因なんですけどぉぉぉ??」
と、小枝がクワッと目を吊り上げて怒った。
ほらぁ、いい感じに話がまとまりそうだったのに。王子は黙っていてください。
今日の朝食は、ホットドックです。
大きな鍋に湯を沸かし、大量のソーセージをボイルします。
こちらの世界のソーセージは太くて長いよ。
いや、仕入れているソーセージがでかいだけかもしれませんがね。
その間に目玉焼きと生野菜のサラダを作っておき。
こちらはエルアンリ様用だけど。もれなくみんな、食べるから。人数分作ります。
メインはホットドックだけど。
エルアンリ様もだいぶ体調が整われて。もう毒も食べていないのでね。胃も快調な様子。
だからホットドック一本くらいなら食べられる。
ただ殿下みたいに、馬鹿みたいに何本も食べられないよ、って感じです。
それで、焼き立てのコッペパンに切れ目を入れて。
レタスも芯をグリっと回して取って、四つ割に解体する。
茹で上がったソーセージと。
昨日いっぱい作ったトマトピューレと、マヨとマスタードを持って。食堂へ運びます。
目玉焼きとサラダはワンディッシュで、グレイやレギも手伝いつつ各々の前に並べ。
ホットドックは食堂で目の前で作ります。
コッペパンの切れ目に、緑鮮やかなレタス、マスタード、マヨ、ソーセージ、そしてトマトピューレの順に挟んでいき。殿下の前に置く。
「大樹、なんだこれは?」
いつもの質問です。
「ホットドックです。野菜とタンパク質と炭水化物でバランスの良い朝食ですね」
「どうやって食べるのだ?」
マスタード抜きのホットドックを小枝の前に置いた。
「小枝、食べてみせてあげて」
「うんパパ。こうして持ってぇ、お口を開けてガブリ。んん、ソーセージがブチってなって、お汁がいっぱいで、美味しいよぉぉ」
王族である殿下やエルアンリ様は、ガブリはお行儀悪くてさすがに躊躇するが。
小枝がいつも美味しそうに食べるので。
殿下などは好奇心に負けて、ガブリとするのだ。
「んんん、美味いなぁ。小枝、本当に美味しい。ソーセージがブチっだ」
その殿下の感想を聞いて、小枝は満足そうにうなずく。
「でしょぉ? パパぁ、殿下が美味しいって。だから、次はレタスなしで作ってぇ」
「ダメェ。お野菜もちゃんと食べるのぉ」
騎士であるジュリアは、戦場でお上品に食事をしないので。
あまり躊躇なくホットドックをガブリとする。伯爵令嬢なのに、男前だっ。
それを見たエルアンリ様も、そそっとカプリ。食べてみた。
「ん、口の中で全部の味が混ざり合って、その味のバランスが絶妙に美味しい。トマトとマヨが合いますね? マスタードもいいアクセントになっている」
「ピクルスを入れても美味しいんですけど」
エルアンリ様の感想に、俺が答えると。
グレイが今度仕入れておきますと言った。
うまうまと、おひげが美味そうに動いている。
いつもの穏やかでにぎやかな朝食の席だった。
「殿下、タイジュ。本日、北の離宮にお客様がお見えになります。長らくお待たせしましたが、とうとうタイジュの養子先がみつかりましたよ」
食事の席で、レギが興奮気味にそう言った。
戸籍の方は、殿下の計らいですでに用意してもらった。
しかし殿下の従者としても、小枝の学校のためにも、貴族の籍があった方がいいんだって、レギが言ってくれて。
貴族の体面として、こういうことをするのは珍しくないらしいんだけど。
そうは言っても、素性のわからない怪しい子連れのおっさんを養子にしてくれるような貴族はいないんじゃないかなぁって、思っていたよ。
しかも俺、殿下の奴隷だしね。
このことは、まぁ内緒なんだけど。知る人ぞ知る、的な。
だって、戦場では奴隷の首輪をつけていたし。
だから、知る人ぞ知る、なんだよな。
「殿下の従者だけでしたら、うちのヂュカリス子爵家でも良かったのですが。殿下の伴侶となるなら、もう少し家柄の高位なところが良いと思いまして。探していましたが、なかなかお眼鏡にかなう方がみつからなくて…」
レギがさらっと、伴侶前提に話すのに、俺はギョッとするが。
それにエルアンリ様が相槌をうつ。
「そうだねぇ、王族の結婚はそこが面倒くさいところだよねぇ。私たちも、ジュリアの伯爵家はギリギリ受け入れられるラインだ。しかし伯爵家以上の家格となると、なかなか探すのは難しいだろうね?」
「しかし、待った甲斐がありました。大物が釣り上がったのですよ。なんと、公爵家ですっ」
それには、テーブルにつく小枝以外の者が、おおぉぉと声をあげた。
つか、奴隷パパが、公爵になるぅぅ?
いや、俺が公爵じゃなくて。公爵の養子か。
なんの冗談でしょうか? レギっ。
「今日、公爵家の方がお見えになるので。殿下、タイジュ。おおよその話は通っておりますが、コエダのことなどもいろいろと条件などあるでしょうから、直接細かいことを打ち合わせしてください」
うわわ、いきなりそんなことを言われても。心の準備というか。
本当に? 俺が貴族の一員になるの?
大丈夫かなぁ…と、心許なく殿下を見やると。
「緊張することはない。公爵家は腰かけだ。すぐに大樹はスタインベルンになるのだからな」
ディオンは鷹揚な感じでゆったりとうなずいてみせるのだった。
「それって…結婚」
「いかにも、私と結婚っ、だがぁぁ?」
高圧的に言われるんですけど。
まだそこまで考えていないんですけど。
しかし外堀が埋められて高く積み上げられている感、半端ないですよ?
「まぁ、おいおい」
「あぁ、おいおい」
俺の言葉に、ディオンがニッコリ笑顔で言うのだった。
普段いかめしい人が、ニッコリ笑顔は。どうにもうさん臭いんですけどぉ?
★★★★★
誰が来るのか知らないが、俺はサロンで小枝と殿下と並んでソファに座り、ソワソワしていた。
それにしても、会ったこともない人を養子にするなんて。本気かなぁ?
いや、会っている人なのかもなぁ?
それとも神の手として騎士団の壇上に上がったときとかに垣間見たとか?
もしかしたら、神の手なら養子にしてもいいってことなのかもな?
なんて、ひとりで考えていたら。
レギがお客様をサロンに案内してきた。
そこに現れたのは…。
「ごきげんよう、みなさん。今日は空が晴れわたり、養子縁組をするのに絶好の日和ですわねぇ」
赤いドレスをひるがえし、口元を扇で隠しておほほほと笑うのは。
マリアンヌ様と、その隣にはジョシュア王子がいるのだった。
「マリアンヌ様? しかしマリアンヌ様の養子になったら、殿下の義兄弟になってしまいますがぁ?」
俺の驚きの声に動じず、マリアンヌ様とジョシュアは対面の椅子に上品に腰かけ。
グレイが用意した紅茶に手をつけるのだった。
「あぁ、毒を気にせず飲める紅茶は最高ね? そして、タイジュ。私は年上のあなたを養子にはできなくってよぉぉ」
あぁ、そういえばそうだった。
なにがどうなのか、まだよくはわからないけど。
とりあえずマリアンヌ様が義母にならなくて、なんだかホッとした。
「ディオン? あなた、タイジュに話していないの?」
「驚かせようと思って」
その会話を聞いて。そうだよな、殿下は詳細を知らないはずがないよな、と。ジト目で横を見やるのだった。
そういうサプライズはいらないんで。
「タイジュ、あなたを養子にするのは。私の父であるミレージュ公爵よ」
あぁ、そういえば。
マリアンヌ様は元公爵令嬢だって聞いていたな。
するとレギが補足をしたのだ。
「先日、マリアンヌ様のお屋敷で小枝から目を離したのは。このことをマリアンヌ様に打診するために執事と話をしていたからなのです。しかし、あのようなことになって。こちらはとても精神的打撃を受けましたが。私は転んでもただでは起きません。ここはなにがなんでも、この話をのんでもらおうと思いましてね? コエダは牢で悲しい目にあいましたが。しかし今回の件によってマリアンヌ様に有利に交渉できたのですっ」
拳を握ってレギは力説する。
小枝に嫌われそうになったことが、レギには精神的痛手となっていたようだ。
「私は殿下にタイジュの戸籍を手配するよう命じられたときから、常々目論んでいたのです。タイジュは殿下がいずれご結婚を視野に入れている方だから、高位な家柄の養子先を用意しなければ、と。公爵家なら殿下のお相手としても遜色ありません。やりましたっ」
いつもスンとしているレギが大興奮なので。
俺は苦笑気味です。
そんなことを常々目論んでいたとは…。
「えぇ、先日は本当に失礼なことをしてしまいましたわ? ジョシュアの命の恩人を牢に入れてしまうなんて。本当にあってはならないことですもの。今回のお話は、その謝罪の意味もありますの。この話を父にしましたら、快諾してくれましてね? 喜んでタイジュをミレージュ家に迎え入れたいとおっしゃったのよ?」
にこやかにマリアンヌ様は言うが。
大丈夫かなぁ? とも思う。
「あのぉ、王子の命を救ったのは、小枝ですし。もしかして俺と殿下が結婚…などと聞き及びでしたら、それはまだ本決まりではないというかぁ…」
「大樹」
とがめるように、殿下に名を呼ばれるが。
「でも、実際に決まっていないことなのに。誤解して、そのようにならなかったら契約不履行とかになるかもしれないじゃないですか?」
俺は殿下に、正直に言った方がいいと訴え。
そしてマリアンヌ様に向き直った。
「気を悪くしてほしくないのですが、たとえば殿下の伴侶が息子なら政治的有利に立てるとか。そういうことをお考えでしたら。まだなにも決まっていないから、そのぉ…」
はじめてマリアンヌ様との顔合わせのときに、殿下が俺を伴侶に、なんて言いふらしていて。
それを真に受けているかもしれないからな?
もしも政治的思惑に利用する気でも、俺はなにもできないし。
政略の駒には使えませんよ、という気持ちでマリアンヌ様を見やる。
すると彼女は納得の顔つきで微笑むのだった。
「そうね。貴族ですから、そういうことを全く考えない、なんて綺麗ごとは言わないわぁ。純粋に善意で、とまでは言えないけれど。でも政治的有利という点では、すでに私が陛下の妃ですから。たとえばディオンがタイジュにけちょんけちょんに振られたとしても。第一王位継承者の求愛を断るんじゃない、なんて無理強いさせるようなことはさせませんから、ご安心なさってぇ」
弟をからかうような姉のように言われ。
ディオンは鼻の頭に筋を立てるが。
でも、そこまで考えていなかったけど、無理強いしないという点はありがたいというか?
つか、キスはしたけど。結婚とか一足飛びにしないでもらいたい。
けちょんけちょんに振る、とかも考えていないけど。
一生のことなんだから、もう少し考える猶予をくださいよぉ。
「それから、もちろんジョシュアの命を救ったのはコエダちゃんだと、ミレージュ公爵も了解しているわよ? 孫を助けてくれたコエダちゃんにも、その親のタイジュにも、感謝しているの」
「委細承知とおっしゃるならば、小枝のこともありますし。ぜひお願いしたいです。この国の学校に通わせてあげたいので」
この国の学校は、貴族の子女が行くところらしいので。貴族でないと、学園に通えないらしい。
ワンチャン、庶民でも魔法持ちならオッケーみたいで。そこはクリアしているけど。
出来れば憂いなく、すんなり入学を認められたいではないか。
エスカレーター式の学校みたいな。
子供に楽をさせたい親心ってやつ。
だけど小枝は、不満そうな声を出した。
「パパ、ぼくは学園には行かなくてもいいんですけどぉ。ぼくはお勉強は充分していますしぃ。パパのお手伝いをずっとしていたいです」
前世で小枝は学校に行っていたから、お勉強はクリアしているし。元々聡い子だし。俺のお手伝いも、医者的なことも含めて上手にしてくれているけれど。
「小枝、学校は勉強をするだけのところではないんだよ? お友達を作ったり、一般教養を身につけたりできるんだ。パパのお手伝いをしたい気持ちはとってもありがたいし、パパは嬉しいけれど。パパと小枝と患者さんだけの世界は、とても小さい。それで、小枝が将来行くかもしれない世界は、もっと、もっと、大きいんだ。大きな世界に飛び出していくのに、学校は必要なんだよ」
「んん、でも、断罪がぁ…」
と悲しそうにつぶやく小枝。
もしかしたら、学校でジョシュアと出会って処刑されたから。
そのことを気にしているのかもしれないな?
「じゃあ、学校のことはひとまず置いておこう。まだ入学する年齢は先だからな」
俺が優しく小枝の背中を撫でてなだめていると。
「いいじゃないか、コエダ。私と一緒に学校に通ったら、私がしっかり守ってやるぞ」
ジョシュア王子がドヤッた笑顔で言うから。
「はぁ? 王子が一番の不安要因なんですけどぉぉぉ??」
と、小枝がクワッと目を吊り上げて怒った。
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