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59 パパはウブですねぇ?
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◆パパはウブですねぇ?
んん、なんか、えぇっとですね。ディオンとチュウしたんですけど。
そうしたら殿下が苦しみ出しまして。
アレルギー反応かと思って。俺とチュウしてアレルギーってどゆこと?
いや、知らんけど。
とにかく喉を診てみたら。
なんか、喉の奥に緑色に光る魔法陣があるんですけどぉぉ?
「喉の奥に魔法陣みたいなのがある」
そう言ったら。
殿下は口を開けたまま、珍しく丸い目をして驚いていた。
「あのですね、緑色に光っているんですよ、二重丸に変な文字が書いてある、奇妙な模様が。わかります?」
小枝に付き合って見ていたアニメの中で、そういう模様が出るやつを見たことがあって。
なんか、呪いとか魔法とか? そういうのをするときに出るやつ、あるじゃん?
あと、小枝と一緒に穴に落ちたときに出た模様にも似ている。
「あぁ、魔法で構築された呪いみたいなものだろうな。奴隷紋などはそういうふうにして作るのだが」
殿下の言葉に、俺は無意識に首の奴隷紋に手で触れる。
まぁ、立ち襟なので、直に触るわけではないけど。
つまりこの世界では、呪いや魔法が当たり前のようにあるってことか。
そういえば、小枝も言っていたものな。
ここは剣と魔法の世界だと。
あんまり他の人の魔法に触れる状況がなかったから、忘れていたけど。
殿下も魔法を使える人なのだった。
主に物理攻撃のようだけど。小枝に、誰にも隷属させない魔法も施してくれたね。
「え、それって。呪われた覚えがあるのですか? なんか、呪文みたいなのをするんでしょ?」
「いや、ないが。いつの間にか…たとえば子供のときに呪術に触れたか。少なくともレギに出会う前だろうな。ここ十七年ほどはそのような目に合った覚えはない」
「では、十七年もなにかの呪いを受けていたということですか?」
「…不眠症だろうな。たぶん。眠れなくなる呪いだ。俺が長年苦しめられているのは、それしかない」
階段に座ったまま、殿下は腕を組んで考えているけど。
「女性嫌いは? 女難の呪いとか」
苦しんでいるかは知らないが、普通に女運が悪いですよね、殿下。
「それは俺に近づく女性がみんな刺客だからであって。俺に近づく女性がみんな刺客になる呪いなどというものはさすがにないと思うのだが」
「真面目に返さないでください。冗談ですから」
言うと、殿下は眉間に深いしわを刻むのだった。
「あぁあ、ムードがっ。せっかくいい感じになったのに、完全に流れてしまったっ」
そして殿下は、手で頭を抱えて項垂れるのだった。
「それはまぁ、タイミングとムードは大事ですから。仕切り直してください」
俺は腰に手を当てて、苦笑する。
そんなに嘆かないでくださいよぉ。
「許さんっ。人生一度きりのファーストキスに横やりを入れるなど…この紋を刻んだ者をみつけ出して剣の錆にしてくれるわっ」
また射殺す目つきでワナワナして、物騒なことを言い出すんだからぁ。
その顔で言ったらシャレにならないって。
あ、シャレじゃないか。殿下はマジで剣の錆にするのだろう。
「だが、なんでこのタイミングで痛くなったのだろう。はっ、キスできない呪いなのではないか?」
気づいたように顔を上げる殿下。
しかし、それは違うと思います。
「あのぉ。ちょっと言いにくいことなんですけど。なんでか俺の唾液に反応したのかもしれません。ほら…チュウしたでしょ? 呪いの紋は緑色に光っているのですけど、少し煙が出て、消えかかっているんです。キスできない魔法なら、キスして強く反応することはあっても、消えかかったりはしないのではないかと」
「なに? ではもう一度試してみよう」
スクッと立ち上がった殿下は、両手を広げて、さぁさぁと迫ってくる。
そんなついでとか流れとか勢いとかでは、なんか嫌です。
なので俺は後ずさるのだった。
「嫌ですよ、こんなお日様の下でチュウチュウするのは。小枝に見られたら、死ぬっ」
「では、夜にキスするぞ。医者が治療に躊躇してはならぬ。良いなっ」
ビシッと指を突きつけて宣言され。
俺は、治療だと言われれば、逃げられず。
ウググとなりながらもうなずくのだった。
「でも、不眠症が治るかもしれないのは、良かったですね、殿下?」
「不眠症が治ったとしても、おまえを手放す気はないぞ、大樹」
あぁ、ダメですか。でしょうね。キスしちゃったし。
でも、奴隷解放も目指していきたいところなので。
ちょっとの間のあと『…はい』と告げた。
★★★★★
夜。キスするぞと宣言されている俺は、殿下の部屋になかなか足が向かなくて。
俺らの部屋の寝室で小枝とゴロゴロしていた。
寝台の少し離れたところに、今日アンドリューさんがプレゼントしてくれたお花が飾られている。
結構、大の大人の俺が一抱えするほどに、大きな花束だ。
アンドリューさんの気持ちを考えると、ちょっとその花を見てしんみりしてしまう。
フッた形になった俺がそう思うのは、失礼かもしれないけど。
真剣に求愛してくる殿下と、同じくらいの気持ちで俺に好意を寄せていたのだとすれば。
うぅ、その気持ちに全く気付けず、申し訳ないです。
自分ではそんな風に思ったことなかったけど。
殿下に説明されなきゃアンドリューさんの気持ちがわからなかったのだから。
すっごく鈍感でした。
そういえば、小枝も戦場で、あれは求婚だったみたいなことを言っていたもんな?
五歳の子にわかるものを、悟れない俺は。
確かに、結構重症なくらいに鈍感なのだった。
だってぇ、男性に言い寄られた経験なんか、この二十八年間なかったんだもんよぉ。よぉ。
とにかく、すみませんでしたアンドリューさんっ。
それはともかく。
グレイは寝るときに花の香りがきつくないよう配慮して、少し離して花を飾ってくれたみたい。
すごい気配り。
俺も殿下の従者として、こういう気の利いたことをしたいものだ。
「パパぁ、ぼくねぇ。今日、パパがアンドリューさんに連れて行かれそうになって、あせっちゃいました。パパはぼくのパパだから。アンドリューさんにはあげないんだからねぇ」
「はは、小枝を置いて、どこにも行かないよ。パパだって、小枝がそばにいなきゃ嫌なんだからな?」
確かにあのとき、アンドリューさんに引っ張られたときは、すごい力で。
同じ男性ながら、力強さがこうも違うとは。と思って、ギョッとした。
スリーパーがなかったら、馬車に押し込まれて、殿下にバイアされて、ヤバいことになったかもしれない。
そう思うとゾッとする。
まぁ、アンドリューさんも話せばわかってくれたから。
そこは良かったけど。
それに、殿下はアンドリューさんと同じくらいに鍛え上げられた人で。
もしもディオンが無理に俺を抱こうとしたら。
難なくそれができてしまうのだと、知ったというか。
まぁ、スリーパーで眠らせちゃうっていうのもあるけど。
俺は奴隷だから、命令されたら断れない立場でもあるじゃん?
でも今まで強引にそういうこと…キスひとつ、無理には進めてこなかったところなんかは。
殿下に感謝する…というのもおかしいか。
なんか、待ってくれてありがとう、的な?
そんな気持ちになる。
俺の心情を重んじてくれる、ディオンの思いやりを感じて。
優しい人なんだなって改めて思う。
顔は険しいけど。心まで厳しくないのだ。
「つか、今日アンドリューさんが聞き捨てならないことを言いましたよねぇ? パパはもう殿下に抱かれているのですかぁ? えっち、しちゃったのですかぁあ?」
あああ、アンドリューさんと話していたとき、最後の方で小枝が一緒だったけど。
そのとき、そんな話したっけぇ?? したね。
五歳の子がそういうことを言い出したら、ギョギョっとするだろう?
しかし小枝はキラリンとした瞳でみつめるのだった。
外身は無垢なようで。しかして中身は大人なのだった。
大人小枝、キタ――ーーっ。
「だっ、抱かれていないよ。つか、抱き枕みたいな感じだから。小枝は心配しないのぉ」
天使のお顔でえっちしちゃったぁ? なんてお下品なことを言っちゃダメだぞ。
「本当に? それだけですかぁ? パパはこの頃お顔がきれいなので。てっきり殿下がパパを攻略してしまったのかと。愛の力でパパをみがいたのかとぉ。ハグもチュウもその先も済みなのかとぉぉ?」
「ハグとチュウは…少し、だけ?」
言ってから、俺は熱くなる頬を手で押さえた。
つか、なに小枝に正直に答えちゃってんの? 俺。
あぁあ、もう。小枝の顔がまともに見られないよぉ。
アラサーと呼ばれるこの年になって。
さらにパパだっていうのに。
はじめてのチュウにうろたえる俺。
だって仕方がないではないか。初チュウ。初キスなのだぁ。
チュウした日はママの顔見られないって歌があるけど…俺は小枝の顔さえも見みれないぃぃ。
「パパ、そんな顔真っ赤にして。反応が激しいから、びっくりしちゃうけど。少しってなんですか? つか、チュウ? キスでその反応ですか??」
「やめてぇ、小枝。追求しないでぇ」
俺は手で顔を覆って、恥ずかしさのあまりベッドの上でゴロゴロした。
「恥ずかしいのはぁ、怒っているんじゃないから。嫌じゃないんだよね? パパが嫌じゃないなら、いいよぉ。無理や無体はダメですけどね?」
小枝がそう言うので。俺は指の間から小枝をそっと見やる。
「いいのか? パパが殿下のモノになっても」
「それはダメですぅ。パパは小枝のだもん。でも、ちょっとだけなら。殿下ならいいよぉ。殿下はパパを守ってくれるんだもんね?」
なんか。そういうふうに言われると。
なんとなく小枝が親離れしてしまったような気がして。
ちょっと寂しいパパだった。
「ぼく、パパには楽しいことをしてほしいの。ぼくがいるから、パパがなにかを我慢するのは嫌なの。だからパパが殿下といて楽しいなら、ぼく、邪魔しない」
「邪魔だなんて思ったことないよ? 俺は小枝がいてくれるだけで幸せなんだから」
「ぼくはパパが大好きで、だからパパのそばにずっといるの。でも楽しいこともしてほしいの。ぼくはパパを幸せにしたいの」
そんな。なんていじらしい子なんだ。
俺の方こそ小枝をいっぱい幸せにしてあげたいっていうのに。
それに、大人だっ。俺よりも大人の考え方だっ。
俺はまだ、小枝を誰にもやりたくないのに。
小枝はパパが殿下のモノになっても良いと言うのか?
大きな器で許してやるというのかぁぁ? うーん、複雑っ。
「ですがぁぁ。キスくらいでそんなに恥ずかしがるなんて、パパはウブですねぇ? ぼくだってキスくらいしたことがありますよっ」
ギャ、なんですとっ??
「いつ? だ、誰と?」
なんだとぉぉお? 五歳の小枝の唇を奪うやつがいたっていうのかっ?
保育園の子か?
まさか、ジョシュアじゃあるめぇなぁ?
「へえぇぇぇえあぁぁああ? パ、パパ?」
小枝は上目遣いであちらこちらキョロキョロさせたあと。そう言った。
なんだ、パパか。なら、よし。
俺はニッコリ笑顔で言うのだった。
「えぇ? いつの間に? パパは虫歯が移ったら可哀想だから小枝にチュウしないでいたのに。だったら、俺のファーストキスは小枝だったんだな?」
「…光栄ですぅ」
俺が寝ているときにでも、チュウしたんだろうか?
それとも。まだキョドキョドしているから。誤魔化されたのかな?
もしかしたら前世の話かもしれないけど。
小枝、前世はノーカウントです。
そして残念なお知らせですが、パパもノーカウントです。
パパをカウントしたら、大体のお子さんのファーストキスが親になっちゃうもんね?
んん、なんか、えぇっとですね。ディオンとチュウしたんですけど。
そうしたら殿下が苦しみ出しまして。
アレルギー反応かと思って。俺とチュウしてアレルギーってどゆこと?
いや、知らんけど。
とにかく喉を診てみたら。
なんか、喉の奥に緑色に光る魔法陣があるんですけどぉぉ?
「喉の奥に魔法陣みたいなのがある」
そう言ったら。
殿下は口を開けたまま、珍しく丸い目をして驚いていた。
「あのですね、緑色に光っているんですよ、二重丸に変な文字が書いてある、奇妙な模様が。わかります?」
小枝に付き合って見ていたアニメの中で、そういう模様が出るやつを見たことがあって。
なんか、呪いとか魔法とか? そういうのをするときに出るやつ、あるじゃん?
あと、小枝と一緒に穴に落ちたときに出た模様にも似ている。
「あぁ、魔法で構築された呪いみたいなものだろうな。奴隷紋などはそういうふうにして作るのだが」
殿下の言葉に、俺は無意識に首の奴隷紋に手で触れる。
まぁ、立ち襟なので、直に触るわけではないけど。
つまりこの世界では、呪いや魔法が当たり前のようにあるってことか。
そういえば、小枝も言っていたものな。
ここは剣と魔法の世界だと。
あんまり他の人の魔法に触れる状況がなかったから、忘れていたけど。
殿下も魔法を使える人なのだった。
主に物理攻撃のようだけど。小枝に、誰にも隷属させない魔法も施してくれたね。
「え、それって。呪われた覚えがあるのですか? なんか、呪文みたいなのをするんでしょ?」
「いや、ないが。いつの間にか…たとえば子供のときに呪術に触れたか。少なくともレギに出会う前だろうな。ここ十七年ほどはそのような目に合った覚えはない」
「では、十七年もなにかの呪いを受けていたということですか?」
「…不眠症だろうな。たぶん。眠れなくなる呪いだ。俺が長年苦しめられているのは、それしかない」
階段に座ったまま、殿下は腕を組んで考えているけど。
「女性嫌いは? 女難の呪いとか」
苦しんでいるかは知らないが、普通に女運が悪いですよね、殿下。
「それは俺に近づく女性がみんな刺客だからであって。俺に近づく女性がみんな刺客になる呪いなどというものはさすがにないと思うのだが」
「真面目に返さないでください。冗談ですから」
言うと、殿下は眉間に深いしわを刻むのだった。
「あぁあ、ムードがっ。せっかくいい感じになったのに、完全に流れてしまったっ」
そして殿下は、手で頭を抱えて項垂れるのだった。
「それはまぁ、タイミングとムードは大事ですから。仕切り直してください」
俺は腰に手を当てて、苦笑する。
そんなに嘆かないでくださいよぉ。
「許さんっ。人生一度きりのファーストキスに横やりを入れるなど…この紋を刻んだ者をみつけ出して剣の錆にしてくれるわっ」
また射殺す目つきでワナワナして、物騒なことを言い出すんだからぁ。
その顔で言ったらシャレにならないって。
あ、シャレじゃないか。殿下はマジで剣の錆にするのだろう。
「だが、なんでこのタイミングで痛くなったのだろう。はっ、キスできない呪いなのではないか?」
気づいたように顔を上げる殿下。
しかし、それは違うと思います。
「あのぉ。ちょっと言いにくいことなんですけど。なんでか俺の唾液に反応したのかもしれません。ほら…チュウしたでしょ? 呪いの紋は緑色に光っているのですけど、少し煙が出て、消えかかっているんです。キスできない魔法なら、キスして強く反応することはあっても、消えかかったりはしないのではないかと」
「なに? ではもう一度試してみよう」
スクッと立ち上がった殿下は、両手を広げて、さぁさぁと迫ってくる。
そんなついでとか流れとか勢いとかでは、なんか嫌です。
なので俺は後ずさるのだった。
「嫌ですよ、こんなお日様の下でチュウチュウするのは。小枝に見られたら、死ぬっ」
「では、夜にキスするぞ。医者が治療に躊躇してはならぬ。良いなっ」
ビシッと指を突きつけて宣言され。
俺は、治療だと言われれば、逃げられず。
ウググとなりながらもうなずくのだった。
「でも、不眠症が治るかもしれないのは、良かったですね、殿下?」
「不眠症が治ったとしても、おまえを手放す気はないぞ、大樹」
あぁ、ダメですか。でしょうね。キスしちゃったし。
でも、奴隷解放も目指していきたいところなので。
ちょっとの間のあと『…はい』と告げた。
★★★★★
夜。キスするぞと宣言されている俺は、殿下の部屋になかなか足が向かなくて。
俺らの部屋の寝室で小枝とゴロゴロしていた。
寝台の少し離れたところに、今日アンドリューさんがプレゼントしてくれたお花が飾られている。
結構、大の大人の俺が一抱えするほどに、大きな花束だ。
アンドリューさんの気持ちを考えると、ちょっとその花を見てしんみりしてしまう。
フッた形になった俺がそう思うのは、失礼かもしれないけど。
真剣に求愛してくる殿下と、同じくらいの気持ちで俺に好意を寄せていたのだとすれば。
うぅ、その気持ちに全く気付けず、申し訳ないです。
自分ではそんな風に思ったことなかったけど。
殿下に説明されなきゃアンドリューさんの気持ちがわからなかったのだから。
すっごく鈍感でした。
そういえば、小枝も戦場で、あれは求婚だったみたいなことを言っていたもんな?
五歳の子にわかるものを、悟れない俺は。
確かに、結構重症なくらいに鈍感なのだった。
だってぇ、男性に言い寄られた経験なんか、この二十八年間なかったんだもんよぉ。よぉ。
とにかく、すみませんでしたアンドリューさんっ。
それはともかく。
グレイは寝るときに花の香りがきつくないよう配慮して、少し離して花を飾ってくれたみたい。
すごい気配り。
俺も殿下の従者として、こういう気の利いたことをしたいものだ。
「パパぁ、ぼくねぇ。今日、パパがアンドリューさんに連れて行かれそうになって、あせっちゃいました。パパはぼくのパパだから。アンドリューさんにはあげないんだからねぇ」
「はは、小枝を置いて、どこにも行かないよ。パパだって、小枝がそばにいなきゃ嫌なんだからな?」
確かにあのとき、アンドリューさんに引っ張られたときは、すごい力で。
同じ男性ながら、力強さがこうも違うとは。と思って、ギョッとした。
スリーパーがなかったら、馬車に押し込まれて、殿下にバイアされて、ヤバいことになったかもしれない。
そう思うとゾッとする。
まぁ、アンドリューさんも話せばわかってくれたから。
そこは良かったけど。
それに、殿下はアンドリューさんと同じくらいに鍛え上げられた人で。
もしもディオンが無理に俺を抱こうとしたら。
難なくそれができてしまうのだと、知ったというか。
まぁ、スリーパーで眠らせちゃうっていうのもあるけど。
俺は奴隷だから、命令されたら断れない立場でもあるじゃん?
でも今まで強引にそういうこと…キスひとつ、無理には進めてこなかったところなんかは。
殿下に感謝する…というのもおかしいか。
なんか、待ってくれてありがとう、的な?
そんな気持ちになる。
俺の心情を重んじてくれる、ディオンの思いやりを感じて。
優しい人なんだなって改めて思う。
顔は険しいけど。心まで厳しくないのだ。
「つか、今日アンドリューさんが聞き捨てならないことを言いましたよねぇ? パパはもう殿下に抱かれているのですかぁ? えっち、しちゃったのですかぁあ?」
あああ、アンドリューさんと話していたとき、最後の方で小枝が一緒だったけど。
そのとき、そんな話したっけぇ?? したね。
五歳の子がそういうことを言い出したら、ギョギョっとするだろう?
しかし小枝はキラリンとした瞳でみつめるのだった。
外身は無垢なようで。しかして中身は大人なのだった。
大人小枝、キタ――ーーっ。
「だっ、抱かれていないよ。つか、抱き枕みたいな感じだから。小枝は心配しないのぉ」
天使のお顔でえっちしちゃったぁ? なんてお下品なことを言っちゃダメだぞ。
「本当に? それだけですかぁ? パパはこの頃お顔がきれいなので。てっきり殿下がパパを攻略してしまったのかと。愛の力でパパをみがいたのかとぉ。ハグもチュウもその先も済みなのかとぉぉ?」
「ハグとチュウは…少し、だけ?」
言ってから、俺は熱くなる頬を手で押さえた。
つか、なに小枝に正直に答えちゃってんの? 俺。
あぁあ、もう。小枝の顔がまともに見られないよぉ。
アラサーと呼ばれるこの年になって。
さらにパパだっていうのに。
はじめてのチュウにうろたえる俺。
だって仕方がないではないか。初チュウ。初キスなのだぁ。
チュウした日はママの顔見られないって歌があるけど…俺は小枝の顔さえも見みれないぃぃ。
「パパ、そんな顔真っ赤にして。反応が激しいから、びっくりしちゃうけど。少しってなんですか? つか、チュウ? キスでその反応ですか??」
「やめてぇ、小枝。追求しないでぇ」
俺は手で顔を覆って、恥ずかしさのあまりベッドの上でゴロゴロした。
「恥ずかしいのはぁ、怒っているんじゃないから。嫌じゃないんだよね? パパが嫌じゃないなら、いいよぉ。無理や無体はダメですけどね?」
小枝がそう言うので。俺は指の間から小枝をそっと見やる。
「いいのか? パパが殿下のモノになっても」
「それはダメですぅ。パパは小枝のだもん。でも、ちょっとだけなら。殿下ならいいよぉ。殿下はパパを守ってくれるんだもんね?」
なんか。そういうふうに言われると。
なんとなく小枝が親離れしてしまったような気がして。
ちょっと寂しいパパだった。
「ぼく、パパには楽しいことをしてほしいの。ぼくがいるから、パパがなにかを我慢するのは嫌なの。だからパパが殿下といて楽しいなら、ぼく、邪魔しない」
「邪魔だなんて思ったことないよ? 俺は小枝がいてくれるだけで幸せなんだから」
「ぼくはパパが大好きで、だからパパのそばにずっといるの。でも楽しいこともしてほしいの。ぼくはパパを幸せにしたいの」
そんな。なんていじらしい子なんだ。
俺の方こそ小枝をいっぱい幸せにしてあげたいっていうのに。
それに、大人だっ。俺よりも大人の考え方だっ。
俺はまだ、小枝を誰にもやりたくないのに。
小枝はパパが殿下のモノになっても良いと言うのか?
大きな器で許してやるというのかぁぁ? うーん、複雑っ。
「ですがぁぁ。キスくらいでそんなに恥ずかしがるなんて、パパはウブですねぇ? ぼくだってキスくらいしたことがありますよっ」
ギャ、なんですとっ??
「いつ? だ、誰と?」
なんだとぉぉお? 五歳の小枝の唇を奪うやつがいたっていうのかっ?
保育園の子か?
まさか、ジョシュアじゃあるめぇなぁ?
「へえぇぇぇえあぁぁああ? パ、パパ?」
小枝は上目遣いであちらこちらキョロキョロさせたあと。そう言った。
なんだ、パパか。なら、よし。
俺はニッコリ笑顔で言うのだった。
「えぇ? いつの間に? パパは虫歯が移ったら可哀想だから小枝にチュウしないでいたのに。だったら、俺のファーストキスは小枝だったんだな?」
「…光栄ですぅ」
俺が寝ているときにでも、チュウしたんだろうか?
それとも。まだキョドキョドしているから。誤魔化されたのかな?
もしかしたら前世の話かもしれないけど。
小枝、前世はノーカウントです。
そして残念なお知らせですが、パパもノーカウントです。
パパをカウントしたら、大体のお子さんのファーストキスが親になっちゃうもんね?
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※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
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