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58 ムード? 言ってる場合かっ
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◆ムード? 言ってる場合かっ
あなたを守る騎士となる、と言って。アンドリューさんが俺の目の前でビシッと踵を鳴らして敬礼した。
俺はその格好良さに、思わず見惚れてしまう。
「うわぁ、格好いいね、小枝?」
隣にいる小枝に声をかけると。小枝も目をハートにして。
「やはり、騎士も捨てがたい」
とつぶやくのだった。なんの話?
しかしながら、こんな間近で騎士の正式な礼を見られるなんて、すごくラッキー。
それによくわからないけど、なんか話がうまくまとまったような気もしたので。
それもラッキー。
アンドリューさんは殿下への非礼を詫び、彼らは話をするためにサロンに戻ったのだった。
じゃあ、その間に。昼食の準備をしましょう。
アンドリューさんも食べていくだろうから、腕によりをかけて作らないとね?
なにせ、アンドリューさんは貴族様だ。きっと美味しい料理を食べて育ってきたに違いない。
俺の庶民料理がどこまで通用するかわからない。
なにせ。殿下たちは王族といっても、毒入り飯を食べてきた欠食児童なのだからねっ。舌の肥え方はアンドリューさんの方が断然上なはずだっ。
実は、ご飯がすでに炊けています。
本当は、お昼はおにぎりの予定だったんだけど。貴族様に塩おむすびを食べさせるわけにはいかないね?
うーん。今あるもので、見映えがいいので、なにができるかなぁ…。あっ!
あれにしよう。
お米はね、実はユカレフが来た数日あとに、ハッカクが届けてくれたんだ。
戦場で生き抜いた、五体満足の青年を見て。
俺は涙がちょちょ切れたし。
小枝もハッカクを覚えていて、彼に登って遊んだりした。
米俵を軽々運ぶハッカクは、とてもたくましくなっていて。小枝が登ったくらいではビクともしないんだ。
またいろいろ仕入れて持ってきてくれるって。感謝感謝。
それで、米と味噌と醤油が追加で入ってきましたよ。
調味料が充実してきて。逆になにを作ろうか、悩んじゃう感じですね。
というわけで、午前中にお米を炊いておきました。
炊飯器がなくても、俺はキャンプで。焚火でご飯を作っていたので。鍋でご飯が炊けます。
一時間くらい水を吸わせた米を鍋に入れ、米の上に指の関節ひとつ分くらいの水位にして。火にかけます。
沸騰状態で二分くらい強く熱し。そのあとは十分くらい弱い火にかける。
蓋を開けて、水分がなくなり米が立っているのを確認。
うーん、ピカリとした白米。これだけでも美味しそう。でもまだです。
ふたを戻して火から外し、放置。三十分ほど蒸らしたら完成です。
というわけで。その放置していたご飯を使って、昼食を作りますね。
ニンニクをみじん切りにして少し茶色くなるくらいカリっと油で炒めたら。そこに玉ねぎのみじん切りを入れ。透明になってくるくらい炒めたら、トマトざく切りを投入。形を崩しながら液状になるまで炒めて。そこに塩少々とコショウをたくさん入れて。トマトピューレの完成。ケチャップモドキだね。
これはいろいろなものに代用できるので、多めに作っておきましょう。
別のフライパンで鶏肉のこま切れを炒め、ニンジンと茹でたインゲンのこま切れも炒めて。そこにご飯を投入。米がパラリとしたら、そこにトマトピューレを適量入れる。
ご飯がオレンジ色になったらチキンライスの完成です。
これだけでも美味しそう。でもまだです。さっき言った。
お椀型のお皿にチキンライスを詰めて、平皿の上にあけると。丸いドームができまして。
卵を人数かける二個分、ボールに割入れ、少々の塩をしてガシャガシャ混ぜまして。
バターを熱したフライパンに卵液をちょっとずつ入れてジュー。菜箸で崩しながら、真ん中に寄せて寄せて。半熟具合で皿の上にあるドームに滑らせます。
えぇ、巻かなくてもいいのです。かぶせても充分綺麗なのでね。
それを人数分、どんどん作りましてぇ。残っているトマトピューレを黄色い上に適量かけまして。
オムライスの完成でぇす。
食堂にいるみなさまの前に、お皿を並べます。
今日はビュッフェスタイルではなく、ひとりひとつずつ並べますよ。
付け合わせのサラダとスープ、口に合わなかったとき用のパンはすでに机に並べております。
「大樹、この黄色いのはなんだ?」
殿下がいつもの質問を口にするが、答えは小枝が言った。
「うわぁぁあ、きれいなオムライスぅ。ぼく、パパのオムライス大好きぃぃ。あのね、オムライスはねぇ、中が…うふふでね? 卵がやわぁぁらかくて、お口の中でむにゅむにゅで。卵とトマトと鶏肉がぜつみょーなコラボレーションでねぇ、おいしいいのぉぉ」
そうしてレギが、殿下の毒見のためにスプーンを入れるが。卵の下が赤い色をしていて、驚いていた。
「タイジュ、毒見をするのが心苦しい綺麗な料理を作らないでください。ん、美味い」
そう言われても困る。だってオムライスはこういう料理ですしぃ。
それにレギの毒見はもはや毒見ではなく味見と化していますよ。
「黄色い中から赤いのが出てきたぞ。これはなんだ?」
「チキンライスです。ライスはこの前取り寄せていただいたお米からできていまして。小麦と同様エネルギー源になる主食です。今日はトマト味ですが。白米のままでも美味しいんですよ」
それで、アンドリューさんにそっと声をかけた。
「俺の料理は庶民料理なので、お口に合わなかったらサンドイッチをお作りしますけど?」
「いいえ、これで。とても美味しいですよ、タイジュ先生」
「本当ですかぁ? 良かったです」
「あの、いつも殿下と同じテーブルで食事を?」
「えぇ。俺らが来てからは、いつもこんな感じで。エルアンリ王子たちも加わって、だいぶにぎやかになりました」
そう言うと、アンドリューさんはゆっくり食事をしながら、なにやら考え込む様子もあって。
だけど、サロンで見せたような激しさは、もう鳴りを潜めたのだった。
「パパぁ、この緑のなぁに? ピーマン?」
小枝が眉をひそめて言うのに。俺は小枝の隣に座って答えた。
「これはインゲンだよ。でもなんでもちゃんと食べなさい」
「苦いのは嫌だもぉん。でもインゲンは食べるぅ」
眉間のシワがなくなり、また笑顔で食べ始める小枝に。俺は苦笑する。
ピーマンは…大人になると美味しいと思うようになる。
子供は味覚が成長途中で苦みに敏感なんだ。でも大人はその苦みが癖になるというか?
緑黄色野菜というのは健康に良いというイメージだから食べてもらいたいけど。
俺もピーマン美味いと思ったの、高校卒業してからだからな。まぁ、ピーマンは容赦してやろう。
そうしてアンドリューさんを迎えた昼食は平和に過ぎ去り。
昼過ぎに馬車に乗ってアンドリューさんは帰宅したのだった。
「ありがとう、大樹。アンドリューの告白を毅然と断ってくれて」
アンドリューさんの乗る馬車を玄関前の階段で見送っていて。
そのとき、ディオンが俺に言った。
俺はあまり会話の内容がよくわからなくて。
彼が身請けをしたいと言ったのは、俺が好きだったから? みたいで。
告白、されたんだろうけど。それをフッてしまった感じになったのかなぁ。
まぁ、アンドリューさんとお付き合いするのは考えられないので、やはりそういうことになるよね。すみません。
実際、今は奴隷の身で。普通にディオンからは離れられないし。
彼が不眠症を治せないうちは、ここから離れるということも考えられないっていうか?
「私のそばにありたいと言ってくれて、嬉しかった」
「…アンドリューさんは、結局。俺が好きだと言いに来たのですか? 俺はディオンの奴隷だから。今更、なにもできないでしょう? ここから連れ出そうとしたけど。この首輪をたどって居場所はすぐにわかるのでしょう? ならば逃げたところでどうにもならないのに」
ディオンに聞くと、彼は眉間にズビシと深いしわを刻んだ。
えぇぇ?? なんか悪いこと言いました?
「おまえは鈍感だし、妙なところでリアリストで。空気を読まないよな? 私が良い雰囲気を作ってもバッサリスルーするしなっ?」
「まぁ、男性の求愛に関しては、鈍感かもしれませんね。薄目で見てます」
目を細めると。殿下は俺の額を小突くのだった。
「アンドリューが気の毒だ。このような鈍感に振り回されて…」
私も同様だが、とつぶやく。なんでぇ?
「彼は、戦場にいたときからおまえに好意を持っていたのだろう。恋愛的な。だが私が先に契約をしたことで、くすぶる気持ちを消火できなかった…というところではないか? 連れ出そうとしたのは、情熱の衝動であって。おまえが言うようにどうにもならないかもしれないけれど、なにかせずにはいられないというアンドリューのせつない想いを察してやれない、この鈍感さ。私はアンドリューの気持ちが手に取るようにわかるがな。ここへ来たのも、おまえに告白することで、気持ちの折り合いをつけたかったからだろう」
殿下は自分のことのようにアンドリューさんの心情をとうとうと事細かく説明するのだった。
「なるほど、わかりやすいです。告白する前に失恋しちゃって、あぁ、あのとき告白しておけば良かったぁ…的な。学生の心模様みたいな?」
俺がたとえて言うと。少し違うのか。
殿下はしんなり眉根を寄せるのだ。
「私も、彼の気持ちには気づいていたので。早々に彼から逃げたのだ。奴隷契約をして、その日のうちに出立しただろう? あれはアンドリューから逃げて。おまえと彼を引き離したかったからなのだ」
俺の知らないところで、ふたりは静かに恋のつばぜり合いをしていたようだ。
当の本人を差し置いて。知らんがな。
「へぇ、そんな駆け引きをしていたんですか? 殿下は意地悪だなぁ」
「おまえを絶対に手に入れたかったからだ」
「それって、俺にスリーパーがあるからでしょう? 不眠症がつらかったから」
「もう、それだけではないと。わかっているだろう? 大樹」
真剣な目で、みつめられ。
なんとなく、そういう方向に話が向かっていて。なんとなく、軽口で逃げようとしてみたけど。
うーん、誤魔化せなくなってきたな。
ディオンが俺を絶対手に入れたかったのは。俺のスリーパーが欲しいから。好きという感情ではない。
そうだったら、いろいろ逃げられたけど。
もう、そうじゃないって知っている。
「えぇ。わかっています、殿下」
ディオンは両手で俺の両肩を掴んで、向き合わせる。
「俺にはおまえが必要だ。スリーパーの能力だけではない。おまえを心から愛しているのだ」
氷のように見える薄青の瞳が、熱く揺れて。
あぁ、これは。
逃げても茶化してもダメなやつだ。
「今は、ちょっとでいい。大樹のほんの少しの好きの分だけ。触れさせてくれ」
そして、顔を寄せてきた。
え? キスするの? ホントに、するの?
それがわかったとき。胸がギュンってなって。足が震えた。
でも唇の前で、殿下がほんのちょっと離れたところで止まって。
たぶん、最後の猶予。
マジかぁ、ドキドキする。もういっそ、早くやっちゃってぇ…って気になる。
で、目をギュッと閉じたら。
俺が逃げないとわかったのか、熱い唇を俺の唇に押しつけてきた。
口に、柔らかい感触。
うわぁ、こんなゼロ距離になるの。生まれてはじめてだ。
小枝とだって、虫歯にさせたくないからキスはしなかったというのに。
というか、一応実の子ではないので、義父がチュウしたら倫理的にマズいだろうし。
俺の両親もベタベタ派じゃなくて適度な距離感があったから。
チュウする親子ではないのだぁぁ。
なんて。ほんの一瞬のうちに考えたよ。
現実逃避。嫌なわけじゃないけど。なんていうか。頭グルグル状態。
もう、経験皆無のおっさんを悩ますなぁ。
たぶんそんなに長いキスじゃなかったと思うけど。唇を離した殿下が言った。
「はじめて、だな?」
「からかわないでください」
以前、キスしたことがないと言ったから。からかわれたのだと思った。
つか、いい年してキスにオタオタして、はずかしぃ。
でも仕方ないのっ。はじめてなんだからっ。
そんな風に、気持ちが上がったり下がったり怒ったりする。
「いや、お互いにだ。俺もキスをしたいと思うほど好きになった人は、おまえがはじめてだから」
うぅぅ、そんなん言われたら、ジンとするっ。どこかがっ。
そうしてディオンは、またくちづけてきた。
今度は、唇がモグッとうごめくくらいの。少し深いキス。
ちょっと。ちょっとの好きの分って言ったのに。
でも、男にキスされても。そんなに嫌悪感はないなぁ。
ディオンとは、寝室でずっと近いところで一緒に寝ていて。変だとは思いつつも嫌ではなかったから。
キスもその延長線上で、それほど嫌じゃないという…。
うん。まぁ。許容範囲内。
だけどぉぉ、キスしてるってだけで心臓がバクバクで持たないから、もうダメェ。
って思って、一歩あとずさったら。
簡単にディオンも離れてくれたので、良かったんだけど。
殿下が喉をおさえて苦しみ始めた。
「どうしました? まさか、この期に及んでやっぱり男とキスするのが気持ち悪かったとか? だったら結構えげつないですよ、殿下」
「んんんっ、ちが…そんなわけ、あるかっ。喉が、焼けるように、痛い」
「えぇ? じゃあ、アレルギー症状? まさかの俺アレルギー??」
特定の人がダメだとかは、精神的な病の可能性もあるが。人が発するなにかに反応してしまうアレルギーが、あったような? 文献で読んだような?
「ちょっと、喉を見せてください、殿下」
しかし万が一アナフィラキシーだったら命に関わる。
俺は殿下を階段に座らせて、上を見るよううながした。
「せっかくの、ファーストキス…ムードがぁ…」
「ムード? 言ってる場合かっ。いいから口開けて、あーーん」
喉を診るにはペンライトが必要なんだが。もう電池切れちゃって。
戦場で細かいところ見るのに使いきっちゃったんだよね。電池はここにはないしね。
なので、持ってはいたけど、お役御免になりました。
仕方がないので太陽光にさらして診る。
あとはランプの火で見る方法もあるけど。とりあえず太陽で見る。
そうして殿下の喉の奥を見てみると。太陽光がなくてもはっきりわかる感じで。
「喉の奥に、魔法陣みたいなのがある」
あなたを守る騎士となる、と言って。アンドリューさんが俺の目の前でビシッと踵を鳴らして敬礼した。
俺はその格好良さに、思わず見惚れてしまう。
「うわぁ、格好いいね、小枝?」
隣にいる小枝に声をかけると。小枝も目をハートにして。
「やはり、騎士も捨てがたい」
とつぶやくのだった。なんの話?
しかしながら、こんな間近で騎士の正式な礼を見られるなんて、すごくラッキー。
それによくわからないけど、なんか話がうまくまとまったような気もしたので。
それもラッキー。
アンドリューさんは殿下への非礼を詫び、彼らは話をするためにサロンに戻ったのだった。
じゃあ、その間に。昼食の準備をしましょう。
アンドリューさんも食べていくだろうから、腕によりをかけて作らないとね?
なにせ、アンドリューさんは貴族様だ。きっと美味しい料理を食べて育ってきたに違いない。
俺の庶民料理がどこまで通用するかわからない。
なにせ。殿下たちは王族といっても、毒入り飯を食べてきた欠食児童なのだからねっ。舌の肥え方はアンドリューさんの方が断然上なはずだっ。
実は、ご飯がすでに炊けています。
本当は、お昼はおにぎりの予定だったんだけど。貴族様に塩おむすびを食べさせるわけにはいかないね?
うーん。今あるもので、見映えがいいので、なにができるかなぁ…。あっ!
あれにしよう。
お米はね、実はユカレフが来た数日あとに、ハッカクが届けてくれたんだ。
戦場で生き抜いた、五体満足の青年を見て。
俺は涙がちょちょ切れたし。
小枝もハッカクを覚えていて、彼に登って遊んだりした。
米俵を軽々運ぶハッカクは、とてもたくましくなっていて。小枝が登ったくらいではビクともしないんだ。
またいろいろ仕入れて持ってきてくれるって。感謝感謝。
それで、米と味噌と醤油が追加で入ってきましたよ。
調味料が充実してきて。逆になにを作ろうか、悩んじゃう感じですね。
というわけで、午前中にお米を炊いておきました。
炊飯器がなくても、俺はキャンプで。焚火でご飯を作っていたので。鍋でご飯が炊けます。
一時間くらい水を吸わせた米を鍋に入れ、米の上に指の関節ひとつ分くらいの水位にして。火にかけます。
沸騰状態で二分くらい強く熱し。そのあとは十分くらい弱い火にかける。
蓋を開けて、水分がなくなり米が立っているのを確認。
うーん、ピカリとした白米。これだけでも美味しそう。でもまだです。
ふたを戻して火から外し、放置。三十分ほど蒸らしたら完成です。
というわけで。その放置していたご飯を使って、昼食を作りますね。
ニンニクをみじん切りにして少し茶色くなるくらいカリっと油で炒めたら。そこに玉ねぎのみじん切りを入れ。透明になってくるくらい炒めたら、トマトざく切りを投入。形を崩しながら液状になるまで炒めて。そこに塩少々とコショウをたくさん入れて。トマトピューレの完成。ケチャップモドキだね。
これはいろいろなものに代用できるので、多めに作っておきましょう。
別のフライパンで鶏肉のこま切れを炒め、ニンジンと茹でたインゲンのこま切れも炒めて。そこにご飯を投入。米がパラリとしたら、そこにトマトピューレを適量入れる。
ご飯がオレンジ色になったらチキンライスの完成です。
これだけでも美味しそう。でもまだです。さっき言った。
お椀型のお皿にチキンライスを詰めて、平皿の上にあけると。丸いドームができまして。
卵を人数かける二個分、ボールに割入れ、少々の塩をしてガシャガシャ混ぜまして。
バターを熱したフライパンに卵液をちょっとずつ入れてジュー。菜箸で崩しながら、真ん中に寄せて寄せて。半熟具合で皿の上にあるドームに滑らせます。
えぇ、巻かなくてもいいのです。かぶせても充分綺麗なのでね。
それを人数分、どんどん作りましてぇ。残っているトマトピューレを黄色い上に適量かけまして。
オムライスの完成でぇす。
食堂にいるみなさまの前に、お皿を並べます。
今日はビュッフェスタイルではなく、ひとりひとつずつ並べますよ。
付け合わせのサラダとスープ、口に合わなかったとき用のパンはすでに机に並べております。
「大樹、この黄色いのはなんだ?」
殿下がいつもの質問を口にするが、答えは小枝が言った。
「うわぁぁあ、きれいなオムライスぅ。ぼく、パパのオムライス大好きぃぃ。あのね、オムライスはねぇ、中が…うふふでね? 卵がやわぁぁらかくて、お口の中でむにゅむにゅで。卵とトマトと鶏肉がぜつみょーなコラボレーションでねぇ、おいしいいのぉぉ」
そうしてレギが、殿下の毒見のためにスプーンを入れるが。卵の下が赤い色をしていて、驚いていた。
「タイジュ、毒見をするのが心苦しい綺麗な料理を作らないでください。ん、美味い」
そう言われても困る。だってオムライスはこういう料理ですしぃ。
それにレギの毒見はもはや毒見ではなく味見と化していますよ。
「黄色い中から赤いのが出てきたぞ。これはなんだ?」
「チキンライスです。ライスはこの前取り寄せていただいたお米からできていまして。小麦と同様エネルギー源になる主食です。今日はトマト味ですが。白米のままでも美味しいんですよ」
それで、アンドリューさんにそっと声をかけた。
「俺の料理は庶民料理なので、お口に合わなかったらサンドイッチをお作りしますけど?」
「いいえ、これで。とても美味しいですよ、タイジュ先生」
「本当ですかぁ? 良かったです」
「あの、いつも殿下と同じテーブルで食事を?」
「えぇ。俺らが来てからは、いつもこんな感じで。エルアンリ王子たちも加わって、だいぶにぎやかになりました」
そう言うと、アンドリューさんはゆっくり食事をしながら、なにやら考え込む様子もあって。
だけど、サロンで見せたような激しさは、もう鳴りを潜めたのだった。
「パパぁ、この緑のなぁに? ピーマン?」
小枝が眉をひそめて言うのに。俺は小枝の隣に座って答えた。
「これはインゲンだよ。でもなんでもちゃんと食べなさい」
「苦いのは嫌だもぉん。でもインゲンは食べるぅ」
眉間のシワがなくなり、また笑顔で食べ始める小枝に。俺は苦笑する。
ピーマンは…大人になると美味しいと思うようになる。
子供は味覚が成長途中で苦みに敏感なんだ。でも大人はその苦みが癖になるというか?
緑黄色野菜というのは健康に良いというイメージだから食べてもらいたいけど。
俺もピーマン美味いと思ったの、高校卒業してからだからな。まぁ、ピーマンは容赦してやろう。
そうしてアンドリューさんを迎えた昼食は平和に過ぎ去り。
昼過ぎに馬車に乗ってアンドリューさんは帰宅したのだった。
「ありがとう、大樹。アンドリューの告白を毅然と断ってくれて」
アンドリューさんの乗る馬車を玄関前の階段で見送っていて。
そのとき、ディオンが俺に言った。
俺はあまり会話の内容がよくわからなくて。
彼が身請けをしたいと言ったのは、俺が好きだったから? みたいで。
告白、されたんだろうけど。それをフッてしまった感じになったのかなぁ。
まぁ、アンドリューさんとお付き合いするのは考えられないので、やはりそういうことになるよね。すみません。
実際、今は奴隷の身で。普通にディオンからは離れられないし。
彼が不眠症を治せないうちは、ここから離れるということも考えられないっていうか?
「私のそばにありたいと言ってくれて、嬉しかった」
「…アンドリューさんは、結局。俺が好きだと言いに来たのですか? 俺はディオンの奴隷だから。今更、なにもできないでしょう? ここから連れ出そうとしたけど。この首輪をたどって居場所はすぐにわかるのでしょう? ならば逃げたところでどうにもならないのに」
ディオンに聞くと、彼は眉間にズビシと深いしわを刻んだ。
えぇぇ?? なんか悪いこと言いました?
「おまえは鈍感だし、妙なところでリアリストで。空気を読まないよな? 私が良い雰囲気を作ってもバッサリスルーするしなっ?」
「まぁ、男性の求愛に関しては、鈍感かもしれませんね。薄目で見てます」
目を細めると。殿下は俺の額を小突くのだった。
「アンドリューが気の毒だ。このような鈍感に振り回されて…」
私も同様だが、とつぶやく。なんでぇ?
「彼は、戦場にいたときからおまえに好意を持っていたのだろう。恋愛的な。だが私が先に契約をしたことで、くすぶる気持ちを消火できなかった…というところではないか? 連れ出そうとしたのは、情熱の衝動であって。おまえが言うようにどうにもならないかもしれないけれど、なにかせずにはいられないというアンドリューのせつない想いを察してやれない、この鈍感さ。私はアンドリューの気持ちが手に取るようにわかるがな。ここへ来たのも、おまえに告白することで、気持ちの折り合いをつけたかったからだろう」
殿下は自分のことのようにアンドリューさんの心情をとうとうと事細かく説明するのだった。
「なるほど、わかりやすいです。告白する前に失恋しちゃって、あぁ、あのとき告白しておけば良かったぁ…的な。学生の心模様みたいな?」
俺がたとえて言うと。少し違うのか。
殿下はしんなり眉根を寄せるのだ。
「私も、彼の気持ちには気づいていたので。早々に彼から逃げたのだ。奴隷契約をして、その日のうちに出立しただろう? あれはアンドリューから逃げて。おまえと彼を引き離したかったからなのだ」
俺の知らないところで、ふたりは静かに恋のつばぜり合いをしていたようだ。
当の本人を差し置いて。知らんがな。
「へぇ、そんな駆け引きをしていたんですか? 殿下は意地悪だなぁ」
「おまえを絶対に手に入れたかったからだ」
「それって、俺にスリーパーがあるからでしょう? 不眠症がつらかったから」
「もう、それだけではないと。わかっているだろう? 大樹」
真剣な目で、みつめられ。
なんとなく、そういう方向に話が向かっていて。なんとなく、軽口で逃げようとしてみたけど。
うーん、誤魔化せなくなってきたな。
ディオンが俺を絶対手に入れたかったのは。俺のスリーパーが欲しいから。好きという感情ではない。
そうだったら、いろいろ逃げられたけど。
もう、そうじゃないって知っている。
「えぇ。わかっています、殿下」
ディオンは両手で俺の両肩を掴んで、向き合わせる。
「俺にはおまえが必要だ。スリーパーの能力だけではない。おまえを心から愛しているのだ」
氷のように見える薄青の瞳が、熱く揺れて。
あぁ、これは。
逃げても茶化してもダメなやつだ。
「今は、ちょっとでいい。大樹のほんの少しの好きの分だけ。触れさせてくれ」
そして、顔を寄せてきた。
え? キスするの? ホントに、するの?
それがわかったとき。胸がギュンってなって。足が震えた。
でも唇の前で、殿下がほんのちょっと離れたところで止まって。
たぶん、最後の猶予。
マジかぁ、ドキドキする。もういっそ、早くやっちゃってぇ…って気になる。
で、目をギュッと閉じたら。
俺が逃げないとわかったのか、熱い唇を俺の唇に押しつけてきた。
口に、柔らかい感触。
うわぁ、こんなゼロ距離になるの。生まれてはじめてだ。
小枝とだって、虫歯にさせたくないからキスはしなかったというのに。
というか、一応実の子ではないので、義父がチュウしたら倫理的にマズいだろうし。
俺の両親もベタベタ派じゃなくて適度な距離感があったから。
チュウする親子ではないのだぁぁ。
なんて。ほんの一瞬のうちに考えたよ。
現実逃避。嫌なわけじゃないけど。なんていうか。頭グルグル状態。
もう、経験皆無のおっさんを悩ますなぁ。
たぶんそんなに長いキスじゃなかったと思うけど。唇を離した殿下が言った。
「はじめて、だな?」
「からかわないでください」
以前、キスしたことがないと言ったから。からかわれたのだと思った。
つか、いい年してキスにオタオタして、はずかしぃ。
でも仕方ないのっ。はじめてなんだからっ。
そんな風に、気持ちが上がったり下がったり怒ったりする。
「いや、お互いにだ。俺もキスをしたいと思うほど好きになった人は、おまえがはじめてだから」
うぅぅ、そんなん言われたら、ジンとするっ。どこかがっ。
そうしてディオンは、またくちづけてきた。
今度は、唇がモグッとうごめくくらいの。少し深いキス。
ちょっと。ちょっとの好きの分って言ったのに。
でも、男にキスされても。そんなに嫌悪感はないなぁ。
ディオンとは、寝室でずっと近いところで一緒に寝ていて。変だとは思いつつも嫌ではなかったから。
キスもその延長線上で、それほど嫌じゃないという…。
うん。まぁ。許容範囲内。
だけどぉぉ、キスしてるってだけで心臓がバクバクで持たないから、もうダメェ。
って思って、一歩あとずさったら。
簡単にディオンも離れてくれたので、良かったんだけど。
殿下が喉をおさえて苦しみ始めた。
「どうしました? まさか、この期に及んでやっぱり男とキスするのが気持ち悪かったとか? だったら結構えげつないですよ、殿下」
「んんんっ、ちが…そんなわけ、あるかっ。喉が、焼けるように、痛い」
「えぇ? じゃあ、アレルギー症状? まさかの俺アレルギー??」
特定の人がダメだとかは、精神的な病の可能性もあるが。人が発するなにかに反応してしまうアレルギーが、あったような? 文献で読んだような?
「ちょっと、喉を見せてください、殿下」
しかし万が一アナフィラキシーだったら命に関わる。
俺は殿下を階段に座らせて、上を見るよううながした。
「せっかくの、ファーストキス…ムードがぁ…」
「ムード? 言ってる場合かっ。いいから口開けて、あーーん」
喉を診るにはペンライトが必要なんだが。もう電池切れちゃって。
戦場で細かいところ見るのに使いきっちゃったんだよね。電池はここにはないしね。
なので、持ってはいたけど、お役御免になりました。
仕方がないので太陽光にさらして診る。
あとはランプの火で見る方法もあるけど。とりあえず太陽で見る。
そうして殿下の喉の奥を見てみると。太陽光がなくてもはっきりわかる感じで。
「喉の奥に、魔法陣みたいなのがある」
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完結しました。
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光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
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悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。
みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。
男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。
メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。
奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。
pixivでは既に最終回まで投稿しています。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
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僕のユニークスキルはお菓子を出すことです
野鳥
BL
魔法のある世界で、異世界転生した主人公の唯一使えるユニークスキルがお菓子を出すことだった。
あれ?これって材料費なしでお菓子屋さん出来るのでは??
お菓子無双を夢見る主人公です。
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小説は読み専なので、思い立った時にしか書けないです。
基本全ての小説は不定期に書いておりますので、ご了承くださいませー。
ショートショートじゃ終わらないので短編に切り替えます……こんなはずじゃ…( `ᾥ´ )クッ
本編完結しました〜
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
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