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52 いやぁなかんじです。 (小枝)

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     ◆いやぁなかんじです。 (小枝)

 今日は、ジョシュア王子と遊ぶ日です。
 穏便にフェードアウトを狙っているのですが、なかなかうまくいきません。
 パパは殿下についていかなければならないから、今日はレギと一緒です。
 殿下は赤ちゃんなので、パパがいないとダメなんだって。
 仕方がないですねぇ。パパを一時間だけ貸してあげます。

 レギは見た感じ、澄ましたお顔でツンツンですけど。
 ぼくがお菓子やお花をあげると笑顔になってデレデレになるから。
 こういうの、ツンデレって言うんでしょ? ぼく知ってる。
 だからレギのことは嫌いじゃないよぉ? パパがいない間も、レギが見てくれたら安心です。

「コエダ、今日は庭で遊ぼうぜ? 虫は好きか?」
 ご挨拶したあとは、まず机の椅子に座るのですが。
 遊ぶのにワクワクしている王子は、そう言って、足をブランブランさせます。
 そんなことしたら、お行儀が悪いって、ぼくなんかいつもレギに叱られますよ。
 でも、王子は野放しなの。
 誰も叱らないよ。みんな王子を大切にしているんだね。…甘やかしているともいうけど。

「虫が好きな人なんかいるんですかぁ? チョウチョは見るだけならいいですけど」
 だって、足がいっぱいついててキモいじゃないですかぁ。
 触れるけど、好きではないです。メイ的には、無理ぃ、ですね。

「えぇ、虫、カッコイイじゃん。カブトムシとかカマキリとか」
「カブトムシは足がハリハリしていて、洋服にくっつくと離れなくなるよぉ?」
「コエダ、カブトムシ見たことあるのか? すっげぇ。俺は本に描いてあるのしか見たことないぞ」
 王子は目をキラキラさせて言う。
 ぼくは、パパがキャンプに連れて行ってくれて、そのときにパパがカブトムシを取ってきたの。
 洋服につけて、カブトムシバッジとか、パパは言ったけど。
 ぼくは怖くて、なんか動くから、取ってぇぇって泣いちゃったんだよぉ。黒歴史。
「じゃあさ、庭にカブトムシを取りに行こうぜ」
 王子はウズウズと椅子の上で体を揺するけど。執事さんが紅茶を入れながら言うのだ。
「ジョシュア様、カブトムシは夏の虫で、今はいません。それに外は雨が降りそうなので。今日は屋内で遊んでください」
「えぇ、つまんねぇのっ」
 拗ねた王子は唇を突き出して言い、紅茶をすする。

 これは、チャンスです。

「ジョシュア王子ぃ、言葉遣いも礼儀作法も悪いですねぇ。庶民のぼくと遊んでいるから、王子はお行儀が悪いんだって言われるんです。だから王子は、ぼくと遊ぶんじゃなくてぇ…」
「直す。俺のせいで…いや、私のせいで、コエダが責められるのはいけないな。私とコエダがそばにいることを、誰にもとがめさせたりしないぞ?」
 いや、貴族のお友達を普通に作ってください。っていうつもりだったのにぃ。
 またしても、誘導失敗です。
 つか、俺呼びが改まると、前世の完璧ツンツン王子に近づいちゃって、いやぁなかんじです。

「しかし屋内の遊びというと、また絵本でも読むか?」
 拗ねながらも、ぼくとなにをして遊ぼうか考える王子。

 しかし、またしてもチャンス到来ですっ。

「ジョシュア王子ぃ、この前、絵本を全部読めなかったじゃないですかぁ? ちゃんと文字をお勉強していますかぁ? 六歳にもなって絵本が読めないのは、お勉強不足です。庶民のぼくと遊んでいるから、王子は勉強しないんだって言われるんです。だから王子は、ぼくと遊ぶんじゃなくてぇ…」
「勉強する。コエダは頭が良いのに、私のせいでコエダまで頭悪く見えたら可哀想だ。その代わり、コエダが私に勉強を教えてくれ。それなら楽しく文字も覚えられそうだ」

 にっこり、王子様スマイルを向けられ。
 ぼくも反射で営業スマイルを浮かべる。
 むむぅ、またしても、誘導失敗です。
 つか、王子が勉強しだしたら、前世の非の打ち所のない優秀王子に近づいちゃって、いやぁなかんじです。

「じゃあ、今日読む絵本をえらびにいこう」
 そう言って、王子は鈴カステラみたいな丸いケーキを口に無造作に放り込んで。椅子から降りた。
 そうしたら、その途端。急に喉をおさえて、苦しみだす。
 食べ物にはクリーンをしているので、毒はないので。

 ケーキを喉に詰まらせたぁ?

 王子は声を出せない様子で、周りの大人たちは異常に気付かない。
 そして、ぼくは。大人に助けを求めればよかったのに。
 とっさに動いてしまったのだ。

 日本にいるとき、パパと買い物をしているときに。
 親子連れの子供が喉にアメを詰まらせて。
 パパが緊急処置して、アメを吐き出させ。子供の命を救った、その場面を見たことがあったんだ。

 パパは子供の頭を下にさげさせて、肩甲骨の間を強めに、振動が伝わるほどに叩いた。
 背部叩打はいぶこうだ法っていう、基本的なやつだ。
 ぼくもそれをやった。王子の頭をさげさせて、ぼくは小さくて力が弱いから。王子の肩甲骨の間に膝を入れて体重をかけて叩いたの。
 王子は無事にケーキを吐き出したよ。ふぃー。

「誰かぁ、あの子を捕まえてっ。ジョシュア様をあの子が殺そうとしたわぁ」
 そうしたら、なんだか侍女がそう叫んでぇ。
 へぇぁぁぁああ? って思って。
 殺そうとした? 誰がぁぁ? ぼくがぁぁあ??
 そしたらレギが、王子に駆け寄ったの。
 深刻な顔で助け起こしている、その姿を見て。

 ぼくは、あることを思い出してしまったぁぁあ。

 そんなぼくの驚愕に次ぐ驚きに次ぐ、びっくり仰天していたら。
 周りがザワッとうごめいた、どよめいた。
 マリアンヌ様が王子に駆け寄り、王子はマリアンヌ様のドレスのスカートに顔をうずめて大泣きしちゃったし。
 ぼくは王子の騎士に両手を掴まれてしまって。

 あぁ、ぼくは。
 メイのときに騎士たちに引っ立てられて、牢にぶち込まれた日のことを鮮明に思い出してしまいました。
 あのときも、そうだった。
 いきなり騎士がメイの腕を掴んで引っ張ったのだ。

 またもや、歴史は繰り返す。
 やはり、運命は変えられないんだなぁ。
 パパ、ごめんね。ぼくは今世でも処刑は免れないようです。しょぼりんぬ。

「コエダ、なにがあったのですか?」
 そう言って、レギはぼくに手を伸ばすけど。
 あることを思い出してしまったぼくは、レギの手を払ってしまった。

 だって、レギは。ぼくの味方じゃないのっ。

「コエダ?」
 だけど。レギはぼくが拒絶したことに、すっごいショックって顔になって。
 あぁ、前世とは違うんだっけって。思うけど。
 ぼくの脳みそは、もう、わけがわからなくなっていた。

「レギ様、パパを連れて来て。お願いぃ」
 なにがなんだかわからなくて、ぼくは、パパがいないと怖いって思って。
 レギに頼んだの。レギはうなずいてくれたから。
 きっと、パパが助けに来てくれる。
 それで、おとなしく。騎士様についていったの。

 ジョシュア王子の護衛騎士は戦場に行っていないから、あまり神の手特需はなかったけど。子供だから優しくしてくれたよ。大丈夫。

     ★★★★★

 それで、牢屋に入れられて、ナウ。
 ぼくはパパと殿下とレギに、誤飲の処置をしたということを話したのだ。
 前世のことは言わないようにしたよ。

「そうか、小枝。えらかったな。やっぱり俺の息子は世界一。なんにも悪いことはしていないよ」
「パパぁ」
 ぼくはパパが許してくれて。牢に入れられちゃったけど、許してくれて。信じてくれて。
 嬉しかった。
 やっぱりパパは、ぼくの味方だ。

「どうやら、大事ではなさそうだな。大樹、私はジョシュア側の話を聞いてくる。すぐにも出られるように手配してやるから、しばらく待っていてくれ」
「はい、殿下。よろしくお願いします」

 殿下は鉄格子越しに手を伸ばして、ぼくの頭をポヨンと撫でた。
「小枝、ジョシュアの命を救ってくれて、ありがとう。兄の私が礼を言うよ。小枝には誰にも指一本触れさせない。スタインベルン王家の命の恩人だものな」
 そして、いつもいかめしいお顔をほんのり和ませる。
 レギも、殿下の後ろで心配そうにぼくを見ていた。

 あぁ、心配させちゃって、ごめんなさい。パパ。殿下、レギ。
 心配してくれるのに、手を払っちゃって、ごめんねレギ。

 それからふたりは、一度この場を離れて王子の元へ行き。
 牢番の騎士もこの場を離れたから。
 牢の中は、ぼくとパパのふたりだけになった。

「よくやったな、小枝。ジョシュア王子は前世のことがあって、小枝には複雑な感情があっただろうけど。自分に悪いことが起きるかもしれないって思っても、ちゃんと王子を助けたんだよね? 目の前の命を助ける。その俺の言葉を守ってくれた。小枝はとっても立派だ」
 ぼくはもう、パパのことしか見ていなかった。
 暗い部屋も、ジメジメの空気も。全部シャットアウトして。
 ただ、パパの顔を見ていれば、安心して、心が落ち着いた。

「パパ。ぼく、怖かったけど。王子がとても苦しそうだったから」
「あぁ。でもね、誤飲の処置は難しいから、できれば、そばの大人を呼んだ方がいいよ」
「パパがいたら、もちろんパパを呼びましたけど。誤飲は一刻をあらそうのでしょう?」
「まぁ、そうだね。窒息は苦しいし、脳に酸素が行かなくなると重篤な後遺症が残る。時間が経てば経つほど回復は難しくなるものだ」
「背部叩打法っていうんだよね? パパが前に教えてくれたよ」
「そうか。大事なことを覚えていて、えらかったね」
 褒められて、ぼくは嬉しいやら照れくさいやらで。手をモジモジさせる。
 ぼくはパパに褒められることが一番好きなんだ。

「えへぇ…あとね、大事なことを思い出したの。前世のこと。レギがね、ジョシュア殿下の従者だったの」
 ぼくは、手柄ついでに。もうひとつの大事なことをパパに打ち明けた。
 そうです。味方の中に敵がまぎれ込んでいたのです。大変です。

「え? 前世でレギが?」
「メイが十五歳くらいのときに会ったから、レギはお年でね。今のレギより老けてたから、すぐにわからなかったけど。ジョシュア王子を助け起こしたときの顔が、同じだなって。思い出したの」
「ふぅん。前世では、殿下が…だったから。主人を失ったレギは、ジョシュア王子の従者になって、殿下の代わりに彼を守ろうとしたのかもな?」

 パパは言葉を伏せたけど。
 そうなの。前世で殿下は死んじゃったからね。
 レギは殿下のちゅうじつなしもべでしょう? そんな殿下がいなくなったら、きっとレギは心にぽっかり穴が開いちゃってぇ。
 あぁあ、だからジョシュア王子を殿下の代わりにすっごい守っていたんだぁぁ。

「前世のレギは、すっごい過保護だったの。メイが王子に近寄ると、すぐに追い払われちゃったもの。だから、あの手この手で王子に近寄ろうとしたら、王子にウザがられちゃったのぉぉ」
 もう虫けらを蹴散らすいきおいでねぇ、レギはメイを追い立てたのぉぉ。
 今のレギは澄ました顔をしているけどねぇ。
 前世では殿下みたいにいかめしい顔でねぇ、超超怖かったのぉぉ。

「うん。ふふ、まぁ、ウザいね」
「ね? メイ、ウザいね?」
 パパが笑ったから、ぼくもおかしくなって、笑っちゃった。
 ウザいって言われたけど。メイは若干ぼくとは違うので、いいの。
 だけど笑っていたパパは。
 少し目尻を下げて、情けないお顔になった。

「小枝。小枝は悪いことしていないから大丈夫だとは思うけど。もし処刑なんてことになったら。パパ、助けてあげられないかもしれない。この世界は、王様の言葉が第一なんだろ? そして俺は奴隷で、地位が底辺だもんな」
 それはそう。だって、だからメイは、誰にも助けてもらえなかったんだもの。
 聖女でも。王様がいらないって言ったら。助からないんだ。

「やっぱり、運命は変えられないのかなぁ? パパ。ぼくの結末は、決まっていて。そこへ向かっていくしかないのかなぁ?」
「そんなことない。ないって、思いたいね。だって、小枝の前世と違うことは、もういっぱいあるんだ。殿下は元気だし、小枝は女の子じゃないし。小枝は全然悪い子じゃないしね? だから、きっとなんとかなる」
 パパは、ぼくの言葉を否定するけど。
 自信はなさそうで。怖そうで。心細そうに。ぼくをキュッてした。
 あぁ、ぼくがパパをナデナデしてあげたい。

「…ここでスリーパーをして、牢番を寝かせて。みんな、みんな、寝かせて。逃げちゃうこともできるけど。パパは奴隷だから、殿下にバイアされたら動けなくなっちゃう。小枝を逃がすことはできる。けど五歳の小枝が、この世界でひとりで生きるなんて無理だから。だから逃げる選択肢は取れないんだ」
 バイアは、あのビリビリってなるやつだ。パパがすごく痛そうにしていたやつ。
 あんなの、もうパパにされたくないっ。でも。
「殿下はバイア、しないと思う」
 殿下はパパにはとっても優しいもの。パパの言うことはなんでも聞いちゃうよ。
 でもパパは首を横に振る。
「俺が逃げたら、別だよ。殿下には…俺が必要なんだ。だから殿下は俺のことは逃がさないし。離さないんだ」
「パパが、殿下に愛されているから?」
 絶対に離せないくらいに愛しているの?
 すっごくロマンティックなはなしじゃなぁいぃぃ?

「はは、それは…わからないけど」
 パパは濁すようなあいまいな言い方をしたけど。
 それは違うって、はっきり否定しなかった。

「もしもね、小枝が処刑されるときはね。俺がずっと手をつないでいてあげる。それでいっせぇーのぉせ、で一緒に死のう。殿下に斬ってもらおう。今日ね、殿下の剣の試合を見たんだけど、すごく強くてね。だから、きっと一瞬で殺してくれる。痛みなんか感じないうちに…」
「ぱぱぁ…」
 ぼくがしがみつくと、パパもギュッとしてくれる。
 でも、死ぬときの話なんかしないで。
 どうなるかわからないけど。
 パパが悲しいお話をしたら。ぼくも泣きそうになる。
 それに、ぼくのせいでパパが死んじゃうのも嫌だぁぁ。

「小枝を決してひとりにはしない。だって小枝はなにも悪いことしていない。良い子、良い子なんだから。俺の自慢の息子なんだから」
「パパぁぁぁ、うえぇぇええん」

 ぼくは声をあげて泣いた。
 自慢の息子だって言ってくれたことも嬉しかったし。
 だからこそ、こんなところで死にたくなかったし。
 パパのことだって。絶対死なせたりしないの。
 この世界では、ぼくがパパを守るの。

 パパを、ぼくが幸せにするの。だからこんなところで死んでいられないのっ。

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