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番外 ジョシュア 初恋はスミレ色 ③
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俺は、こうと決めたらそれを貫きたい派だ。
コエダとお友達になる。
いや、もう初恋だとわかったのだから。結婚でいいんじゃないかな? うむ。
というわけで、母上にお願いしました。
「母上、俺はコエダを嫁にすると決めました。ご許可をください」
夜に行われる戦勝祝賀パーティーの用意で、髪のセットを念入りにしている母が。
びっくりした顔で俺を見た。
ちなみに俺は、騎士団にあいさつしたときと同じ衣装でいいから、準備は必要ない。
「いきなり、なんですって? コエダというのは、どこのお嬢さん?」
「お嬢さんではありません。コエダはディオン兄上の従者の息子です」
「男の子と男の子は結婚できないのよ?」
「俺は知っています。男同士の結婚がこの国では認められているということを」
まぁそうだけどぉ…と。俺を誤魔化したかったような母上はぼそりとつぶやく。
「ディオンの従者の息子と言いましたか? その子とはお友達なの?」
「いえ、まだ話したことはありませんが。ひ、ひ、一目惚れなのですぅ」
俺は両手の人差し指と親指を合わせてグネグネする。
自分の恥ずかしさを自分で誤魔化しているのだっ。
こういう恋愛ちっくなことを母に報告するのは。とっても恥ずかしいことで。
顔が熱くなる。
「ジョシュア、あなたは六歳にしてはとても聡明で、ハンサムで。しかも王子様なのだから。女の子はみんなあなたのことを好きになるはずよ? 私の息子だもの。この先あなたが手に出来ないものなどないわぁ」
口紅をぬらなくても赤い唇をしている母上は、にっこり微笑んで。そばに立つ俺に言う。
「かしこーいあなたなら、おわかりね? 人との縁は、言葉なくして結ばれないもの。コエダと結婚したいあなたの気持ちはわかりましたから。まずはその子とお友達になりなさい。そして人となりをよく知って。それでも結婚したいと思ったときは、もう一度母に報告してちょうだい」
もう好きなのだから、友達にならなくても婚約しちゃえばいいのにって思う。
でも、まぁ。
コエダと話してみたいという思いもあるので。
そこから始めるのもいいでしょう。で。
「お友達になるにはどうしたらいいのですか? 俺が兄上のおうちにたずねていってもいいですか?」
今までお友達のいなかった俺は。
お友達になりなさいと言われても、困るのだった。
だって、大体は向こうからお友達になりたいと言ってきたんだからな。
なのに俺から、なんて。
最初はどうするものなのでしょう? 母上っ。
「駄目に決まっているでしょう。急に王子がたずねていったら、相手側も戸惑うでしょうし。命を狙われる王子が、ひとりフラフラと外出したら、たちまち殺されてしまいます。まず約束を取り付けて、ディオンにこちらへ来てもらう方がいいわ」
「では、兄上にお願いして…」
「ジョシュアのお願いでは、ディオンは動かないわよ。あの偏屈は王宮には来たがらない子だもの。だから、ジョシュア。先にお父様にお願いしなさい。お父様の命令ならディオンは断れないものねぇ」
おほほほ、と母上はなにやら楽しそうに笑った。
機嫌が良いのはいいけれど。
俺はちょっと拍子抜けな気分だ。もっと怒られるかと思った。
「母上は、俺が男の子と結婚しても、怒らないの?」
たずねると、母はナンセンスとばかりに残念そうに首を振る。
「ジョシュア、そりゃあジョシュアには女の子と結婚してもらいたいわ? 孫を考える年ではまだないけれどぉ。私だって、あなたの子をこの手に抱きたいとは思うの。でもね。後宮に入ったときに、私、心に決めたのよ。陰謀渦巻くこの館で、成人まであなたを立派に育てあげてみせるってね」
母は、そっと悲しそうな顔をした。
「スタインベルン王家で生き抜くことは、大変なことよ。好きだと思った相手が突然いなくなる。そういうこともあるわ。だから一瞬一瞬が大事なの。ささいなことでケンカしている時間はムダだわ。あなたは心のままに生きて。そして出来れば生き抜いて大人になってほしい。強く、たくましく、笑顔で、幸せにね。それが私の願い」
そうして母上は俺の頭を撫でた。
優しく、ソワソワするような、いとおしげな手つきで。
「というわけでね、母はあなたの恋を邪魔する気はないの」
「んん、いろいろ言われてよくわからないけど。母上は俺の味方ということですね?」
「そうよ。でも、父上に反対されたら。ジョシュアが説得するのよぉ? それくらいは出来なきゃ本気の恋とは言えないんですからね?」
「はいっ。でもまずは、お友達からですね。えっと、父上に、コエダとお友達になれるように兄上に命令してもらうのですねっ。わかりましたっ」
そして、母上に助言をもらった俺は、祝賀パーティーの席で父上にお願いして。
ディオン兄上に命令してもらったんだ。にっこり。
兄上は最初、渋っていたけど。
父上に、これは命令だと言われたら。
すっごい顔をしかめたけど。了解してくれました。
そんなに嫌? ただ遊びたいだけなのに。
いや、いずれは嫁にするのだけど。
確かに母上の言うように、いきなり結婚は、コエダが驚いてしまうよな。
人見知りで、つつましい子みたいだからなぁ。
怖がらせないように、そっと近づくのがいいだろう。うむ。
「どうだ? 父はあの気むずかしいディオンにも命令できるのだぞ? えらいだろ?」
父上は俺にほめてほしそうだったので。笑顔で。
「ありがとうございます、父上。父上は俺の望みをなんでも叶えてくれる、すっごい父上ですぅ」
と、ほめちぎっておいた。
これで、また。俺のお願いを聞いてくれるだろう。
★★★★★
兄上は父上の命令を嫌そうにしていたけど。
ちゃんと約束を守ってくれて。コエダを俺の遊び相手にしてくれた。
でも、お友達になるにも相性があるだろうということで。
はじめて会ったあの日から、ちょうど十日目に。俺の館で顔合わせをすることになったのだ。
相性なんて、良いに決まってるじゃん。
俺はコエダを嫁にしたいくらい好きなんだから。
だけど、まずは友達からだな。
もう心が震えて、ずっとドキドキしている。
やっとあの子と会えるし。コエダを近くで見れる。
声は、どんなだろう。
あの日は怒鳴られてしまったショックで、あまり覚えていないんだ。
コエダに会える日が、本当に待ち遠しかった。
少し時間があったから、準備に力を入れます。
「母上、紫のお花を用意したいのです。スミレがいいです。コエダは紫がよく似合います」
そう言うと、母は困ったように顔を傾げて、近くの侍女に聞く。
「こんな時期にお花なんてあったかしらぁ? でもスミレは無理よ。私、お花のことはよくわからないけど、スミレが今の季節じゃないことくらいはわかるわよ?」
その答えにがっかりしょんぼりしてしまったが。
侍女が紫の花なら用意してくれるって。じゃあ、テーブルに飾ろうかなぁ?
あと、一番美味しいケーキと紅茶を用意して。
あとはなにをしたらいいかなぁ、とウキウキしていたら。
母上がまだ先の話なのに、今からそれでは疲れてしまいますよ、と言った。
あぁ、待ち遠しいっ。
それでようやく、待ちに待ったコエダとの顔合わせの日になった。
表向きは、お友達になる顔合わせだけど。
俺は、婚約者を迎えるくらいの気合で、コエダを待っていたのだ。
朝食を済ませたら、洗面所の鏡を見て、前髪の分け目を綺麗に整える。
ん? こうか? なんかいつもと違って、変な顔に見えるな。
どうしよう、どんどん不細工になっていくような気がする。二本、髪をこちらへ…いや、やっぱ変。
納得いかないけど、もうすぐコエダが来てしまうぅ。
「母上、俺はどこかおかしいところはありませんか?」
洗面所から出て、母にたずねるが。
パーティーでもないのに赤いきらびやかなドレスを着て、優雅にソファに腰かける母は。俺をちらりと見て、にっこり微笑んだ。
「えぇ、いつも通り。どこに出してもおかしくないハンサムさんですよ?」
あぁ、母上に聞いたのは間違いだったかもしれない。母はいつだって、俺のことはハンサムと言うからな。
コエダと会うのは、玄関口にほど近いサロンだ。お客様を通す部屋なのだが。
そこが一番明るくて、一番温かい。
窓ガラスが庭に出張っていて、日差しがさんさんと室内にさし込む。
きっとコエダのこともピカピカに輝かせるだろう。
そうしたら、使用人が。ディオン兄上の到着を知らせた。
執事に案内されてサロンに来たのは。
兄上と、兄上の古参の従者。レギと言ったかな。
そしてコエダと、コエダの父、タイジュ。
父はコエダと手をつないでいる。うらやましいなぁ。
俺はソワソワがドキドキに変わって、思わず母のドレスを手で握ってしまったが。
彼らを目にした母は、あらあら言いながら、コエダの方にかけ寄っていった。
えええぇぇ? 母上、紹介はッ?
ドレスから手を離すと、母はコエダの前にかがんで、ほっぺをムニュムニュしている。
なっ、なんたる暴挙。
母はやはり、俺とコエダの仲を引き裂こうとしているのかぁぁっ??
「あぁあ、懐かしいわぁ? あの子、紫の衣装をいつも着ていたものね? ほっぺがちょっと物足りないけど。愛らしいわぁ?」
紹介をすっぽかした母上は、目の色を変えてコエダのほっぺをもむ。
やめてあげてぇ。
「マリアンヌ、挨拶もなしにコエダで遊ぶんじゃない」
ディオン兄上がビシリと母を注意してくださいました。
やはり兄上は頼りになります。
それで気を取り直した母は、シャナリと美しい淑女の礼を取るのだった。
そのあと、俺をそばに寄せる。
いつもの母上に戻ったか? ホッ。
母上と兄上が挨拶し終わって。
ようやく俺たちの番が回ってきたな。
わぁー、緊張するぅぅ。
えっと、まず自己紹介をぉ、と思っていたら。コエダが先にペコリと頭を下げた。
「ミャー・コエダ、五歳です。先日はごあいさつできず、まことに失礼いたしました」
そんなこと気にせずともよいのに。
というか、俺が先に謝るつもりだったから、出鼻をくじかれた。
うぅ、順番が狂った。えっと、なんだっけ?
っていうか、近くで見ると本当に可愛いなぁ。
頭を上げたコエダは、まん丸い目で俺を上目遣いに見ている。
その破壊力! 並じゃない。
恥ずかしいのか、手をモジモジしている。その仕草が可憐だ。
ひよこ色の髪がポアポアしてはずみ。
息、息しないと、死ぬっ。
なにも言わない俺を、コエダはきょとんと見ている。
あ、あ、あ、なんだっけ。じこしょーかい。
「っお、俺は。第七王子のジョシュア・スタインベルンだっ」
何度も練習したのに、噛んだ。順番が違ったからっ。もうっ。
で、次。次は、なんだっけ?
「お、おまえ………よく来たな」
ああぁぁっ、気の利いたこと言えねぇっ。
はっ、今の頭を振った仕草で、髪が乱れた。直そう。
こんな可愛い子の前で、変な髪型したくない。
そうしたら、突然。
オドオドして、上目遣いに俺を観察していたみたいなコエダが、にっこりした。
「おまえじゃなく、コエダとお呼びくださいませ、ジョシュア王子?」
はぁぁぁああぁぁあっ。
ピンクの唇が柔らかく弧を描いて、笑みの形でっ。
丸い目がやんわり細められてて、微笑んで。
王子っ? ってところで髪がふわわんって揺れたんだけどぉぉ?
はぁっ? 天使? この世のものなの?
ヤッベぇ、ちょーー可愛いっ。
息。息、できない。死ぬ…。マジで。
俺は胸を手で押さえ、プルプルした。
つか、いきなり名前呼びとか、難易度高すぎ。
コエダって呼んで、いいのか? 照れるぅ。無理ぃ。
え? このあと、この可愛い子となにすればいいんだっけ?
コエダとお友達になる。
いや、もう初恋だとわかったのだから。結婚でいいんじゃないかな? うむ。
というわけで、母上にお願いしました。
「母上、俺はコエダを嫁にすると決めました。ご許可をください」
夜に行われる戦勝祝賀パーティーの用意で、髪のセットを念入りにしている母が。
びっくりした顔で俺を見た。
ちなみに俺は、騎士団にあいさつしたときと同じ衣装でいいから、準備は必要ない。
「いきなり、なんですって? コエダというのは、どこのお嬢さん?」
「お嬢さんではありません。コエダはディオン兄上の従者の息子です」
「男の子と男の子は結婚できないのよ?」
「俺は知っています。男同士の結婚がこの国では認められているということを」
まぁそうだけどぉ…と。俺を誤魔化したかったような母上はぼそりとつぶやく。
「ディオンの従者の息子と言いましたか? その子とはお友達なの?」
「いえ、まだ話したことはありませんが。ひ、ひ、一目惚れなのですぅ」
俺は両手の人差し指と親指を合わせてグネグネする。
自分の恥ずかしさを自分で誤魔化しているのだっ。
こういう恋愛ちっくなことを母に報告するのは。とっても恥ずかしいことで。
顔が熱くなる。
「ジョシュア、あなたは六歳にしてはとても聡明で、ハンサムで。しかも王子様なのだから。女の子はみんなあなたのことを好きになるはずよ? 私の息子だもの。この先あなたが手に出来ないものなどないわぁ」
口紅をぬらなくても赤い唇をしている母上は、にっこり微笑んで。そばに立つ俺に言う。
「かしこーいあなたなら、おわかりね? 人との縁は、言葉なくして結ばれないもの。コエダと結婚したいあなたの気持ちはわかりましたから。まずはその子とお友達になりなさい。そして人となりをよく知って。それでも結婚したいと思ったときは、もう一度母に報告してちょうだい」
もう好きなのだから、友達にならなくても婚約しちゃえばいいのにって思う。
でも、まぁ。
コエダと話してみたいという思いもあるので。
そこから始めるのもいいでしょう。で。
「お友達になるにはどうしたらいいのですか? 俺が兄上のおうちにたずねていってもいいですか?」
今までお友達のいなかった俺は。
お友達になりなさいと言われても、困るのだった。
だって、大体は向こうからお友達になりたいと言ってきたんだからな。
なのに俺から、なんて。
最初はどうするものなのでしょう? 母上っ。
「駄目に決まっているでしょう。急に王子がたずねていったら、相手側も戸惑うでしょうし。命を狙われる王子が、ひとりフラフラと外出したら、たちまち殺されてしまいます。まず約束を取り付けて、ディオンにこちらへ来てもらう方がいいわ」
「では、兄上にお願いして…」
「ジョシュアのお願いでは、ディオンは動かないわよ。あの偏屈は王宮には来たがらない子だもの。だから、ジョシュア。先にお父様にお願いしなさい。お父様の命令ならディオンは断れないものねぇ」
おほほほ、と母上はなにやら楽しそうに笑った。
機嫌が良いのはいいけれど。
俺はちょっと拍子抜けな気分だ。もっと怒られるかと思った。
「母上は、俺が男の子と結婚しても、怒らないの?」
たずねると、母はナンセンスとばかりに残念そうに首を振る。
「ジョシュア、そりゃあジョシュアには女の子と結婚してもらいたいわ? 孫を考える年ではまだないけれどぉ。私だって、あなたの子をこの手に抱きたいとは思うの。でもね。後宮に入ったときに、私、心に決めたのよ。陰謀渦巻くこの館で、成人まであなたを立派に育てあげてみせるってね」
母は、そっと悲しそうな顔をした。
「スタインベルン王家で生き抜くことは、大変なことよ。好きだと思った相手が突然いなくなる。そういうこともあるわ。だから一瞬一瞬が大事なの。ささいなことでケンカしている時間はムダだわ。あなたは心のままに生きて。そして出来れば生き抜いて大人になってほしい。強く、たくましく、笑顔で、幸せにね。それが私の願い」
そうして母上は俺の頭を撫でた。
優しく、ソワソワするような、いとおしげな手つきで。
「というわけでね、母はあなたの恋を邪魔する気はないの」
「んん、いろいろ言われてよくわからないけど。母上は俺の味方ということですね?」
「そうよ。でも、父上に反対されたら。ジョシュアが説得するのよぉ? それくらいは出来なきゃ本気の恋とは言えないんですからね?」
「はいっ。でもまずは、お友達からですね。えっと、父上に、コエダとお友達になれるように兄上に命令してもらうのですねっ。わかりましたっ」
そして、母上に助言をもらった俺は、祝賀パーティーの席で父上にお願いして。
ディオン兄上に命令してもらったんだ。にっこり。
兄上は最初、渋っていたけど。
父上に、これは命令だと言われたら。
すっごい顔をしかめたけど。了解してくれました。
そんなに嫌? ただ遊びたいだけなのに。
いや、いずれは嫁にするのだけど。
確かに母上の言うように、いきなり結婚は、コエダが驚いてしまうよな。
人見知りで、つつましい子みたいだからなぁ。
怖がらせないように、そっと近づくのがいいだろう。うむ。
「どうだ? 父はあの気むずかしいディオンにも命令できるのだぞ? えらいだろ?」
父上は俺にほめてほしそうだったので。笑顔で。
「ありがとうございます、父上。父上は俺の望みをなんでも叶えてくれる、すっごい父上ですぅ」
と、ほめちぎっておいた。
これで、また。俺のお願いを聞いてくれるだろう。
★★★★★
兄上は父上の命令を嫌そうにしていたけど。
ちゃんと約束を守ってくれて。コエダを俺の遊び相手にしてくれた。
でも、お友達になるにも相性があるだろうということで。
はじめて会ったあの日から、ちょうど十日目に。俺の館で顔合わせをすることになったのだ。
相性なんて、良いに決まってるじゃん。
俺はコエダを嫁にしたいくらい好きなんだから。
だけど、まずは友達からだな。
もう心が震えて、ずっとドキドキしている。
やっとあの子と会えるし。コエダを近くで見れる。
声は、どんなだろう。
あの日は怒鳴られてしまったショックで、あまり覚えていないんだ。
コエダに会える日が、本当に待ち遠しかった。
少し時間があったから、準備に力を入れます。
「母上、紫のお花を用意したいのです。スミレがいいです。コエダは紫がよく似合います」
そう言うと、母は困ったように顔を傾げて、近くの侍女に聞く。
「こんな時期にお花なんてあったかしらぁ? でもスミレは無理よ。私、お花のことはよくわからないけど、スミレが今の季節じゃないことくらいはわかるわよ?」
その答えにがっかりしょんぼりしてしまったが。
侍女が紫の花なら用意してくれるって。じゃあ、テーブルに飾ろうかなぁ?
あと、一番美味しいケーキと紅茶を用意して。
あとはなにをしたらいいかなぁ、とウキウキしていたら。
母上がまだ先の話なのに、今からそれでは疲れてしまいますよ、と言った。
あぁ、待ち遠しいっ。
それでようやく、待ちに待ったコエダとの顔合わせの日になった。
表向きは、お友達になる顔合わせだけど。
俺は、婚約者を迎えるくらいの気合で、コエダを待っていたのだ。
朝食を済ませたら、洗面所の鏡を見て、前髪の分け目を綺麗に整える。
ん? こうか? なんかいつもと違って、変な顔に見えるな。
どうしよう、どんどん不細工になっていくような気がする。二本、髪をこちらへ…いや、やっぱ変。
納得いかないけど、もうすぐコエダが来てしまうぅ。
「母上、俺はどこかおかしいところはありませんか?」
洗面所から出て、母にたずねるが。
パーティーでもないのに赤いきらびやかなドレスを着て、優雅にソファに腰かける母は。俺をちらりと見て、にっこり微笑んだ。
「えぇ、いつも通り。どこに出してもおかしくないハンサムさんですよ?」
あぁ、母上に聞いたのは間違いだったかもしれない。母はいつだって、俺のことはハンサムと言うからな。
コエダと会うのは、玄関口にほど近いサロンだ。お客様を通す部屋なのだが。
そこが一番明るくて、一番温かい。
窓ガラスが庭に出張っていて、日差しがさんさんと室内にさし込む。
きっとコエダのこともピカピカに輝かせるだろう。
そうしたら、使用人が。ディオン兄上の到着を知らせた。
執事に案内されてサロンに来たのは。
兄上と、兄上の古参の従者。レギと言ったかな。
そしてコエダと、コエダの父、タイジュ。
父はコエダと手をつないでいる。うらやましいなぁ。
俺はソワソワがドキドキに変わって、思わず母のドレスを手で握ってしまったが。
彼らを目にした母は、あらあら言いながら、コエダの方にかけ寄っていった。
えええぇぇ? 母上、紹介はッ?
ドレスから手を離すと、母はコエダの前にかがんで、ほっぺをムニュムニュしている。
なっ、なんたる暴挙。
母はやはり、俺とコエダの仲を引き裂こうとしているのかぁぁっ??
「あぁあ、懐かしいわぁ? あの子、紫の衣装をいつも着ていたものね? ほっぺがちょっと物足りないけど。愛らしいわぁ?」
紹介をすっぽかした母上は、目の色を変えてコエダのほっぺをもむ。
やめてあげてぇ。
「マリアンヌ、挨拶もなしにコエダで遊ぶんじゃない」
ディオン兄上がビシリと母を注意してくださいました。
やはり兄上は頼りになります。
それで気を取り直した母は、シャナリと美しい淑女の礼を取るのだった。
そのあと、俺をそばに寄せる。
いつもの母上に戻ったか? ホッ。
母上と兄上が挨拶し終わって。
ようやく俺たちの番が回ってきたな。
わぁー、緊張するぅぅ。
えっと、まず自己紹介をぉ、と思っていたら。コエダが先にペコリと頭を下げた。
「ミャー・コエダ、五歳です。先日はごあいさつできず、まことに失礼いたしました」
そんなこと気にせずともよいのに。
というか、俺が先に謝るつもりだったから、出鼻をくじかれた。
うぅ、順番が狂った。えっと、なんだっけ?
っていうか、近くで見ると本当に可愛いなぁ。
頭を上げたコエダは、まん丸い目で俺を上目遣いに見ている。
その破壊力! 並じゃない。
恥ずかしいのか、手をモジモジしている。その仕草が可憐だ。
ひよこ色の髪がポアポアしてはずみ。
息、息しないと、死ぬっ。
なにも言わない俺を、コエダはきょとんと見ている。
あ、あ、あ、なんだっけ。じこしょーかい。
「っお、俺は。第七王子のジョシュア・スタインベルンだっ」
何度も練習したのに、噛んだ。順番が違ったからっ。もうっ。
で、次。次は、なんだっけ?
「お、おまえ………よく来たな」
ああぁぁっ、気の利いたこと言えねぇっ。
はっ、今の頭を振った仕草で、髪が乱れた。直そう。
こんな可愛い子の前で、変な髪型したくない。
そうしたら、突然。
オドオドして、上目遣いに俺を観察していたみたいなコエダが、にっこりした。
「おまえじゃなく、コエダとお呼びくださいませ、ジョシュア王子?」
はぁぁぁああぁぁあっ。
ピンクの唇が柔らかく弧を描いて、笑みの形でっ。
丸い目がやんわり細められてて、微笑んで。
王子っ? ってところで髪がふわわんって揺れたんだけどぉぉ?
はぁっ? 天使? この世のものなの?
ヤッベぇ、ちょーー可愛いっ。
息。息、できない。死ぬ…。マジで。
俺は胸を手で押さえ、プルプルした。
つか、いきなり名前呼びとか、難易度高すぎ。
コエダって呼んで、いいのか? 照れるぅ。無理ぃ。
え? このあと、この可愛い子となにすればいいんだっけ?
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