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番外 ジョシュア 初恋はスミレ色 ②

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 あの子にあげるスミレを探しているが。植木の周りには緑ばかりで花のようなものはないのだった。
「ジョシュア様、なにをお探しですか?」
 警護の騎士にたずねられ。
 そうか、みんなで手分けをした方がいいんだって思い立った。

「スミレを探しているのだ。そなたたちはこの辺でスミレを見ていないか?」
 聞くと、騎士たちは小首を傾げ。
 騎士のうちのあるひとりが言った。
「恐れながら、スミレは春の花で、十一月の今どきはどこにも咲いていないかと…」
 なんと。スミレはいつも咲いている花ではないのかっ?
「それよりも王子、ディオン殿下にご挨拶をしたいのならば、そろそろ馬車の近くに行きませんと」
 あ、もう来ちゃう?
 プレゼントは…用意できなかったけれど。
 仕方がないから、とりあえず挨拶だけでもしよう。
 そう思って、俺は駆け足で馬車が止まっているロータリーに向かうのだった。

 そうすると、ちょうど兄上が施設から出てきたところで。
 あの子が従者に手を取られ、ぶんぶん振り回されていた。
 なんという危ないことをしているのだ?
 手を持たれていたら、逃げられないではないかっ。
 やめてぇってあの子も言っているのに。どうして兄上は止めてくださらないのだ?

 あの子が可哀想じゃないか。

 俺はあの従者の暴挙を止めさせたくて。兄上に声をかけた。
 兄上に、厳重注意してもらおうっ。
「ディオン兄上っ!」
 俺の声に、兄上とその従者たちがこちらを向いた。
 あの子も、こちらを見ている。

 わぁぁ、可愛い。目が真ん丸だ。
 薄茶色の瞳が、こちらを見ている。
 ひよこのように小さくて頼りないけど、ふわふわで可愛いって感じ?

 はっ、だけど。声をかけたはいいが。兄上になにを言うのかを考えていなかった。
 あの子のことしか考えていなかったぁ。
 俺は兄上の前に立ち。とりあえず声を出した。
「お、お、おめでとうございます、兄上。戦争に勝って…」
 すごくつたない言葉になってしまって。恥ずかしい。
 幼くとも、王族だというのに。
 王族はどんなときにも冷静に。突然言葉をかけられても対処できなければなりませんって。母上がよく言うのに。
 こちらから声をかけて、この言葉づかいでは。ダメダメだ。

 しかし兄上は気分を害された様子もなく。
 地に膝をついて、俺と目を合わせてくれた。
 初対面のときのディオン兄上は、立ったままだったから。
 大きな木を見上げるみたいに、すっごいでっかくて。
 高いところから見下ろされると、迫力に押しつぶされそうだった。
 鋭い視線で三白眼で、狂犬が今にも噛んできそうな、そんな厳しい目だった。
 でも、戦場で百戦錬磨の手練れだというから、きっとそのくらいの迫力がなければ戦場に立てないのだろうと思っていたんだ。

 だけどね、今目の前にいる兄上は、ほんのりだけど口の端が上がっていて。目も優しい感じ。
 心なしか、顔の血色もよくて。
 つい最近まで青白い顔で、なんだか幽霊みたいな…いえ、悪口ではないのです。兄上は優秀なお方だから、きっと寝る間も惜しんで仕事に励まれているのだろうと…そう思っておりましたけどね、はい。

 けれどやっぱり、どちらかというと明るい顔つきで怖くない兄上の方が好きです。
 尻込みしないで済みますから。

「ありがとう、ジョシュア。壇上でも立派に務めを果たし、えらかったな?」
 あああ、憧れの兄上に褒められましたっ。
 俺は嬉しくなるとともに、兄上の前に立っているのが恥ずかしいというかなんというか。
 顔がキュッと赤くなったのがわかって。さらにモジモジしてしまうのだった。

 兄上に褒めていただいたのは、喜びに耐えないのですがぁ。
 本題に入りましょう。
「あの、兄上。そちらの方は?」
 そうだ、俺は。あの子を紹介してもらいたくて、兄上を待っていたのだ。

 どうだ? 俺はすっごい兄上に褒めてもらうような、すっごい王子だぞ? 話しかけてきてもいいんだぞぉ?
 という気持ちであの子を見やるが。

 あの子は黒い衣装の従者の陰に隠れているのだった。
 人見知りする子なのかな? 恥ずかしがり屋?
 どちらにしても好ましい。

 今回騎士団の声掛けに俺を連れて行ったように。
 父王はたまに、俺を連れて式典に出たりする。
 そのときにうちの子を紹介したいって、貴族の親が言ってきたりするんだけど。
 俺はさ、友達を作りたいんだよ?
 その気持ちは山々なんだけどぉ。
 そうして挨拶してくる子供は、王子の俺と仲良くなりたい意識が強くて。なんか嫌なんだ。
 
 俺と遊びたいというより、王子と縁をつなぎたいっていう。子供の後ろに親の意識が見えてしまう。
 そう感じてしまうと、なんか世界が色あせる。
 つまらない。そばに来ないで。そんな気になるんだ。

 王子に生まれたからには、きっと、ずっと、そういう人物たちが俺に寄ってくるのだろう。
 そんなことを気にしないでお友達になればいいとも思うけど。
 貴族の子ってさ、ぶっちゃけ、お上品でつまらないっていうか?
 庭で遊ぼうって誘っても、虫が怖いとか。走ったことないとか。言うんだもん。
 はぁ? 虫が面白いんじゃん? あの形がすっげぇんじゃん? わかってないなぁ。
 で、大体遊ぶ気も失せ。
 もう一回会おうという話にもならないっていうか?

 まぁ、とにかくだ。俺にぐいぐいくる奴らよりも、つつましいのが可愛いってことだ。

「新しく私の従者になったタイジュとコエダだ」
 兄上が紹介したことで、まずあの子を振り回していた黒い服を着た…というか、髪も真っ黒な従者が。兄上の横で膝をついた。
 顔は優しげだけど、さっきあの子を振り回していたからなぁ。
「ディオン殿下の従者になりました、私はミャー・タイジュ。こちらは息子のコエダです。以後お見知りおきください」
 この乱暴な従者が、この子の父親?
 可哀想だなぁ、このような男が父だなんて。
 そしていささか強引に、タイジュはコエダを前に出そうとした。
 けれど、コエダは彼の後ろに隠れてしまう。

 ガーーン。ちょっと、ショック。

 はじめは、いいんだよ。ぐいぐい来るよりは、おとなしい方が。
 でも、一言もしゃべってくれないで。
 俺に見られたくないみたいに、隠れちゃうなんて。
 こんな反応されるのは、はじめてだっ。
 普通はさ、王子の俺とみんな仲良くしたいって思うものなんだぞ?
 王族の俺に話しかけられたら、ちゃんとご挨拶できなきゃ、駄目なんだよ?

 でもそういうことを、この父親はきっと教えていないのだ。
 返事すらできないということは、ろくな勉強をさせていないってことだろ?
 それって、コエダが可哀想だっ。

 だから俺は、この父親に言ってやった。
「タイジュと言ったか? 自己紹介もできぬとはな。子供のしつけがなっていないのではないか?」
 礼儀作法をちゃんと教わっていれば、コエダは挨拶できたはずだ。
 子供は悪くない。すべては親の責任だっ。

「申し訳ありません。子供のすることゆえ、ご容赦願います」
 そうしてタイジュは頭を下げた。
 ちゃんと反省しろよ。
 そう思っていたら。
「パパをいじめないでっ」
 なんでか、コエダが怒ってしまったのだ。
 ひよこ色の髪の毛を逆立てて、バラ色のほっぺをさらに赤くして。
 真ん丸な瞳をとがらせて。

 なぜだ? 俺はおまえの為を想って父親を叱ってやったのに。
 なぜ、そのような顔で俺を睨むのだっ??

 驚いている隙に、タイジュはコエダを抱っこして。兄上に許可を取ってから馬車に乗り込んでしまった。
 あああぁぁ、またコエダが遠ざかるぅ。
 俺はちょっと、コエダと話をしてみたかっただけなのに。

「ジョシュア、私からも謝るよ。コエダはいつものほほんと笑っている子なのに。今日はきっと、従者の仕事がはじめてだったから、疲れてしまったようだな?」
「はじめて? あのような小さな子が兄上のそばで働いているのですか?」
「正確に言えば、従者はタイジュで。コエダはまだ幼いから父のそばにいるというような感じだよ」
 それならば、良かったです。
 絵本の中の可哀想な子みたいに、雪降る夜に仕事をしたり、白い手をあかぎれにして屋敷のお掃除をしたりしているのかと思ってしまった。
 しかし、厳格そうな兄上が。子供をそのように働かせるわけがないのだ。そうだ、そうだ。

「あの、先ほどあの子…コエダが、やめてぇって言っていたのに。タイジュが乱暴するのを、なぜ兄上は止めてくださらなかったのですか?」
 俺は鼻息荒く、兄上に詰め寄るが。
「やめてぇぇ、と言っていたか?」
 と、兄上は古株の従者に聞き。
「確かに言っておりましたが、やめてぇぇぇ、あはは、うふふ、というニュアンスでしたが?」
 微妙に語尾のぇが長くなっているのが気になるが。
 怖がっていたんじゃなかったのか?

「あの父親は乱暴な男ではないのですか?」
 俺の質問に、兄上はプッと小さく吹き出した。
 つか、兄上が笑いを吹き出したぁ?
 あのきびしくいかめしく、口を引き結んでいるのが標準の兄上がぁ??

「ジョシュア、乱暴という言葉はタイジュに全く似合わないし。そのようなことは全くないぞ。タイジュはとても優しく、愛にあふれているから。コエダはタイジュが大好きなのだ」
 それでは、俺の初印象が、全くの間違いで。
 俺がコエダの大好きな父を叱ってしまったから、怒っちゃったのかぁ??

「あ、あ、あ、兄上…その、なんとかコエダの機嫌を取ってください。俺はコエダと話したかっただけなのですぅ」
「そうなのか? しかし。大丈夫だろう。コエダは庶民で、私の従者。ジョシュアがコエダと話すような機会はもうないだろうからな?」
 そうではないのですぅ。
 もっとコエダと話してみたいのですぅ。
 という、俺の心の声は兄上に届かず。
 兄上は馬車に乗り込んで、行ってしまったのだった。

 そして、もう会えないと知って。
 花が無残に踏み潰されたがごとく、ものすっごいショックを受けた。
 道にたたずみ、遠ざかる馬車を見送りながら。どうしてそんな気持ちになるのかを考えたら。
 答えはひとつなのだった。

 俺の初恋はスミレ色の衣装を着たあの子、コエダで。
 だからもう会えないなんて、絶対イヤなのだ。

 もう一回、彼に会いたい。いや、王子権限で絶対に会うと決めたもんねっ。

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