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番外 ディオン 愛でられ方がわからない ②

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 エルアンリが北の離宮に移ってきたので。もう少し屋敷の防御を固めようと思っている。
 護衛騎士が住まう離れに、レギとともに向かっているところだ。

 在勤の護衛騎士は、今は全部で六人。持ち回りで任務に当たっている。
 一応、俺に忠誠を誓う六名で。人となりや家族関係、環境などがクリアな者たちで固めている。
 騎士に裏切られて手引きをされたら、本当に命の危機だからな。

 俺は幼い頃から騎士団に顔を出していた。
 それは俺が王子だから許されていたというのもあるが。
 レギファードが、優秀な騎士を輩出するヂュカリス家の三男だったことが大きい。その縁で上官と顔つなぎが出来、訓練や食堂の出入りを騎士団幹部も大目に見てくれたのだ。
 ヂュカリスは子爵家で、家柄は低い方だが。家族ぐるみで不遇な俺をなにかとかばってくれて。本当にありがたかった。
 レギも、学生の年齢から屋敷に住み込んで、俺を守ってくれた。そして今もそばにいる。
 俺が死にそうなときは涙した、忠義に厚い従者だ。感謝している。

 つまり、レギを一番はじめに従者にした、そのことが俺の命をつないだと言っても過言ではない。
 レギの口利きで騎士団に出入りし、俺は剣の腕を磨いて暴漢に対峙できる力をつけた。
 食堂で、毒の入っていないものを食べ、体を作れた。
 王子としての無駄なプライドも、そこで捨てた。というか。忖度そんたくなしで騎士たちに稽古をつけてもらえたから、強くなれたのだ。
 おかげで、王子としては粗暴で、愛想がなく、口も悪いが。

 国王にでもならなければ、それは大した欠点ではないだろう。

 まぁそれで、騎士団と懇意になったことで、奴らより先に騎士団を掌握できた。ここは大きいのだ。
 騎士団が敵に回ったら、命が風前の灯火だからな。
 仁義を尊ぶ騎士だから、正義のない高位貴族にへつらうような真似は嫌悪する。
 これは長い歴史の中で積み上げた騎士の心得で、組織的体質であるから。悪事に手を染める第三王子派になびく騎士はそうそういないのだが。
 そうは言っても、人間だから。
 弱味を突かれたら、心が弱ければ、騎士も悪事に手を染める。
 主に、大金や出世には目がくらみがちだな。

 それで、屋敷の守りを強固にするため騎士を増員したいのだが、人選などをどうするか、という相談をしに。騎士が住まう離れに行くというわけだ。
 増員したはいいが、敵の息のかかった騎士を引き入れたら逆に危険度が増すからな。ここは慎重に行かなければならないのだ。

 北の離宮の敷地内には、騎士が在住するものと、使用人が在住する、二つの離れがある。
 しかし使用人はいないので、ひとつは閉めている。
 普通は、掃除洗濯、王子やその家族を世話する使用人、料理人、庭の手入れをする者、馬の手入れをする者、などなど。多くの人員を屋敷に入れるものだが。
 現在、家のことを主にするのはレギとグレイだけ。
 ふたりは屋敷内に住まわせているし。
 馬の世話をする者は、騎士が兼任している。
 料理と俺の世話係は、タイジュだし。
 だから離れを使う使用人はいないのだ。

 その離れと同様の大きさがある、騎士が使用している離れには。五十人ほど入居できる広さはある。
 しかし、使用人数は六人という。
 いや、精鋭なので。俺だけなら全然その規模で構わないのだ。

 本来は、成人した王族が住まうこの離宮には。連日パーティーを催して客人を呼んだり。お茶会をしたり。そういうイベントを開催できるように作られているわけだ。
 遠方から来た客が遜色なく泊まれるように潤沢な使用人でおもてなし、とかな。
 王族レベルの客人を守るため潤沢な警護人を隙なく配置する、とかな。

 俺はそんなイベントする気はない。客がみんな刺客だったらどうするのだっ。

 つまり北の離宮は、そのポテンシャルを十パーセントも発揮していないということだな。
 いや、俺はそれで全然かまわないので。

 というわけで、騎士が住まう離れに電撃訪問だ。 
「ディオン殿下、お呼びくださればお屋敷にうかがいましたのに…」
 離れの扉を開けて、出迎えてくれたのは。
 筆頭護衛騎士のルーカスだ。
 ルーカスは第二王子である俺の親衛隊長のようなものだが。
 エルアンリ邸で、馬車から降りるタイジュに手を差し伸べたので。ちょっとムムッときている。
 タイジュに惚れたか? 許さぬぞ。
 そしてこれからは、その役割は俺がいただく。

 俺がジロリと睨むと、ルーカスは身を縮める。
 普通は、こういう反応なのだ。
 初対面から俺に物怖ものおじしないタイジュとコエダが変なのだ。

「少々相談があり、こちらに参りました」
 レギがそう断りを入れて、離れに入るが。
 玄関口にあたる共同スペースは、意外にも整然としていた。
 騎士たちには個室が与えられているが。大体は、共用スペースで話をしたり、なにかを食べたり、カードで遊んだりして、そこに集まっているものだ。
 しかし男所帯の騎士は、服を脱ぎっぱなしとか、机の上に食べ残しがあるとか、カードが散乱しているとか、物を床に置きっぱなしとかで、だらしなくしているものだろう。
 そういう光景を想像していたのだが、そのようなものもなく。机の上はなにも置かれていない。

「綺麗だな」
 見回して、そう言うと。
「はい。時折タイジュ様が訪れるので。汚いところをお見せしたくなくて、みんな率先して片づけをしていますので」
「はぁぁ? なんでタイジュが?」
 俺の知らぬ間に、騎士のところに顔を出すとは。どういうことだ??
 ギロギロリッと俺が視線をとがらせると、ルーカスはビクビクしながらも苦笑して説明する。

「お食事を差し入れてくださいます。神の手様のお料理を私どもがいただけるのは、至福の極みでございます」
 そこにレギがこそっと囁く。
「大体はグレイが持って行っていますので、ご心配なく。タイジュは腹いっぱい食べさせようとして、いつも大量に食事を作るでしょう? それで余りものを加工して、騎士に分けているのです。美味しくできた食事を捨てるのは無理ぃって」

「おまえたちはそれで良いのか、私たちの…後の食事なのだが」
 ルーカスに残り物、とは。さすがに言えずに。遠回しに聞くが。

「いえ、食べ残しという感じではないのです。まぁ、大体はパンにはさんだものが多いですけど。昨夜は鶏肉をほぐしたスープで。美味しかったですぅ」
 昨夜は、鶏のほろほろ煮だったが。
 身の部分はあらかた食べたのだが?

 すると、レギがまたこっそり囁く。
「骨の周りの身とか、全部手でほぐして、スープに入れて加工しておりました。私たちは大きな身の肉でしたが、騎士たちはほぐしたこまかい身のスープです。あと、さらにダシが取れると、骨の部分をぐつぐつ煮ておりました」

「骨を煮るとか、魔女なのか? タイジュは?」

 俺がちょっと引いた顔をしていると。ルーカスが言う。
「骨を煮るのは、庶民はよくしますよ。タイジュ様の味付けは素朴で、サンチェスなどは田舎のばぁちゃんの味だって、泣きながら食べていたりもします。私どもは夕食は騎士団の食堂で食べますが、夜半を過ぎるとどうしても小腹が空いてしまって。丁度いい時間帯に出てくるものですから、いつも神の手料理は争奪戦なのです」

 言い得て妙だと思う。神の手、料理と。神の、手料理。
 確かに俺も、タイジュの料理で救われているような気がするからな。
 毒のないことは、もちろん。
 手料理のあたたかさ。
 食卓のにぎやかさ。談話、笑顔。すべて、初体験だ。
 心がほっこり温まるのだ。嬉しいと、胸が高鳴るのだ。心地よくて、体が痺れるのだ。
 タイジュがもたらす料理は、時間は。神のもたらす至高の一品なのかもな。

「そうか、喜んでいるのなら。まぁ、これからも頼む」
「はぁ、良かったぁ。王族の召し上がった物を口にしてはならぬと、怒られてしまうかと思いました。なにより、神の手様の差し入れがなくなったら、みんなが意気消沈してしまいますから」
「士気が下がるなら、尚のこと取り上げられないな」
 鼻息をついて、俺は身を引くのだった。
 タイジュが物を捨てられないのは、神様だからなのかな?
 やはりアレは、女神の使者に違いない。うむ。

「話というのは他でもない。エルアンリが屋敷に逗留することになったので、騎士の増員を検討している。しかし、なり手があるだろうか?」
 ここに六人しかいないのは。背景が明らかで第三王子派に関わっていない者、というのが少ないからだ。
 のみならず。進んでこちらに来たいという者も少ない。
 後ろ盾がほぼない俺の警護は出世の見込みがない、という理由。
 俺が王にならなければ、仕える騎士も王の守護者にはなれないということで。旨味がないわけだ。
 明らかに、俺は王位に積極的ではないしな。見ればわかるのだろう。
 だから出世欲のある騎士も、立候補してこない。

 まぁ、今いる騎士たちは。それでもいいのでディオン殿下に雇われたい、という奇特な者たちなのだ。
 さらに、王族とはいえ屋敷の警護は閑職である。
 騎士として戦場で活躍し名をはせたい、という者も立候補しない。
 どちらかといえば、年嵩の騎士がやりたがる職種だな。
 しかしうちは、結構刺客がやってくるし。それなりに腕がないと務まらないし。少ない人数のローテーションだから、かなりハードワークでもあるぞ。

 よくよく考えれば、ルーカスたちは本当に奇特なやからだな。
 タイジュが屋敷に来てから、暗殺者はまだ屋敷内に入り込んでいない。
 しかし、来ていないわけではないのだ。
 おそらく六人という少数ながら、目を皿のようにして懸命に屋敷を守ってくれているのだろうな。
 あれかな。神の手様に指一本触れさせーん、みたいな?
 なにはともあれ。
 タイジュにはスリーパーという無敵の魔法があるが。庶民だと言っているから、暗殺者などに対峙したことはないだろう。
 暴漢に相対するような怖い思いは、できるだけさせたくなかった。
 刺客にタイジュの存在を詳しく知られたくもない。
 だから懸命に屋敷を守ってくれる騎士たちに、素直にありがたいと思っている。

 というわけで、屋敷の警護を増やすのは難しいだろうかと打診したのだが。
 ルーカスは意外な言葉を口にした。
「屋敷勤めの希望者は、今は多数おります。戦場で神の手様の奇跡に触れた者は多く、タイジュ様が北の離宮にいるのなら警護にあたりたい、コエダちゃんも守りたい、と。申し出があります」
「…理由はなんだが。希望者が多数なのはありがたい。ルーカス、希望者の背景をしっかり調べて選出してくれ。くれぐれも神の手に危害が及ばぬよう、調査を徹底してくれ」
 希望者多数であれば、より危険性の少ない騎士を選ぶことができるだろう。
 そして対象者を守りたいという意識も重要だ。仕事への真剣味が増すからな。
 それにしても。屋敷勤めという閑職をしてでも神の手のそばにありたい騎士が多数ということだろう? 王子の私より人気があるとはな。タイジュ、コエダ、やるではないかっ。

 タイジュとコエダの人気が高いのは嬉しいことだし。自分でそう仕向けた向きもある。
 騎士の士気をあげるのに、彼らは最高の存在だ。
 自分で吹聴ふいちょうしたわけでもないのに、みんながあがめはじめ、女神の使者と噂される。
 それは、彼らの求心力。持って生まれたカリスマ性なのだろう。
 なんとなく人目を引いたり。その言葉に説得力があったり。そばにいると心地よく感じたり。
 そんななにかが、タイジュとコエダにはあるのだ。
 騎士たちはそれを、女神の使者、神の手と表現したのだろう。

 しかし。俺のタイジュを誰かがくのは。なんか嫌。心の奥にどす黒いものが生まれそうだ。

「はっ、承知しました。厳選してリストを作成します。実は、神の手の料理が夜食に出るという噂が流れてしまって、それを食べたいという若手騎士が、私たちにズルーいと言ってくることもありましてぇ。育ち盛り男子は食への執着が半端なくて困ります。タイジュ様の作られる料理は物珍しいものばかりですが、美味しいので。サンチェスが食堂で自慢してしまったのですよ」
「サンチェスの口を今すぐふさげっ」
 俺は犬歯をクワッとむき出して、告げた。
 六人の中では一番年若い騎士のサンチェスは。ちょっと口が軽くてお調子者だ。
 タイジュの料理を食べたことを自慢したい気持ちは、よくわかるが。

「は、はい。屋敷の内部情報ですね? 申し訳ありません。教育を徹底いたします」
 ルーカスはピシリと背を伸ばして。うけたまわった。
 別に、秘匿情報というほどのものではない。
 それでも、見知らぬ輩にタイジュやその料理に興味を持ってほしくない、というか。
 タイジュの料理が美味しいことは、俺らだけが知っていればいいのだっ。

「あと、神の手に懸想けそうする者も排除しろ。アレは私のモノだからな」
 暗殺の危険排除も大事だが。
 タイジュに群がる虫の排除も見逃せないなっ。
 それでなくてもアンドリューという好敵手がタイジュを狙っているのだ。これ以上タイジュに粉かける輩は増やせぬ。

 しかし。ひそやかなタイジュの人気に、なんかモヤモヤするな。
 今まであまり深く考えてはいなかったが。
 これはもしや。
 書物などに出てくる、あの、嫉妬という感情ではないか?
 タイジュをアンドリューに奪われたくないと思うのも。
 ルーカスにタイジュの手を取らせたくないと思うのも。
 エルアンリの胸に耳を当てるタイジュを引き剥がしたいと思ったのも。

 そうか、嫉妬だったのだな?

 俺は今まで嫉妬するほど誰かに執着したことはなかったが。
 あぁ、嫉妬を覚えるほどに、俺はタイジュのことを好いているのだ。
 そう思うと、ちょっと感動した。
 俺にも人並みの感情があったのだなって。

「タイジュ様に懸想する輩など、滅相もない。厳重に審査し排除いたします。女神の使者は王族にもたらされた宝玉です。一般の者が触れて良いお方ではありません」
 拳を握ってルーカスは力説するが。
 俺はジト目でやつを見やる。
「ルーカスよ、貴様は馬車から降りるタイジュの手を取ったではないか? 触れたではないかぁ?」
「お怪我をされては困るからです…好き、ではありますが」
「はぁぁぁあああん??」
 ルーカスの言に、俺は眉間にしわをビッシビッシ入れた。
「すすす、好きというのは。あのお優しい神の手様を嫌いな人物などいないということですぅ」
 なっっっっんか、怪しいが。まぁ、いいだろう。
 とりあえず、騎士の増員はなんとかなりそうなので。ルーカスに選定を任せることにして。
 離れを出た。

     ★★★★★

 離れから屋敷に帰る途中、俺は足をとめる。
 遠目に見える庭で、タイジュとエルアンリがのほほんと微笑みながら、ゆっくり歩いているのが見えたのだ。
 体力をつけるための、リハビリというやつだな。
 そのそばで、コエダとジュリアが追いかけっこをしていて。コエダはジュリアに捕まりそうになると、きゃぁあと声をあげて、笑い声を立てた。
 それを警護の騎士が、警戒しながらも遠巻きに、のんびり笑顔で眺めている。

「レギ、不思議だな。ついひと月前までは、この館には私ひとりだった。おまえもグレイも騎士もいたけれど。黙々として、誰もなにも言わず。北の離宮はその名の通り冷え切った、朽ちた孤独の館であった。でも今は。この庭でコエダとジュリアが笑みを振りまいている。疎遠だった弟も、穏やかな表情でそこにいる。レギもグレイも騎士も笑顔で。愛する人も…」
「そうですね。殿下も、笑みも言葉数も多くなられて。本当に、タイジュとコエダが来てからにぎやかになりましたね?」
「あぁ。タイジュが私に、真の家族をもたらしてくれた。私は今、とても豊かな心持ちだ」

 あとは。タイジュと添うことができたら最高なのだが。その一歩は、いまだ遠いな。

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