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38 守ってもらえなかった王子
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◆守ってもらえなかった王子
遅い朝食のあと、いつものメンツで馬車に乗り。エルアンリ王子が住む屋敷に向かうことになりました。
エルアンリ王子も殿下と同様に後宮を出て、西の離宮で暮らしているようです。
「十八までは母と後宮に住んでいたのだが。彼は昔から病弱で。毒にさらされると即、命の危機に直結するようになったから。危険な後宮を離れて、顔馴染みの者で周りを固めるようアドバイスしたのだ。後宮では見知らぬ侍女がうろついていても、注意できないからな」
殿下は、女性はみんな刺客だと思っているから侍女に辛辣だね。
しかし実際に危ないのだろう。
実は殿下のお屋敷でも、すでに毒がみつかっている。
棚の奥にあった茶葉を小枝がクリーンすると、煙のようなものが立ち上ったのだ。
それは毒素が浄化されたときの有様である。
その紅茶の缶は、レギもグレイもあずかり知らぬもので。知らぬ間に誰かがこっそり仕込んだようなのだ。
殿下が戦場に出ていた折は屋敷の警備が手薄で、そのときに侵入されたのではないか、という推測です。
グレイは平身低頭で謝っていたけれど。
殿下は、屋敷をひとりで切り盛りしてきたグレイを叱らず。逆に無事でよかったと励ましたのだった。
強面で不愛想だけど。殿下はとても人を大事にする人なんだなぁと感じた。
ニコリとしてくれたら、恐縮しないでいいのに。とは思うけど。
まぁ、つまり。
殿下やレギが言うやつらという連中は、少しの隙を突いて毒素を日常に入れ込んでくる、ということだ。
俺も、食事係として。気を引き締めた事件だった。
あと、小枝さまさまです。
毒を消せる小枝は、聖女だということだけど。
俺は聖女がどういうものかは、イマイチわからない。
どういうお役目があるのでしょうね?
不浄なものを清める、というのは。クリーンも同様で。特に違う能力に見せかけているわけでもないのだけど。
言い方が違うだけで、気づかないものなのか、ちょっと心配だが。
小枝は男の子だしな。
それで目くらましになるのなら、いいんじゃないかと思う。
みんなが、小枝が聖女だと気づくまでは。隠していようということになったのだ。
聖女の能力で小枝になにかさせようとは思わない…あぁ、御仕事は手伝ってもらっていますけどぉ、酷使させたりはしないよ? 前世の兄のように小枝の能力で荒稼ぎとか、する気はないけど。
もしも誰かに利用されるようなことになったら嫌だからね。
なので小枝が聖女というのは内緒です。
「エルアンリ王子は幼い頃から病弱だということですが。なにか病が、持病をお持ちですか?」
診察をするにあたって、前情報を殿下に聞いてみた。
しかしディオンは首を少し傾げるのだった。
「わからない。俺ら兄弟は、基本、弱味を見せぬようにしていて。接触が薄かった。しかし俺の直属の部下がエルアンリの警護をすることになり。それから少しずつ関わり合うようになったのだ。部下の騎士を通して、エルアンリも俺のことを信用できるようになり。それからは弟を守るために、彼に助力をするようになって。しかし病状の詳しいことなどは、聞けないというか…」
「確かに、病気の件はプライベートですから聞きづらいことではありますね。しかし、敵は第三王子派とわかっているのですから、他の御兄弟はもう少し団結しても良いのでは?」
「そうなのだが。王位継承権が絡むと、弟たちの母親や、その親戚たちが口うるさかったりするのだ。面倒くさい話だがな」
そう言って、殿下は口をへの字にした。この顔にもだいぶ慣れました。
「殿下と、他の御兄弟の関係性はどうなのですか? 小枝のこともありますし、第七王子のことなども親としては気になります」
俺が言うと、隣の小枝も目を光らせて殿下をみつめた。
「ふむ。第七王子は、現在陛下が寵愛しているマリアンヌ元公爵令嬢との子だ。マリアンヌは第一王子シャルフィの婚約者であったのだが、兄王子は八歳のときに亡くなってしまったので破談になった。一時は俺の婚約者候補でもあったが、俺が頑なに拒んだから。陛下がマリアンヌを気に掛けている間に、愛が芽生えたという…」
なんか、目まぐるしい情報量でいろいろ驚愕です。あんぐりです。
「はぁ? 子供の婚約者と結婚? それって。陛下って、年齢はいくつなのですか?」
だって、おそらくシャルフィ第一王子とマリアンヌは、年はそれほど変わらないだろう?
自分の子供と変わらぬ年齢の娘と結婚したってわけだろう?
たとえば、俺が小枝のお友達と結婚するみたいな感じだろ? 無理無理。
「陛下は今、四十五歳。マリアンヌはシャルフィと同じ年だから二十五だろう」
「二十歳の年の差婚っ?? 陛下、すっげぇな」
すごいですね、とレギに注意される。すみません。
「国王の結婚で年の差婚は、そう珍しいものではない。後継が多いほど国は安泰する、という考えはいまだ根強い」
確かに、この世界の医術レベルは戦国時代並みだろう。
後継争いの、暗殺、毒殺、なども。戦国時代の日本でもありがちだったろうし。
戦争もあって。子供が流行り病で亡くなることも、普通にあるのだろうから。成人するのも大変な時代だ。
だから後継が多い方がいいというのも納得なのだが。
だったら尚更、子供は大事にしてもらいたいものだけどね。
「俺の母もそうだが、マリアンヌは国や政治がらみの結婚ではなく、陛下が見初めた上の結婚。しかも若くて豊かな金髪が自慢、美貌が冴えてスタイルの抜群。ゆえにベタ惚れだ。ジョシュアはそのマリアンヌの息子であるから、それはもう、陛下はデレデレのアマアマである」
いかめしい顔でデレデレのアマアマとか言わないでください、殿下。
「じゃあ、ぼくがジョシュア殿下に暴言吐いたら、死? 即、死ですかぁ?」
はわわぁ、と。唇を震わせ、おののきながら小枝が殿下にたずねるが。
「子供の遊びにそうそう口は出さないと思うが。馬鹿とかグズとか死ねは言わない方がいいだろう」
うむ、と殿下はうなずく。
「うちの小枝はそのような汚い言葉は使いませんっ」
俺が目を吊り上げて言うと。
「そうです。コエダはタイジュより殿下より言葉遣いが丁寧ですよ」
澄まし顔でレギも言った。
太鼓判を押してくれるのはありがたいが。なにやら俺はディスられたようなので、複雑です。
「マリアンヌと俺はほぼ同世代なので、話をする機会もそこそこあるが。ジョシュアは年が離れすぎているので、弟というより親戚の子供のような感覚だな。ゆえに距離感も遠い」
話を戻して、殿下が言う。言葉遣いの件はスルーしましたね。
「しかし、親しい間柄でお美しい人がディオン殿下の婚約者候補だったのでしょう? なぜ殿下はマリアンヌ様を選ばなかったのですか?」
純粋に疑問に思って、俺は殿下にたずねた。
「それは、第一王位継承者である俺の婚約者は、まず一番に命を狙われるだろうが、俺はそれを守り切れないからだ。自分の身を守るのが精一杯だからな」
それは、裏を返せば。殿下はマリアンヌを憎からず想っていたけれど、彼女の命を守るために身を引いたってことじゃないかな? と思ったのだが。
「そして、女はみんな刺客だからだ」
という殺伐ワードが続いたので。
あぁ、殿下の女性不信は根強いのだなと思うのだった。
「でも、陛下と結婚したのだから、刺客ではないのでは?」
「過ぎたことはどうでもいい。それに俺が伴侶にしたいのは、おまえだっ」
殿下の爆弾発言に、俺はヒェッと肩をすくめる。
そしてきょとんとする小枝や、特に表情の変わらないレギの顔をチラチラ見やる。
き、聞こえましたか? 聞こえましたよね?
「ななな、なに、レギや小枝の前で、そんな、じょじょじょ冗談をぉぉお?」
冗談にして誤魔化したかったのにっ。
殿下ったら、真面目顔で返してきましたよぉ? もうっ。
「冗談ではない。レギもコエダも承知していることなのだから、案ずるな」
えぇぇ? 承知ってなに? レギも? やめてぇぇ。
あ、レギは以前、夜の営みはぁ? なんて聞いてきたから。
俺たちが夜の営み系って知っているってこと? つか、夜の営み系ってなに?
というか、まさか小枝も?
青い顔で俺が小枝を見やると。小枝は殿下に物申したっ。
「ぼくは承知していません。パパはぼくのですからね、殿下っ」
そうだそうだ、言ってやってくれ、小枝っ。俺の味方っ。
「パパがふたりできればよいのだろう?」
「いいえ、パパをぼくと殿下で分けたら減るでしょう? パパがふたりなどと増量でお得感を出しても誤魔化されませんからぁぁ」
ムフンと鼻息をつく小枝。よく言った、小枝っ!
しかし。殿下が…。
「やれやれ、タイジュを攻略しても、さらにコエダを攻略しなければならないとは…」
なんてつぶやくから。
小枝がひぃぃぃ、と引き悲鳴をあげた。吸い込み系の悲鳴だ。
「パパっ、殿下に攻略されてしまったのですかぁ? いつの間に、てーそーのききがぁぁ?」
「攻略されていない。貞操も無事だっ」
子供相手になにを言っているのだと、自分でも思うが。
誤解は良くないので。
「えっ? まさか、キスもまだとか? 殿下ったら奥手なんですね?」
なんか、今度は一転、小枝は菩薩のような顔で殿下を見やるのだった。
そ、それは。憐みの表情っ?
もしくは近所の世話焼きおばちゃん?
「俺はタイジュの気持ちを大事にしているのだ」
「素敵です、殿下。そのお気持ちを忘れずに。パパに無体はいけませんよぉぉ??」
小枝と殿下、なんの話をしているんでしょうね、ホント。考えたくないです。
「え、じゃあ。第六王子は?」
もうめちゃくちゃ強引に話を変えたよ。
そうするしかないでしょ、この収拾のつかない話はっ。
「第六王子のオズワルドは、可哀想な子なのだ。今は十六歳か。隣国へ留学しているが、それはいわゆる避難ということだな。第三王子からも、その後ろ盾であるハウリム国からも遠く離れた国に。というのも、第五王子のジョルジュとオズワルドは実の兄弟で、ふたり仲良く暮らしていたが。ジョルジュは六歳のときに井戸に落ちて亡くなったのだ」
第一と第五王子は亡くなったと聞いてはいたが。
第六王子は実の御兄弟だったのですね? おいたわしいです。
「第三王子の母がジョルジュを落としたのを、オズワルドは目撃したのだが。当時五歳だったので子供のたわごとだと証言を取り合ってもらえず。命の危機を覚えたオズワルドは十歳のときからひとり他国の学園で寮暮らしなのだ」
「六年も他国で暮らしているのですか?」
「あぁ。国を挙げての戦勝祝いの席にも顔を出さなかった。余程、今の王妃が怖いのだろうな。そういうわけで、幼い頃に離れてしまったオズワルドとの関係は、希薄という他ない。それにしても、あの女狐を追い払えるチャンスだったのに、オズワルドの証言を採択しないとは。今思い出しても口惜しい」
ジョシュア以外の王子はみんな、守ってもらえなかった王子なのですね。
殺人者がのさばっているのも腹が立つが。
俺は、守られるべき子が危険にさらされていることの方に怒りが湧く。
せめて及ばずながら、これから診察するエルアンリ王子の力になりたいと思った。
遅い朝食のあと、いつものメンツで馬車に乗り。エルアンリ王子が住む屋敷に向かうことになりました。
エルアンリ王子も殿下と同様に後宮を出て、西の離宮で暮らしているようです。
「十八までは母と後宮に住んでいたのだが。彼は昔から病弱で。毒にさらされると即、命の危機に直結するようになったから。危険な後宮を離れて、顔馴染みの者で周りを固めるようアドバイスしたのだ。後宮では見知らぬ侍女がうろついていても、注意できないからな」
殿下は、女性はみんな刺客だと思っているから侍女に辛辣だね。
しかし実際に危ないのだろう。
実は殿下のお屋敷でも、すでに毒がみつかっている。
棚の奥にあった茶葉を小枝がクリーンすると、煙のようなものが立ち上ったのだ。
それは毒素が浄化されたときの有様である。
その紅茶の缶は、レギもグレイもあずかり知らぬもので。知らぬ間に誰かがこっそり仕込んだようなのだ。
殿下が戦場に出ていた折は屋敷の警備が手薄で、そのときに侵入されたのではないか、という推測です。
グレイは平身低頭で謝っていたけれど。
殿下は、屋敷をひとりで切り盛りしてきたグレイを叱らず。逆に無事でよかったと励ましたのだった。
強面で不愛想だけど。殿下はとても人を大事にする人なんだなぁと感じた。
ニコリとしてくれたら、恐縮しないでいいのに。とは思うけど。
まぁ、つまり。
殿下やレギが言うやつらという連中は、少しの隙を突いて毒素を日常に入れ込んでくる、ということだ。
俺も、食事係として。気を引き締めた事件だった。
あと、小枝さまさまです。
毒を消せる小枝は、聖女だということだけど。
俺は聖女がどういうものかは、イマイチわからない。
どういうお役目があるのでしょうね?
不浄なものを清める、というのは。クリーンも同様で。特に違う能力に見せかけているわけでもないのだけど。
言い方が違うだけで、気づかないものなのか、ちょっと心配だが。
小枝は男の子だしな。
それで目くらましになるのなら、いいんじゃないかと思う。
みんなが、小枝が聖女だと気づくまでは。隠していようということになったのだ。
聖女の能力で小枝になにかさせようとは思わない…あぁ、御仕事は手伝ってもらっていますけどぉ、酷使させたりはしないよ? 前世の兄のように小枝の能力で荒稼ぎとか、する気はないけど。
もしも誰かに利用されるようなことになったら嫌だからね。
なので小枝が聖女というのは内緒です。
「エルアンリ王子は幼い頃から病弱だということですが。なにか病が、持病をお持ちですか?」
診察をするにあたって、前情報を殿下に聞いてみた。
しかしディオンは首を少し傾げるのだった。
「わからない。俺ら兄弟は、基本、弱味を見せぬようにしていて。接触が薄かった。しかし俺の直属の部下がエルアンリの警護をすることになり。それから少しずつ関わり合うようになったのだ。部下の騎士を通して、エルアンリも俺のことを信用できるようになり。それからは弟を守るために、彼に助力をするようになって。しかし病状の詳しいことなどは、聞けないというか…」
「確かに、病気の件はプライベートですから聞きづらいことではありますね。しかし、敵は第三王子派とわかっているのですから、他の御兄弟はもう少し団結しても良いのでは?」
「そうなのだが。王位継承権が絡むと、弟たちの母親や、その親戚たちが口うるさかったりするのだ。面倒くさい話だがな」
そう言って、殿下は口をへの字にした。この顔にもだいぶ慣れました。
「殿下と、他の御兄弟の関係性はどうなのですか? 小枝のこともありますし、第七王子のことなども親としては気になります」
俺が言うと、隣の小枝も目を光らせて殿下をみつめた。
「ふむ。第七王子は、現在陛下が寵愛しているマリアンヌ元公爵令嬢との子だ。マリアンヌは第一王子シャルフィの婚約者であったのだが、兄王子は八歳のときに亡くなってしまったので破談になった。一時は俺の婚約者候補でもあったが、俺が頑なに拒んだから。陛下がマリアンヌを気に掛けている間に、愛が芽生えたという…」
なんか、目まぐるしい情報量でいろいろ驚愕です。あんぐりです。
「はぁ? 子供の婚約者と結婚? それって。陛下って、年齢はいくつなのですか?」
だって、おそらくシャルフィ第一王子とマリアンヌは、年はそれほど変わらないだろう?
自分の子供と変わらぬ年齢の娘と結婚したってわけだろう?
たとえば、俺が小枝のお友達と結婚するみたいな感じだろ? 無理無理。
「陛下は今、四十五歳。マリアンヌはシャルフィと同じ年だから二十五だろう」
「二十歳の年の差婚っ?? 陛下、すっげぇな」
すごいですね、とレギに注意される。すみません。
「国王の結婚で年の差婚は、そう珍しいものではない。後継が多いほど国は安泰する、という考えはいまだ根強い」
確かに、この世界の医術レベルは戦国時代並みだろう。
後継争いの、暗殺、毒殺、なども。戦国時代の日本でもありがちだったろうし。
戦争もあって。子供が流行り病で亡くなることも、普通にあるのだろうから。成人するのも大変な時代だ。
だから後継が多い方がいいというのも納得なのだが。
だったら尚更、子供は大事にしてもらいたいものだけどね。
「俺の母もそうだが、マリアンヌは国や政治がらみの結婚ではなく、陛下が見初めた上の結婚。しかも若くて豊かな金髪が自慢、美貌が冴えてスタイルの抜群。ゆえにベタ惚れだ。ジョシュアはそのマリアンヌの息子であるから、それはもう、陛下はデレデレのアマアマである」
いかめしい顔でデレデレのアマアマとか言わないでください、殿下。
「じゃあ、ぼくがジョシュア殿下に暴言吐いたら、死? 即、死ですかぁ?」
はわわぁ、と。唇を震わせ、おののきながら小枝が殿下にたずねるが。
「子供の遊びにそうそう口は出さないと思うが。馬鹿とかグズとか死ねは言わない方がいいだろう」
うむ、と殿下はうなずく。
「うちの小枝はそのような汚い言葉は使いませんっ」
俺が目を吊り上げて言うと。
「そうです。コエダはタイジュより殿下より言葉遣いが丁寧ですよ」
澄まし顔でレギも言った。
太鼓判を押してくれるのはありがたいが。なにやら俺はディスられたようなので、複雑です。
「マリアンヌと俺はほぼ同世代なので、話をする機会もそこそこあるが。ジョシュアは年が離れすぎているので、弟というより親戚の子供のような感覚だな。ゆえに距離感も遠い」
話を戻して、殿下が言う。言葉遣いの件はスルーしましたね。
「しかし、親しい間柄でお美しい人がディオン殿下の婚約者候補だったのでしょう? なぜ殿下はマリアンヌ様を選ばなかったのですか?」
純粋に疑問に思って、俺は殿下にたずねた。
「それは、第一王位継承者である俺の婚約者は、まず一番に命を狙われるだろうが、俺はそれを守り切れないからだ。自分の身を守るのが精一杯だからな」
それは、裏を返せば。殿下はマリアンヌを憎からず想っていたけれど、彼女の命を守るために身を引いたってことじゃないかな? と思ったのだが。
「そして、女はみんな刺客だからだ」
という殺伐ワードが続いたので。
あぁ、殿下の女性不信は根強いのだなと思うのだった。
「でも、陛下と結婚したのだから、刺客ではないのでは?」
「過ぎたことはどうでもいい。それに俺が伴侶にしたいのは、おまえだっ」
殿下の爆弾発言に、俺はヒェッと肩をすくめる。
そしてきょとんとする小枝や、特に表情の変わらないレギの顔をチラチラ見やる。
き、聞こえましたか? 聞こえましたよね?
「ななな、なに、レギや小枝の前で、そんな、じょじょじょ冗談をぉぉお?」
冗談にして誤魔化したかったのにっ。
殿下ったら、真面目顔で返してきましたよぉ? もうっ。
「冗談ではない。レギもコエダも承知していることなのだから、案ずるな」
えぇぇ? 承知ってなに? レギも? やめてぇぇ。
あ、レギは以前、夜の営みはぁ? なんて聞いてきたから。
俺たちが夜の営み系って知っているってこと? つか、夜の営み系ってなに?
というか、まさか小枝も?
青い顔で俺が小枝を見やると。小枝は殿下に物申したっ。
「ぼくは承知していません。パパはぼくのですからね、殿下っ」
そうだそうだ、言ってやってくれ、小枝っ。俺の味方っ。
「パパがふたりできればよいのだろう?」
「いいえ、パパをぼくと殿下で分けたら減るでしょう? パパがふたりなどと増量でお得感を出しても誤魔化されませんからぁぁ」
ムフンと鼻息をつく小枝。よく言った、小枝っ!
しかし。殿下が…。
「やれやれ、タイジュを攻略しても、さらにコエダを攻略しなければならないとは…」
なんてつぶやくから。
小枝がひぃぃぃ、と引き悲鳴をあげた。吸い込み系の悲鳴だ。
「パパっ、殿下に攻略されてしまったのですかぁ? いつの間に、てーそーのききがぁぁ?」
「攻略されていない。貞操も無事だっ」
子供相手になにを言っているのだと、自分でも思うが。
誤解は良くないので。
「えっ? まさか、キスもまだとか? 殿下ったら奥手なんですね?」
なんか、今度は一転、小枝は菩薩のような顔で殿下を見やるのだった。
そ、それは。憐みの表情っ?
もしくは近所の世話焼きおばちゃん?
「俺はタイジュの気持ちを大事にしているのだ」
「素敵です、殿下。そのお気持ちを忘れずに。パパに無体はいけませんよぉぉ??」
小枝と殿下、なんの話をしているんでしょうね、ホント。考えたくないです。
「え、じゃあ。第六王子は?」
もうめちゃくちゃ強引に話を変えたよ。
そうするしかないでしょ、この収拾のつかない話はっ。
「第六王子のオズワルドは、可哀想な子なのだ。今は十六歳か。隣国へ留学しているが、それはいわゆる避難ということだな。第三王子からも、その後ろ盾であるハウリム国からも遠く離れた国に。というのも、第五王子のジョルジュとオズワルドは実の兄弟で、ふたり仲良く暮らしていたが。ジョルジュは六歳のときに井戸に落ちて亡くなったのだ」
第一と第五王子は亡くなったと聞いてはいたが。
第六王子は実の御兄弟だったのですね? おいたわしいです。
「第三王子の母がジョルジュを落としたのを、オズワルドは目撃したのだが。当時五歳だったので子供のたわごとだと証言を取り合ってもらえず。命の危機を覚えたオズワルドは十歳のときからひとり他国の学園で寮暮らしなのだ」
「六年も他国で暮らしているのですか?」
「あぁ。国を挙げての戦勝祝いの席にも顔を出さなかった。余程、今の王妃が怖いのだろうな。そういうわけで、幼い頃に離れてしまったオズワルドとの関係は、希薄という他ない。それにしても、あの女狐を追い払えるチャンスだったのに、オズワルドの証言を採択しないとは。今思い出しても口惜しい」
ジョシュア以外の王子はみんな、守ってもらえなかった王子なのですね。
殺人者がのさばっているのも腹が立つが。
俺は、守られるべき子が危険にさらされていることの方に怒りが湧く。
せめて及ばずながら、これから診察するエルアンリ王子の力になりたいと思った。
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