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36 今世こそ、必ず幸せに暮らしてみせますっ

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     ◆今世こそ、必ず幸せに暮らしてみせますっ

 朝、すっきり目覚めた。俺が。
 昨夜、殿下に好きだとはっきり言われて、そんな状態で一緒のベットで寝れないよう、なんて思ったけど。
 眠れたね。案外普通にね。
 俺の順応性、すごくね?
 好きと言われたら、もうあやふやなのは無理だなと思って。俺は昨日、横になったあとにいろいろいろいろ考えたけどぉ。
 結論としては、わからないってことで。
 んん、嫌いではないです。もう少し時間をください、殿下。

 そうして、その殿下は。
 俺のすぐそばで、眉間にビシビシビシッと深いしわを刻んで、こちらを見ている。
 あぁ、やはり。昨日話の途中でスリーパーしたのを怒っていらっしゃるのでしょうね?
 つか、殿下は毎朝、険しいお顔ですけど。イケメンがもったいない。

「二日酔いだ」
「あぁ、強面が二日酔いだなんて、顔が二重に険しくなってひどい状態に…」
「あぁあん?」
 もう、怖いです。日本にいたら、絶対ヤンキーですよね、殿下は。
 全くもって、がり勉の俺とは違う世界の住人です。

「二日酔いにはシジミの味噌汁がいいのですけど。ないですよね?」
「シジミ? 貝だろ? 海に行けばあるんじゃ?」
「シジミは汽水域に生息するので海にはいないんですけど…つか、海ッ、あります? じゃあ、魚介類とかわかめとか? あぁでも味噌がない。くぅ」
 シジミや、わかめと豆腐の味噌汁を作るにしても。味噌がないしっ。あ、豆腐もない。
「あるって言っても、海には馬車で五日ほどかかる。今日はシジミノミソシルとやらは無理だな。ミソは海外でそういうものがあるのを聞いたことがあるが?」

 俺は、殿下をキラリーンとみつめたっ。
 それに、うぅっと殿下は唸る。頭痛?
 しかしながら俺は興奮して、囁きながらも食い気味にたずねる。

「嘘ッ、味噌、あるの? じゃあ、味噌の副産物の醤油もあるんじゃね?? なくてもワンチャン作れんじゃね?」
 醤油は味噌から出た汁がたまり醤油になるって聞いたことあるよ?

「東にあるパンジャリア国に、ミソもショーユもある。そこは菜食主義で肉を食わないから。調味料も植物から作り出しているという。珍しいから覚えていたが、とても遠いところだし。おまえを国外に出す気もない」
 殿下は首を横に振るが。
 醤油にもお聞き覚えが? あるの?
 この世界に味噌と醤油が、あるのぉぉ? ありがとう、パンジャリア国!

「はぁぁぁああ、国の外とか出なくていいんで。お取り寄せはできませんかね? 醤油があったら、肉じゃがとか生姜焼きとかレパートリーが段違いに増えるんですけどぉ? あっ、コメは? コメがあったら、おにぎりとかチャーハンとかできるんですけどぉ?」
 俺の半端ない食いつきぶりに、殿下はタジタジ。二日酔いで目はクラクラの様子ですが。
 しばらくして、口を開けた。
「…今言ったの、全部作ってくれるなら。取り寄せてやる。ミソとショーユとコメ」
「ありがとうございます、殿下っ」
「ディオンだろ」
 気だるそうに起き上がると、殿下は俺の頭を抱き寄せて、頬にチュッとした。
「ちょっ、ディオンっ」
 恋人でもないのに、朝のあいさつでチュッとか、駄目だと思いますけどっ。
 という気持ちで、彼を睨むと。
「俺は好意を示した。あとはおまえの気持ち次第。だろ?」
 さらりと受け流したつもりかもしれないけど。
 頬がかなり赤いですからねっ。

「まだ。まだですからね、もうっ。俺、小枝を起こしてきますからねっ、もうっ!」
 俺は俺の気持ちがわからないので、猶予が欲しいのに。
 ぐいぐい来るから。
 余計わからなくなるじゃないですかぁ。もうっ。

 というわけで。俺はチョンと殿下の額を指で突いて、軽い鎮痛スリーパーをかける。これで少しは二日酔いも楽になるでしょ。
 そしてプリプリを装いつつ、実際には隣の寝室に退散する。照れ隠しだっ。

 あぁぁ、しかし。ここではここで、厄介な問題がありますな。
 ジョシュア王子が小枝を気に入っちゃった話だ。

 ウニュウニュ言って、そろそろ起きそうな小枝のそばに、俺は横たわり。息子をみつめながら考える。
 王子のお遊び相手に指名されたなんて言ったら、小枝、怒っちゃうよなぁ。はぁ。
 でも、たぶん。朝食の場でレギが小枝に聞くだろう? その前に話しておいた方がいいと思った。
 いきなりそんなこと言われたら、小枝、またきっと泣いちゃうだろうからな。

「んんん、パパぁ」
 手でまぶたをごしごしして、目を開けた小枝は。俺がそばにいたから安心したようだ。
 昨日は怖い話を思い出させちゃったからな。
 俺は小枝の頭を優しく撫でる。今日も可愛いひよこの髪色だ。
「おはよう、小枝。パパ、朝ごはんの用意があるんだけど。その前にお話があります」
「んん、なぁに?」
 まだ、寝ぼけているのか。ぼんやりした目で聞く。
「実は、ジョシュア王子が小枝を気に入って、遊び相手になって欲しいんだって。それで王様のお願いだから、断れないんだって」

 すると、寝ぼけて半開きだった目が、カカッと見開き。そして、ウリュッと潤んだ。

「あぁぁあ、やっぱりぃ。ぼくはジョシュア殿下に殺される運命なのですねぇ? だんとうだいのつゆにきえるのですねぇ?」
 小枝はベッドの上に座り込んで、項垂うなだれるのだった。
「いやいや、そんなことにはさせないよ、小枝。でも、六歳のジョシュアには会ったことがなかっただろう? 子供のうちから仲良くなれば、処刑なんてならないだろうし…そうだ、仲良くなったらいいんじゃないか? それに小枝は男の子なんだから。三角関係にはならないよ。な?」
 だから、処刑も断頭台もないってことを。言いたかったのだが。

「王様のお願い、というところに。なにやらストーリー修正の意図を感じますぅ。ぼくはどうしても、ジョシュアと関わらなければならないようですね?」
 そう言って、オトナチックなアンニュイなため息をつく小枝。
 あぁ、俺の息子が大人の階段を登ってしまうぅう。

「わかりました。女神がストーリー修正をするというのなら、ぼくはそれにあらがってみせます。ぼくは生き抜いて、パパとのほほん生活を満喫するのです。そして今世こそ、必ず幸せに暮らしてみせますっ」
 小枝は拳を握って高らかに宣言する。
 それはもちろん、パパもそう思っているけど。

「大丈夫かい? 小枝。あんなに泣いていたのに。ジョシュア王子と対面できるかい?」
「ぼくは、処刑も怖いけど。なによりパパに嫌われたくなかったのです。でも、パパはぼくの味方だってわかったから、大丈夫です。あとは処刑を回避するだけです」
 キリリとした眼差しの大人小枝で、そうつぶやく。
 俺は、懸命に小枝の手助けをしてやりたいと思った。

「そうだ、駄々をこねてみたらどうかなぁ? 子供の我が儘だから通るかもしれないよ?」
「そうしたら、パパの評価が下がってしまうのです。王族に逆らうわがままな子供はこの世界では通用しませんよ。ぼくはパパの足を引っ張りたくありませぇん!」
 わぁ、子供の方がよく考えているよ。考えなしですみません。

「この世界は、王様や王族第一です。子供が不敬だと、親のパパが罰されてしまう」
「あぁ、小枝はそれを知っているんだね?」
 小枝は小さくうなずいた。
 俺はレギに言われて。王様の命令を拒んだら罰を受けることもあるって聞かされて、そういうことなのだとはじめて知り。おののいたけれど。
 小枝は一度、この世界で暮らしていたから。
 基本的なことはわかっているんだな。
 それで、俺を守るためにも。嫌いなジョシュアと会おうとしてくれるんだ。

 なんて、優しい子なんだ、小枝っっ。

「つらい思いをさせてごめん。でもパパは、ずっと小枝の味方だからな?」
 キュッと抱きしめて、小枝を安心させる。
 そのぬくもりは、俺も安心させるのだ。
 小枝が処刑回避できるよう、俺も一生懸命手伝うからな?

「今日は小枝が食べたいもの作ってあげる。なにが食べたい?」
 そうは思っても、これぐらいのことしかできないけど。
 嫌なことをさせられてしまう小枝に、せめてものボーナスタイムだ。
「ハムチーマヨ」
 それは食パンの上にハムとチーズとマヨネーズを乗せて焼くやつなのだけど。オーブントースターがないから、焼いた具を上に乗せる感じになるね。
「わかった。ハムチーマヨだな?」
「あぁ、野菜はいらないからねぇ」
「…今日だけだぞ」
 甘やかしの俺に、やったぁと無邪気に喜ぶ小枝。

 俺は絶対にこの笑顔を守ろうって誓った。

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