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34 真の承諾を勝ち取った 

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     ◆真の承諾を勝ち取った

 酔っ払いのディオン殿下を、彼の私室に入れると。
 今まで俺に体を寄りかからせていたくせに、背筋をシャキッとさせて、俺をその場でくるりと回すのだ。
 なんですか、これ?
「ダンスみたいに、回さないでください」
「みたいじゃなくて、ダンスだ」
 殿下は右手で俺の左手を取り。左手は腰を支えて。社交ダンスみたいにする。
「せっかく、おまえとおそろいの衣装を仕立てたのだから、一度くらいは踊っておきたいではないか」
「おそろいなのですか?」
 俺の衣装は、今殿下が着ているようなラメラメでキラキラではない。まぁ、黒は黒だが。
「俺はそのつもりだ。しかしレギが従者と同じ衣装は駄目だと言うから…」
 そう言って、勝手に動き出す。
「わぁ、無理無理、ダンスなんかしたことないしぃ」
「俺にくっついていればいい」
 腰を押されて誘導され、手の引かれる方向へ進んでいれば。なんとなくダンスですか? くらいにはなるけど。
「ダンスって、男女で踊るものでしょう? これ、おかしくないですか?」
 殿下を見上げて言うと、彼は口をへの字にした。

「女性と踊るなんて、御免被ごめんこうむる。いつ刺されるか気が気じゃないではないか?」

 また出た、殺伐ワード!
 まぁ、殿下はそうなんでしょうけど。
 普通の女性は王子を刺したりしないものです。
 と、ついジト目で見ていたら。
 なんか、向こうもジト目でみつめてくる。
「なんですか? 茶番に付き合っているというのに、そのような目で見て」
 なんちゃってダンスを殿下としながら、たずねると。

「アンドリューに、身請けの承諾をしたのか?」

 眉間にしわをビシビシ入れた顔をされる。
 それでなくても、印象が怖いのですから。強面こわもてをさらにいかつくしないでください。
 でも。一瞬、なにを言われているのかわからなかった。
 けど。そういえば、アンドリューさんに身請けしたいって言われたことはあって。
 でも…。
「それは、アンドリューさんの社交辞令だと思ったのです。俺は医者としてアンドリューさんの手当てをしました。患者さんは治ればみなさん感謝してくれるのですが。俺は彼らを治療することが仕事です。だけど好意の表現としては、身請けは高すぎる。でもアンドリューさんのお気持ち、申し出は嬉しかったので。ありがとうと言いました」
「アンドリューは本気だったようだぞ? 承諾を取っていたので自分に資格があると言って、俺の倍の身請け料を出すって言い出した」
「え、本気? まさかこんなおっさんをマジで身請けする気だったのですか?」
 俺は驚きに目を丸くせずにはいられない。
 普通に考えて、まさか自分ごときおっさんに、そんな高額な料金を払うなんて考えられないじゃん。
 今も、本気と聞いて。まだ、うそぉ? まさかぁ? と思っているのに。
 殿下のように不眠で悩んでいて、というのなら。俺のスリーパーが役に立つので腑に落ちるのだが。
 アンドリューさん、いい人なんだろうけど。
 治療してもらうたびにそんなに多大な感謝していたら身が持ちませんよ?

「あ、でも。小枝を見初めたのかもしれませんね。それなら倍の身請け料も理解できます。うちの小枝は天使ですから」
 さすが俺の自慢の息子、と鼻高々に思うけど。
 それはそれで、小枝はまだ五歳。恋や愛はまだ早いし。
 アンドリューさんはイケメンだけど、年が離れすぎているしな。
 もしかしたら源氏物語みたいに、小さいうちから自分好みに育てたかったとか?
 気持ちはわかるけど。
 成人まではエッチは禁止ですよっ。パパからのお願いです。

 つか、殿下の話は。
 アンドリューさんに交渉権があるかもしれないのが問題ってこと?
「あの、ありがとうは承諾とみなされるのですか? それは駄目でしたか? もしかして、小枝の奴隷解放がダメになったりしますか?」
 身請けの承諾をしたことで、契約の順番無視で無効、とかになったら。
 小枝はどうなっちゃうんだぁぁ??

「いや、駄目ではない。奴隷の身請けは奴隷商との契約だが、アンドリューは奴隷商と連絡をつけていなかったようだし。本人の…おまえの意思も確認した上での手続きだったので、なにも問題はない」
 そう言って、ステップを踏んだ殿下は。足を止め、俺を見下ろす。
 つか、でっかいな。俺の頭ひとつ分身長高いって、どんだけ??
 俺だって日本男子の標準身長なのにぃ。
 胸板もすっごく分厚いんだよね。手も足も長いし。
 ヤベェ。男のプライドが踏みつけられるぅぅ。

「タイジュの条件、コエダの奴隷契約を解除するというのを、アンドリューは知らないのだろう? 俺はおまえの条件を飲んで、おまえの真の承諾を勝ち取ったのだ。おまえを手にする資格は、おまえの願いを叶えた俺にこそある。そうだろう?」
 少しだけ自信なさそうな瞳の色で、殿下は俺に問いかける。
 おめかしした、キラキラピカピカの王子様なのに、そんな顔は似合いませんよ?
 なので俺は、彼にしっかりうなずいた。
「その通りです、殿下」

 親子で奴隷に身を堕としてしまったのは、俺の落ち度。小枝を守り切ることができなかった。
 こうなってしまったからには、元より奴隷ではないし、などという言い訳は通用しない。そこに、実際に金銭が発生しているからな。
 そして俺は、小枝につけられた値段を殿下に捨てさせた。
 あまつさえ、以後奴隷にならないような魔法もかけてもらったのだ。
 その代償は。俺が責任を持って殿下にお返ししなければならないもの。
 いつか奴隷から解放される日が来るとしても。
 それまでは、殿下の恩に報いなければならないって思うし。

 俺を所有する権利は殿下にあると思う。

「誰にも手出しはさせないし。アンドリューがなんと言おうとも、小枝の解放がなしになることはない」
 殿下がはっきり言ってくれたので、俺は手で胸をおさえて安堵した。
「そうですか? よかったぁ」
「本当に、良かったか? アンドリューが身請け相手でなくても?」
「えぇ。小枝の解放が一番ですから」

 小枝が解放され、親子を引き離されることなく、無体なこともされずに、王宮で暮らせることは。奴隷の身では破格の待遇だと思うのだ。
 アンドリューさんが、まず、小枝を解放してくれるかわからないし。
 はじめにこの条件を飲んでくれたのは殿下だから。俺はそれでいいと思う。
「…そうか」
 小さく息を吐いて、殿下がにこりと口元をゆるめたので。
 俺は殿下の背中を押して、風呂場に向かわせた。

「さぁ、寝る前にお風呂に入ってください。不眠解消に効くんですからね」
「おまえも一緒に入るか?」
 なんて、殿下は甘やかな声で誘ってくるけどぉ。
 俺が服を脱いだら、顔を真っ赤にする癖にぃ。

「まだ、風呂は早いのでしょう? それに俺はクリーン済みですから」
 脱衣室で、殿下のゴージャスな上着とズボンを脱がせて。整髪したときにつけられた飾りも取ったら。ごゆっくりと頭を下げて、浴室を出た。
 深酒をしたあとの風呂は、あまり良くないのだけど。
 こちらの世界のお風呂はかなりぬるめなので。大丈夫でしょう。

 居間に戻り。クローゼットのそばにあるトルソーに殿下から受け取った上着をかけ、専用ブラシで掃き清め。ズボンは明日洗濯する。
 上等の衣装の取り扱いをレギに教えてもらった。
 殿下の部屋にいることが、俺の方が多くなるから。殿下の身の回りのお世話も俺の仕事になるんだって。
 そうは言っても殿下は今まで、そういうメイドさんが手助けするようなことも全部自分でやってきたみたいなので。俺は少しお手伝いすればいいくらいな感じだけど。
 こういうのは、実は慣れていない。患者さんの身の回りのことはほぼ看護師さんにお任せなのでね。
 だから、助かります。
 あぁ、小枝のお着替えのお手伝いだと思えば。大した苦ではないけどね。

 殿下の着替えを脱衣室に置いて。フと思い立つ。
「失礼します、殿下」
 風呂場の扉を開けると。殿下は猫足の浴槽に入っていた。腰より上に泡がアワアワしているから。見えませんよ。
「髪を洗いましょうか? 整髪料でガチガチでしょう?」
「あぁ、頼む」
 うなずいて、俺は上着とブーツを脱ぐと、袖と裾をまくって、浴室に入る。
 殿下は猫足のバスタブに入ったまま、俺に頭を委ねた。
 裸体で無防備な状態を、俺に預けてくれるのは。信頼の証のようで嬉しい。
 廊下で、俺がいれば怖くないと言ったのは、本心のようだ。
 ちなみに剣は、そばに立てかけてあるけど。

 泡を流す用に、そばに蓄えられているお湯入れから、少し湯をすくい。石鹸で泡を立てて髪につける。もちろん液体のシャンプーやコンディショナーなどはない。
 そしてこの世界の整髪料は、カチカチに固まるやつ。
 サラサラのままスタイルをキープ、なんていうものはない。
 まぁ俺も、そういうの使ったことないけど。いつも洗いざらしで。寝癖がついていたら、濡らして乾かす程度だ。
 俺の話はともかく。それで、カチカチなものだから。洗い落とすのも結構大変。
 髪の一本一本を丁寧にほぐしていくようにして洗わないとならないんだ。

「あぁ、人に洗ってもらうのって、こんなに気持ちが良いのかぁ。今まで全部自分でやってきたから、知らなかったな」
 頭皮をマッサージして、髪をくように指を動かしていたら。殿下が気持ち良さそうな声を出す。
「そうですよね? 俺も美容室で髪を洗ってもらうの好きです」
 殿下は、本当に幼い頃から人の手を借りないで生きてきたのだろうけど。あんまり同情されるのも好きじゃなさそうだから、そう言った。

「タイジュ…俺はもう、おまえを手放せないぞ」

 目をつぶって俺に頭を預けている殿下が、そう言った。
「えぇ? 洗髪が気持ちいいからですか?」
 すると、片目だけを開けて、告げる。
「そうじゃない。誰にも。アンドリューにも。たとえ神にも。おまえを渡す気はないということだ」
 どれだけ本気にしているのか知らないが。殿下は俺らを神の手として扱う。
 神の手は女神フォスティーヌの使者。
 神から遣わされた者。という認識なら。
 俺を神に渡さないというのは。神に逆らっても俺をそばに置きたいってこと?
 それほどの執着があるってことなのか?
 ま、殿下の気持ちはわからないけど。大した気もなく言っているのかもしれないけど。

 その熱のこもる言葉には。ちょっとだけ、ドキリとした。

「ま、洗髪も捨てがたいしな」
 殿下が茶化してくれたので。俺もそれに乗っかる。
「はいはい。お湯をかけますよ」
 患者の洗髪をしたことはなかったが。小枝の頭を三歳から洗っているので。これはまぁまぁ手慣れたものです。
 お湯が目にかからないよう、気をつけるのがポイントだね。
「はい、ご苦労様でした。しっかり温まって出てきてくださいね」
 備品を片付けて、殿下に頭を下げると。
「おまえは、判で押したような使用人の言葉を言わないから、面白いな」
 と言って。上機嫌に笑った。

 それで、浴室を出た俺は。殿下がお風呂から出てくるまでの間、寝室に入って待つのだが。
 さらにその隣の部屋の寝室をのぞく。
 小枝は、スーピー夢の中のようだ。落ち着いて見えるから、ホッとした。
 ピンクの唇をフヨフヨさせて、よく寝ています。
 ふふ、可愛いなぁ、俺の息子がやはり世界一可愛いね。
 アンドリューさんが光源氏したくなる気持ちもわかる。ま、彼の本当の気持ちはわからないけど。
 とにかく俺は小枝が、アンドリューさんにもジョシュアくんにも干渉されないで、危険な目に合うことなく、健やかに育ってほしいと思っている。

 パパはそんな世界を願っていた。

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