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32 前世の記憶 (小枝)

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     ◆前世の記憶 (小枝)

 ぼくはっ、とうとう会ってしまった。ジョシュア王子に。
 ちゃんと挨拶できなかったから、パパに怒られて…というか、心配させちゃった。
 パパはいつだって、ぼくの味方。だから、なんでも話して大丈夫。
 でもさでもさ、ぼくが悪い子だったことを、言いたくないでしょ?
 パパに嫌われたくないし。
 ううん、パパはぼくを嫌いにならないかもしれないけど。やっぱ、怖いよ。

 それでね。ジョシュア王子に会ったあと。ぼくはパパと一緒に殿下のお屋敷に帰ってきたんだ。
 殿下は、夜にパーティーがあるからって。黒色のジャケットにラメがキラキラァの、シックなのにゴージャスなお衣装を着てね。青い髪をオールバックにしてね。

 パパが殿下のおめかしを手伝っているときに、その様子を見てたんだけどね。
 殿下ったら、なぁぁぁんか、パパのことをジッと見ててね。
 パパもなんだか、はにかんじゃってね?
 いやぁぁぁあな感じだよ。

 ぼくのパパが取られちゃう。ぼく、そういうのわかるのっ。

 でも………パパが楽しそうなのが一番で。パパは異世界に来てから今が一番楽しそうな顔をしているから。
 まぁ、いいのかな?
 奴隷の首輪を殿下が外してくれたら、もっと最高なんだけど。
 殿下はパパが好きだから、離せないんでしょ? じゃあ、首輪は外してくれないかなぁ。
 でもね、ぼくはわかるよ。
 首輪を外して自由になったときに、パパは一番の、とびっきりの笑顔になるんだってね?
 パパは涙もろい優しい人だから、泣いちゃうかもだけど。それくらい嬉しいってなるってね。
 だからぼくは、その日を待っているの。
 殿下が身請けを許してくれるかもしれないから、その日のためにお金も貯めるの。
 そなえあればうれいなしって、パパが言ってた。

 それで、殿下とレギがパーティーに行っちゃったから。
 パパとぼくとグレイで、簡単な夜ご飯を食べた。ワンプレートってやつ。
 パンとスープとポテトサラダに分厚いハムのステーキと目玉焼き。
 簡単って言っても、戦場で食べたカッテーパンと干し肉オンリーより、全然豪華なの。
 ぼくは胃袋ちっちゃいのに、パパがポテサラを山のように積み上げるから。食べきれないよぉ、ってくらいの量があるしね。

 それで、おやすみなさいして、グレイと別れて。
 パパとぼくらのお部屋に行った。
 ぼくは昼間、パパにちゃんとお話するって言ったから。そのお話をします。
 寝室じゃない方のお部屋で、椅子に座って。
 机の上に、パパが真ん丸ドーナツお砂糖まぶしと紅茶を出してくれた。ドーナツは、パンケーキの生地を揚げただけだから簡単って、パパが言ってた。
 日本には、チョコやクッキーやケーキがいっぱいあったけど。
 ぼく、パパの作る手作りドーナツが好きぃ。優しい甘みがほっぺをとろかせるのですぅ。

「小枝、寝る前にくちゅくちゅするって約束だよ」
「はい。虫歯注意ですね?」
 パパにお約束してから、ぼくはドーナツに手を伸ばした。

「それで、小枝。どうしてジョシュア王子が嫌いなのか、パパに教えてくれるか?」
 ぼくはドーナツ食べて、んんんんっまいってなったけど。
 そうです。お話です。
 ぼくはお手てをパンパンして砂糖を払い。紅茶を飲んでから。パパをみつめました。
「それは。ぼくの前世のお話になります」
 嫌われたくないから、悪い子だったときのことを言いたくないけど。
 パパに隠し事はできません。
 そうして、ぼくは。悪夢のような前世の話をパパにするのだった。

     ★★★★★

 前世で、ぼくは。堂島芽衣子という女の子だった。
 七歳上のお兄ちゃんがいて、兄から漫画やゲームの話をよく聞いていたし、アニメは一緒に見ていたから。異世界に主人公が行っちゃう話もよく見ていたの。
 だから、五歳のときにこの世界に来て。驚いたけど。
 その日のうちに強盗に襲われて道端に倒れていたローディ子爵を助けて、子爵邸で暮らせるようになったから。異世界に馴染むのは早かった。

 ぼくは、子爵にメイと名乗った。メイちゃんって呼ばれてて、あだ名だったの。
 この世界がどういうところかわからない五歳の女の子を不憫ふびんに思ってくれたローディ子爵は、メイを養子にしたけど。
 強盗に襲われたときの怪我が原因で、すぐに死んでしまって。
 子爵の家督は兄のベルナルドが継いだ。
 だけど、兄は。戦争に行くのを回避するために、家をすぐにも継ぎたかったようで。ローディ子爵、実の父を手にかけた。極悪人だったのです。
 メイは、その最悪な兄に育てられた。
 なにもわからないこの世界で生きていくには。兄を頼らなければならなかった。
 悪人だとわかっていても、彼の言いなりになるしかなくて。
 そのうち悪いことをしても罪悪感があまり湧かなくなったんだ。それが普通なんだと思って。

 でねぇ、ぼくはこの世界に降り立ったときにチートな能力を授かっていて。
 よくわからないけど、聖女って呼ばれる存在だったの。

 この世界には、清浄な空気に満ちた場所と、人の精神までも悪く作用する不浄な場所があって。不浄な場所が多くなると魔獣が増えたり、悪いことをする人が増えたりするんだけど。
 聖女の力は、その不浄な空気を清めるものだった。

 ベルナルド兄上は、メイのその力を利用して、金銭を稼ぎ、貴族階級でも発言力のある権力者になっていった。
 まぁ、いわゆる。聖女の力が欲しければ俺の言うことを聞け、金を出せ、みたいな?
 で、メイも。みんなが自分の言うことをきくから天狗になっちゃってぇ。
 宝石とか洋服とかいっぱい買っちゃってぇ。
 みんながちやほやするから、みんながメイのことを好きだって、勘違いしちゃったの。

 それでね、十四歳になって学園に入ったら。
 同級生に第七王子のジョシュアがいて。
 兄上に、ジョシュアの恋人になれって命令されたんだ。

 前世では、ディオン王子も戦死していて。第三王子とジョシュアしか王位継承者は残っていなかった。

 だから、メイがジョシュアと結婚したら。ワンチャン、王妃に。ダメでも公爵夫人になるわけ。
 そりゃあ、ダメ兄上は張り切るわけだよ。
 でもメイは、そういう裏事情とかよくわかっていなくて。
『聖女だから、王子が私を好きになるのは当たり前よね?』とか。
『兄上にそうしろって言われたんだから、絶対にジョシュアを射止めなきゃっ』とか。思って。
 なんとか彼の恋人になろうとしたの。

「それでね、ジョシュアと会うのに邪魔になる、ジョシュアの婚約者をイジメ倒したの」
 って言ったら。パパは、口をあんぐり開けてしまったが。
 話を続けますね?

 だけど、そのことが。ジョシュアにバレちゃって。すっごい怒っちゃって。
 それにね、ベルナルド兄上は第三王子派で。
 メイとジョシュアが結婚したら、メイに彼を殺させて、第三王子が王になる算段だったみたいなの。
 その悪事もバレてね。兄上も逮捕されたみたいだけど。
 そういう裏事情は、処刑直前に、こういうことがあったってジョシュアに教えてもらったんだけど。
 知らんがな。
 メイは聖女だったけど。
 今思うと、ジョシュアの婚約者イジメて、彼らの仲を引き裂こうとしたり、豪遊三昧でオホホって笑ってたし、これって破滅型悪役令嬢ポジじゃね? って思うわけなのぉぉぉぉ。
 それでね、メイは十八歳だったのに。王子暗殺未遂の罪で処刑されてしまったのぉぉぉぉ。
 NOぉぉぉぉ。

     ★★★★★

「ってわけなのです」
 話を締めくくったぼくは、ドーナツを口の中に入れてモグモグ。そして紅茶をずずーーっと飲みました。
 ぼくのお話が終わるまで、パパは黙って聞いていたけど。
 やはり、呆れてしまいますよね?
 もしや、嫌いになってしまいましたか? 人に意地悪するのは良くないことですもんね?
 でもぼく、今パパに嫌われたら、立ち直れませんっっ。
 って思ったけど。

「そうか。小枝は前世で、そんな目に合っていたんだな? 可哀想に」
 そう言って、パパはうんうんうなずいてくれる。
 怒ってない?

「ローディ子爵のところや、ところどころ話に聞いてはいたけれど。そうか、ジョシュア王子の暗殺者の濡れ衣を着せられてしまったんだね? わけもわからず処刑されるなんて、怖い目にあったんだな。でもパパは、小枝をそんな目に合わせたりしない。絶対に小枝を守るよ」
 ぼくの隣に座るパパは、ぼくの肩を抱いて、撫ぜ撫ぜしてくれた。

「濡れ衣、なのでしょうか。ぼくは兄の言いなりでしたから」
「命令されていないし、実行していないのだから。濡れ衣なんだよ。とにかく、小枝には前世の記憶があって、ここはやり直しのループってやつみたいだけど。小枝が経験したことは、この世界では実際に起きていないわけだ。だから、小枝は悪くない」
 パパはそう言い切ってくれて。ぼくは安心して、パパにぎゅぅぅってしがみついた。

「良かったぁ、パパに嫌われなくてぇ」

 はふぅぅ、と安心の息をつくと。
 パパは少し小首を傾げた。
「でも、パパにはよくわからないのだが。小枝、じゃなくてメイちゃんは、ジョシュア王子が好きだったんだろう? それで、今はどうして嫌いになってしまったんだい?」
「だって彼に関わったせいで、ぼくは処刑されたんです。今は、同じ時間のやり直しです。だけど今回は絶対に処刑されたくない。そのためには彼に近づかない方がいいんです。そうでしょ?」
「あぁ、そうか。小枝は処刑されないように頑張っているんだな? でも。前世とは全然違う話の流れになっているよ? 第三王子派だったダメ兄とはもう縁がないし。ディオン王子も生きていて、小枝の味方になってくれる。そう簡単に処刑にはならないはずだよ」
 確かに、ループとはいえ、もう以前とは全然違う。
 パパと一緒なことも、奴隷になっちゃったことも、ディオン王子が生きていることも、なかったことだもん。
 だけど、王宮でジョシュア王子に会ってしまったんだ。
 これは、ぼくは絶対に王子と関わる運命で、処刑される流れにされちゃうのではぁぁ? と、ぼくは危ぶんでおるのです。

「でもでも、ジョシュアとお話しない方がいいでしょ?」
「そうかな? 前世では小枝は女の子だったけど。今は違うだろ? 男の子同士でいいお友達になれるかもしれない。今日はジョシュア王子の方から話しかけてくれて。でも彼はなにも悪いことしていないのに、小枝に嫌われちゃって。ちょっと可哀想じゃないか?」
「可哀想じゃないもん。ぼく、処刑のとき、すごく怖かったんだからぁ」
 思い出すと、悲しくなる。

 ジョシュアは、ぼく、メイに指を突きつけて、大勢の前で『おまえは聖女などではなく悪女だ』と罵ったんだ。
 じめじめした牢に入れて、弁明する間もなく処刑されたんだ。

 ぼくはパパの腕にしがみついて、ちょっと泣いた。
 ぼく、強い子なのに。
 こんなことで泣くなんて、したくないのに。
 このちっちゃい体は、すぐに涙が出るし。すぐに眠くなるし。すぐに疲れちゃうし。
 不器用だし、非力だし、足遅いし、全然ダメな体なの。
 もう、全部ダメダメで、ぼくはぼくがきらーい。

 あれ、なんで泣いていたんだっけ?

「そうかそうか、わかったよ小枝。じゃあジョシュア王子には、もう会わなくていいよ。どうせ俺らは庶民だし。この屋敷にいれば、王子と会うことなんかそうそうないだろう?」
「いいの? パパ」
 よくわかんないけど、王子に会わなくていいのは嬉しい。

「小枝はね、ジョシュア王子が嫌いなんじゃなくて、怖いんだよ。以前の怖いことを思い出すから。恐怖を克服することも大事かもしれないけど、すすんで嫌なことはしなくていいよ」
「パパ、ぼくのこと、嫌いじゃなぁい?」
「あぁ、小枝はなにも悪くない。ただ、馬鹿兄の言うことを聞いていただけだ。ま、ジョシュアの婚約者をイジメ倒しちゃったのは、良くないけど。もうしないね?」
「しないっ。前世はとっても悪い子だったので、反省しています。王子に近寄らず、贅沢禁止で、もう二度とイジメも悪いこともいたしませんっ」
 はきはきとパパに誓うと。パパは優しい顔でうなずいて、ぼくをギュッてした。
 ううぅぅん、パパのギュ、すきぃぃぃ。

「ところで、小枝。クリーンって、もしかして聖女の力なの?」
 はうぅぅっ、そこに気づいてしまいましたか。
 ぼくは、恐る恐るパパを見上げて。テヘッと笑った。

「いかにも聖女の力なのですけどぉ、聖女と言ったら、またみんなに祭り上げられちゃうし、変なことに能力を使われたくないの。ぼくは今は男の子だし、クリーンってことにしてパパの仕事のお手伝いがしたいんです」
「変なこと?」
 パパはお医者様なので、クリーンが医療に役立つということしか考えていない。清廉潔白って言うんだよね、こういうの。
 でも、世の中には悪いことを考えたら世界一の人がいるの。前世の兄上のようにね。

「貴族の家に貸し出され、この貴族には聖女の力添えがあるから献金しなさい、みたいに。領民からお金を巻き上げるの。あと、病気を治すのはいいんだけど、すっごいお金を取るの。とにかくなんでも行く先々でお金取るの」
「小枝をお金儲けの道具にしたのか? 腹立つぅ。でも、もしかして小枝は病気が治せるのか?」
 病気が治せるのは、パパのお仕事です。
 でも、ぼくも少しはパパのお役に立ちたいので、できることは正直に言います。
「パパが見た通り、感染をなくすとか。毒素の排除。不浄がついてて具合が悪いのは、それを浄化したりできます」
「あぁ、あれか。そうだな、風邪とかはウィルス除去で治せるか。じゃあ、怪我の修復や欠損部の再生は、できない?」
「やったことないですぅ」
「いや、そこは考えないようにしよう。医者のアイデンティティーが崩壊する」
 もしかしたら、やればできるかもしれないけど。
 パパが首をブルブルするので。試すのはやめときます。

「まぁ、小枝の話は、とりあえずわかったよ。前世では十四歳のときに会っていたジョシュアに、五歳で会って、びっくりしちゃったんだな? 小枝が女の子だったのには、パパもちょっと驚いたけど。どんな小枝も可愛い小枝だ」
 ぼくのぽわぽわな髪を優しく撫でてくれるパパ。

 うふふぅ、嬉しい。パパはやっぱりぼくを嫌わなかった。
 前世でぼくは、人のぬくもりも、愛情も知らなかった。
 パパに会うまでは、それってなに? って感じだったの。
 でも愛情たぁぁっぷりのパパが、ぼくを優しく抱きしめてくれるから。
 ぼくはぬくもりが、とっても柔らかくて気持ち良くて心地よいのだと知った。
 いつだって、ぼくを一番に守ってくれるパパが、ぼくは大好き。
 だからパパのためなら、ぼくはなんだってできる!!

 ぼくがパパを、世界中の誰よりも幸せにしてあげるの。

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