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30 騎士団の象徴
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◆騎士団の象徴
殿下のお屋敷で暮らすようになって、三日が経ちました。
最初はお化け屋敷の様相であるお家に住むことを戦々恐々としていた小枝も。
グレイさんがお庭の手入れをしながらも遊んでくれたり。
エントランスの階段で俺とじゃんけんして上り下りする遊びをしたりして。
徐々にこの屋敷での楽しみを見出し。暮らしに馴染んでいっています。
でもなんといっても、一番に小枝の心を落ち着けたのは。やっぱりご飯が三食食べられて、決まった場所で寝られるようになり。日常のサイクルが安定してきたからだろう。
変化は良いことでも悪いことでも神経をすり減らすので。変わりない日常というものは、小枝の心に余裕をもたらすのだろうね?
でも今日は、ちょっといつもと違う日です。
戦争に勝利し、功名をあげた騎士団が王都に凱旋帰投するのだ。
騎士団は王宮の敷地内に本部があり。それを統括しているのがディオン殿下だ。
大怪我を負ったため、殿下は一足先に王宮に戻っていたのだが。
凱旋する騎士団を、殿下は今日騎士団の訓練場で出迎える。
それに俺も出席するんだって。
出席というか、レギと同じく殿下の従者として、後ろで警備や世話をする感じ?
つまり俺の従者デビューってわけだ。
でも、俺はわかるけど。小枝もだって? なんでぇ?
朝食の席でそう言われ、俺は殿下のカップに紅茶を入れながら、驚く。
ちなみに、茶葉には毒を混入されやすいという。
なので、紅茶の茶葉は毎回小枝がクリーンをかける。
ホント、面倒くさいね。
そしてレギに毎回毒見をさせるのも面倒なので。俺が殿下の紅茶をスプーンですくって飲む。
俺は小枝を信じているから大丈夫です。
まぁ、でも。殿下も俺らを信じていないわけではないんだよね。
今までの通例を崩せないのと。やはり毒に侵されたトラウマが根強いのだろう。
普通に俺のご飯を食べられるだけでも、グレイさんが泣くくらいには進歩なんだろうね?
「どうして小枝を同席させるのですか?」
俺が差し出した紅茶をひと口飲んで、殿下はいつものいかめしい顔で告げる。
朝からなんでか、般若っぽいんだよな。つか、騎士服着ているから、気難しい軍人さんみたいな?
もっと爽やかにしてください。イケメンがもったいないので。
「今回の戦争で勝利したのは、タイジュとコエダの存在が大きい。神の手がスタインベルンにあることで、味方は女神の加護を実感し、奮起したのだ。実際に、死ぬはずの兵士が命を拾い、不死鳥のごとく蘇った。俺のようにな。それに敵軍は戦慄した…スタインベルンは不死身の軍団だとな」
そんな、戦の勝敗を左右したなんて、大袈裟な。
真剣にとらえず、俺は自分の紅茶も注いで、席に座った。
「それは、みなさんが精一杯戦ったからです。俺らはなにもしていない。なぁ、小枝?」
小枝に振ると、バターと蜂蜜たっぷりのパンケーキにかぶりついていた。
フンムフンムと、一応うなずいているけど。
まだナイフをうまく使えないからフォークでぶっ刺しているんです。
俺は横からナイフでパンケーキをひと口大に切ってあげるけど、小枝はあぁあと不満げ。パンケーキの形が崩れるのが嫌みたい。
難しいお年頃である。
パンケーキは膨らし粉がないから。粉と卵と牛乳と砂糖を加えて混ぜたものを、バターで焼いただけ。ぺったんこなほんのり甘い生地。どちらかというと分厚いクレープ? しょっぱくないお好み焼き? みたいな感じ。
なので塩味の強いベーコンやハム、チーズ、マヨと相性がよく。殿下やレギは食事系パンケーキを上品に食べていた。
小枝は甘いのを食べたいって。
意外なのはグレイさんが甘い系パンケーキを食したことだ。
すみません。イメージで、強面は甘いの苦手とか勝手に思っていました。顔で判断したら失礼でした。
あ、サラダもあるから、それも一緒に食べてくださぁい。
それは、まぁいいとして。殿下がさらに言う。
「なにもしていないことはないが。自覚がないのだとしても。問題はそこではなく。神の手があることで兵の士気が上がるということだ。なので、タイジュとコエダには。女神の加護があるスタインベルンの騎士団。その象徴となってもらう」
「えぇっ? な、なにを、どうすれば??」
突然の大役に、俺はオドオドキョドキョドする。
殿下には、俺らは神の手だ、なんて言ったけど。
それは逮捕されたくなかったからで、神の手なんて、俺ら全然自覚がないんですから。
「なにもしなくていい。ただ、俺のそばにいればよいのだ。それで兵たちは。我が軍の手元に神の手があると知って安心する。そのことこそが重要なのだ」
あぁ、うん、まぁ。言っていることはわかります。
それで、騎士たちの気持ちが奮い立つというのなら。それは大事なことなのでしょうね?
俺は騎士とか、よくわからない。医者なので。
医者は、目の前の患者を治すことに全霊を傾けるわけだけど。たまに、目に見えないものにすがるときもある。
できる限りのことをしても、己の手でこれ以上患者の回復を見込めないとき。神に祈る。
どうか、状態が上向くように。患者が峠を越えられるように、と。
それで、いいときも悪いときもあるけれど。
目にも見えず、存在を感じることもない、大いなるものに。心を支えてもらうのは、悪いことじゃない。
それが、励みになるのだ。
でも金銭を吸い上げるだけの変なのに、のめり込むのは駄目だけどね。
「わかりました。なにもしなくていいのですね? 小枝、今日は殿下と一緒にいっぱい歩くかもしれないけど、できるかな?」
「はい。パパとお仕事頑張ります。レギ様、三百オーベルください」
ぺかっとした笑顔で、小枝はレギに吹っ掛けた。
「いい子に出来たら、支給いたしましょう」
「やったぁ、三百オーーベルッ」
小枝がどんどん守銭奴になっていくのが怖い、今日この頃だった。
★★★★★
昼過ぎ、大きな広場に騎士団が入場してきて。
整列するまで、俺らは舞台袖で待機しているのだが。
まずは陛下。この国の王様であり、殿下の父であるリドリー国王と。その他王族の方が舞台に上がるようです。
ディオン殿下はリドリー国王が目の前を通るときに軽く会釈しただけで。陛下も王子に声をかけない。
淡白すぎる親子である。
俺なんか、小枝に他人みたいに頭下げられたら、泣いちゃうかもしれないっ。
それで、陛下と手をつないでいるのは、小枝と同じくらいの御子様であるジョシュア第七王子。
その陛下の後ろには、ディオン殿下と年がほど近い、第三王子のニジェールと第四王子のエルアンリが続く。
ニジェールは小麦色の肌をして濃茶の癖毛だ。
ディオン殿下を見て片頬をゆがめて笑うのが、なんか嫌な感じ。
こちらは一方的に。彼の派閥がディオン殿下の命を脅かしていると聞いているので。先入観があるけど。
それ抜きでも、やはり。いやぁな感じだ。
「ディオン兄上、無事に帰られて本当に良かったです。一時は劣勢だと聞き及び、とても心配いたしましたよぉ? なにせ今回は治癒魔法師が運悪く同行できませんでしたからねぇ。しかし後方待機で怪我をなさらなかったようですね? いやいや、それでいいのですよ。兄上は王族ですからね?」
「…あぁ」
短い応えで、流す殿下。
俺なんかは、殿下の後ろで聞いていて腹が立った。
殿下は最前線で強敵と戦って、大きな怪我を負ったというのに。そんなことも知らないでぇ、と。
でも、殿下もレギも微動だにしないから。
俺もなにも言わずに頭を下げていた。事前にそうしろと言われていたからだ。
余計な波風を立てたくないというスタンス。むむぅ。
エルアンリは、ディオン殿下よりも三歳下の弟で。線が細くて儚げなイメージ。少しくすんだ濃い緑色の髪を肩口まで伸ばしている。
ディオン殿下が屈強な体格なので、似ていない兄弟という感じだ。
「兄上、ご戦勝、おめでとうございます」
「エルアンリ、調子はどうだ? 無理をして顔を出すことはないぞ?」
「いいえ、兄上がこの国を守り切ったお祝いですから。私も兄上に喜びの言葉を述べたかったのです」
ポンポンと、ディオン殿下はエルアンリの肩を叩き。その隣にいる騎士にも声をかけた。
「ジュリア、エルアンリの体調に気をつけて、しっかり守ってくれ」
「はっ、お任せください」
そうして四人とお付きの者たちが壇上に上がっていった。
ジョシュア王子は、こちらを気に掛ける様子だったが。陛下と手をつないでいたので話はしなかった。
そして陛下が凱旋した騎士たちにねぎらいの言葉をかける。
君たちの働きのおかげでこの国が守られた、みたいなこと。
俺は、第三王子はもちろんのこと。陛下にも良い印象がない。
だって、幼い殿下を放置だもん。強い騎士を配置するとか、そういう手助けもなかったみたいなのだ。
レギの話では、殿下は第一王位継承順位だという。
その割には、大事にされていないというか?
殿下は、己の母が侯爵令嬢で政治的力が及ばないから、王位継承順位が一位でも王にはなれない、なんて言うけど。
そういうことじゃなくて。順位とかどうでもよくて。
子供は親が守るべきなのっ。子供は非力なのだから。親や周りの大人は子供に手を貸すべきでしょ。
って、殿下の子供の頃の話を聞くと、怒りが先に立っちゃうのだけど。
孤軍奮闘という環境で、ディオン殿下は育ってきたのだ。
よくご無事で、大きくなられました。
グレイさんじゃないけど、泣きそうになります。
ま、そういうわけで。俺、あのネグレクト陛下、嫌い。
それで、王族の方の話が終わって。彼らは引き上げていった。
しっかり退場したのを見届けてから、殿下は俺と小枝に言う。
「さぁ、次は我らの出番だ。乞われたら、手ぐらいは振ってやれ」
乞われたら? なにを?
と思いつつ。俺は小枝の手を引いて、殿下の後ろを歩いていくのだった。
壇上に上がると、騎士の人たちは殿下の姿を見てヒートアップした。
あまりの迫力に、小枝がビビっていないかなと思ったけど。まぁまぁニコニコしてる。
結構肝が据わっているんだね? 小枝。っていうか、俺の方がビビっているかもな。
うぉぉぉ、という声援の中。殿下が手をあげると、一瞬静寂になる。そこで感謝の意を述べた。
そして。
「今回の戦争で勝利をもたらした神の手は、私のそばにある。我らスタインベルンの騎士は女神の使徒に守られているのだっ」
と、殿下が宣言すると。騎士たちは口々に、神の手や小枝ちゃんっと叫びを上げるのだった。
俺は笑みを浮かべつつも、えぇぇぇ? と引いていた。
小枝は殿下の言葉通り、小さく手を振って騎士たちに応えているけど。
えぇぇぇ? 俺は無理ぃ。頬が引きつったよ。
まぁ、そのあとすぐに壇上を降りたから。ホッとしたけど。
「なんですか、アレは。あんなの聞いていない」
殿下に聞くと。レギに『あれはどういうことですか? このような話は聞いておりません』と言葉遣いをたしなめられるけど。
敬語とか、していられませんが??
「ちゃんと事前に言っておいたであろう? 神の手は騎士団の象徴となる、と」
「そうですけど、まさか、あんな熱狂的だとは…」
「戦争の立役者だ、熱狂もするだろう。おまえらは、それだけ貴重な者なのだ」
殿下はなだめるように、俺の肩を手で撫でて、小枝の頭もコネコネ撫でるのだった。
えええぇぇぇ? マジっすか。
殿下のお屋敷で暮らすようになって、三日が経ちました。
最初はお化け屋敷の様相であるお家に住むことを戦々恐々としていた小枝も。
グレイさんがお庭の手入れをしながらも遊んでくれたり。
エントランスの階段で俺とじゃんけんして上り下りする遊びをしたりして。
徐々にこの屋敷での楽しみを見出し。暮らしに馴染んでいっています。
でもなんといっても、一番に小枝の心を落ち着けたのは。やっぱりご飯が三食食べられて、決まった場所で寝られるようになり。日常のサイクルが安定してきたからだろう。
変化は良いことでも悪いことでも神経をすり減らすので。変わりない日常というものは、小枝の心に余裕をもたらすのだろうね?
でも今日は、ちょっといつもと違う日です。
戦争に勝利し、功名をあげた騎士団が王都に凱旋帰投するのだ。
騎士団は王宮の敷地内に本部があり。それを統括しているのがディオン殿下だ。
大怪我を負ったため、殿下は一足先に王宮に戻っていたのだが。
凱旋する騎士団を、殿下は今日騎士団の訓練場で出迎える。
それに俺も出席するんだって。
出席というか、レギと同じく殿下の従者として、後ろで警備や世話をする感じ?
つまり俺の従者デビューってわけだ。
でも、俺はわかるけど。小枝もだって? なんでぇ?
朝食の席でそう言われ、俺は殿下のカップに紅茶を入れながら、驚く。
ちなみに、茶葉には毒を混入されやすいという。
なので、紅茶の茶葉は毎回小枝がクリーンをかける。
ホント、面倒くさいね。
そしてレギに毎回毒見をさせるのも面倒なので。俺が殿下の紅茶をスプーンですくって飲む。
俺は小枝を信じているから大丈夫です。
まぁ、でも。殿下も俺らを信じていないわけではないんだよね。
今までの通例を崩せないのと。やはり毒に侵されたトラウマが根強いのだろう。
普通に俺のご飯を食べられるだけでも、グレイさんが泣くくらいには進歩なんだろうね?
「どうして小枝を同席させるのですか?」
俺が差し出した紅茶をひと口飲んで、殿下はいつものいかめしい顔で告げる。
朝からなんでか、般若っぽいんだよな。つか、騎士服着ているから、気難しい軍人さんみたいな?
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「今回の戦争で勝利したのは、タイジュとコエダの存在が大きい。神の手がスタインベルンにあることで、味方は女神の加護を実感し、奮起したのだ。実際に、死ぬはずの兵士が命を拾い、不死鳥のごとく蘇った。俺のようにな。それに敵軍は戦慄した…スタインベルンは不死身の軍団だとな」
そんな、戦の勝敗を左右したなんて、大袈裟な。
真剣にとらえず、俺は自分の紅茶も注いで、席に座った。
「それは、みなさんが精一杯戦ったからです。俺らはなにもしていない。なぁ、小枝?」
小枝に振ると、バターと蜂蜜たっぷりのパンケーキにかぶりついていた。
フンムフンムと、一応うなずいているけど。
まだナイフをうまく使えないからフォークでぶっ刺しているんです。
俺は横からナイフでパンケーキをひと口大に切ってあげるけど、小枝はあぁあと不満げ。パンケーキの形が崩れるのが嫌みたい。
難しいお年頃である。
パンケーキは膨らし粉がないから。粉と卵と牛乳と砂糖を加えて混ぜたものを、バターで焼いただけ。ぺったんこなほんのり甘い生地。どちらかというと分厚いクレープ? しょっぱくないお好み焼き? みたいな感じ。
なので塩味の強いベーコンやハム、チーズ、マヨと相性がよく。殿下やレギは食事系パンケーキを上品に食べていた。
小枝は甘いのを食べたいって。
意外なのはグレイさんが甘い系パンケーキを食したことだ。
すみません。イメージで、強面は甘いの苦手とか勝手に思っていました。顔で判断したら失礼でした。
あ、サラダもあるから、それも一緒に食べてくださぁい。
それは、まぁいいとして。殿下がさらに言う。
「なにもしていないことはないが。自覚がないのだとしても。問題はそこではなく。神の手があることで兵の士気が上がるということだ。なので、タイジュとコエダには。女神の加護があるスタインベルンの騎士団。その象徴となってもらう」
「えぇっ? な、なにを、どうすれば??」
突然の大役に、俺はオドオドキョドキョドする。
殿下には、俺らは神の手だ、なんて言ったけど。
それは逮捕されたくなかったからで、神の手なんて、俺ら全然自覚がないんですから。
「なにもしなくていい。ただ、俺のそばにいればよいのだ。それで兵たちは。我が軍の手元に神の手があると知って安心する。そのことこそが重要なのだ」
あぁ、うん、まぁ。言っていることはわかります。
それで、騎士たちの気持ちが奮い立つというのなら。それは大事なことなのでしょうね?
俺は騎士とか、よくわからない。医者なので。
医者は、目の前の患者を治すことに全霊を傾けるわけだけど。たまに、目に見えないものにすがるときもある。
できる限りのことをしても、己の手でこれ以上患者の回復を見込めないとき。神に祈る。
どうか、状態が上向くように。患者が峠を越えられるように、と。
それで、いいときも悪いときもあるけれど。
目にも見えず、存在を感じることもない、大いなるものに。心を支えてもらうのは、悪いことじゃない。
それが、励みになるのだ。
でも金銭を吸い上げるだけの変なのに、のめり込むのは駄目だけどね。
「わかりました。なにもしなくていいのですね? 小枝、今日は殿下と一緒にいっぱい歩くかもしれないけど、できるかな?」
「はい。パパとお仕事頑張ります。レギ様、三百オーベルください」
ぺかっとした笑顔で、小枝はレギに吹っ掛けた。
「いい子に出来たら、支給いたしましょう」
「やったぁ、三百オーーベルッ」
小枝がどんどん守銭奴になっていくのが怖い、今日この頃だった。
★★★★★
昼過ぎ、大きな広場に騎士団が入場してきて。
整列するまで、俺らは舞台袖で待機しているのだが。
まずは陛下。この国の王様であり、殿下の父であるリドリー国王と。その他王族の方が舞台に上がるようです。
ディオン殿下はリドリー国王が目の前を通るときに軽く会釈しただけで。陛下も王子に声をかけない。
淡白すぎる親子である。
俺なんか、小枝に他人みたいに頭下げられたら、泣いちゃうかもしれないっ。
それで、陛下と手をつないでいるのは、小枝と同じくらいの御子様であるジョシュア第七王子。
その陛下の後ろには、ディオン殿下と年がほど近い、第三王子のニジェールと第四王子のエルアンリが続く。
ニジェールは小麦色の肌をして濃茶の癖毛だ。
ディオン殿下を見て片頬をゆがめて笑うのが、なんか嫌な感じ。
こちらは一方的に。彼の派閥がディオン殿下の命を脅かしていると聞いているので。先入観があるけど。
それ抜きでも、やはり。いやぁな感じだ。
「ディオン兄上、無事に帰られて本当に良かったです。一時は劣勢だと聞き及び、とても心配いたしましたよぉ? なにせ今回は治癒魔法師が運悪く同行できませんでしたからねぇ。しかし後方待機で怪我をなさらなかったようですね? いやいや、それでいいのですよ。兄上は王族ですからね?」
「…あぁ」
短い応えで、流す殿下。
俺なんかは、殿下の後ろで聞いていて腹が立った。
殿下は最前線で強敵と戦って、大きな怪我を負ったというのに。そんなことも知らないでぇ、と。
でも、殿下もレギも微動だにしないから。
俺もなにも言わずに頭を下げていた。事前にそうしろと言われていたからだ。
余計な波風を立てたくないというスタンス。むむぅ。
エルアンリは、ディオン殿下よりも三歳下の弟で。線が細くて儚げなイメージ。少しくすんだ濃い緑色の髪を肩口まで伸ばしている。
ディオン殿下が屈強な体格なので、似ていない兄弟という感じだ。
「兄上、ご戦勝、おめでとうございます」
「エルアンリ、調子はどうだ? 無理をして顔を出すことはないぞ?」
「いいえ、兄上がこの国を守り切ったお祝いですから。私も兄上に喜びの言葉を述べたかったのです」
ポンポンと、ディオン殿下はエルアンリの肩を叩き。その隣にいる騎士にも声をかけた。
「ジュリア、エルアンリの体調に気をつけて、しっかり守ってくれ」
「はっ、お任せください」
そうして四人とお付きの者たちが壇上に上がっていった。
ジョシュア王子は、こちらを気に掛ける様子だったが。陛下と手をつないでいたので話はしなかった。
そして陛下が凱旋した騎士たちにねぎらいの言葉をかける。
君たちの働きのおかげでこの国が守られた、みたいなこと。
俺は、第三王子はもちろんのこと。陛下にも良い印象がない。
だって、幼い殿下を放置だもん。強い騎士を配置するとか、そういう手助けもなかったみたいなのだ。
レギの話では、殿下は第一王位継承順位だという。
その割には、大事にされていないというか?
殿下は、己の母が侯爵令嬢で政治的力が及ばないから、王位継承順位が一位でも王にはなれない、なんて言うけど。
そういうことじゃなくて。順位とかどうでもよくて。
子供は親が守るべきなのっ。子供は非力なのだから。親や周りの大人は子供に手を貸すべきでしょ。
って、殿下の子供の頃の話を聞くと、怒りが先に立っちゃうのだけど。
孤軍奮闘という環境で、ディオン殿下は育ってきたのだ。
よくご無事で、大きくなられました。
グレイさんじゃないけど、泣きそうになります。
ま、そういうわけで。俺、あのネグレクト陛下、嫌い。
それで、王族の方の話が終わって。彼らは引き上げていった。
しっかり退場したのを見届けてから、殿下は俺と小枝に言う。
「さぁ、次は我らの出番だ。乞われたら、手ぐらいは振ってやれ」
乞われたら? なにを?
と思いつつ。俺は小枝の手を引いて、殿下の後ろを歩いていくのだった。
壇上に上がると、騎士の人たちは殿下の姿を見てヒートアップした。
あまりの迫力に、小枝がビビっていないかなと思ったけど。まぁまぁニコニコしてる。
結構肝が据わっているんだね? 小枝。っていうか、俺の方がビビっているかもな。
うぉぉぉ、という声援の中。殿下が手をあげると、一瞬静寂になる。そこで感謝の意を述べた。
そして。
「今回の戦争で勝利をもたらした神の手は、私のそばにある。我らスタインベルンの騎士は女神の使徒に守られているのだっ」
と、殿下が宣言すると。騎士たちは口々に、神の手や小枝ちゃんっと叫びを上げるのだった。
俺は笑みを浮かべつつも、えぇぇぇ? と引いていた。
小枝は殿下の言葉通り、小さく手を振って騎士たちに応えているけど。
えぇぇぇ? 俺は無理ぃ。頬が引きつったよ。
まぁ、そのあとすぐに壇上を降りたから。ホッとしたけど。
「なんですか、アレは。あんなの聞いていない」
殿下に聞くと。レギに『あれはどういうことですか? このような話は聞いておりません』と言葉遣いをたしなめられるけど。
敬語とか、していられませんが??
「ちゃんと事前に言っておいたであろう? 神の手は騎士団の象徴となる、と」
「そうですけど、まさか、あんな熱狂的だとは…」
「戦争の立役者だ、熱狂もするだろう。おまえらは、それだけ貴重な者なのだ」
殿下はなだめるように、俺の肩を手で撫でて、小枝の頭もコネコネ撫でるのだった。
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