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27 お化け屋敷の中身
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◆お化け屋敷の中身
戦場から七日かけて馬車で王都に着いた、王子一行。
俺と小枝は、ディオン殿下の屋敷である北の離宮に足を踏み入れた。
当面、俺たちはここに住む。
俺は奴隷からの解放をまだあきらめていないので、当面だっ。
いつかは俺と小枝の家を持つ。という気概だけは捨てないのだっ。
夢は大きい方がいいよ。
まぁ、それは。殿下の不眠症がきっちり治ることが大前提だけど。
俺だって鬼じゃないんだから、奴隷やめたら殿下を捨てていく、なんてことはないよ? 本当だよ?
まぁ、その。奴隷から解放される目途は全くないけどね。
だって殿下は、スリーパーを持つ俺を生涯離さないって言うんだもん。
不眠症は、切実だから。気持ちはわかるよ、うん。
言わば、奴隷解放の望みを捨てない、ということだよ。
とにかく、手始めに。殿下の不眠症を治すことだよね。そこからだよ。
で、外観はおどろおどろしい様相だったけど。お化け屋敷の中身はそれなりに清潔な印象なのだった。
今日は薄曇りなので、昼間でも少し暗いのだが。
玄関入ってすぐのエントランスには、ランプの火がいっぱい灯されていてオレンジ色に輝いている。床に敷かれているのは光沢のある白い石、少しマーブル模様がある。
ブーツのかかとがカツンと鳴った。
俺と小枝は、わぁぁと思いながら天井を見上げる。大きなシャンデリアが光っていた。落っこちてこないよね?
「入り口を入って右手は、客を通すサロンと、客間だ。俺たちの生活スペースは左手。二階もあるが、俺は人を呼ばないので使っていない」
唐草模様をした鉄製の黒い手すりが伸びた階段は。登り切った突き当りが左右に分かれるようになっていて。上品なたたずまいなのだが。使っていないなんて、もったいないね。
小枝とか、はしゃいで上り下りしちゃいそう。
そして、殿下は左の生活スペースに足を向ける。
「この区画の入り口にある部屋は、グレイとレギが使っている」
廊下は光沢のある板張りだ。その長い通路を進んで行くが。その間、すれ違う使用人はいなかった。
「殿下、こちらに住んでいるのは、グレイ様とレギ様だけなのですか?」
「いや、先ほどの護衛騎士たちが離れに住んでいて、屋敷全体の警備をしているが。屋敷内の仕事をするのは、グレイとレギだけだな」
エントランスだけでも、ダンスパーティーが出来そうなほどに大きなスペースだったのだ。自分も料理の他にもいろいろするようなのだろうが、一日でどれだけ仕事ができるのかと、心配になる。
だって日本では。診療所の清掃は業者を入れていたし。生活スペースはここと比べたら雲泥の狭さだったのだ。
「こんなに大きなお屋敷の管理をふたりだけでするのは大変ですね? でも、やはり暗殺者対策で人を入れていないのですか?」
「そうだ。働き手が少人数だから、使う区画を制限している。必要のないところは手をかけることはない」
口をへの字にして、ディオン殿下は続けて言う。
「使用人は、身元を調べたときは白でも。しばらくすると黒に変わる。買収されることも多い。しかしおまえは奴隷だから大丈夫だな? 俺を裏切ったら奴隷紋で命はない」
殿下の言葉に、小枝は俺にしがみついてひえぇと言うけれど。俺は軽く笑う。
「また、そのような。小枝を怖がらせるようなことを言わないでください。それに俺はもう、殿下の暴言が本気じゃないってわかっていますよ」
ここまでの一週間のうちに、ディオン殿下の口の悪さが騎士団仕込みだと知り。
さらに、コミュニケーションに難ありなことを知った。
人を遠ざけるためにわざと威圧的な物言いをすることが多かったみたいで。それが癖になっている。
その、人を遠ざけるのも。他人を危機的状況に巻き込みたくないからだって。レギが言ってた。優しいじゃん。
あと、結構わかりやすいツンデレ。
どうせあとで、必ずすまないって言うんだから。
最初からツンは封印してくださいね。
「そのように言わなくても、俺たちは殿下を裏切ったりしません。な? 小枝」
「はい。殿下はぼくの弟にしてあげる。だから大事にします」
おののいて俺にしがみついていたくせに。小枝はそんなことを言い出した。
弟? 殿下が?
「小枝? 殿下は小枝より年上だから、お兄ちゃんじゃないか?」
「でも、サンドイッチの作り方も知らないし、ハンバーグ雪崩も崩しそうだったし。ぼくが教えてあげなきゃ殿下はなぁんにも知らないんだもの。だから弟なの」
小枝は口元をムフンとさせて、ドヤ顔になった。
そこに殿下が言う。
「コエダ、父上でもいいぞ」
「ダメ。パパはパパだけだもん。それにパパはなんでもできるけど。殿下はなぁんにもできないから、ぼくの弟なのぉ。しかししかし。弟と言えど、パパはあげないんだからねぇ」
小枝にビシリと言われた殿下は。への字口を引き結ぶのだった。
「そうか。道のりは険しそうだな」
なんの道のりかは、あえて考えないようにしますね、殿下。
「こちらが厨房で、廊下をはさんだこちらがディナールームだ」
ちょっと覗いてみたら、暗くてジメっとしている感じ。
ディナールームは食堂だけど、テーブルや椅子には白い布がかけられている。
「今日まで使用していなかったのだ。俺は騎士団で食事をとっていたからな。しかし、おまえらが来たから、これからはここで食事をとることにする。レギがすぐにも整えてくれるはずだ」
「パパぁ、唐揚げ食べたい」
また小枝は空気を読まないで、そういうことを言う。
すると殿下が『カラアゲとはなんだ』って、また食いついてくるじゃないかぁ。
「鳥の料理なんですけど。今日は使えないですよね? それに材料だって揃えられないだろ? 小枝、我が儘は駄目だぞ」
「ええええぇぇぇ? パパぁぁ」
俺の手をブンブン振って、グズりモードだ。
これはっ、お眠が近いかもな。
俺が小枝を抱っこすると、一週間の間に殿下も心得たのか。俺に小さくうなずいて。廊下の奥へ向かった。
「突き当りは俺の部屋で、その隣のここが、おまえたちの部屋だ」
言われた部屋の扉を開けると。ソファセットや暖炉や家具が備え付けられた、とっても素敵な部屋で。驚いた。
奴隷なのに、こんな大きな部屋を使っていいのですかぁ?
「トイレや風呂はこの扉だ」
またまた覗くと。お風呂はひとり用の小さな猫足バスタブだった。
日本式のお風呂が恋しい俺は、ちょっと眉間をむにゅむにゅさせる。
「案ずるな。風呂は俺の部屋のものがまぁまぁ大きい」
残念そうな顔をしてしまったかもしれない。そんな俺に、殿下が苦笑しながら告げる。
本当ですかぁ? 日本の風呂はヤバいですからね? ちょっと大きい猫足バスタブじゃダメですからねっ。
「隣は寝室だ。コエダを昼寝させたらどうだ?」
「すみません、殿下」
そう言って、部屋の中にある扉を開けると。
真ん中にデンと、キングサイズのベッドがあります。天蓋付きだ。
うわぁ、天蓋のあるベッドははじめてだよぉ。
子爵邸では、客間のベッドは普通のものだったからな。日本でも経験したことない。
俺の感動は、ひとまず置いておいて。小枝をその真ん中に横たわらせる。
柔らかい布団に小枝の小さい体がもっふーんと沈み込んで。
「ふわわわぁ、まるで雲の上に寝ているみたいですぅ」
と気持ちよさそうに小枝がつぶやいた。
靴や靴下を脱がせている間に。小枝はもう寝た。
やはり寝グズ一歩手前だったな。ふぃぃ。
すると殿下が人差し指をちょいちょいと振って、俺を呼ぶ。
なにかと思ったら。寝室の中にある扉を開けた。
そこはもうひとつの寝室で。やはりキングサイズの天蓋付きベッドがあるのだった。
小枝を起こさぬように、扉を閉めてから、殿下は言った。
「こちらは俺の寝室だ」
「え、殿下の部屋と俺らの部屋はつながっているのですか?」
「あぁ、タイジュが使う部屋は、王子妃の間だからな」
それって、ディオン殿下が結婚したときに、彼の奥さんが使う部屋ってことじゃないか?
俺なんかが使っていいの? 奴隷で、男で、子持ちだよ?
「王子妃の間?? いやいやいや…」
「嫌か?」
俺が遠慮がちに手を横に振ると。殿下がちょっと眉間を寄せる。
ロンリーウルフ顔で捨てられた子犬みたいな目をして…変なところでデレないでくださいよ。
「嫌ってわけじゃなくて…殿下、そんな大切な部屋を俺たちが使っていいのですか? もし、殿下が奥様を迎えたときに…」
言われたらいつでも部屋は移りますけど。奥さんが俺らのあとを嫌がらないかな、と思って。
「その予定はないし。俺の不眠症のためにも。隣で生活してほしいのだ」
あぁ、なるほど。不眠症対策ならば、納得できます。
でも。よくわからないけど、本当に大丈夫ですかぁ? という目で殿下を見やる。
「毎夜、コエダを寝かしつけたら、俺の寝室に来てほしい」
「小枝と一緒に寝てもいいのですか?」
夜はお仕事として、俺は殿下とともに寝る。だから小枝はひとりで寝るようにさせている最中だった。
今のところは百オーベルにつられているが。
まだたまに、グズるときがある。
だから殿下の提案は俺にはありがたいことだった。
「王族の子供は乳母に育てられる。だから母に寝かしつけられたなんていう記憶が俺にはないのだ。パパに寝かしつけてもらえるコエダがうらやましい。しかしそんな時期はひとときだろう? タイジュが子に必要とされるうちは、そうしてあげてほしい。だが、寝落ちだけは許さぬぞ?」
最後は安定のへの字口で、殿下は俺に釘をさす。けれど。
コエダや親である俺の気持ちまで察してくれる殿下の優しさが、嬉しかった。
王族がそういうしきたりなのか、わからないけど。
子供は寝るときが一番大変だと思う。遊び疲れてぐっすりなんて、稀だもん。いつも眠いのに寝たくないって駄々こねるもん。それが幼子というものだ。
でも殿下は。きっと子供ながらに大人になってしまったのだろうな?
我が儘も言わず、グズらず、聞き分けの良い子供で。
そんな小さなうちから命まで狙われて。身を守るのに必死で。だから…。
「殿下は、パパが寝かしつけますよ」
子供のときは大人にならなければならなかった殿下だから。
体が大人になっていても、子供のときに受け取るべきものを手にすればいい。遅いことなんかない。
「パパではなくて、恋人でもいいぞ」
「それは、おいおい」
そう言ったら。殿下はへの字口を引き結んだ。
「そうか。道のりは険しいな」
小枝に言ったのと同じセリフを言うから。
俺はフフと笑い。殿下もそっと微笑んだ。
「タイジュ、カラアゲ食べたい」
「はい。殿下」
戦場から七日かけて馬車で王都に着いた、王子一行。
俺と小枝は、ディオン殿下の屋敷である北の離宮に足を踏み入れた。
当面、俺たちはここに住む。
俺は奴隷からの解放をまだあきらめていないので、当面だっ。
いつかは俺と小枝の家を持つ。という気概だけは捨てないのだっ。
夢は大きい方がいいよ。
まぁ、それは。殿下の不眠症がきっちり治ることが大前提だけど。
俺だって鬼じゃないんだから、奴隷やめたら殿下を捨てていく、なんてことはないよ? 本当だよ?
まぁ、その。奴隷から解放される目途は全くないけどね。
だって殿下は、スリーパーを持つ俺を生涯離さないって言うんだもん。
不眠症は、切実だから。気持ちはわかるよ、うん。
言わば、奴隷解放の望みを捨てない、ということだよ。
とにかく、手始めに。殿下の不眠症を治すことだよね。そこからだよ。
で、外観はおどろおどろしい様相だったけど。お化け屋敷の中身はそれなりに清潔な印象なのだった。
今日は薄曇りなので、昼間でも少し暗いのだが。
玄関入ってすぐのエントランスには、ランプの火がいっぱい灯されていてオレンジ色に輝いている。床に敷かれているのは光沢のある白い石、少しマーブル模様がある。
ブーツのかかとがカツンと鳴った。
俺と小枝は、わぁぁと思いながら天井を見上げる。大きなシャンデリアが光っていた。落っこちてこないよね?
「入り口を入って右手は、客を通すサロンと、客間だ。俺たちの生活スペースは左手。二階もあるが、俺は人を呼ばないので使っていない」
唐草模様をした鉄製の黒い手すりが伸びた階段は。登り切った突き当りが左右に分かれるようになっていて。上品なたたずまいなのだが。使っていないなんて、もったいないね。
小枝とか、はしゃいで上り下りしちゃいそう。
そして、殿下は左の生活スペースに足を向ける。
「この区画の入り口にある部屋は、グレイとレギが使っている」
廊下は光沢のある板張りだ。その長い通路を進んで行くが。その間、すれ違う使用人はいなかった。
「殿下、こちらに住んでいるのは、グレイ様とレギ様だけなのですか?」
「いや、先ほどの護衛騎士たちが離れに住んでいて、屋敷全体の警備をしているが。屋敷内の仕事をするのは、グレイとレギだけだな」
エントランスだけでも、ダンスパーティーが出来そうなほどに大きなスペースだったのだ。自分も料理の他にもいろいろするようなのだろうが、一日でどれだけ仕事ができるのかと、心配になる。
だって日本では。診療所の清掃は業者を入れていたし。生活スペースはここと比べたら雲泥の狭さだったのだ。
「こんなに大きなお屋敷の管理をふたりだけでするのは大変ですね? でも、やはり暗殺者対策で人を入れていないのですか?」
「そうだ。働き手が少人数だから、使う区画を制限している。必要のないところは手をかけることはない」
口をへの字にして、ディオン殿下は続けて言う。
「使用人は、身元を調べたときは白でも。しばらくすると黒に変わる。買収されることも多い。しかしおまえは奴隷だから大丈夫だな? 俺を裏切ったら奴隷紋で命はない」
殿下の言葉に、小枝は俺にしがみついてひえぇと言うけれど。俺は軽く笑う。
「また、そのような。小枝を怖がらせるようなことを言わないでください。それに俺はもう、殿下の暴言が本気じゃないってわかっていますよ」
ここまでの一週間のうちに、ディオン殿下の口の悪さが騎士団仕込みだと知り。
さらに、コミュニケーションに難ありなことを知った。
人を遠ざけるためにわざと威圧的な物言いをすることが多かったみたいで。それが癖になっている。
その、人を遠ざけるのも。他人を危機的状況に巻き込みたくないからだって。レギが言ってた。優しいじゃん。
あと、結構わかりやすいツンデレ。
どうせあとで、必ずすまないって言うんだから。
最初からツンは封印してくださいね。
「そのように言わなくても、俺たちは殿下を裏切ったりしません。な? 小枝」
「はい。殿下はぼくの弟にしてあげる。だから大事にします」
おののいて俺にしがみついていたくせに。小枝はそんなことを言い出した。
弟? 殿下が?
「小枝? 殿下は小枝より年上だから、お兄ちゃんじゃないか?」
「でも、サンドイッチの作り方も知らないし、ハンバーグ雪崩も崩しそうだったし。ぼくが教えてあげなきゃ殿下はなぁんにも知らないんだもの。だから弟なの」
小枝は口元をムフンとさせて、ドヤ顔になった。
そこに殿下が言う。
「コエダ、父上でもいいぞ」
「ダメ。パパはパパだけだもん。それにパパはなんでもできるけど。殿下はなぁんにもできないから、ぼくの弟なのぉ。しかししかし。弟と言えど、パパはあげないんだからねぇ」
小枝にビシリと言われた殿下は。への字口を引き結ぶのだった。
「そうか。道のりは険しそうだな」
なんの道のりかは、あえて考えないようにしますね、殿下。
「こちらが厨房で、廊下をはさんだこちらがディナールームだ」
ちょっと覗いてみたら、暗くてジメっとしている感じ。
ディナールームは食堂だけど、テーブルや椅子には白い布がかけられている。
「今日まで使用していなかったのだ。俺は騎士団で食事をとっていたからな。しかし、おまえらが来たから、これからはここで食事をとることにする。レギがすぐにも整えてくれるはずだ」
「パパぁ、唐揚げ食べたい」
また小枝は空気を読まないで、そういうことを言う。
すると殿下が『カラアゲとはなんだ』って、また食いついてくるじゃないかぁ。
「鳥の料理なんですけど。今日は使えないですよね? それに材料だって揃えられないだろ? 小枝、我が儘は駄目だぞ」
「ええええぇぇぇ? パパぁぁ」
俺の手をブンブン振って、グズりモードだ。
これはっ、お眠が近いかもな。
俺が小枝を抱っこすると、一週間の間に殿下も心得たのか。俺に小さくうなずいて。廊下の奥へ向かった。
「突き当りは俺の部屋で、その隣のここが、おまえたちの部屋だ」
言われた部屋の扉を開けると。ソファセットや暖炉や家具が備え付けられた、とっても素敵な部屋で。驚いた。
奴隷なのに、こんな大きな部屋を使っていいのですかぁ?
「トイレや風呂はこの扉だ」
またまた覗くと。お風呂はひとり用の小さな猫足バスタブだった。
日本式のお風呂が恋しい俺は、ちょっと眉間をむにゅむにゅさせる。
「案ずるな。風呂は俺の部屋のものがまぁまぁ大きい」
残念そうな顔をしてしまったかもしれない。そんな俺に、殿下が苦笑しながら告げる。
本当ですかぁ? 日本の風呂はヤバいですからね? ちょっと大きい猫足バスタブじゃダメですからねっ。
「隣は寝室だ。コエダを昼寝させたらどうだ?」
「すみません、殿下」
そう言って、部屋の中にある扉を開けると。
真ん中にデンと、キングサイズのベッドがあります。天蓋付きだ。
うわぁ、天蓋のあるベッドははじめてだよぉ。
子爵邸では、客間のベッドは普通のものだったからな。日本でも経験したことない。
俺の感動は、ひとまず置いておいて。小枝をその真ん中に横たわらせる。
柔らかい布団に小枝の小さい体がもっふーんと沈み込んで。
「ふわわわぁ、まるで雲の上に寝ているみたいですぅ」
と気持ちよさそうに小枝がつぶやいた。
靴や靴下を脱がせている間に。小枝はもう寝た。
やはり寝グズ一歩手前だったな。ふぃぃ。
すると殿下が人差し指をちょいちょいと振って、俺を呼ぶ。
なにかと思ったら。寝室の中にある扉を開けた。
そこはもうひとつの寝室で。やはりキングサイズの天蓋付きベッドがあるのだった。
小枝を起こさぬように、扉を閉めてから、殿下は言った。
「こちらは俺の寝室だ」
「え、殿下の部屋と俺らの部屋はつながっているのですか?」
「あぁ、タイジュが使う部屋は、王子妃の間だからな」
それって、ディオン殿下が結婚したときに、彼の奥さんが使う部屋ってことじゃないか?
俺なんかが使っていいの? 奴隷で、男で、子持ちだよ?
「王子妃の間?? いやいやいや…」
「嫌か?」
俺が遠慮がちに手を横に振ると。殿下がちょっと眉間を寄せる。
ロンリーウルフ顔で捨てられた子犬みたいな目をして…変なところでデレないでくださいよ。
「嫌ってわけじゃなくて…殿下、そんな大切な部屋を俺たちが使っていいのですか? もし、殿下が奥様を迎えたときに…」
言われたらいつでも部屋は移りますけど。奥さんが俺らのあとを嫌がらないかな、と思って。
「その予定はないし。俺の不眠症のためにも。隣で生活してほしいのだ」
あぁ、なるほど。不眠症対策ならば、納得できます。
でも。よくわからないけど、本当に大丈夫ですかぁ? という目で殿下を見やる。
「毎夜、コエダを寝かしつけたら、俺の寝室に来てほしい」
「小枝と一緒に寝てもいいのですか?」
夜はお仕事として、俺は殿下とともに寝る。だから小枝はひとりで寝るようにさせている最中だった。
今のところは百オーベルにつられているが。
まだたまに、グズるときがある。
だから殿下の提案は俺にはありがたいことだった。
「王族の子供は乳母に育てられる。だから母に寝かしつけられたなんていう記憶が俺にはないのだ。パパに寝かしつけてもらえるコエダがうらやましい。しかしそんな時期はひとときだろう? タイジュが子に必要とされるうちは、そうしてあげてほしい。だが、寝落ちだけは許さぬぞ?」
最後は安定のへの字口で、殿下は俺に釘をさす。けれど。
コエダや親である俺の気持ちまで察してくれる殿下の優しさが、嬉しかった。
王族がそういうしきたりなのか、わからないけど。
子供は寝るときが一番大変だと思う。遊び疲れてぐっすりなんて、稀だもん。いつも眠いのに寝たくないって駄々こねるもん。それが幼子というものだ。
でも殿下は。きっと子供ながらに大人になってしまったのだろうな?
我が儘も言わず、グズらず、聞き分けの良い子供で。
そんな小さなうちから命まで狙われて。身を守るのに必死で。だから…。
「殿下は、パパが寝かしつけますよ」
子供のときは大人にならなければならなかった殿下だから。
体が大人になっていても、子供のときに受け取るべきものを手にすればいい。遅いことなんかない。
「パパではなくて、恋人でもいいぞ」
「それは、おいおい」
そう言ったら。殿下はへの字口を引き結んだ。
「そうか。道のりは険しいな」
小枝に言ったのと同じセリフを言うから。
俺はフフと笑い。殿下もそっと微笑んだ。
「タイジュ、カラアゲ食べたい」
「はい。殿下」
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