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番外 アンドリュー 奇跡の目覚め ①

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     ◆アンドリュー 奇跡の目覚め

 二十三年生きてきた中、私は順風満帆だった。今日、この日までは。
 騎士団の中でもひと際剣技に秀でて、若輩ながら近衛騎士団長という地位にもついた。
 我が国スタインベルンに隣国のレーテルノンが侵攻してきて、戦争になったが。
 剣技では誰にも負けない自信があった。
 唯一、我が軍の最高司令官であり、第二王子でもあるディオン殿下には。
 模擬戦の勝率が三十八パーセント。負け越しだ。
 しかし彼は特別の才があり。魔法も持っているのだ。いわゆる化け物級、というのかな?
 とはいえ殿下に準じる剣術を誇る私だ。小国レーテルノンごとき兵に、やられるわけはないと思っていたのだ。

 しかし、黒い鎧を身につけた猛者に。俺の高く伸びていた鼻はぽっきりと折られ。
 体にも大きな重傷を負った。

 鎧を突き破るほどに脇腹に剣を叩きつけられ。左の顔もざっくりだ。
 社交界では、花に蝶が群がるがごとく、女性陣が私の元に寄ってきたものだが。
 もう、浮名は流せそうもない。
 というより、命の危機を感じる。それどころではない。
 処置室で、処置というほどの手当てもなく。医療用テントに放り込まれたが。
 全身に激痛が走り抜ける。
 痛みに呻きを上げれば、それがもう痛くて。寝返りなども打てず。
 ただただ傷を抱えて、死のときを待っていた。

 なんでこんなことになってしまったのか。
 この戦争が終わったら父の伯爵位を継いで、騎士からは一線を引こうか、なんて考えていたのだけどな?

     ★★★★★

 私、アンドリュー・ツヴァイクは。父であるツヴァイク伯爵の長男として生まれた。
 魔法持ちではなかったが、品行方正、文武両道、快活な私を。みんな誉めそやし。
 さらに光るような緑の髪に同じ色の瞳を持つことから。
 学園に入学する十四歳の頃には。エメラルドの騎士などという異名で噂されていた。
 まだ騎士ではなかったから。こそばゆいふたつ名なのだが。
 武芸に秀でていることが世に広まっていたので、仕方なしだ。

 同じ年頃の者が集まるお茶会などでは、多くの者が、そんな私とつながりを持ちたがり。
 婚約者のブランカ・チェイニー侯爵令嬢がやきもちを妬くほどだった。 

 しかし私には、幼い頃から強敵がいたのだ。
 スタインベルン国第二王子である、ディオン殿下だ。

 彼は第二王子ではあるが、第一王子が亡くなっているので、実質第一王位継承者である。
 私が彼とはじめて会ったのは七歳の頃。
 いずれ騎士になりたいと思っていたので。王宮の騎士団に父が見学に連れて行ってくれたのだ。
 ディオン王子は、そのときすでに騎士団に出入りしていた。
 同じ年頃の彼が、騎士団で訓練を受けているのがうらやましく。そして、いわばプロである騎士と対等に模擬戦を繰り広げていて、すごいなぁと感心したのだ。
 そこで、ディオン王子に挨拶をして。顔を知ってもらい。
 模擬戦のお相手もさせてもらったのだが。

 父はあまりいい顔をしなかった。
 第一王位継承者でありながら、王位を継ぐための後ろ盾が弱すぎるということだ。
 どれほど彼が優秀でも。ディオン王子が王位に就くことは難しい。
 ゆえに、親しくなっても旨味うまみがないというのだ。

 なんですか、それはっ。

 伯爵家にとっての旨味など、関係ない。
 ディオン王子は十二歳にもなると一個小隊を持ち。騎士団長クラスとも渡り合うほどに成長なさったのです。
 はたから見たら、それは王族の特権のようなものであり。実力などないのだろうと思うかもしれないが。
 だが、彼は。
 武芸に秀でていると噂される私を、難なく模擬戦で倒し。圧倒したのですよ。実力は本物です。
 地位も名誉もあり、剣技の才もずば抜けている。尊敬せずにはいられない御仁だ。
 私は、家の思惑や貴族の権謀術数とは関係なく、ディオン王子に傾倒し。
 そしてディオン王子の片腕になるべく、剣技に研鑽けんさんを積んで行った。
 騎士団に顔を出すたびに、彼と模擬戦をして。いっぱい負けて。少し勝って。
 そうして私はディオン王子と仲良くなった。つもりだった。

 しかし。十四歳になって学園に通うようになると。
 ディオン王子は私を避け。目立たぬようにひっそりと過ごしているのだった。
 そうは言っても。王子はとても御強いし。頭脳も明晰で。知勇に長けたけん王子と呼ばれていて。

 全然ひっそりはできないのですけど。

 それはそうでしょう? あふれ出る才色兼備オーラは隠せませんよ。誰もが彼を目に映さずにはいられない。
 しかし王子は、周囲をけん制するかのように、視線はいつもギラリとしていて。
 肌は青白く、目の下のクマも濃く、いつも不健康そうだった。
 彼は勉強の方でも学園トップの成績をほこっているので。きっと寝る間も惜しんで剣に学問に励んでいるのだろう。
 そんな、いつも寝不足のような顔をして、ぼんやりしていることも多い王子なのに。
 剣を交えれば目をギラリとさせ剣筋が冴えわたる。
 この頃になると私は、どうしても彼に勝てなかった。

 青い髪が寒々しい印象を与えていて。アイスブルーの目と、目が合うと凍りつく。
 そんな変な噂まであって。みんなは王子を遠巻きにするが。
 私はまだ凍りついたことはありませんよ。

 結局、彼が私を避け、孤独になりながら人を寄せ付けないようにしているのは。
 第一王位継承者である自分に暗殺者が仕向けられたとき、巻き込みたくないからだ。ということらしく。
 心根も澄んだお方のようで。
 私はさらに好感を持ったのだ。

 敵から自分の身は守れる。だから、ディオン王子のそばにいても大丈夫。
 そう言って、私はディオン王子のご学友にしてもらいました。
 最初のうちは、友達と言って油断させる刺客かと思われていたようだけど。
 幼い頃からの長い付き合いだし。
 疑惑も次第に薄らいでいったのではないかな?

「アンドリュー、私の背中を任せられるのは、おまえだけだ」
 そう言われたときは、嬉しくて。涙が出そうになりました。

 多くの貴族が第三王子派になびいていく中、私がディオン王子派になったのは。他にも理由がある。
 第三王子の横やりが入って、婚約を破断されたのだ。
 婚約者のブランカとは、それこそ私たちがまだハイハイをしていた頃の。家同士の約束で。
 彼女のことはどちらかというと妹のような気持ちを持っていた。
 恋愛を彼女に意識したことはなかったが。
 それでも未来の妻になる彼女を立てて、大事にしてきたつもりだ。

 しかし第三王子のニジェールが一学年下に入学してきたとき。
 彼はブランカに目をつけて。彼女の家に婚約を打診したのだ。
 ブランカの家は侯爵家。うちは伯爵位なので、私に嫁げば降嫁になってしまうが。
 ニジェールならば。王になったら、ブランカは王妃になり。たとえ王位に就かなくても公爵位になる。
 懇意にしていた伯爵家であっても。侯爵家が私を選ぶ道理はなかった。

 しかし。破談を恨みに思って、というわけでもないのだ。
 家同士の婚約だったので、家の都合で婚約破棄になることは充分にある。
 だが、ニジェールは。
 ブランカに惚れて、横やりを入れたわけではなかったのだ。
 ニジェールは当時、容姿端麗の子息から婚約者を奪う遊びにはまっていて。いずれ王妃に、という言葉をちらつかせて婚約を破断にさせ、楽しんでいたのだ。
 だからブランカ以外にも、王妃候補が数十名いるということ。
 そしてニジェールは。容姿端麗な子息の恋人を奪うことで、自分は彼らより上だと優越感に浸るという。

 ブランカは、婚約者を裏切った令嬢として、学園でも卒業まで肩身が狭い思いをさせられた。
 婚約を破棄されてしまったので、慰めてやることはできなかったが。妹のように可愛がってきた幼馴染が、降ってわいたような厄災に傷つけられてしまったことが。

 ひどく、胸糞悪かった。

 私はニジェールの、人の気持ちを踏みにじる心根が許せなかったのだ。
 ディオン王子は、傷つけられたら可哀想だからと、第一王位継承者であるのに婚約者を立てられないでいるというのに。まだ見ぬ婚約者にまで、配慮しているというのに。
 それに、王妃の座をちらつかせるのも、ディオン王子に失礼じゃないか。
 確かにニジェールの方が。ハウリム国という大きな後ろ盾があるが。
 まだ王太子に任命されているわけでもないし。
 正当な王位継承者は、ディオン王子だ。私は次代の王にはディオン王子を推す。

 しかし、彼にその気はあまりないようだが。

 だけど、ニジェールが王になったら、この国は荒廃してしまう。ディオン王子には、その辺りのことをお考えに入れてもらいたいものだ。
 正しいもの、真っすぐな心意気、清廉な態度。そのような精神性を、私はディオン王子に感じていて。
 勉強も武芸も、地位も。彼に勝てるものは、私にはなにひとつない。
 そんな、知勇に長けた賢王子だから。彼には王位を継いでもらいたいのだ。
 そしてニジェールなどは蹴散らして、この国を正しく導いてほしい。

 ディオン王子を補佐するには。騎士でもいいけれど。剣では彼に敵わないから。
 私は政治的にもっと王子の力になれるようになりたいと考えた。彼には政敵が多すぎるからな。
 近いうちに家督を継いで。ディオン王子の後ろ盾になれたら、と。
 思っていたところに、戦争が起きたのだ。

 ディオン王子はいつも、私の一歩前を歩いていく。
 私はいつも、彼の後ろに。

 しかし戦場で、手ごわい敵を倒せたら。
 殿下に一目置いてもらえるような気がして。
 彼と、肩を並べられるような気がして。
 騎士として、最後の華々しい活躍を殿下に見せつけたいと思ったのだが。
 だけど、敗れてしまったのだ。あの黒い騎士に。

      ★★★★★

 フと、意識が浮上して。猛烈な喉の渇きを感じた。イガイガして、うぅと声が漏れる。
「アンドリューさん、目が覚めましたか? どこか痛いところはありますか?」
「…水を」
 喉がカラカラで、なにか飲みたいと思った。
 すると、誰かが私の頭の下に腕を差し入れて。少し上体を起こした。口にコップが当てられ、それが水だとわかると。喉に流し入れる。ごくりと飲み込むと、体がそれを待っていたと言わんばかりに吸収し。
 私は無心でコップの水を飲み干した。
 ひと息ついた私を、水を飲ませてくれた者が再び優しく横たわらせてくれる。
 そんなことをされたら、激痛でまた呻くことになる。
 だが、痛くない?

「…なんで、痛くないんだ? ちょっと体を動かしただけで激痛があったのに」
 それに、こんなにしゃべることもできなかった。
 そう、呻きをあげるのすら痛くて、奥歯を噛んで耐えていたのだ。
 黒騎士の大剣を体に受け、どこもかしこも、表面も体の内側からも、痛みが生まれて。
 傷を抱え込み、死が目前に迫っていたというのに?

「マスイをかけたので、痛みがおさえられているのです」
 彼が言うマスイがなにか、わからなかったが。
「まさか、どんな薬をもらっても、痛くてずっと眠れなかったのに」
 苦痛でのたうち、いっそ意識を失えたらいいと思うほどだった。
 そういうときほど、意識は失わないものだが。

「痛みで眠れないなんて、おつらかったでしょうね?」
 私の苦しみに寄り添ってくれるような、柔らかい声音が。心に染みる。
 このテントに放り込まれてから、私に声をかける者などいなかった。
 そして私は、ようやく彼が誰なのか、気になった。

「…あなたは?」
 彼に焦点を当てて、見やる。
 この国では珍しい、黒い髪。優しく微笑んでいる青年だった。

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