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26 ツタの絡まるお化け屋敷

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     ◆ツタの絡まるお化け屋敷

 七日の馬車移動を経て、王子一行は無事に王都につきました。
 道中の間に、俺は殿下になにをすればいいのかとたずねたのですが。
 夜のお相手を前提とした抱き枕になってくれ、と言われ。
 どうしたものかと。
 抱き枕のうちは、ほぼ、なにもしなくて良いってことで。
 それで大金を支払われ、買われた俺は戸惑いましたが。
 庶民料理を作ったら、大層喜ばれたので。
 料理人兼従者兼抱き枕奴隷として働くことになりました。
 抱き枕比重多めです。

 こんなのでいいのかなぁと、最初の頃は思っていたのですが。

 一週間の道中で、いろいろ話を聞きまして。
 料理を振舞ったときに聞いたところによると。
 殿下は幼少の頃から、毒の混入したものを食べて、しばしば体調を崩し。
 食事に対して興味を失ってしまったらしいのです。
 いわゆる、生命維持ができればいいくらいの関心しかなかった、みたい。

「殿下、わかるぅ。ぼくも腐った総菜パンでお腹壊して、死ぬかと思ったのぉ。でもパパが作る食事は絶対そんなことないしね? ぼくもクリーンしてあげるから。食べてぇ?」
 小枝は殿下に同情して。パンを差し出す。
 その流れでパンをあげるのは、どうかと思うけど。

 小枝は殿下に一生懸命、卵を崩してマヨネーズであえたものをパンで挟むように、と。サンドイッチの作り方を教えている。

 つか、マヨ、作れたよ。
 小枝にご飯を作るようになって、調味料ってなにが入っているのかって。ちょっと調べたことがあってさ。気になったら、調べたくなるタイプなんだよね。
 それで、レシピとか作り方とか、いろんなのを見たんだけど。
 結局仕事で時間ないから、日本では市販のマヨを買っていた。
 んー、だけど。材料は卵と塩と酢と油なので。意外と簡単。ひたすら混ぜるので、腕が死ぬけど。
 まぁ、ゆで卵作っている間に出来るよ。
 異世界に、塩と酢と油があって、良かった。醤油はないけど。
 醤油と味噌があったら、レパートリーが格段に増えるんだけどなぁ。

 それはともかく。殿下の話です。
 生存するためだけの食事なんて、味気なく。家族の団欒もなく。
 毒が入っているかもと疑心暗鬼になって食べるものが美味いわけもなく。
 王族であるのに、騎士団の食堂で出されたものを食していた。という殿下の話はマジらしいし。
 だから殿下は王族なのに意外と庶民舌だって、レギが言っていたけど。

 でもそれって、アリなの?

 姉の放置で小枝が瀕死で発見されたときも、思ったが。
 もう、なんで子供をちゃんと育ててあげないのっ?
 難しいことは言わない。ただ三食食べさせて、できるだけそばにいるだけでいい。
 たった、それだけのことが。どうしてできないのか?

 レギの話によると。殿下は六歳の頃から母と離れ離れで。
 その理由が、政敵である第三王子派に命を狙われたからってことだけど。

 その話を聞いて、俺は小枝と姉のことを思い出してしまった。
 姉はキャリアアップのために小枝を置いて海外へ行ってしまったが。
 殿下の母は、自分の身を守るために殿下を置いて実家に帰ってしまった。
 生死がかかっているから、殿下の母を簡単には責められないかもしれないけど。

 王宮にひとり残された殿下はどうなるんだっ?

 六歳の子供が親にも守ってもらえず、ご飯を食べれば毒入りで、少ない味方を作りながら今日までなんとか生きてきた、なんて話を聞かされたらさぁ。
 もう、無理無理。

 俺がご飯いっぱい食べさせて、殿下をいっぱい愛してあげたくなっちゃうよ。…小枝みたいに。

 料理の美味しさや、家族と話をしながら食べる食卓の楽しさや。日常のあたたかい幸せや。
 そういうものを知らずに来た殿下に、教えてあげたいんだ。

 毒の入っていない安全な食事というのは大前提だ。
 幸い、小枝のクリーンがあるから、そこはクリアできる。
 俺の庶民料理でも、殿下に美味しいと思ってもらえるみたいだし。
 小枝と楽しそうに話しながら、サンドイッチを食べる殿下は。お腹がいっぱいだと言って笑っている。
 いつも眉間にしわを寄せている人だけど。
 俺の料理を食べて、ほがらかに笑う殿下を見ると。こちらも嬉しくなるよ。

 勉強ばかりの偏った人生を送ってきた俺は、凝った料理を提供できないし。全く特別なことはできないけど。
 毒入りではない安心安全な食事を提供し、みんなで食卓を囲んで楽しく過ごすことはできます。
 こういうささやかなことが、案外幸せだったりするんだよね?
 
 俺も、小枝が健やかであれば、奴隷でも幸せです。
 あ、いかん。底辺からの脱出は、常に模索していかないとなっ。

 まぁ、そんなこともありながら。殿下の人となりや背景を少し知りまして。
 王都につきました。馬車移動は今日で終了です。
 あまり車酔いなどはしないたちですけど、さすがに長時間の馬車の縦揺れには慣れていなくて。かなり疲れたので。ホッとしますね。

 殿下のおうちに着いたら、俺は殿下や小枝に料理を作るみたいな感じになります。
 メインは抱き枕ですけどね。
 従者の仕事は、まだ、なにをするのかよくわからないんですけど。とりあえず殿下とともに行動していればいいみたいです。
 なにか…暴漢とか、殿下の危険があったら、スリーパーで眠らせればいいんですよね。オケ。
 でもしばらくは。なんか、四日後くらいに式典があるみたいなんですが、それまでは屋敷で待機みたいです。

 それで、つきましたよ、殿下のお家。
 殿下は幼少期、後宮内の離宮に住んでいた。王様の奥さんが暮らすお家だね。
 しかし暗殺者があまりにも多かったし。
 奥さん…殿下の母が不在(殿下を置いて実家に帰っちゃった。怒)なこともあって。
 早いうちから王宮の敷地内にある北の離宮で暮らすことになった、らしい。

 政敵は王宮内、後宮内にいる。第三王子派、ってやつ。
 だからまずは後宮から離れたんだって。
 殺伐としているね? つまり義理の親兄弟が政敵ってことだからな。ドロドロサスペンス風。
 第一王子と第五王子は本当に暗殺されてしまったから。シャレにならない感じです。
 第三王子としては、第二王子のディオン殿下が亡くなれば、王位に限りなく近づく、ということで。もう、あからさまなんだって。でも証拠はないんだって。
 いやぁな感じ。
 やはり王宮はデンジャラスだ。
 でも小枝のことを俺は一生懸命守るよ。殿下も同じく。
 俺ができる限りのことは、惜しみなく助力しますっ。
 それがひいては、小枝と俺の親子ライフを守ることにもなるんだからね。

 殿下が住む北の離宮は、敷地内とはいえ王宮からはかなり離れていて。騎士団本部に近いことから。
 騎士団を掌握している殿下は。安心はできないものの、まるきり無防備でもないところに居を構えているということらしい。
 幼い頃から騎士団に出入りしていたのも、身を守るための苦肉の策だったようで。
 お子様の殿下が暗殺者に対抗するために一生懸命剣を磨いたのだと思うと。体に古傷がいっぱいあったのを俺は見ているから、なんだか胸が締めつけられる思いです。
 そりゃあ、強面があのように標準装備になってしまってもおかしくないですよ。
 壮絶な人生に、ただただ頭が下がります。

 それでそれで。俺たちが住むのも、その北の離宮なんですけど。
 馬車の窓から見える、そのたたずまいが。どよーんとしています。
 石造りだが、古さが際立つ灰色の建物。そこに枯れたツタの枝が絡まり。黒いいばらに巻きつかれているみたいな。

「パパぁ、殿下のお家はお化け屋敷なの?」
 こっそり小枝が言うのに、俺は苦笑する。
 ぶっちゃけ、ツタの絡まるお化け屋敷である。

 馬車が回るロータリ―のような道が整備してあるが。その中心の丸い植栽をのぞいて。屋敷の周りの木々は手入れされていない雑木林のごとく。
 そして屋敷の周りには、目に見えるところに他の屋敷、いわゆるご近所さんはなく。
 王宮の敷地内のはずなのに、すっごく静かで。
 人里離れたというか、閑静な…というか。うら寂しげな感じなのだ。

 玄関前に馬車が止まると。護衛の騎士が外から扉を開けてくれて。まずレギが降ります。
 暗殺者など不審者がいないことを確認してから、ディオン王子が降り。
 さらに俺が降りて、小枝を抱っこして地面に降ろします。

 このルーティンは移動中に散々やったので、もう慣れたものです。

 そして御者ぎょしゃと護衛の騎馬騎士合わせて六名が、玄関へ至る灰色の階段の脇に並んで整列し。殿下を見送ります。
 これははじめて見るので、壮観だぁ。

「みんな、長い帰途の警護に十全に従事してくれた。感謝する。まだ王宮への報告が残っているが、使者の到来まで、しばし休んでくれ」
 護衛の者にねぎらいの言葉をかけた殿下は、颯爽と階段を登っていき。
 俺たちもそのあとに続く。
 ちなみに、大量に作ったハンバーグ雪崩は四人では食べきれなかったが。騎士たちに完食していただきました。

 カツカツと靴音を響かせながら階段を上がっていくと、両開きの玄関扉が開く。
 高さ三メートルはありそうな、重厚な入り口です。鉄製の頑丈なもので、黒くて、ギィィィと軋む音がして。
 怖い。
「魔女が出てきそう」
 って小枝はつぶやき、俺の横でずっと引っ付いていた。
 まぁ、気持ちはわかるよ。

 そこから、顔にいっぱい傷のある、ヒゲをたくわえた男性が現れ。
 とうとう小枝はひえぇと鳴いた。

「小枝、お化けじゃなくて人間だから、ヒィは駄目」
「お化け屋敷から出てきたのに、お化けじゃない? ホントに?」
「本当です。つか、お化け屋敷じゃなくて、殿下のお住まいだよ」
 注意して、小枝にも自分にも言い聞かせる。

 屋敷から出てきた男性の年の頃は、五十過ぎくらいか。殿下より身長が高く、体躯も分厚く頑丈そうで。白くてたっぷりのヒゲをたくわえたお顔は、とっても強面ですが。
 しっかり生きている人間です。
 俺も少し失礼かな?

「おかえりなさいませ、殿下。戦場での勇ましい御働き、こちらにも報告が届いておりました」
「屋敷を長らく空けてすまない。グレイ、彼らはタイジュとコエダ。今日からこの屋敷に住まう」
 殿下が簡単に俺らを彼に紹介してくれたので。俺は頭を下げて、告げる。
「はじめまして、これからお世話になります。俺は御厨大樹、そして息子の小枝です。タイジュとコエダとお呼びください」
「執事のグレイです」

「あぁ、もしかして海賊ですか?」
 子供らしい無邪気さで、小枝はグレイさんにたずねる。
 あわわ、それも失礼だってぇ。

「すすす、すみません。小枝、彼はグレイ様だよ? 海賊じゃなくて、執事さんだよ?」
 俺は小枝をギュッてして、前半はグレイさんに、後半は小枝に言った。
「執事さん、知っています。お屋敷で働く一番えらい人ですね?」
 おぉ、小枝は執事を知っていたようだ。話が早くて助かるぅ。
 だけどグレイさんは、怖い顔のまま俺らを見下ろした。ズモモと音がしそうな迫力です。
 はわわ、子供の言葉ですので、どうぞお聞き流しをぉ。

「こ、これはっ、シャルフィ殿でん……」
 言いかけているグレイさんの腕をレギが引き。殿下に言った。
「殿下、グレイには私から説明しておきますので。お屋敷のご案内を…」
「そうだな、頼む。タイジュ、コエダ、こちらに…」
 そうして殿下が中へ入っていくので。俺らは殿下についていった。

 あぁ、奴隷の身請けをしたんだって、レギはグレイさんに言っているんだろうな?
 コソコソと彼になにか囁いて。グレイさんは目を丸くして驚いているもん。

 この道中では、俺が奴隷であることは騎士たちには知らされず。
 まぁ今までも、特にしいたげられるようなこともなかったから。良かったのだけど。
 ローク先生以外の医者からは冷たい目で見られていたけど。まぁ、それぐらいで済んだってこと。
 でも一緒に生活するグレイさんに知らせないってことはないよな?
 奴隷ということで、差別とかされたら嫌だな。
 小枝も親が奴隷ってことで、意地悪されたりしないだろうか?

 新しい生活が、少し不安だけど。
 殿下が守ってくれるだろうか?

 そんなことを考えつつ、俺は北の離宮に一歩足を踏み入れたのだった。

 ところで、しゃるふぃでんってなんですか?

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