【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶

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番外 レギ 私の殿下が恋をしている ③

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 殿下が、奴隷医師を身請けするから手配しろ、と私に言い。
 私は殿下の望みの手配はしつつも。
 彼らの名前や。タイジュの背景、出自がわからないことや。身請けは親子でセットの可能性が高いことを報告した。
 どれも、殿下の気を削ぎかねない事柄ですが。
 殿下の恋の後押しをしたい気持ちはあるものの、これは隠匿できません。

「構わない」
 しかし殿下は、些末なことだとでも言うように。間髪入れずに一言言った。
 手術のあと、一瞬良くなった顔色も、また日に日に悪くなっていき。
 再び、夜も寝ないで書類仕事をしているのだなと推察します。
 いつも気だるげで口数が少ないのは、ディオン殿下の特徴でもありますが。
 身請けは人生の一大事ですし。ひとりの人間の人生を背負うことになるのですから。

 少しお小言を述べさせていただきます。

「殿下、素性のわからない者をそばにつけて、大丈夫なのですか?」
「わからないということは、奴らとのつながりも皆無ということだろう? それは我らにとってむしろ都合が良い」
 もう言わなくてもおわかりでしょうが、奴らとは第三王子派のことです。
 確かにその通りで。
 第三王子派はどんどん勢力を伸ばして。彼らの息がかかっていない者を探す方が難儀になっているくらいだ。
 今殿下は騎士団を掌握しているが、ちらほら造反者も出ていて、気を抜けない。
 騎士団のすべてが殿下の味方であるとは限らないのです。
 そんな中、ニジェールと接点の見えないタイジュとコエダは、殿下のそばにつけても問題はなさそう。
 ただ、王族である殿下に仕える者に家柄がないのだけが、マイナス点です。奴隷ですしね。

 奴隷と言えば、あともうひとつ気掛かりが…。
「殿下、タイジュは奴隷医師ですから、世間一般の奴隷と同じような扱いはできませんよ?」
「世間一般…とは」
「裸でベッドに縛りつけて日がな抱く、とか。移動中も抱く、とか。気絶するまで抱く、とか」
「待て待て、世間一般の奴隷は、そのような扱いを?」
「性奴隷ではよく聞く話ですので。そのようかと。子供が…コエダがそのようなことも…」
「待て待て、言わなくて良い。胸糞悪い」
 殿下はなにやら顔を赤くしたり青くしたりする。
 その反応を見るに、そちらの方、いわゆる体の関係は視野に入れていないようですね?
 あと私の殿下が、子供を慰みものにする変態ジジイじゃなくて、良かったです。

 しかし、全く考えないというのも良くありませんね。
 タイジュに恋をしたのなら、いずれ、いやすぐにも体の関係を持ってもいいのではないかと。
 だって殿下は、健康な成人男子ですからね。
 なので、すべてを反対しているわけではないということを告げておかないとなりません。

「性行為が悪いわけではありませんよ。ただ人として、王族として。節度のあるお付き合いをしていただければ」
「私は同意なくそのようなことはしない」

 ディオン殿下から奴隷を所有すると聞いたときは、人の尊厳を踏みにじる悪行に身を落としてしまわれたかと思ったが。子供や未経験者に無体を強いないということは、殿下はちゃんと、まっとうな考えをお持ちのようだ。
 ですよね。教育係として、私はそのように殿下をお育てした覚えはありません。

 タイジュとコエダの身請けをするのは、きっと、なにか余程の理由があってのことなのでしょう。
 もしかすると、殿下は。
 純粋にタイジュの医師としての腕を所望したのかもしれない。
 今回、治癒魔法師を帯同できなかったことは。王族の命を脅かす大事でありました。
 決してあってはならないことだった。
 けれど、そのように追いやられ。殿下は危機感を持ったのかも。
 殿下の大手術を担当したのも彼だと聞いているし。
 優秀な医者を常にそばに置いておきたいと、そう願ったのかもしれません。

 でも恋愛的な意味でも、いいのですけどね?
 ディオン殿下はまだまだ人間的な豊かな生活ができているとは言えません。
 幸せな暮らし、家族、愛などを。知っていただきたいのです。

「それならば、もうなにも言いません」
 私は隣の領で急遽作らせた、奴隷にするための首輪を殿下の目の前に置いた。大人用と子供用だ。
 これに、殿下が奴隷紋を刻むと、完成する。
 市販、というか。一般的に流通している奴隷紋もあるのだが。人を縛る物なので値段が高いし、身分証の提示も求められ、使用の際には届け出ないと刑罰が処される。
 それほどのわずらわしさがありながら、別の鍵で解除されてしまうような軽易な面もあるのだ。

 簡単にロックが外れるような代物は、王族の持ち物どれいにはそぐわない。ゆえに、殿下が特別な紋を構築した首輪を装着することで。殿下以外の誰にもタイジュとコエダに手を出せなくなるのだ。

「コエダは、シャルフィ王子にどこか似ているので。奴隷の首輪をつけるのは少々痛々しく見えますが」
 奴隷に関しては、誰もが良いイメージはなく。私もそうで。
 殿下の思惑がどんなものであろうとも。あの親子が憐れで、しみじみとつぶやいてしまった。

「あの子が? 兄に似ているか? 兄はもっとデ…」
「髪の色がっ、それだけですけど」
 私は殿下がデブと言う前にさえぎります。殿下と言えど、シャルフィ王子の悪口は許しません。

「…おまえは兄王子に深い敬愛の念があるからな。まぁ似てるというなら、あの子が手元に来たら可愛がってやれ。私はタイジュがあればいい」
 なんとなく、コエダはいらないというニュアンスに聞こえて。再び教育係として注意します。
「あのふたりは、親子です。引き離すようなことは酷なことですよ?」
「そんなつもりはない。案ずるな」
 わかっているのなら、いいのですが。

 でも真の意味でタイジュを手にしたいのなら、コエダをおざなりにはできません。
 将を射んと欲すればまず馬を射よ、です。
「タイジュを伴侶にするのなら、コエダは殿下の義理の息子になるのです。コエダのことも親身に接した方が、タイジュの心証も良くなるのでは?」
「伴侶っ…」
 ディオン殿下は目を見開いて驚きの顔を向けるが。
 わかっていますよ。惚れているのですよね? あの女神のごとき黒髪の御仁に。

「女性不信になってしまった殿下は、今まで、ほのぼのとしたぬくもりや好意的な態度を誰からも受けたことがありませんでしたね? でも、タイジュは。男性ですが。きっと殿下を優しく包んで癒してくださいます。だから殿下がタイジュに興味を抱いた、そのことが。私は嬉しいと思うのです」
 私の言葉に、殿下はうんともすんとも言わなかったが。
 ただ、視線を床に落として考え込んでしまった。

 女性が愛する者に与える愛を。殿下は受け取ったことがない。
 それこそ、母からもだ。
 そんなものいらないと、殿下は今まで気丈に突っぱねてきましたが。
 強き者にも、心を休める場所は必要なのです。

 殿下と年の近い、タイジュ。もしかしたら殿下よりも年下かもしれませんが。医者という経歴を持つ彼なら、聡明な殿下と話も合うでしょう。
 仲良くなってもらいたい。そのためには、嫌われる行動は慎んでもらわないとなりません。
 奴隷だから、殿下の元から逃げることはできませんが。
 タイジュが心を閉ざしたら。殿下が悲しくなるでしょう?

 そういうつもりで、忠告はしたのですが。
 身請けの日の殿下は、緊張からか、言葉は荒いし。態度も悪いし。
 タイジュもコエダも、ガクブルです。
 あぁあ。殿下、挙動不審すぎますっ。

     ★★★★★

 そんなこんなで、タイジュとコエダを身請けするときはいろいろありました。
 奴隷商が身請け料を三千万と吹っ掛けてきたとかね。
 あまりにも法外な値段に、殺意が湧いた。元値が一千万だと知っていますよっ!!
 奴隷商を斬り捨ててやろうかと思いましたが。
 結局は千二百万オーベルになった。それでも奴隷ふたりの値段としては破格ですが。まぁ、いいでしょう。

 というか、殿下は前日。ご自身の財産を全部出してもいいなどと言ったのです。とんでもないっ!
 ですがそのお考えは、殿下がタイジュに御執心ゆえのことなのでしょう。
 先日、殿下はタイジュに惚れているなどということは、はっきり口にはしなかったのですが。
 殿下は時折、彼に見惚れている様子も見られ。

 あぁ、やはり。私の殿下が恋をしている。これはもう決定です。

 ちょっとコミュニケーションが下手なところはありますが。
 殿下は人とのお付き合いを避けられていた経緯があるのです。
 ほんの少しの間、大目に見てください、タイジュっ。

 しかし、タイジュは。身請けの条件にコエダの解放を要求し。
 これは破談になるかもしれないと、ヒヤリとしました。
 奴隷には値がついていて。それを解放というのは。コエダにかかった金額をみすみす捨てるという意味です。
 でも殿下はそれを了承なされ。さらに隷属拒否という高等魔法の使用まで請け負った。

 大金の喪失、しかしながらコエダの首輪が外されたときは。
 私も少しホッとしました。
 やはりシャルフィ王子と似たお子様に首輪があるのは、見るに堪えませんし。
 それに、子供のコエダが首輪をして殿下のそばにいたら。殿下が小児性愛の変態ジジイだと誤解されることも無きにしも非ずでしょう?
 足の引っ張り合いをする王宮では、そういう下賤げせんな噂は光の速さで駆け抜けるものですから。
 しかし、その懸念はなくなった。
 結果的には、殿下にあらぬ疑いがかけられることを防げたので。コエダの解放は良かったのではないでしょうか。
 殿下はただただ、タイジュを望まれ。それは叶うのですから。

 コエダが解放されたとき、タイジュは子を抱き締め、泣いて喜んだ。
 それは、深い親子の愛情で。私は感動しましたが。

 殿下は、よくわからないという顔をしていた。

 しかし、それは仕方のないことです。殿下にとって親というのは。親という名の他人です。
 育てられてもいないのだから。親の無償の愛を知ることもないのです。

 だから、殿下は不憫で不遇なのです。
 庶民の子供でも受け取っている普通の親の愛を、知らないのですから。
 抱き締められた記憶も、遠く、薄く。
 だからタイジュの行動の意味すらわからないかもしれません。
 お可哀想な殿下。
 もしも叶うなら。タイジュがコエダに与える愛情を、ほんの少しでも殿下に分けてもらえないでしょうか?
 殿下をその愛で包んでくれたら。私はあなたに多大な感謝をささげるでしょう。

     ★★★★★

 王都へ向かう道程、三日目。
 私は町で、食材を調達している。
 宿では、殿下のそばにタイジュとコエダがいる。
 まだ全面的に信用しているわけではないので。護衛も何人かそばにつけているが。

 今、思ったのだが。
 もしもタイジュが暗殺者だとしたら。これほどに恐ろしい者はいないのではないだろうか?
 なぜなら。タイジュはスリーパーという、他者を眠らせる女神の加護を持っている。
 護衛を眠らせてしまえば、標的に容易に近づけるのだ。
 誰にも見られず知られずに暗殺できるではないか? タイジュはメスも針も持ち歩いているしな。
 いやいや、ここは。タイジュの医者としての倫理観にすがりましょう。
 医者は人を殺さずに治す者です。
 そうだそうだ、暗殺するなら、もうとっくに馬車の中で仕留めていますね?
 タイジュを信用しましょう。この考えは忘れることにします。怖っ。

 それに、逆に考えれば。強い味方を得たということです。
 暗殺者も毒入りの食事も、もうタイジュとコエダが防いでくれるのだ。
 これはなんとも頼もしいことになりましたよっ?
 はじめてタイジュを目にしたとき、ごく普通の青年に見え、すぐにも殺されそうなんて思いましたが。
 全くの杞憂でしたね。
 殿下はタイジュの魔法を知っていたようなので。暗殺者に対抗できる者として、そばに置くことを決めたのでしょう。
 暗殺者から守り切れなかったら可哀想だと、殿下は婚約者を今まで決めずに来ましたが。そのこともクリアするタイジュは、本当に素晴らしいです。うむ。

 今までの馬車の中での様子ですが。
 まだギクシャクはしているものの、談笑などもしばしばあり。
 殿下とタイジュとコエダは、徐々に打ち解けつつあります。

 移動中に、タイジュとコエダの衣装を新調しました。私のセンスで。
 コエダの衣装は、シャルフィ王子が好んで着ていた紫を基調に作りました。
 とてもよく似合っています。
 上品な雰囲気と無邪気さが合わさる様子は、高位貴族の御子様と遜色なく。やはりコエダはどことなくシャルフィ王子に似ていますね。
 ほがらかで、のほほんな笑顔が。 
 あぁ、今度こそ守ってあげたい。シャルフィ王子のごとく可愛らしい、コエダのその笑みを。

 ですがタイジュとコエダは、あくまで私と同じく殿下の従者。
 あまり殿下に馴れ馴れしくするのはよろしくありません。
 なので、私は。心の中では応援モードですが。表面上はキリリとしまして、彼らをビシッと律します。
 つい思い入れを深くしがちですが。えぇ、コエダは王子ではありませんからっ。

 タイジュは患者に接するときに敬語を使うので、言葉遣いはまぁまぁできていますけど。
 上下の規律というものに不案内。心得がない様子で。
 殿下にも、友達のように接することがあります。
 同じ年頃の気安さなのでしょうが。殿下はあくまで王族。この国の頂点に立つべきお方です。
 主と奴隷ということを抜きにしても、敬愛の念で接しなければなりません。

 殿下も仏頂面ながら、タイジュの親しみ深い態度に喜んでいますけど。
 尊くおかしがたい王族の心持ちで、威厳を保たなければなりませんよ。 

 まぁ、その辺りはおいおいタイジュに仕込んでいくつもりです。
 コエダは…子供でありながら殿下の顔を見ても泣かないだけで及第点です。
 騎士もおののく殿下の強面こわもてですから、今まで子供は漏れなく、殿下と目が合うと泣きました。不憫です。

 それはともかく。
 材料をそろえた私は。宿の厨房を貸し切りにしてもらい。すべてタイジュに差し出した。
 タイジュは上着を脱いで腕まくりすると。
 私や、殿下とコエダが見守る中で。

 ハンバーグ雪崩なるものを作り始めたのだった。

「ここの調味料、使っていいんですか? うわぁ、いろいろあるな。え、鉄板で焼いていいの? 贅沢ぅ。でも火加減が難しいな。今日は煮込みハンバーグ雪崩だな」
 なんてつぶやきながら、案外手際よく料理を作っていく。
 鍋にはトマトや玉ねぎ、他いろいろな野菜を細かく切って炒め煮をして。厨房にある調味料を結構大胆に使っていく。
 私は、この調味料の加減が出来ず。いつも劇的に不味くなる。なんでだ。

 そしてボールに卵や牛乳やパンや…パン? を入れて。混ぜてパンがふやけたら。大量のひき肉を入れ、調味料も入れて。ぐちゃぐちゃしてこねてこねて。丸く成型して、鉄板で焼く。ジュー…。
 もう美味しそうな匂いがします。
 しかしタイジュは。焼け目がついた肉を鍋にボッチョンボッチョン投入。そしてチーズをちぎって投入し、蓋をして放置。大丈夫ですかぁ?

 その間も、ベーコン、菜っ葉でスープを作り。
 ジャガイモとニンジンとブロッコリーを蒸した付け合わせを作る。
「パパぁ、野菜多すぎぃ。野菜はもういいよぉ」
「いけません。ずっと野菜を食べていなかったんだから、挽回しなきゃ」
 タイジュはコエダの言を一蹴し。いつも優しげな目元をキリリとさせた。
 子供に甘々な印象でしたが、意外と厳しいパパのようです。

 まぁ、子供は野菜が嫌いだからなぁ。
 シャルフィ王子も、いつもお肉ばかり食べていました。
 でもタイジュが料理を作り出したら、コエダはシャルフィ王子のようにぽっちゃりはしないかもしれませんね? 野菜を食べないとタイジュに怒られそうです。

「完成です。部屋に運びましょう」
 大皿に盛られたハンバーグは、頂上にチーズがとろりとかかっていて。その周りに付け合わせの野菜が赤白緑と彩りよく円を描いてる。
 スープは鍋ごと。取り皿とカトラリー、などなどカートに乗せて。部屋に持ち込んだ。
 スイートルームの居間にある机に料理を並べていく。
「ひとりずつセットしないのですか?」
「すみません、これは庶民料理なので、取り分けて、みなさん好きなように食べる感じです」
 私の質問にタイジュが答え。
「コエダ、これのどこが雪崩なのだ?」
「えぇ? ハンバーグが落ちてきそうでしょう? それにこのチーズが雪みたいにデローンでしょう?」
「なるほど、早く食べたいぞ」
「あぁ、そこのハンバーグを取ったら、雪崩ますぅ。上から順に取ってくださぁい、あぁぁ、殿下、チーズ取り過ぎでズルいですぅ」
 殿下にコエダが取り分け方を教えている。変な構図だな。
 でも、もしも。もしもの世界があったら。
 御兄弟仲の良い世界だったら、シャルフィ王子とディオン王子が笑いながら食事をする光景もあったのでしょうね。今のコエダと殿下のように。

「ねぇ、パパ。もう食べていい?」
「コエダ、ちゃんといただきます、するんだよ」
 そしてみんなでいただきますと口にして。食事をした。

「なんだ、これはッ。こんな美味いもの、はじめて食べたぞ」
 ハンバーグ雪崩を食べて、純粋に驚く顔を見せる殿下。
 私はなんだか、泣きそうになってしまいました。
 だって殿下の食事は。死なないため、筋肉を作るためだけの食事で。そこに美味しさや楽しみなどを見出すことは、今までなかったのですから。
 ただ、毒でなければいい。そのような味気ないもの。

 その殿下が、美味いと言っている。

 もう、それだけで。タイジュ、身請けに応じてくれてありがとうという気になった。
「パンにはさんで食べると、もっとおいしいよ、殿下」
 さすがにパンは宿屋が用意したものだから。全部私が毒見済みです。
 というか、タイジュの料理も毒見はしたが。大皿料理や取り分ける方式のものは、みんなで食べるから、毒への恐れの意識がかなり薄まります。作ったタイジュも毒を仕込めば必ずあたるということですからね。
 そういう点で、この方式はなかなか良いですよ。

 コエダはパンをふたつに割って、そこにハンバーグを入れ込んで。ガブリつく。
 貴族の食事でこんなことをしたら、母に怒られますけど。
 今は、和気あいあいの空気を崩したくないので。まぁいいでしょう。
「おお、こうすると、パンがいくらでも食べられそうだ」
「チーズ、いっぱいはさんで、チーズバーガーも食べて? ぼくチーズバーガー大好き」

 アツアツのスープをよそいながら、タイジュが笑顔で言う。
「殿下もコエダも、野菜も食べてくださいね」
 子供が美味しそうにご飯を食べているのが微笑ましいのだろうけど。
 殿下のことも、優しい眼差しでみつめていて。
 良い雰囲気ですね。

 彼らの素性さえ明らかになり、うさん臭くなければ。
 タイジュは、殿下の体調を改善し。第三王子と接点もなく。攻撃をかわす魔法もある。文句のつけようのない人物です。

 暴漢の類を無傷で捕縛出来たら。今までのらくらと追及を逃れてきた奴らの、闇をあばく証拠が手に入るかもしれません。
 さらに美味しい料理をタイジュが作ってくれたら。王妃の息のかかった料理人の怪しいぶつも回避できます。
 医者なので、戦場に出ても殿下や兵の治療ができ。
 さらにさらに、殿下の恋のお相手、までもっ!?

 なんか、パーフェクト奴隷じゃないですか? さすがの私も舌を巻きます。

 初日に、夜の営みがなかったと聞いて。交渉決裂? 相性が合わない? 不仲? などが脳裏をよぎりましたが。
 殿下とタイジュの仲は、決して悪くはない。
 今もほのぼのした空気感で殿下に接しているし。
 早々にお手付きにしなかったのは。きっとタイジュを、大事に大切にして。ゆっくり親密になっていこうとしているからでしょう。
 えぇ、それは。非常にまっとうな恋愛の事始めでございます。

 それに昨夜は、一緒のベッドで寝たようです。着々と事は進んでいるのでしょう。
 もう老婆心で私がとやかく言わない方が良いようですね。
 あとは若いおふたりで、ってやつです。ふふふ。
 相手が同性だって、構いませんよ。殿下には兄弟が多いし、お世継ぎなどどうにでもなります。
 そんなことより、人嫌いの気がある殿下が人と関りを持とうとしてくれた、そのことこそが大事なのです。

 この先殿下が、孤独の中で生きるようなことがなければ、いいのです。

 それに、殿下は私にタイジュの戸籍を作るよう命じましたから。
 ゆくゆくは奴隷を解除し、伴侶に…ということも視野に入れているのではありませんかっ?
 だったら、貴族位がある方がのちのちスムーズに事が運ぶでしょうね。コエダが学園に行くときにも、利になるでしょう。
 ならば誰かの養子にするのが手っ取り早いですね。ふむ、検討しましょう。

 とにかく殿下は、タイジュの気持ちを大事にして、性急に事を進めない作戦らしいです。
 いいですよ、いいですよ。

「殿下、お屋敷の厨房をリフォームして、タイジュに料理を毎日作ってもらいましょう」
「それは良いな、レギ。さっそく手配してくれ」
 私の提案に殿下はすぐさまうなずいたが。
 オタマを持ったタイジュはオロオロした。
「あの、俺の料理なんかでいいんですか? 本当に、適当な味付けで。殿下のお口に合わないんじゃあ?」
「おまえの料理を毎日食べたい」
 殿下は真顔でタイジュに言うが。
 それはほぼほぼ、庶民のプロポーズの言葉ですよ。

「パパ、ぼくも。ぼくもパパの料理が食べたぁい。もう固ぇカッテー干し肉は一生食べたくなぁい。あと卵のサンドイッチが食べたぁい」
「コエダ、その卵のサンドイッチとはなんだ?」
「ゆで卵をつぶして、黄色くして、パンにはさんでむにゅむにゅで美味しいの」
「タイジュ、俺も食べたい」
「…マヨは作るの大変だよぉ?」
 タイジュが苦笑しながら言うと。今度は殿下が『マヨとはなんだ』と言い出して。

 こんなににぎやかな食事風景は、はじめてで。
 嬉しくて。楽しくて。幸せだと思った。

 このささやかで平凡な日常が、幸せなのだと。殿下にも知ってもらいたい。
 不憫で不遇な殿下に、思いがけなくもたらされた優しい食卓が。長く長く続きますように。

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