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番外 レギ 私の殿下が恋をしている ②

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 スタインベルンと隣国レーテルノンとの戦争がはじまり。騎士団の最高司令官でもある殿下は国境のノベリア領へ向かうことになった。
 第一王位継承者であるのに、なぜ殿下は戦場の最中へ向かわなければならないのでしょう?
 嘆かわしいことです。
 陛下はなにをお考えなのか、私にはわからないのですが。
 ディオン殿下が推察するには。
「父王は第七王子を王太子に据えるつもりなのだろう。自分は隠れ蓑にすぎない。ニジェールの目を自分に向けることでジョシュアを守っているのだ」
 などと言う。

 しかし。私にしてみたら。次代の王に相応しいのはディオン殿下です。
 殿下を隠れ蓑にするなど言語道断。許せない所業なのです。ひどいです。
 ディオン殿下は、己の推測だから怒るなと言いますけど。
 本当だったら、怒りますよっ。

 それはともかく。殿下は王位継承者であるのに。危険な戦場におもむかなければならないのだった。
 しかも、治癒魔法師なしで。
 それを聞いたときは、ニジェール第三王子の殺意をしっかり感じました。
 なぜ、あの方を野放しなのでしょう。嫌いです。

 嫌な予感は当たってしまうもので。戦場でスタインベルンは劣勢になり。殿下は大きな怪我を負ってしまった。
 命に関わる重傷です。
 腹部を損傷して生き延びられた者は、数えるほどしかいません。
 殿下を処置室に運び入れはしたが。部下はみんな、ディオン殿下をあきらめの目で見るのだった。

 しかし殿下は、私たちに命令を下した。戦場に戻れと。
「殿下をひとりに出来ませんっ」
 あきらめては駄目です。きっと治ります。
 私はすがる気持ちで殿下をみつめた。
 もしものことを考えるのさえ、私にはできませんっ。
 子供の頃から守ってきた貴方を、こんなところでむざむざ失うわけにはいきません。
 貴方を、守りたいのです。

「頼む、レギ。俺の代わりに…」
 血まみれの殿下が、私の手を握って頼み込む。従者の、私なんかに。
 殿下も死を覚悟して。
 それでも、戦争に負けるのは良しとしない。

 私も、今の言葉が殿下の最後の命令なのだと、覚悟した。

 私の殿下の最後の望みを、私は叶えなければならないのですね?
 涙が、止まらなかったが。
 私は殿下のために立ち上がり、部屋を出た。

 手についた殿下の血が、私にいきどおりを呼び起こす。
 あぁ、私は。またしても主君を守ることができなかった。愚かな従者だ。
 だがせめて、ディオン殿下の望み。スタインベルンに勝利を。
 貴方に、勝利を捧げる。
 そうして力の限りに、私は戦場で戦ったのだ。

 夜が更けて。自陣へ帰還した私は、恐る恐る処置室へ向かった。
 ディオン殿下と死の対面をしなければならないと思ったら。足が震えたが。
 医師の話によると手術をして、今は自室でお休みになられているという。

 お休み? 生きているのですね?

 私は喜び勇んで、自軍の指令本部にしている丸太小屋へ走った。
 そして、殿下にあてられている部屋をノックする。
 本当に殿下はご無事なのですかっ?
 部屋から出てきたのは、初老の医師で。
 殿下は大きな手術をしたが、命を取り留めた。しかしまだ予断を許さないので、しばらくは面会謝絶にするという。
 わかります。まだ急変の恐れはあるのでしょう。それほどの大怪我でしたから。
 それでも。死の対面を覚悟していた私には。
 扉のすぐ向こうで殿下が息をしている、それだけで。

 腰が抜けるほどに嬉しさと安堵が湧き上がったのだ。

 殿下は日に日に回復されて。
 面会謝絶が解かれたとき。彼がベッドに身を起こして、顔色も良いのを…ともすれば怪我以前よりも顔色が良いような、その様子を見て。
 滂沱ぼうだの涙を流したのだ。

 あぁ何度、女神フォスティーヌに祈ったことか。殿下をお救いくださりありがとうございました、女神様。

「泣くな、レギ。奴らに弱みを見せてはならぬ。それより私を治療した奴隷医者に会ったか?」
 感動の涙を流す私をよそに、殿下はそう聞いた。
「奴隷医者? いいえ」
 奴隷医者という言葉自体が、あまり聞き馴染みがない。
 医者という才を持ちながら、奴隷になるなんて。どういうことだろうと首を傾げてしまうが。
 そんなことより、重大ニュースに気取られて。私は殿下のその話をそのときは流してしまったのだった。

 重大ニュースというのは、殿下に大怪我を負わせた黒騎士が捕らえられたということだったのだが。
 翌日、奇跡的な回復を見せた殿下が黒騎士を聴取したとき。神の手という人物の話が出て。
 私はその神の手という者のことも初耳だったのだが。

 殿下はその言葉に。瞳をギラリと輝かせた。

 おもむろに重傷者テントに向かった殿下は。入り口から中をしばらく覗いたあと、私に言った。
「あの奴隷医師を身請けする。秘密裏に、手続きの手配をしろ。あと黒曜石を使用して奴隷用の首輪も作ってくれ。一目で奴隷だと気づかれないような…彼に似合うデザインにしてくれ。だ、第二王子が、奴隷を引き連れて歩くのは体裁が悪いからなっ。それから衣装も彼に似合う……とにかく身請けするのに必要な品はすべて取り揃えてくれ」

 私は、返事も忘れて。すっごく驚いたのだ。
 奴隷医師を、身請け?
 奴隷を身請けするといったら、この国では性的な意味合いが濃い。
 殿下は、私を治療した奴隷医者などと、この前言っていたが。

 もしかしたら殿下は、治療にあたったその奴隷医師に恋をしたのですか?

 あぁ、だとしたら。なんて素敵なことだろう。
 恋も知らずに戦場で死にゆく殿下を不憫だと嘆いたのは、つい数日前のこと。
 殿下に、人並みの幸せを味わっていただけなかった、無力な従者だと。己を恥もしたが。
 なんでもいい、誰でもいい。
 殿下がどなたかに興味を持たれること、それこそが今までにないことだったのですから。

 でもでも。いやいや。落ち着くのだレギファード。
 殿下に害のない人物かどうか、しっかりと調査しなければならない。
 誰でもいいは言い過ぎでした。

 第一王位継承者である殿下のお相手に、その奴隷医者は相応しい人物なのか。
 まぁ、奴隷の時点で家格的には相応しくないのですけど。
 身分などはあとからどうにでもなるので。それよりも、人となりとか奴らとの接点とか、そういうところを吟味しなければなりません。

 私は殿下のそばを離れる前に、身元のしっかりした護衛を彼につけ。
 さっそく奴隷医者という者の調査にかかった。

 まずは、殿下が指示した奴隷医者の顔の確認だ。
 奴隷で医者など、そう何人もいるはずはないが。人間違いは絶対にあってはなりません。
 殿下がしたように、私も重傷者テントの入り口をめくって、覗く。

 するとはじめに目に付いたのが、黒髪の医者だった。
 容姿の中に黒い色があることが、もう珍しく。自然に目が引き付けられる。
 王宮にある伝承によると、黒は女神の髪色だから、地上にその色を持つ者は存在しない。と言われるほどに、珍しいのだ。
 世間にはあまり伝わっていない話だが、王家に近しい者、私は殿下の従者なので、その伝承を知っていました。
 でも物理的に存在が少ないので。珍しいのは、世間的にも珍しいと思います。

 彼は、それはそれは見事な黒髪で。茶色が濃いのではなく、本当の黒だった。
 そして彼の首に奴隷の印である首輪がはめられているのを見て。
 彼が殿下の御所望の方だと知る。

 先ほど黒騎士の尋問で耳にした、神の手や女神の使者という文言が、私の脳裏に浮かんだ。

 彼の顔立ちは柔和で、やんわりした微笑みが患者の心をも癒すよう。
 あの黒髪も含め、まさに女神の使者のごとき人物なのかもしれませんね。

 でも殿下が所望するには、少し意外なタイプに思えました。
 殿下が伴侶を求めるなら、共に暗殺者と戦う強い意思のありそうな、もしくは事実屈強な人物を選ぶと思っていたのです。
 暗殺者に襲われても守ってやれないという理由で婚約者を定めなかった、優しい殿下ですから。
 でも彼は、なんかすぐにも暗殺者に殺されてしまいそうです。
 女神の使者のごとき、とはいえ。彼は普通の人間でしょうし。

 しかし、癒しをもたらすという点では。殿下の周りにいないタイプ。
 自分にないものに惹かれたり、そういう伴侶を求めることは、よくあることです。
 というか、不遇の殿下には誰よりも癒されてほしいと思います。
 なので、まぁ、アリですかね。

 ですが。医療用テントだったので、万が一女医や女性看護師だったら。お世継ぎもぉ…と期待しましたが。
 彼はしっかり男性です。がっかり。
 いえ、欲張ってはいけません。殿下がその気になったことが、もう尊いので。
 それに戦場で女性は配置されないことになっているので。ないですね、ないない。

 だけど。気になるのは。
 彼が体の前で抱っこしている子供。
 その子のふわりとした髪、その金髪に近い薄茶色の毛色を見て。
 私は目をみはったのだ。

 シャルフィ王子…?

 いや、シャルフィ王子は。髪の毛はストレートだったし。もう少しぽっちゃりしていて健康的なお子様だった。
 けれど、八歳で亡くなったあの王子が。オヤセになっていたら。
 笑顔の似合う愛らしいお顔立ち、白い肌は光るよう。そこに頬の赤みがさして。将来は美人になるのが間違いなしの可愛い御子様だ。
 ひと目で、なんとなく面影を感じてしまって。
 あぁ戦場で、奴隷の身では、きっと食べるものも少なくてあのようにギスギスしているのだろう。もっと食べさせて、ふっくらさせてあげたい。
 シャルフィ王子のようにっ。
 と思ってしまったのだった。

 いけない。本題に戻りましょう。
 私はテントから離れて。彼らの素性の確認をすることにしました。

 けれど。夜食は誰かに差し入れさせましょう。身請けの前に餓死されては困りますっ。

 私は医療班本部のテントに行って、奴隷商の取扱説明書を確認する。そこにある程度経歴などが書いてあるはずだ。
 しかし、実際には名前しか記入されていないのだ。
 ミャー・タイジュとミャー・コエダ。変な名前。偽名ですか?
 みゃーと言ったら、この国では猫の鳴き声なのだが。
 あぁ、でも。彼らは、黒猫が薄茶ハチワレを一生懸命育てているようにも見えますね。納得です。

 そして書類には、いつ、どこからきた何者かということは全く書いていなかったが。
 注意事項が多かった。
 医療行為以外の使用を禁止。親子はふたりセットで取り扱う。性的行為は慰謝料が発生する。
 性目的の奴隷が多い中、このような注意書きがされることは稀で。
 彼らが奴隷の中でも特別待遇であることがわかる。
 そもそも医者の奴隷というのが、私は初耳だった。
 しかし性行為が制限されていたとなると、男娼の経験もなく? つまり、生娘きむすめ? いや、女性じゃないし。子供もいるから、まるっきり初めてではない…しかしながら。男性経験はないのだから。

 これは、殿下の恋の後押しになりますねっ。

「そうか、あのふたりは親子で。名前はタイジュとコエダというのだな」
 殿下に報告すべき事案だ。しかし、もう少し調べたいな。

 私は身請け手続きのために奴隷商を戦場に呼ぶついでに。伝令の者に彼らのことを調べさせた。
 それによると。
 彼らが奴隷になったと思われる、ローディ子爵のところまでは突き止められたが。
 子爵邸はお家取り潰しで。彼自身は市井に身を落としていた。
 元子爵にタイジュとコエダについて聞くが、通りすがりの医者ということしか知らないと言われた。とのこと。
 親子のローディ領への出入記録はなく。
 どこから、なんの目的で、いつここに現れたのか。さっぱりわからないということだった。

 そんなことがあり得るのだろうか?
 スタインベルンは領の入出に関してかなり徹底していて。誰がどこに旅行に行ったとか、町へ行ったとか。領をまたげばわかるよう記録されているのだ。

 で、あの親子は。どこから、なにをしにここに来た?

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