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番外 レギ 私の殿下が恋をしている ①
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◆レギ 私の殿下が恋をしている
私、レギファード・ヂュカリスは。ディオン王子の護衛兼教育係です。
ヂュカリス子爵の三男で。過去には騎士爵を拝命したこともある、武門に名高い家柄の出でございます。
私とディオン王子の出会いは、王子が六歳、私が十一歳の夏の頃。
ですがそのとき、私には決して拭えぬ汚点があったのでした。
それは。私がディオン王子の前に仕えていた、シャルフィ第一王子を。守り切ることができなかったということ。
シャルフィ王子がお生まれになったとき。私は三歳。
まだ幼すぎではありますが、有能な騎士を輩出するヂュカリス家に、第一王子と年齢がほど近い子供がいるということで。
爵位としては低いながらも。王子のお遊び相手として抜擢されました。
いずれは護衛として仕えることも視野に入れていたのでしょう。
六歳のときに、三歳のシャルフィ王子に引き合わされ。その日からは毎日王子とともに過ごしました。
王子は少しくすんだ金髪を短めのおかっぱにして。白いお肌で、ちょっとぽっちゃりした。健康的な王子でした。だけど笑顔がとてもお可愛らしいのです。
まだ木剣を振り回して、兄と遊びのような剣術をし始めた折でしたが。私が騎士になってシャルフィ王子を守るのだと、子供ながらに思ったものです。
けれど、そんな日々は長く続かなかった。
毎日、私は王子とともに過ごしていた。しかし私が十一歳のとき。
急激な腹痛とめまい、吐き気に襲われて。王子のお供をお休みしたことがありました。
三日ほど、寝込んだのです。
その、たった三日。その間に、王子と王妃は暗殺されてしまった。
表向きには、病死という発表でしたが。
つい先日までお元気で、病気の兆候などなかったのです。
倒れたのは、庭でお茶を嗜んでいたときらしいので。おそらく毒殺されたのでしょう。
実際に、そのとき給仕していた何名かが逮捕されたと聞いています。
だけど、私は。本当にショックで。
レギと名を呼びながら私に駆け寄ってくる、あの愛らしいシャルフィ王子に、もう会えないなんて。
主を、お守りできなかったなんて。家臣失格です。
ひと月以上、私は部屋に引きこもって。誰にも会わずにいた。
しかし、王子が子爵邸をたずねてきたと言われたら。
それがどの王子であろうと、部屋を出るしかない。
まともに食事もできなくて、げっそりしているこの顔を誰にも見せたくなかったが。子爵家が、王族の訪問を断ることなどできないのです。
サロンに顔を出すと、青髪の子供が立って窓の外を見ていた。
手を後ろで組み、背筋を伸ばす。そしてこちらを振り向いた。逆光で、表情が見えないが。
彼は第二王子のディオン殿下だった。
「なんだ、ずいぶん痩せたな?」
気さくなような、横柄なような感じで、王子が言う。
「私をご存じで?」
「シャルフィと一緒にいたのを、遠目から見かけた」
私は、このとき。ディオン王子とは初対面だった。
式典などで顔は存じていたものの。シャルフィ王子に付き従っていたとき、王子同士の交流はほとんどなかったのだ。住む区画も遠かったので。
でも、ディオン王子は。私とシャルフィ王子が一緒にいるところを見ていたらしい。
王子が毒殺をされるほどに。王宮は危険に満ちている。
もしかしたらディオン王子がシャルフィ王子を…ということも無きにしも非ず。
まぁ、ほぼほぼ、第三王子の母の仕業だが。
だから警戒して、王位継承権のある者たちと接触をしないようにしていた。
それでも御兄弟のことだから、ディオン王子は気にはなっていたのかもしれませんね。
「話は他でもない。おまえに、私の側仕えとなってもらいたいのだ」
ディオン王子に、直截に言われ。私は頭を下げて許しを貰うと。ソファに腰かける。
引きこもっている間に、体力もだいぶ落ちていた。
「恐れながら、ディオン王子。私はシャルフィ王子を御守りできなかった、役立たずの侍従です。ディオン王子に目をかけてもらえるような者ではありません」
「目をかけたわけではない。おまえが、奴らの息がかかっていないからだ」
ストレートに言われて、目を丸くする。ディオン王子は、私の家柄も能力も目には止めていないらしい。
王子に認められたと思った、その鼻持ちならない己の優越感が、少し恥ずかしい。
「息がかかってないなどと。なぜ、そのように思うのですか? 私がわざと席を外したかもしれないでしょう?」
ふむ、とうなずいて。王子はソファに腰かけた。
シャルフィ王子よりもふたつ年下のディオン王子は。天真爛漫だった第一王子とは違い。聡明な目をした、おとなしい印象で。いや、子供なのに厳しい印象があった。
五歳も上の私が、気圧されるくらいに。
「おまえが実行犯のひとりで、シャルフィを危機にさらしたかもしれないと言いたいのか? そんなに痩せるほどに、気に病んでいるというのに。それだけでも私はおまえの潔白に納得ができるが。しかしそれではおまえが納得しないようだ」
そうして王子は、今回の事件を詳しく教えてくれた。
「おまえが臥せっている間に、王妃とシャルフィ王子の殺害犯は捕まった。王妃に長らく仕えていた侍女が、お茶に毒を盛ったと。彼女は病弱な妹を持ち、治癒魔法師に診せるために金が入用だった。王妃と侍女には古く固い絆があったが。奴らはそういう弱味を突いて、絆も信用も踏みつけるのだ。で、大金を得るにしても、地位を得るにしても、大きなものを得るには実行犯になる必要がある。しかしおまえは休んだ。それが理由その一」
休んだくらいでは、ディオン王子の言う奴らは恩恵を与えない、ということか。と思案する。
「さらに。おまえが臥せったのは、毒を盛られたからだ。つまり奴らはおまえが邪魔だったから排除した。邪魔だということは、おまえは奴らの側ではない。それが理由その二。実行犯の侍女を含め、逮捕された者たちは。聴取の最中、騎士に殺された。だがおまえは殺されていない。黒幕の正体を知らないからだ。それが理由その三だ」
実行犯が殺されたと聞いて、私は憤りに目の前が真っ赤になった。
シャルフィ王子を殺した者が罰せられないなんて、そんなバカなことがあるかっ。
実行犯にも腹が立つが。
黒幕って。真犯人って。誰なのだっ。
「ディオン王子、奴らって、誰なのですか?」
薄々わかってはいても。
誰かの口から、しっかりと。犯人の名を告げてもらいたいのだっ。
「聴取の最中に侍女たちを殺し、自害をした騎士は。ハウリム国出身だ」
それだけで、ハウリム国出身の第三王子の母が首謀者だと想像できる。
しかし、騎士が侍女を殺し、自害したことで。証拠は失われたのだろう。
私は、再び悔しさに打ちひしがれる。
「誰もが。十一歳のおまえも。首謀者が誰か想像できる。なのに証拠がないというだけで、首謀者まで追及の手は伸びない。バカバカしいことだな。私の母は、ニジェールの母に殺される前に宿下がりした。しかし私は。王位継承権第一位になったことで、王宮から離れられない。だが私には後ろ盾もなく。味方もなく。命は風前の灯火だ。だからおまえに手助けしてもらいたいのだ。今言ったように、私にはなにもなく。将来王位に就く気もない。おまえになにもしてやれない。むしろ命の危険に常に付きまとわれるだろう。それでも。今は、奴らの息のかかっていないおまえが欲しい。おまえしか、いないのだ」
今まで気丈に振舞っていたディオン王子が。私をすがる目で見た。
これは、運命だと思った。
もう一度、女神フォスティーヌが機会を与えてくれた。王子をこの手で守り切る、機会を。
私は席を立ち。ディオン王子の傍らで、片膝をついて頭を垂れた。
「あなたを、御守りします。今度こそ」
シャルフィ王子を守れなかった。肝心なときにそばにいられなかった、駄目な護衛。
その汚名をすすぐためにも。全身全霊を持って、ディオン王子を守ろうと誓った。
シャルフィ王子の分までも。
そう思って。今度は自分のいないところで主を害されないよう、住み込みで王子のそばにいることにした。
それはもう、激しい暗殺攻勢で。
よく六歳までご無事で、と思うほどだった。
特に食べ物は、毒の入っていない方が珍しいくらいだ。
私も毒見で何度か死にかけましたよ。
弟王子たちはどうしているのだろうかと、観察してみると。やはり古株の信用のある侍女で固めて、対策しているようだが。
シャルフィ王子はその信用が打ち破られたのだから。そこに胡坐はかけないな、という教訓を得た。
それでも味方は必要で。護衛要員を何名か雇い入れた。
ちらほら裏切り者は出るものの。大事になる前に排除して。
成人するまでディオン王子をなんとか守り切れました。
しかし。女性は、ほとんどアウトで。
王子の世話をする侍女も。屋敷に雇い入れた使用人も。
仲良くなりたいと近寄ってくる同年代の女性も、ほぼ刺客だったものだから。
王子は完全に、女性不信になってしまいました。
身支度中にメイドに刺されそうになった王子は、早いうちから身の回りの支度を己でするようになり。
女性が給仕した、または触った食べ物には手をつけないという徹底ぶりです。
食事、料理に関しましては、私はどうにも苦手で。味付けが壊滅的で、食べられる代物ができません。
不自由をおかけして、申し訳ありません、王子。
そのため、一時期は干し肉だけで済ませるようなこともあったのです。
ですが、剣術訓練で騎士団に出入りするようになり、騎士団の食堂で食事をするようになってからは。なんとか栄養のあるものを食べさせることができました。あ、毒見は欠かせませんが。
育ち盛りの男性が、騎士になるべく体力づくりや運動をするには、バランスの良い食事で肉体を構築することが肝要です。その点はクリアできましたね。
そうは言っても、食堂の料理は王族が食べるような豪勢なものでは全くないのです。
王子なのに、不憫で仕方がありませんが。
食事に関しては、庶民派と言えるでしょう。毒さえなければなんでも食べます。
王子は聡明で。私は教育係という名目ではあったが。全く教えるものがないのだ。
唯一、剣術は。しばらくは私優位でいられることができたが。
命がかかっているので、王子は必死に剣を極めていった。
そして学園に入る十四歳の頃には、もう体格も大きくたくましくなられて。私よりも御強い騎士になってしまいました。
喜ばしいような、悲しいような。
しかし御身を守るのに必要なことです。
国で一番強い者になれるのなら。それがいいです。
しかしディオン殿下は、疑心暗鬼のかたまりのような方になってしまわれて。
そのために、お顔がいささか険しく。見る者を威圧して。
さらに王族としての威厳も醸されて。
一般の方は恐れおののいて近寄ってくることができません。
殿下はとても美男で、整ったお顔立ちなのですよ?
でも綺麗ゆえの近寄れなさもあるというか。
さらには、私は殿下が寝ているところを見たことがない。それくらい、殿下の睡眠時間は短いのですが。
だからか、目の下のクマが、顔をさらに凶悪に…あ、凶悪と言ってしまいました。
け、険しいお顔立ちに磨きがかかると言いますか。そのような感じで。
殿下の周囲にいられるのは、私や古株の護衛兵。そして幼馴染でご学友のアンドリュー様、くらいしかいないのです。
そして殿下は二十三歳というお年頃、結婚適齢期になったわけですが。
困りました。殿下の女性不信と。それ以前に人間関係も希薄なところがありますから。
殿下は、恋をしたことがありません。
えぇ、命を狙われてそれどころではなかった。それは重々承知しておりますが。
王位に興味はないと言っても、王位継承順位第一位なのは変わりなく。
お世継ぎが…いいえ、この際そんなものなくてもいいのです。
王子ゆえに、今まで不憫で不遇なときを過ごしてきた殿下に、ただ人並みに、人並みの恋愛を体験してほしい。
老婆心、というほど年かさではありませんが。
兄のような気持ちで。殿下のことを私は心配しているのです。
どうか、私の殿下が。ほがらかに笑って過ごせるような幸せな家庭を持てますように。
私、レギファード・ヂュカリスは。ディオン王子の護衛兼教育係です。
ヂュカリス子爵の三男で。過去には騎士爵を拝命したこともある、武門に名高い家柄の出でございます。
私とディオン王子の出会いは、王子が六歳、私が十一歳の夏の頃。
ですがそのとき、私には決して拭えぬ汚点があったのでした。
それは。私がディオン王子の前に仕えていた、シャルフィ第一王子を。守り切ることができなかったということ。
シャルフィ王子がお生まれになったとき。私は三歳。
まだ幼すぎではありますが、有能な騎士を輩出するヂュカリス家に、第一王子と年齢がほど近い子供がいるということで。
爵位としては低いながらも。王子のお遊び相手として抜擢されました。
いずれは護衛として仕えることも視野に入れていたのでしょう。
六歳のときに、三歳のシャルフィ王子に引き合わされ。その日からは毎日王子とともに過ごしました。
王子は少しくすんだ金髪を短めのおかっぱにして。白いお肌で、ちょっとぽっちゃりした。健康的な王子でした。だけど笑顔がとてもお可愛らしいのです。
まだ木剣を振り回して、兄と遊びのような剣術をし始めた折でしたが。私が騎士になってシャルフィ王子を守るのだと、子供ながらに思ったものです。
けれど、そんな日々は長く続かなかった。
毎日、私は王子とともに過ごしていた。しかし私が十一歳のとき。
急激な腹痛とめまい、吐き気に襲われて。王子のお供をお休みしたことがありました。
三日ほど、寝込んだのです。
その、たった三日。その間に、王子と王妃は暗殺されてしまった。
表向きには、病死という発表でしたが。
つい先日までお元気で、病気の兆候などなかったのです。
倒れたのは、庭でお茶を嗜んでいたときらしいので。おそらく毒殺されたのでしょう。
実際に、そのとき給仕していた何名かが逮捕されたと聞いています。
だけど、私は。本当にショックで。
レギと名を呼びながら私に駆け寄ってくる、あの愛らしいシャルフィ王子に、もう会えないなんて。
主を、お守りできなかったなんて。家臣失格です。
ひと月以上、私は部屋に引きこもって。誰にも会わずにいた。
しかし、王子が子爵邸をたずねてきたと言われたら。
それがどの王子であろうと、部屋を出るしかない。
まともに食事もできなくて、げっそりしているこの顔を誰にも見せたくなかったが。子爵家が、王族の訪問を断ることなどできないのです。
サロンに顔を出すと、青髪の子供が立って窓の外を見ていた。
手を後ろで組み、背筋を伸ばす。そしてこちらを振り向いた。逆光で、表情が見えないが。
彼は第二王子のディオン殿下だった。
「なんだ、ずいぶん痩せたな?」
気さくなような、横柄なような感じで、王子が言う。
「私をご存じで?」
「シャルフィと一緒にいたのを、遠目から見かけた」
私は、このとき。ディオン王子とは初対面だった。
式典などで顔は存じていたものの。シャルフィ王子に付き従っていたとき、王子同士の交流はほとんどなかったのだ。住む区画も遠かったので。
でも、ディオン王子は。私とシャルフィ王子が一緒にいるところを見ていたらしい。
王子が毒殺をされるほどに。王宮は危険に満ちている。
もしかしたらディオン王子がシャルフィ王子を…ということも無きにしも非ず。
まぁ、ほぼほぼ、第三王子の母の仕業だが。
だから警戒して、王位継承権のある者たちと接触をしないようにしていた。
それでも御兄弟のことだから、ディオン王子は気にはなっていたのかもしれませんね。
「話は他でもない。おまえに、私の側仕えとなってもらいたいのだ」
ディオン王子に、直截に言われ。私は頭を下げて許しを貰うと。ソファに腰かける。
引きこもっている間に、体力もだいぶ落ちていた。
「恐れながら、ディオン王子。私はシャルフィ王子を御守りできなかった、役立たずの侍従です。ディオン王子に目をかけてもらえるような者ではありません」
「目をかけたわけではない。おまえが、奴らの息がかかっていないからだ」
ストレートに言われて、目を丸くする。ディオン王子は、私の家柄も能力も目には止めていないらしい。
王子に認められたと思った、その鼻持ちならない己の優越感が、少し恥ずかしい。
「息がかかってないなどと。なぜ、そのように思うのですか? 私がわざと席を外したかもしれないでしょう?」
ふむ、とうなずいて。王子はソファに腰かけた。
シャルフィ王子よりもふたつ年下のディオン王子は。天真爛漫だった第一王子とは違い。聡明な目をした、おとなしい印象で。いや、子供なのに厳しい印象があった。
五歳も上の私が、気圧されるくらいに。
「おまえが実行犯のひとりで、シャルフィを危機にさらしたかもしれないと言いたいのか? そんなに痩せるほどに、気に病んでいるというのに。それだけでも私はおまえの潔白に納得ができるが。しかしそれではおまえが納得しないようだ」
そうして王子は、今回の事件を詳しく教えてくれた。
「おまえが臥せっている間に、王妃とシャルフィ王子の殺害犯は捕まった。王妃に長らく仕えていた侍女が、お茶に毒を盛ったと。彼女は病弱な妹を持ち、治癒魔法師に診せるために金が入用だった。王妃と侍女には古く固い絆があったが。奴らはそういう弱味を突いて、絆も信用も踏みつけるのだ。で、大金を得るにしても、地位を得るにしても、大きなものを得るには実行犯になる必要がある。しかしおまえは休んだ。それが理由その一」
休んだくらいでは、ディオン王子の言う奴らは恩恵を与えない、ということか。と思案する。
「さらに。おまえが臥せったのは、毒を盛られたからだ。つまり奴らはおまえが邪魔だったから排除した。邪魔だということは、おまえは奴らの側ではない。それが理由その二。実行犯の侍女を含め、逮捕された者たちは。聴取の最中、騎士に殺された。だがおまえは殺されていない。黒幕の正体を知らないからだ。それが理由その三だ」
実行犯が殺されたと聞いて、私は憤りに目の前が真っ赤になった。
シャルフィ王子を殺した者が罰せられないなんて、そんなバカなことがあるかっ。
実行犯にも腹が立つが。
黒幕って。真犯人って。誰なのだっ。
「ディオン王子、奴らって、誰なのですか?」
薄々わかってはいても。
誰かの口から、しっかりと。犯人の名を告げてもらいたいのだっ。
「聴取の最中に侍女たちを殺し、自害をした騎士は。ハウリム国出身だ」
それだけで、ハウリム国出身の第三王子の母が首謀者だと想像できる。
しかし、騎士が侍女を殺し、自害したことで。証拠は失われたのだろう。
私は、再び悔しさに打ちひしがれる。
「誰もが。十一歳のおまえも。首謀者が誰か想像できる。なのに証拠がないというだけで、首謀者まで追及の手は伸びない。バカバカしいことだな。私の母は、ニジェールの母に殺される前に宿下がりした。しかし私は。王位継承権第一位になったことで、王宮から離れられない。だが私には後ろ盾もなく。味方もなく。命は風前の灯火だ。だからおまえに手助けしてもらいたいのだ。今言ったように、私にはなにもなく。将来王位に就く気もない。おまえになにもしてやれない。むしろ命の危険に常に付きまとわれるだろう。それでも。今は、奴らの息のかかっていないおまえが欲しい。おまえしか、いないのだ」
今まで気丈に振舞っていたディオン王子が。私をすがる目で見た。
これは、運命だと思った。
もう一度、女神フォスティーヌが機会を与えてくれた。王子をこの手で守り切る、機会を。
私は席を立ち。ディオン王子の傍らで、片膝をついて頭を垂れた。
「あなたを、御守りします。今度こそ」
シャルフィ王子を守れなかった。肝心なときにそばにいられなかった、駄目な護衛。
その汚名をすすぐためにも。全身全霊を持って、ディオン王子を守ろうと誓った。
シャルフィ王子の分までも。
そう思って。今度は自分のいないところで主を害されないよう、住み込みで王子のそばにいることにした。
それはもう、激しい暗殺攻勢で。
よく六歳までご無事で、と思うほどだった。
特に食べ物は、毒の入っていない方が珍しいくらいだ。
私も毒見で何度か死にかけましたよ。
弟王子たちはどうしているのだろうかと、観察してみると。やはり古株の信用のある侍女で固めて、対策しているようだが。
シャルフィ王子はその信用が打ち破られたのだから。そこに胡坐はかけないな、という教訓を得た。
それでも味方は必要で。護衛要員を何名か雇い入れた。
ちらほら裏切り者は出るものの。大事になる前に排除して。
成人するまでディオン王子をなんとか守り切れました。
しかし。女性は、ほとんどアウトで。
王子の世話をする侍女も。屋敷に雇い入れた使用人も。
仲良くなりたいと近寄ってくる同年代の女性も、ほぼ刺客だったものだから。
王子は完全に、女性不信になってしまいました。
身支度中にメイドに刺されそうになった王子は、早いうちから身の回りの支度を己でするようになり。
女性が給仕した、または触った食べ物には手をつけないという徹底ぶりです。
食事、料理に関しましては、私はどうにも苦手で。味付けが壊滅的で、食べられる代物ができません。
不自由をおかけして、申し訳ありません、王子。
そのため、一時期は干し肉だけで済ませるようなこともあったのです。
ですが、剣術訓練で騎士団に出入りするようになり、騎士団の食堂で食事をするようになってからは。なんとか栄養のあるものを食べさせることができました。あ、毒見は欠かせませんが。
育ち盛りの男性が、騎士になるべく体力づくりや運動をするには、バランスの良い食事で肉体を構築することが肝要です。その点はクリアできましたね。
そうは言っても、食堂の料理は王族が食べるような豪勢なものでは全くないのです。
王子なのに、不憫で仕方がありませんが。
食事に関しては、庶民派と言えるでしょう。毒さえなければなんでも食べます。
王子は聡明で。私は教育係という名目ではあったが。全く教えるものがないのだ。
唯一、剣術は。しばらくは私優位でいられることができたが。
命がかかっているので、王子は必死に剣を極めていった。
そして学園に入る十四歳の頃には、もう体格も大きくたくましくなられて。私よりも御強い騎士になってしまいました。
喜ばしいような、悲しいような。
しかし御身を守るのに必要なことです。
国で一番強い者になれるのなら。それがいいです。
しかしディオン殿下は、疑心暗鬼のかたまりのような方になってしまわれて。
そのために、お顔がいささか険しく。見る者を威圧して。
さらに王族としての威厳も醸されて。
一般の方は恐れおののいて近寄ってくることができません。
殿下はとても美男で、整ったお顔立ちなのですよ?
でも綺麗ゆえの近寄れなさもあるというか。
さらには、私は殿下が寝ているところを見たことがない。それくらい、殿下の睡眠時間は短いのですが。
だからか、目の下のクマが、顔をさらに凶悪に…あ、凶悪と言ってしまいました。
け、険しいお顔立ちに磨きがかかると言いますか。そのような感じで。
殿下の周囲にいられるのは、私や古株の護衛兵。そして幼馴染でご学友のアンドリュー様、くらいしかいないのです。
そして殿下は二十三歳というお年頃、結婚適齢期になったわけですが。
困りました。殿下の女性不信と。それ以前に人間関係も希薄なところがありますから。
殿下は、恋をしたことがありません。
えぇ、命を狙われてそれどころではなかった。それは重々承知しておりますが。
王位に興味はないと言っても、王位継承順位第一位なのは変わりなく。
お世継ぎが…いいえ、この際そんなものなくてもいいのです。
王子ゆえに、今まで不憫で不遇なときを過ごしてきた殿下に、ただ人並みに、人並みの恋愛を体験してほしい。
老婆心、というほど年かさではありませんが。
兄のような気持ちで。殿下のことを私は心配しているのです。
どうか、私の殿下が。ほがらかに笑って過ごせるような幸せな家庭を持てますように。
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