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24 俺に所有されるのは嫌か?

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     ◆俺に所有されるのは嫌か?

 食事のあとは、寝室にて殿下の傷の診察をする。
 小枝のクリーンのおかげで、傷の炎症もおさまり。触診しても痛がらないので、もう普通に過ごしても大丈夫そうだ。
 笑うと傷に響くみたいなことを、殿下は馬車の中で言っていたけど。
 そんなに痛くないはずですよ。
 だけど念のため。お風呂はあと一週間は控えてもらって。
 小枝にクリーンしてもらう。

 でもなぁ。生粋の日本人の俺としては。そろそろ湯船に浸かりたいところだ。
 異世界に来て一ヶ月ほどになるが、俺と小枝はずっとクリーンしてて。
 風呂に入ったのは…子爵邸で何回か借りたのだけど。
 小さなバスタブにお湯を十センチくらい入れて、その中で体を洗うタイプの風呂だから。
 日本式の、肩までお湯に浸かるやつじゃなかったんだよ。
 いっぱい湯を張っても良かったのかもしれないけど。ちょっと遠慮しちゃったんだよね。人様のお宅にお邪魔している意識があってさぁ。
 でも奴隷になっちゃってぇ、こんなに長く風呂を使えない状況になるんだったら。遠慮なんかしないで、ザブンしちゃえばよかったぁ。肩まで浸からないと疲れ取れないもんなぁ。

 なんて、頭の中では大きいことを言っちゃっているが。
 空気を読んじゃう小心者ゆえ。お風呂入りたいって言えないっていうか。

 今も、王子に切り出したら、宿の風呂に入れるかもしれないけど。奴隷の身でそんなの言ったらいけないんじゃないかって。言い出せずにいるのだった。
 あぁ、俺が小枝と一緒に風呂に入れる日は、いつ来るのだろうか。
 もたもたしていたら小枝に羞恥心が芽生えて、お風呂一緒に入ってもらえなくなるぅ。

 ま、それはともかく。
 王子の手当てを終えて。救急キットをしまっていると。
 俺のそばで小枝がモジモジしているのだった。
「コエダ、隣の部屋に行くぞ」
 レギに誘われても。モジモジだ。
「どうした? 小枝。ひとりで寝んね出来ないのか」
「んーーーーっ」
 うん、なのか。ううん、なのか。わからない曖昧な、んーー。
 フフ、昨日は遠くに行ってなんて言っていたけど。やっぱりまだ俺の赤ちゃんだな?

「小枝、パパはこれからお仕事があるけど」
「んんーーーっ」
 そしたら小枝は俺の腕にしがみついて、本格的にゴネ出した。ありゃ。
「百オーベル」
 一言、口にすると。
 小枝は顔を上げ、瞳をお金の形にして輝かせた。
「百オーベルッ、そうだ、百オーーベルッ」
 拳を突き上げた小枝は、百オーベルと叫んで気を奮い立たせて、続きの間へ向かうのだった。ほぅ。

「なんだ、百オーベルというのは」
 扉が閉まって、寝室でふたりきりになると。寝台に座る王子が俺に聞いた。
「俺が、夜こちらにいるようになるので。小枝がひとりで寝られたら百オーベル支給すると、レギ様が」
「そうか。まだひとりで寝る年ではなかったのか? コエダはいくつなのだ?」
 さりげなくだけど、身上調査入ってるかな、と思う。
 ま、年齢なんかは普通に言えますけどね。

「五歳です。もうすぐ六歳になりますけど」
「…俺の弟と年が近いな。ジョシュア第七王子だ。それで…おまえはいくつなのだ?」
「二十八です」
「……十八?」
「いえ、二十八歳」
 救急キットを上着の胸ポケットにしまって。顔を上げると。
 ディオン王子が、ちょっと珍しい表情で目を丸くしていた。
「二十八? バカな。レギと同じ年ではないか? あり得ぬ」
「え? レギ様も二十八歳ですか? タメだったんだぁ」
 思わぬ同級生の出現に、俺はヘラリと笑みを浮かべる。
 レギ様はともすればベテラン医師ほどの貫禄がありますが。意外とお若かったのですねぇ。
 なんて、のほほんと思っていたが。
「っおいおい、その顔で俺より五歳も年上とか。嘘をつくな。俺はまだ、おまえは十代だと思っていたのだ」
 殿下がグワッと犬歯をむき出しにして怒るから。
 ひえっ、すみませんっ。って気になる。

 でもぉ、えぇ? そんなに若く見えますか?
 前の世界では割と標準的な顔立ちで、年齢相応だと思っていたけど。
 でも欧米人から見ると、日本人は幼く見えると聞いたこともあるし。それかな?
 だけどね。
「いえいえ、十代では医者になどなれませんから。俺の国では、二十四歳までは学校で学び、二年の研修期間を経てようやく医者として活動できるのです。一人前になるにはさらに研鑽けんさんを積まないと…」
「二十八…いや、年は関係ないか」
 そのつぶやきを聞いて、もしかしたら逆に。年が若すぎて信用ならん、みたいな?

「医者の技量をご心配ですか? 確かに俺は若輩ですし。不眠症も専門外ではありますが。学びを最大限に発揮して、殿下のお力添えになりたいと思っています」
 だからご安心を、という気持ちでにっこりすると。
 王子は口をへの字にして言う。
 いつもその形だから、怒っているのか普通の顔なのかわからないけど。

「そこは心配していない。おまえにはスリーパーがあるのだ。おまえ以上に心強い者はいないと思っている。ただ、おまえは俺と同じ年には父親になっていたのだな、と。子供を立派に育てていてすごいな、と感心したのだ」
「いいえ、それは。小枝は姉の子を引き取ったので、殿下と同じ年に父親になったわけではないのです」
 さらっと言う。別に隠してはいないし。
 俺らは言えないことも多いけど。
 殿下は俺の主になったのだから。言いにくいことでも言えることは隠さず、本当のことを言った方がいいと思って、告げた。

 そうしたら殿下は、俺が年齢を言ったときと同じくらいの驚きの顔をした。
「コエダと、血がつながっていない?」
「いえ、叔父なので血縁ですけど。パパ歴はまだ二年ほどなのですよ」
「そうか。仲の良い親子だから、驚いたが。おまえが小枝の良き父親なのは変わらない」
「ありがとうございます。殿下にそう言ってもらえて、嬉しいです」

 誰に認められなくても、俺は小枝のパパだと自負しているけど。
 でも、未熟で、駄目駄目で、奴隷になんかなっちゃって。
 親として、ちゃんと小枝を育てられるのかなって不安もあったんだ。
 だけど殿下に認められて。良いパパだって言ってもらえて。
 なんか、すっごく嬉しい。
 なんか、涙ぐんじゃうくらい、嬉しい。

「…破壊力が黒騎士を凌駕するっ」

「は?」
 なんか、よくわからないことを殿下がつぶやいたので。問い返したが。
 殿下はおもむろに布団にもぐり。手で布団を持ち上げるのだった。
 このくだり、二回目。

「一緒に寝ろ。今日はちゃんと、ここで寝ろ」
 マジで、一緒のベッドで寝させるつもりなのですかぁ? えぇ?
「いいんですか? 俺は奴隷でしょう? あるじと同じベッドに寝るのはアリなのですか?」
 奴隷のなんたるかは、いまだによくわからないが。
 んん、あれか。ペット感覚だったら、一緒に寝るのはアリかもな?

「アリだ。それに、夜中に起きておまえを呼びに行ったら、コエダが起きるぞ?」
 小枝のことを考えてくれるのは、ありがたいですけど。
「起きませんよ。小枝も殿下も朝までグッスリコースですよ」
「昨夜は朝の四時に目が覚めて、その間、書類仕事をしていたが?」

 書類見ちゃったら、目が冴えてもう寝られないでしょうがっ。と思いつつ。
 今はまだ、殿下はスリーパーがなければ寝られない体質なのだと思って。うぬぬ。
 俺は席を立つ。
 潔く上着を脱いで、椅子の背もたれにかけ。シャツのボタンもふたつ外す。
 開放感にフィィと吐息をつくと。

 殿下が。鎖骨、色気、流し目っ、とつぶやいた。大丈夫ですか?

「では、失礼します」
 寝台に体を入れ込み、横になる。
 子爵邸以来の、久しぶりに手足が伸ばせる、大きなベッドだぁ。
 戦場のベッドはマットが固くて、シングルサイズに小枝と寝たからギュウギュウだったけど。
 ここは布団が柔らかくて、殿下の体温でほのあたたかくて、気持ちいいいいいい。
 小枝、ごめんよ。パパだけ良い思いしちゃって。
 体がフカッと沈み込むと…なんかすぐにも寝ちゃいそうだよぉ。

 はっ、スリーパーかける前に俺が寝たらダメじゃん。

 目を開けたら、手枕をしている殿下がこっちをジッと、なんか刺さるような視線で凝視していた。
 き、気まずい。
 奴隷のくせに主の前でリラックスしすぎ?

「あの、先ほどは。俺らのこと深く追求しないでくれて、ありがとうございます」
 すっごい近くに殿下の美顔があって。慌てて、なんか言わなきゃと思って。
 追及されたらマズい、馬車の中で自己紹介したときのことを蒸し返しちゃったよ。もう、俺のバカ。
 すると王子は薄く唇を笑みの形にした。

「ワケアリ親子だな。追及はしないが。もしや国宝級の転移魔法でも使えるのか?」
 探るような目で見られ。俺はブルブルと首を振る。
「そんなものないです。実験動物は勘弁です。普通に、遠い、遠いところから来たのですぅ」
 なんとか殿下の興味をなくそうとするが。
 興味津々で、目がギンギンです。
 寝る気、ないですよね?

「どこから来て、どんな生活をしていたのか。気になるなぁ。俺はおまえらのことが知りたい」
「追求しないって言ったのにぃ。もう、取り立てて言うようなことはないですよ。普通に暮らしていたので」
 唇をとがらせて、殿下に文句を言うと。
 殿下は真摯な眼差しをして。つぶやいた。

「普通に遠いところから来て、普通に暮らしていたのか。だが俺は、その普通というのがわからない。だから、知りたいのだ。おまえのこと…」
 殿下は空いている方の手で俺の首筋に…首輪に触れた。

「俺に所有されるのは嫌か?」

 それは、奴隷というのならそれは嫌だけど。
 でも。殿下の目の色が。どこか寂しげで。
 小枝がたまに、おいていかないでって俺にすがりつくときの目に似ている。と思った。

 姉に放置された小枝は、二度と誰にも見捨てられたくない、という気持ちが大きいように感じる。
 そりゃそうだよ、肉親に背を向けられるなんて、悲しすぎる過去だ。そう思ってしまっても仕方がない。
 だから特に、やはりパパである俺からは絶対に離れたくないという気概があるのだ。
 公園でも家の中でも、俺の姿をいつも探していた。
 そして、少し距離が離れると。寂しそうで、心細そうな目をする。

 そんな目の色と。殿下の瞳の色が、同じに見えて。
 だから。奴隷は嫌に決まっているけど。
 殿下のことは、思い切って突き放せなかった。

「…嫌じゃ、ないですけど。奴隷という言葉は、心をむしばみます」
「おまえの意に添わぬことはしないと誓う。だから。頼むから、俺のそばにいてくれ」
 ズルいぃと思った。
 昨日までは、すっごい当たりが強かったし。視線も厳しかったし。
 いっぱいイジメられて。いっぱい働かされるのだと。覚悟しなきゃならなかったのに。

 主なのに、頼むなんて。
 そばにいてくれ、なんて。

 すがるように言われると。小枝と同じく、俺が守ってあげなきゃって気になるよ。
「奴隷なのだから、命令すればいいじゃないですか? 俺が言うことを聞かなかったら、バイアをすればいいじゃないですか?」
 あなたは主なのだから。奴隷にはなんでも言うことを聞かせられるのだ。
 俺は、買われたのだから。
 奴隷って、そういうものなんだろう?
 ちょっとやさぐれた気持ちで言う。俺の命すら、もう俺のものではないのだから。

「確かに俺は、タイジュを買った。そして所有している。でもおまえは、俺にとって奴隷ではない。神の手なのだ。スリーパーは俺にとって生命線だ。だから、おまえを手放せないし。奴隷紋で縛ってしまうが。重労働させたり、死ぬほど働かせたりはしない。バイアも使用しない、つもりだ」
「…戦場では、こき使うと言ったのに?」
 昨日の、王子の暴言の数々を思い出し、ちょっとからかうように言うと。
 王子はほんのり頬を赤くした。
「あれは。言葉を間違えたのだ」
 相変わらずの口はへの字だが。眉間にしわがびっしり入って。
 それは、反省しているという顔ですか?
 つか、言葉を間違えるって、なに?

 てか、壮絶イケメンが可愛いって、何事っ??

「そばに、います」
 俺が口にすると。殿下は目を見開いた。
「俺の望みは…小枝を立派に育てること。子育てを許していただけるのなら。俺はあなたのそばにいると約束します」
「本当か? タイジュ」
「はい。あ、ちっさい望みはいろいろあるのですが。それは叶ったらいいなぁ、くらいのものです」
 一番の、絶対叶えたい望みは、小枝を立派に育てることだけど。
 俺だって人間だもの。欲望は果てしなくあるっていうか?
 一応、基本の衣食住は確保出来たっぽいから。他の望みは些細なものだけどね。

「たとえば、なんだ?」
 そうしたら余裕のある薄い笑みを浮かべ、王子がたずねた。
 なんか、おまえごときの望みはなんでも叶えてやるぞっていう、お殿様みたいな雰囲気?
 あ、この世界では王様? あ、殿下は王子様だ。これが王族クオリティー? 
 包容力のある男って感じで、格好いいですね?
 お言葉に甘えて、俺は一番最初に思いついたっさい望みを。
 殿下の顔を上目でうかがいつつ、そっと口にする。

「お風呂、入りたいなぁ…なんて」
 
 王子は、首輪に触れていた手をフルフルさせた。
 震え? 寒いのですか? 痛いのですか? 大丈夫ですか?

「ふふふ、風呂? 俺と風呂に入るのかっ? 今行くか?」
 なんか、目がギャンとかっぴらいています。
 全然、寝る気ないですよね? パートツー。それに…。
「殿下は当分入浴禁止ですし。風呂には小枝と一緒に入ります。あと、風呂っていっても。浴槽の中にちょびっとなお湯を入れて体を洗うやつじゃなくて。肩までお湯に浸かれて足をビャーって伸ばせる、超リラックスできるような大きなお風呂ですよ?」
 殿下とお風呂なんて言っていないですし。この世界ではたぶん、大きなお風呂は贅沢品なんじゃないかな? 簡単には用意できないでしょ?
 しかし勘違いは加速する。

「三人で入るのか? いいぞ、俺が風呂に入れるようになったらみんなで入ろう」
 ニッコリ、珍しくご機嫌な顔の王子に。
 俺は風呂は小枝とふたりで入りたいのだと訂正できなかった。
 殿下と一緒に入るつもりはなかったのだけど。
 でも、もしも三人で入れるほどの大きなお風呂があるのなら。温泉みたいにくつろいだり、足を伸ばしたり、小枝と遊んだり、できるかもしれないなぁ。
 それなら、悪くないっ。

「いいですね? みんなで入れる大きなお風呂。楽しみです」
「タイジュ…俺の、神の手」
 殿下は囁くように言って、アイスブルーの瞳をやんわり細め。俺の首輪にチュッと音の鳴るキスをした。
 なんか、熱烈?
 そのまま俺に覆いかぶさるようにして、ギュッと抱きついてきたから。
 どうしたらいいのかわからなくなって。

 アワアワしているうちに、スリーパーをかけてしまった。

 すると、またしても深い眠りに落ちた重い体が俺に伸し掛かってきて。
 ぎゃあ、黒騎士が倒れてきたのと同じ感じになってしまう。
 だけど寝台の上だったので、なんとか横にどかすことができて。
 圧死は免れたけれど、俺は眠った王子にがっちりホールドで。
 うぬぬ、逃げられぬぅ。
 仕方がない。今日はここで寝るしかないな。

 観念して、俺は王子の抱き枕と化したのだ。

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