【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶

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番外 ディオン 愛で方がわからない ④

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 俺は医療テントの中でも、重傷者が集められているところに出向いた。
 王族の俺が顔を出せば、ひと騒ぎになってしまうので。人知れず、そっと入り口をめくって中を見る。
 すると、そこには。やはり黒髪の彼がいたのだ。
 腹の前に子供を抱いて、敷布に包んで体に結びつけている。

 まさか戦場に子供がいると思わなくて、俺はギョッとしたが。
 患者にはコエダちゃんコエダちゃんと言われ、大人気のようだ。
 末端の情報は、上にはなかなか上がってこないものだけど。
 俺は最高司令官だぞ。
 まさか、部署が切り離された医療テントとはいえ。子供がいることの報告が、戦場の責任者である俺にないとはな。

 彼には驚かされっぱなしである。

 その彼は、タイジュ先生と呼ばれている。
 タイジュか、あまり聞いたことのない語感だ。
 そんなところも、まるで彼が天から遣わされた、我ら人間とは違う存在のような気にさせられる。

 痛くなくなりました、ありがとうございます。と患者に言われ。
 タイジュは俺に向けたのと同じ顔で笑う。
 あの慈愛の笑みは、俺だけに向けられたものではなかった。
 そう思うと、無性に腹立たしくなり。
 笑みを向けられている患者を、ねたましく、うらやましく思ってしまう。

 あれを、タイジュを、自分のものにしたかった。
 自分ひとりだけのものに。

 もしも、彼が眠りをもたらす魔法を持つのだとしたら。
 それは女神フォスティーヌが俺のために遣わした、俺への使者だ。
 なぜなら、これほどに不眠症で悩む者など、俺以外にいるはずはない。
 それに俺は女神の系譜なのだ。子孫を憐れに思い遣わしてくれたに違いない。
 俺こそが、その能力を切実に欲している。
 さらに、今まで恋も愛も蹴り飛ばしてきた己が、ひと目で恋に落ちるというのも不自然だろう。
 心を揺さぶる、はじめての感覚。これはきっと、女神からのサインに違いない。

 決めた。神の手は俺が手に入れる。

 誰かの手に渡る前に、早急に手を打たなければならない。
 俺はきびすを返すと、レギを呼んで。奴隷を身請けする手配を頼んだのだった。

     ★★★★★

 女神の使者であるタイジュがいるからか、黒騎士をおさえたからか。
 戦況はスタインベルン優勢に大きく傾き。レーテルノンを国境の外へ押し出すことに成功した。

 あとはノベリア領主でも対応できるということで。
 敗戦の償金交渉など、後処理はいろいろとあるものの、そちらは政治外交のスペシャリストに任せることにして。

 俺は療養の名目で、一足先に戦場から離れることにした。
 王都から引き連れてきた兵団や騎士団の権限を、近衛騎士団長であるアンドリューに渡し。彼らは凱旋しながらゆっくり王都への道を帰還することになる。
 一部の兵は念のためノベリアに残していくが。レーテルノンに強襲されて痛手を受けた、ノベリア領主率いる国境警備兵が立て直され、配備されれば。残った兵士たちも順次王都へ引き上げることになるだろう。

 俺は最高司令官として、王都から兵を率いてノベリアに来たのだが。
 腹を突かれたのだ。
 一刻も早く体を休めたいし。タイジュのことも知りたいし。アレの効果も試したい。
 終戦したのだから、一抜けしてもいいだろう?
 というか、手術のあと、また眠れなくなったのだ。
 先に帰るにあたり、できることはしていこうと。いろいろ残務処理をして。
 眠れないから、まぁはかどった。

 いや、俺は眠りたいのだが。環境がどうにも俺を寝させてくれないし。俺も眠れない。うぅ。

 そしていよいよ、タイジュを身請けする日がやってきた。
 ありていに言えば…待ち遠しかったぞ。
 待ち遠しい顔は、見せる気はないがな。

 タイジュとコエダ、そして管理者だったローク。さらに現所有者である奴隷商。
 彼らが一室に集まっている。
 タイジュを手にできると思うと、頬がゆるみそうになるから。
 唇を引き結び。目にも力を入れて。だらしない顔をしないよう、気を引き締めた。
 最初の印象が肝心だからな。

 タイジュとコエダがレギの説明を受けている間。俺は彼らを見やっていた。
 あぁ、タイジュの黒髪は今日もやはり美しい。
 戦場では風呂などは入れないだろうと思うのだが。彼らはひとつの汚れもなく、髪もサラサラのピカピカだ。
 神の御使いなら、天使? 天使マジックなのか?

 事前調べによると、どうやらタイジュとコエダは親子のようだ。
 あまり似ていない親子だな。
 戦場で子供を野放しに出来ないから、ずっと抱えて仕事をしていたらしい。その姿は名物になっていたようだ。
 そう、レギから報告を受けている。

 身請けするにあたって、レギに身辺調査もさせたのだが。出自も過去の経歴も一切出てこなかった。
 普通なら、それではうさん臭くて。王族の俺が身請けをするのに相応しくない…となるところだが。
 彼の場合は。やはり、彼は本当に神の使者なのかもしれないな、と感じる。不思議だな?

 それはともかく。レギの説明が終わったので、本題を切り出した。

「話は他でもない。この黒髪の奴隷を身請けする」
 ん? なんか、冷たい響きになってしまったが。
 名を聞く前に、俺がタイジュとコエダの名を知っていたら。調査されたとわかって、気を悪くするかもしれないだろ? 王族に目をつけられたと、怖がらせたくもなかった。
 だから、黒髪の奴隷と言うしかなかったのだ。

 タイジュは俺の言葉に、最初はポヤンとした顔をしていたが。身請けの言葉が脳に届いたら、目をじわじわ見開いた。
 わかりやすいな、神の使徒よ。

 俺はとにかく、早く身請けしたかったから。手続きを急がせたかったのだが。
 奴隷商はのらくらしてはぐらかし、なかなか手続きしない。
 タイジュの魔法のことは、奴隷商は知らないとアンドリューは言っていたが。
 にもかかわらず、オレンジ色の髪をした若い奴隷商は。タイジュを手放したくなさそうにしていた。
 ニコイチだとか、コレが欲しいのかとか、余計なことばかり聞きやがって。

「…ふたり一緒でいい」
 元より、親子を引き離すつもりなどなかった。コエダは見た感じ、まだ幼いし。
 俺は六歳の頃に、母が王宮から去り、ひとりになったが。
 だからこそ、いたいけな子供から親を引き離すような無体な真似はしたくなかった。
 それに、神の手が悲しむようなことをしたら。タイジュが女神に取り上げられてしまうかもしれないっ!
 なのでこの親子は手厚く遇するつもりだった。

 俺の手の内から消えてなくならないように。

 するとタイジュが口を開いた。
「あの、身請けに同意したら、コエダを奴隷から解放してくれませんか?」
 なんだ、そのようなことか。
 タイジュの望みはなんでも聞いてやる。おまえが俺の神の手になってくれるのなら、なんだって…。
「おまえが俺のモノになるのなら。子供の首輪を取り、さらに未来永劫、誰の所有にもならない隷属拒絶の魔法もかけてやる」
 そんなことはお安い御用だ。
 俺は光魔法も持ち合わせている。隷属は闇魔法なので、跳ねのけることができるのだ。
 どうだ、すごいだろう。という気持ちで彼を見やったら。

 タイジュの黒い真珠のような瞳がウルリと潤んだ。
 ううぅっ、やべっ、可愛い。

「それは願ってもないことです。ありがとうございます、ディオン王子」
 慈愛の柔らかい微笑みも、胸に刺さったが。
 彼自身が太陽のように輝く、満面の笑みは。
 黒騎士の大剣を受けたときほどの衝撃があった。
 吐血して、死ぬかと思った。
 嘘だろ? マジか? 恋ってこんなに、心がガッサガッサ揺さぶられるものなのか?
 他人の笑顔を見て、こんな気持ちになるなんて。
 しかしこの気持ちは、確かに俺が受けて感じたものなのだ。
 身請け料が三千とか言われたが、タイジュの笑顔に放心してしまい、脳に浸透していなかった。

 奴隷商はタイジュを口説いて、身請けを成立させないよう必死だが。
 タイジュは俺を選んでくれたようだ。
 そうだろう。同じ条件なら、そのうさん臭い男より、身元だけはしっかりしている俺の方がいいに決まっている。

 結局、身請け料は千二百になったようだ。
 いくらでも出すつもりではあったが。なんでかタイジュが値段交渉までしてくれた模様。

 奴隷商はコエダの首輪を取り。
 俺はコエダの頭に手を置いて。隷属拒否の魔法をかける。
 すると、光魔法がコエダの体にすーっと浸透して。
 どうやらコエダは光魔法と相性が良さそうだと感じた。いずれ学ぶといいかもな?

 コエダが奴隷から解放されると、タイジュは泣いて喜んだ。
 だが。その気持ちは俺には理解できない。
 なぜなら、タイジュはまだ奴隷のままなのだ。

 俺の両親は、ふたりとも俺の命など守ってくれなかった。
 親とは、そういうものだ。
 子供より自分が大事。その方が、俺には理解できる。
 しかしタイジュは神の子かもしれないから。我らごときとは精神性が違うのかもしれないな?
 だけど。

 子を想って涙する、タイジュの雫はとても美しく。見惚れてしまうのだった。

 そんな彼らを眺めていると。奴隷商がそばに来て、俺に囁く。
「タイジュは医者奴隷として申請しているので、男娼の教育はいたしておりません。どうぞ、そちらの使用はお控えください」
 だから、タイジュの身請けはやめたらぁ? 慣れていない男娼は面倒くさいよぉ? とでも言いたげにこちらを見ているので。
 俺はただ、うなずいた。
 余計なお世話である。
 それに、たかがそんなことでタイジュの身請けをなしにするわけもない。
 そんな軽い気持ちで身請けを言い出したりしない。
 というか。俺はガツンとタイジュに惚れてはいるのだが。

 そちらの方は考えていなかった。

 いわゆるタイジュと体の関係を持つ、ということだ。
 しかしこの国では、奴隷を身請けすること自体が、そういう性的な意味合いが強い。
 もちろん奴隷は、家の使用人にするとか力仕事をさせるとか、普通に仕事に従事させる場合もあるが。
 身請けするということは、それなりの思い入れがないと出来ないことだし。
 高い買い物でもあるし。
 生涯の伴侶にしたいのだ、というくらいの気持ちがないと。身請けという話にはならないものなのだ。

 俺は…まず彼を手に入れて。それから安らかな眠りにつけたらいいと考えていて。
 その先のことをイメージしていなかった。
 とにかく、誰かに奪われる前に、という意識が強かったのだ。

 しかし、そちらもアリか、と気づいた。

 奴隷の身請けを受け入れるということは。タイジュもその覚悟があるだろうし。
 今は、少し恐れ多くて。彼に触れるなどは考えられないが。
 でもすぐではなく。ゆっくり人となりを知って。自然にそういう流れに持ち込めたらいいな。
 うむ。それがいい。

「おまえの望みは叶えた。次はおまえの番だ」
 奴隷から解放されたコエダと抱き合って喜んでいたタイジュは。俺の声に顔を上げる。

「はい。よろしくお願いします」
 泣き濡れた顔に、笑みを浮かべるタイジュ。

 これから、新たな奴隷契約を結ぶことになるというのに。
 俺に自由を売り渡すことになるのに、笑顔で。

 少し後ろめたい気分になる。だが俺は。彼を真の意味で手に入れたいのだ。

 奴隷商がようやくタイジュの首輪を外し。
 俺が施した、独特の奴隷紋を刻んである首輪を、彼にはめる。
 無粋な皮の首輪などではない。黒曜石を加工して急遽作らせた、宝石の首輪だ。
 艶やかな黒いきらめきが、彼の黒髪によく似合う。

 宝石を贈るのは、なにやら結婚の儀のようで。
 彼に首輪をはめるときは、ひとり勝手にドキドキしてしまった。
 しかしタイジュは所有に同意したのだから、同じようなものだ。

「これで、おまえは一生俺のモノだ。神の手は、俺が所有する」
「はい。ディオン王子のために、頑張ります」
 しっかり俺の持ち物になったのに。それがどういうことかわかっていないようなニッコリ笑顔。
 可愛い…。
 いや、俺にこのように気さくに話してくる者もはじめてだから、調子が狂う。

 しかし、とにかくこれで。毎晩の眠りは保障された。それだけも、安い買い物だ。

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