上 下
22 / 174

19 誰もわからなくていい

しおりを挟む
     ◆誰もわからなくていい

 俺は王子の従者として働くことになり、王宮で小枝とともに暮らすことも許された。
 そのことを、小枝と抱き合って喜んでいたが。
 王子は不穏ふおんな目で睨み、冷たい言葉を発するのだった。

「茶番は終わりか? コエダ、この男はおまえが奴隷解放されて嬉しいなどとほざいているが。そんな綺麗ごとに騙されるなよ? 親と言えど、子にそれほどの情などあるわけがないのだ。今回はタイジュの身請けに対する条件だったが。もしもどちらかひとりを解除するという話だったとしたら。タイジュは子を差し出して、自分の身を守るに決まっているのだ」
「パパはそんな人じゃないもん」
 すかさず小枝が怒って声をあげるが。
 ディオン王子は俺のあるじになったのだ。彼を怒らせるのは得策じゃないから。
 怒る小枝を抱き締めて、なだめる。

「俺の気持ちは、誰もわからなくていい…」
 この小さな命を守らなければ、その一心で、今までがむしゃらにやってきた。
 けれどその気持ちは誰にも、それこそ小枝にも、わからなくていいことだ。

 実際、王子が言うような親がいるのも事実。
 姉が自分のキャリアアップのために小枝を捨ててアメリカへ旅立った、その顛末をこの目で見てきた。
 すぐそばに、実例があったのだから。
 だから王子の言葉に反論はできない。

 ただ、俺はそういう親ではないというだけのこと。
 どちらかひとりを奴隷解除と言われたら、迷うことなく小枝を解除してもらうし。
 己の命より大事な我が子と、俺はためらいなく言えるから。

「親ならみんな、子を優先するなんて。それが綺麗ごとだという、王子の発言は理解できます。ただ俺は、小枝が元気なのが嬉しい。ただそれだけなのです」
 笑みを見せてそう言うと、ディオン王子はフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 一瞬心配そうな顔で、レギが王子をみつめ。しかしすぐに澄ました顔になって、姿勢を正す。
 それからは、馬車の中は無言のまま。
 小枝も俺の腕にしがみついて寝てしまったし。窓の外の景色がただ流れていくのを見ていた。

 ディオン王子は、王族で。
 王族という者の暮らしがどのようなものか、俺にははかり知れないが。王子の親への期待度が低いことは、なんとなくわかった。
 戦場よりは、どの場所もマシだと思っていたが。
 俺のその考えは甘いのかもしれない。
 王宮が、屈強なディオン王子ですら気の休まらない場所であるなら。
 もしかしたら王宮には危険が渦巻いているのかも?
 だったら新天地でも気を引き締めて、小枝のことを守らなきゃならないな。

 異世界に来て、およそ一ヶ月ほどが経つが。その間に目まぐるしく環境が変化した。
 子爵邸のきらびやかな生活から、奴隷に堕とされ、戦場で走り回って、医者として治療しまくる毎日。
 優しい兵士の方とも出会ったが。王子の治療を機に、身請けされ。
 あぁ、アンドリューさんも身請けしたいと申し出てくれたのに。
 彼に挨拶もできないうちに、この馬車に乗ってしまった。
 不義理をしてしまい、申し訳ありません、アンドリューさん。

 しかしながら一ヶ月の内に本当にいろいろあって。俺自身、ついていけない。
 だったら小さな小枝は、もっと戸惑っていることだろう。
 もしも時間があるのなら、小枝とゆっくり、いっぱいいっぱい遊んであげたいな。

「おい」
 流れる景色を見ていたら、短く声をかけられ。俺は王子に目をやる。
 王子の瞳はアイスブルーだが、冷たいよりも熱く感じる眼差しでこちらを見ていた。
 顔色は青白く、目の下のクマも相変わらず濃いので、上目遣いで睨まれているように感じる。
 そして王子はおもむろに、気だるげに手を差し出した。

「傷が痛んで眠れない」
 先ほど鎮痛のスリーパーをしたのに、痛むのは悪化しているのかと思って。
「診察をいたしましょうか?」
 と聞いたが。

「眠りたいだけだ。早くしろ」
 差し出した手の指先をチョイと振って、握るように催促する。
 今まで戦場で、寝るのも惜しんで、傷の養生もできないままに働いてきたのだろう。
 馬車の規則的な揺れに身を任せていれば、普通ならすぐに眠れるのに。
 気が高ぶっているのかもしれないな。

 そう思い、俺は差し出された王子の指先を握る。
 微熱があるのに、末梢は冷たくて。やはりリラックス状態ではないみたいだと思う。
 スリーパーをかけると、王子はやはり魔法が掛かりにくい感じだったが。
 五秒ほどで頭を壁に寄りかからせて、寝た。

「ね…」
 レギは、少し驚いた顔で俺を見たが。
 王子の眠りをさまたげないようにか。口を閉じた。
 もしかしたら、俺と小枝が魔法を使えることを知らなかったのかもしれないな。
 ただの、奴隷だと思われていたのかも。
 ま、ただの奴隷なのは合っているか。

 王族というのなら、白魚のような指、というか。白くて細くて長い、優美なものを想像していたが。
 王子の手は武骨で、俺の手なんかよりも大きくて、指も太くて頑丈。ところどころ皮膚の固い場所があって、剣術を極めている騎士の手だった。
 俺は腰を浮かせて、王子の手をそっとももの辺りに戻す。
 すると俺に寄りかかって寝ていた小枝が、動いたからか、うーんと文句を言った。
 ごめんごめん。
 椅子に腰かけ直し、俺は小枝の頭を膝に乗せて。横になるようにして寝かせる。
 すぐに小枝はスヤリだった。ヨシヨシ。

 そして、俺は小枝の柔らかい癖毛を撫でながら。再び王子のことを考える。
 なんとなく、俺のイメージする王子様というのは。
 白馬に乗って、サラサラの金髪をなびかせて、優美に笑う。紅茶を優雅にたしなみ、窓辺で微笑んでいるような。そんな感じなのだが。
 ディオン王子は、ギラリとした目で敵を威圧しながら戦場に立つ、荒武者あらむしゃというか。手負いの獅子のようで。
 優雅な王子の印象とはかけ離れている。

 そういえば、ディオン王子とはじめて会ったとき。
 彼は満身創痍まんしんそういで、傷をかかえてひとりでうなりをあげていたっけ。
 獅子というか、手負いの一匹狼ロンリーウルフの方が似合うかもな?

 診察の折に確認したのだが、腹部や肩の新しい傷以外にも。古い傷跡が体中にあちこちついていた。
 一部の隙も無く鍛え上げられた筋肉は、それこそが身を守る鎧のよう。
 疲労の見える顔つきや、親に対して期待していないような言動とかを総合して見れば。

 彼は王宮でひとり、身を脅かされるような苦労してきたのじゃないかな? と察せられる。

 一国の王子様といったら、何不自由なく、面白おかしく暮らせるのだと思っていたけど。
 ディオン王子に関しては、そのようなのほほんさは見受けられないな。
 まぁ、憶測だけど。
 いずれ彼と、そういう踏み込んだ話ができるようになればいいのだけど。そこに至るまでには、時間がかかりそうだな?
 だって警戒心の強いロンリーウルフだもんね。
 第一印象だから。必ずそうとは限らないけど。
 なんにしても、彼のそばで仕事をしていくうちに、王子が俺らに早く打ち解けてくれたらいいなと思う。
 きつい言葉に、ひえぇと思うときもあるけど。
 今は警戒しているだけで、なんとなく、芯から怖い人ではないような気がするんだ。
 さっき手を差し出したとき、厳しさの中に心もとない瞳の色が、見えていたから。

 うん。きっと。まだ俺らに慣れていないだけだよ。

 とにかく、それからは。今日の宿に馬車が止まるまで、車内は無言が続いた。
 戦場のあったノベリア領から王都までは、馬車で七日の道程らしい。
 子爵邸から戦場までは三日だった。

 ってことは、子爵邸があった場所は王都ではなかったんだな? ふーん。

しおりを挟む
感想 307

あなたにおすすめの小説

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

処理中です...