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18 茶番は終わりか?

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     ◆茶番は終わりか?

 戦争の終結がほぼ確定したところで、王都にある城へ一足先に帰ると。ディオン王子は言いました。
 確かに、開腹手術を一週間ほど前にしたわけなので。早めに休養を取るのは良いことです。
 手術こんが少し腫れて、微熱もあるようなので。しっかり養生してもらいたいですね。

 主治医というわけではないかもしれませんが。俺と小枝も、ディオン王子の馬車に同乗することになった。
 他にもうひとり。赤褐色せきかっしょくの髪の騎士も乗っている。
 ユカレフにカバンを渡していた…たぶん中身は、俺の身請け料金だと思うが…その人と同じ人。
 王子は、今は鎧を身につけていないが。刺繍や金モールで飾られた青い地の軍服を身につけていて、腰に剣をたずさえている。
 騎士も、軍服に飾りはないが、同じような様相だった。
 騎士は王子の横に座っているので、護衛? 従者かな?

 小枝は俺の腕にずっとしがみついて、心細そうに寄り添っている。
 戦場での生活に慣れてきていたところだから、環境が変わることに不安があるのかな?
 でもパパは、戦場に小枝がいるよりも。どこでも、違う場所にいる方が安全だと思うから、その方がいい。
 これからのこと、小枝との生活とか、王子に聞いておかないとな?

「あの、ディオン王子にお聞きしたいのですが」
 すると、俺より先に小枝が切り出した。
 あぁ、不甲斐ない、気の利かないパパでごめんよぉ。

 しかし、小枝の質問には王子ではなく騎士が答えた。
「コエダ、おまえは奴隷から解放されたが、奴隷の父を持つ庶民にすぎない。ゆえに、殿下への直接の質問は許されない。なにか聞きたいのなら、まず私。レギファード・ヂュカリスに話を通せ。そしてディオン王子のことは、これからは殿下と敬称でお呼びしろ」
 小枝は背筋を伸ばし、椅子の上で居住まいを正して彼に聞いた。
「わかりました、レギファード、さん?」
「承知しました、レギ様。だ」
 切れ長の涼やかな目でレギに見下ろされ。小枝はハワワとなるのだった。

「すみません、小枝はまだ五歳で。敬語のようなものは教えていないので…」
 俺がフォローすると。小枝は小さく首を振った。
「いいえ、できます。パパ、大丈夫ですっ」
 そして小枝は、垂れ目をキリリとさせる。あの大人小枝に変身した。
 いや、姿は変わっていないが。

「レギ様、質問をさせていただきます。パパのために、ぼくも働きたいのです。お金が出来たら、パパは解放されるのでしょう? だから、ぼくにもできるお仕事を紹介していただけませんか?」
 俺のために小枝を働かせる気はなかった。
 でも小枝の、その優しい気持ちが嬉しい。

「ありがとう、小枝。でも、小枝はまだ幼い。大きくなってから働けばいいんだよ。それに身請け料は千二百万にあがってしまったし…」
 見知らぬ土地で、そのような大金を工面するのは難しい。
 特に、子供の小枝に払えるような額ではなく。

「父親が奴隷であることで、小枝は苦労するかもしれないが。俺は王子…殿下に精一杯従事するつもりだから。小枝は元気に明るく暮らすことだけを考えなさい」
「ううん、パパ。ぼくが一生懸命お金を稼いで、今度はぼくがパパを身請けするの」

「身請けはできない。タイジュは一生私のモノになったのだ」
 一生懸命小枝が俺に話しかけているところに、冷水のような、目の覚める言葉がかけられた。
 ディオン王子の声だった。

「えぇ?」
 おののくような震えた声を小枝が発した。
「私が所有したのだ。どんな大金を払われようと、私はタイジュを解放しない。所有奴隷とは、そういうものだ」

「そんなぁ、パパぁ?」
 聞いてないよぉ、とばかりに。小枝は俺の顔を見やる。
 うん。俺も聞いてなかったけど。薄々、そんな気はしていたよね。

「どうしてですか? 王子…で、殿下ぁ?」
 レギに話を通せと言われたのに、王子にたずねたから。レギは口を出そうとしたが。
 王子はそれを制して。告げる。

「おまえは、気に入ったおもちゃを、それ以上の値を出すから譲ってくれと言われたら、あげるか? 商人の奴隷は、働き手という側面が強いが。個人所有の奴隷は、主の持ち物だ。私が首を縦に振らなければ、何億積まれても、おまえの身請けは成立しない。だからだ」
 簡潔で、子供にもわかりやすい説明だった。
 たぶん、小枝は理解しただろう。小枝は頭の良い子だからな。
 しかしながら、俺が底辺脱出するのは、かなり厳しくなったか…うーむ。

「殿下、小枝は俺のそばで育ててもいいですか?」
 恐る恐る聞く。条件の中に、入れていなかったから。
 でも王子はうなずいてくれた。
「構わぬ。おまえが俺の望みを果たせるならな」
 王子もレギも、視線が鋭くて、ちょっと怖い印象だけど。
 親子を引き離すような人たちじゃなさそうで。ちょっとホッとした。
 まだ、どうなるのかはわからないけど。

「これからのことは、私が説明する。タイジュ、おまえは対外的には奴隷ではなく、従者として、私とともに殿下にお仕えする身になる。殿下の望みはすべて聞き入れろ。いいな?」
 レギに、感情の見えない目でみつめられ。
 あまり良い感情を持たれていないなと感じつつ。はいと返事をする。

「コエダは、王宮についたら子供でもできる仕事を斡旋してやろう。教育していない割には、丁寧な言葉遣いな子供だ。なにかしら役目はあるだろう。タイジュは王宮の侍従待遇になるので、彼と同じ部屋で使用人としての暮らしをすればいい」
「侍従待遇? それは、三食出て、王宮で寝泊まりしていいということですか?」
 思わぬ好待遇だったので、つい食い気味に聞き返してしまった。

「第二王子の侍従が、痩せこけて粗末な服を着ていたら体裁が悪いだろうが。おまえ、自分は奴隷だとか触れ回るんじゃねぇぞ? その首輪は奴隷だとひと目でわからないようにしてあるんだからな」
 そうしたら、険しく視線をとがらせた王子が返答した。
 つか、口が悪くてヤンキーみたい。本当に王子なんでしょうか?

「それは、奴隷になってひと月も経っていないので、奴隷の自覚は俺らにはあまりないのです。だから大丈夫です」
 王子にはそう告げて。俺は横の小枝を抱き締めた。

「あぁ、良かったなぁ、小枝。成長期の子供を飢えさせたくなかったけど。これからはバランスの良い食事を食べさせてやれそうだ。戦場にいるよりも、しっかり食べて寝ることができる環境が与えられるのは、ありがたいことだよ。それになにより、小枝が元気で、奴隷から解放されたことがパパは嬉しい」
 パパっ、と叫ぶ小枝と、ヒシッと抱き合うと。
 王子とレギは三白眼で俺らを見やり。

「茶番は終わりか?」
 と、ディオン王子がつぶやいた。

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