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17 次はおまえの番だ

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     ◆次はおまえの番だ

 小枝が奴隷から解放されて。俺は歓喜の渦に揉まれていた。
 ようやく底辺からひとつ上がれただけだけど。それでもこの一歩は、大きな一歩だ。
 だってそうだろう? 一生かかっても稼げないような値が俺たちにはついていたのだ。
 ここから這い上がるのが、一番大変なことだと思っていたからな。

 だけどっ。小枝はそこから逃れて。
 しかもっ。小枝はもう一生、奴隷に堕ちることはなくなったんだよ?

 これも大きなことだ。
 小枝は可愛いから、解放されても、誰かに目をつけられて、また奴隷に堕とされるなんてことがあったかもしれないだろう?
 でもそれはもう、心配しなくていってことだもんな。
 この異世界で、奴隷がどういうものなのか。まだ、イマイチわかっていないけど。
 朝から晩まで働いて、というところ。以前とあまり変わっていないからな。

 でも奴隷という言葉が、もう、なんかえるじゃないか。
 食べ物も選ぶ自由がない。そう、奴隷には自由がないということ。
 職業選択の自由も、なにを食べて、いつなにをするのか、そういうのを己で決める自由。
 それがないのが、奴隷なんだな?

 このような目に合うのは、もうごめんだ。
 小枝だけでも、その危機がなくなったのなら。それは良いことだ。

「おまえの願いは叶えた。今度はおまえの番だ」
 王子は抑揚のない声で言い。うながす。
 親子で感動の抱擁をしていたけれど。俺の一番の望みを叶えてくれたのだから。
 俺は王子のためならなんでもする。
 そんな気持ちで彼に、涙でぐちょぐちょながら笑顔を向けた。

「はい。よろしくお願いします」
 ユカレフは鍵を俺の首輪に当てて、なにか呪文をつぶやくと。首輪を外した。

 なんとなくだけど、奴隷紋というのは首輪についているみたい。
 魔法じゃなくて、魔法を帯びた道具? みたいな感じなのかな?
 そうじゃないと、魔法を持っていないローク先生や庶民の管理者は扱えないもんね?

 そして今度はディオン王子が、俺に首輪をはめた。
 ユカレフが俺につけたのは、革製の赤い首輪だったが。
 王子がはめたのは、光沢のある黒い首輪で。カギの部分が金色だった。
 ひんやりとしているので、石? 指先で触れると、大理石とかそういう、つるりとした材質の感じだった。
 もしかしたらぱっと見、首輪に見えないかも。アクセサリーみたいな?
 今までは、首輪を見てすぐに奴隷だと気づかれたけど。
 彼は王子だから、奴隷を所有していると気づかれたくないのかもな。

「これで、おまえは一生俺のモノだ。神の手は、俺が所有する」
「はい。ディオン王子のために、頑張ります」
 なにをさせられるのかはわからないけれど。なんでも、する気だった。
 神の手というのだから。もしかしたら戦地へ行かされるのかもしれないけど。
 そういえば、王子は治癒魔法師を帯同させられなかったということだったし。
 自分所有の医者が欲しかったのかもしれないな?
 それなら、どんと任せてください、王子。俺と小枝がいれば、医者のスキルは存分に発揮できますからぁ。
 …という気持ちで、にっこり笑う。

「あぁあ、おまえは面白いやつだったから、手放すのは惜しいが。殿下のご要望とあらば、これ以上は手が出せないな。もしもこのおっさんを売り払いたくなった暁には、ユカレフ商会にご連絡を。千五百で引き取らせていただきます」
 俺はユカレフの言葉にひえっ、となる。
 なんで、どんどん値段が上がるのぉ?
 つか、小枝抜きでこの値段って、なんなの?

「その機会はない」
 王子の言葉に、俺はホッとする。
 まぁ、彼の人となりがわからないから、全面的に安堵はできないけど。

「ホント、残念。気に入った時点で俺の所有にしておけばよかった。失敗したな」
 片頬を引き上げる苦笑をして。ユカレフはカバンを手にし、部屋を出て行った。

「ローク医師、見ての通り彼らは俺の所有になったので。あなたは医療テントに戻り、通常業務を果たしてもらいたい。尚、この件は他言無用だ」
「承知しました、殿下。…良かったな、タイジュ、コエダ」
 そう言って、ローク先生も部屋を出て行った。

 ローク先生は信心深いというか、女神フォスティーヌのいとし子を奴隷扱いすることに恐縮していたみたいだから。ちょっと肩の荷が下りたような顔つきをしていたよ。

 そしてローク先生とともに、王子のそばにいた騎士も廊下に出て行って。
 部屋には俺たちだけになる。
 するとディオン王子は大きなため息をついて、椅子にドカリと腰かけた。
 鋭い視線で俺らを見やる。
「おい、おまえら。名前っ」

 うわぁぁ、覚悟してたけど、すっごい横柄。

「はい、ディオン王子。俺は御厨大樹、息子は御厨小枝です。大樹、小枝とお呼びください」
「ふーん、ミクリャーが姓か。変な名だな。どこの国から来たんだ?」
 王子の態度の悪さに顔を引きつらせながら自己紹介すると、どこから、と聞かれ。
 どこから? そんなのわからないよ。
 この国の周りに、なんて名の国があるのかとか、レーテルノン? くらいしか知らないし。隣国じゃたぶんダメでしょ? 敵国だし?
 異世界から来たも、駄目でしょ?
 もうっ…誤魔化そう。

「それよりディオン王子、お顔の色が冴えませんが。もしや具合が悪いのでは? 診察させていただけませんか?」
 誤魔化すとはいえ、気になってはいたことだ。
 目の下のクマは、最高司令官として寝ないで兵団を指揮していたからかもしれないけど。
 なんか顔に血色がないし、椅子に座るときも気だるそうだったからな。

「…少し痛いだけだ。今、馬車を用意している。準備出来次第出発するから、時間はない」
「痛い? それは良くない。少しだけ診させてください」
 そうして俺は席を立ち、椅子に座る王子の軍服を、手早く、腹の部分だけ脱がせる。
 左側の腹部に手術の傷があるが。抜糸されているところが赤く腫れている。糸を無理に引っ張ったかな?
 この世界の糸は品質が良くないから、丁寧に、清潔な器具で取らないとダメなのに。
 やっぱ、出世欲ばかり、口ばかりの医者は、使えないなっ。
 触診もしたが、中の痛みはなさそう。良くないのは表面の傷口だけかな。
 でもちょっと、発熱もあるか。リンパを診つつ首に触れると、少し熱い。

「お通じやおならは出ていますか?」
「はぁぁっ!? 王族になに聞いてんだっ」
 王子は質問内容にギョッとした顔をした。
 こちらこそ、ギョッとする。俺は医者ですから恥ずかしがらないでください。

「いえ、診察ですから。王子は腸管を損傷したのです。その部分がしっかり機能しているか確認しているのですよ?」
「…しっかり機能している」
 少し顔を赤らめて、王子は言った。
 あ、少し顔色が良くなった。しかしシモの話で顔を赤らめるなんて、上品なのですね?

「大変結構です。しかし、傷口が化膿しかけていますので。消毒してガーゼを当てます。小枝…」
「はいぃ、パパっ」
 小枝はさっきまでぐずぐず泣いていたが。今はしゃっきりして、俺の手伝いをしてくれる。
 胸元にある救急キットから消毒の綿花を出して処置して…。
 実は。子爵をはじめて診たとき、キットにアルコール綿の補充を忘れていて、困ったから。医療用テントに従事しているときに救急キットの消耗品は潤沢にさせていただきました。こういう細かい準備が、のちのち役立つってものだよね。

 いつ、なにが起きるかわからない。
 思いがけず異世界行っちゃうこともあるからね。
 今も唐突に、こういう展開になったしね。

 それはともかく。
 消毒のあと小枝にクリーンをかけてもらい。ガーゼを当てる。テープはないから、包帯で巻いて。
 そのあとで鎮痛消炎のスリーパーをかけた。痛くなくなるだけのやつ。

「く…ハハハハッ」
 そうしたら、王子が高らかに笑い出した。何事?

「そうだよ、それだよ、その力が欲しかったっ。やはりおまえは、ただの医者じゃなく女神のいとし子だったのだな? 奴隷商はそのことも知らず、千二百などというはした金でおまえを手放した。痛快な話じゃないか?」
 部屋に響き渡る爆音か、ミュージカルスターかのようなけたたましい音量で笑った王子は、青髪を手で後ろに撫でつけると、ニヤリとした悪い笑顔で俺らを見据える。

 イケメンだけど、目の下のクマとギラリとした刺す視線。
 その顔、その迫力、凶悪です。悪役イケメン顔ですっ。
 さしずめ、異世界やゲームで言ったら、魔王? ラスボス? みたいなヤバい顔です。

「売り払いたくなった暁? そんなものは未来永劫ない。おまえは一生、俺の元でこき使う。後悔しても、もう遅いがな?」
 怖いぃ。冷たい眼差しとはよく言うが、王子の瞳は凍りついた湖面のような色で、さらに冷え冷えとしている。
 俺と小枝はヒシッと抱き合い、おののきの表情でディオン王子をみつめた。

 なんか、大変なことになっちゃったんでしょうか?
 小枝が解放されたのは良かったけど。
 ディオン王子を助けたことで、未来が悪い方に転がっていったような予感しかしないんですけど?
 やっぱり、運命変えたから、マズいことになっちゃったんでしょうか?
 目の前に怪我人がいたらとりあえず治して、あとのことはそのあと考える、なんて小枝に大きなことを言っちゃったけど。
 その自分の気質が、今は呪わしいですっ。

 あぁ、女神フォスティーヌ。俺らは大丈夫なのですかぁ?

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