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15 私が身請けします

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     ◆私が身請けします

 よくわからない刺客は、剣をさらに振りかぶって俺たちを狙う。
 けど体勢が寝転んでいるから、もう避けられなぁい。もう無理ぃっ。
 って思ったところで。小枝が叫んだ。

「パパぁっ、スリーパーっ」

 両手を彼に向けた小枝を見て、俺も同じくした。
「スリーパーーーーーっ」
 小枝を抱えているので、片手だけ彼に向けて叫ぶと。
 男はスリーパーで、寝た。

 やった。あれ、これって、なかなかイケる能力なのでは? 無敵なのでは?

 しかし、そう思ったのも束の間。
 黒い男が、俺たちの方に倒れてきて。どっしーーん。
 俺と小枝は、鎧を着てクッソ重たい兵士の下敷きになってしまったのだった。

 かばったことで、小枝が俺の体の下に入ってしまって。なるべく体重がかからないように配慮はしたけど。
 足が引っかかって、小枝は抜け出ることができない。
 意識のない、たくましい男の重さが、中肉中背の俺に伸し掛かり。もがいても全然ビクともしなくて。
「…ロークさぁぁぁん、助けてぇぇえ」
 と情けない声を出すしかないのだった。

「パパ、この人の後ろにロークさんのテントがあるよ? テントの中の人もスリーパーかかっちゃったんじゃない?」
 俺が声を出しても、テントの中はシンとしているので、ありえるかも。

「嘘でしょー、誰かぁ、助けてぇ」
 鎧の下で、俺と小枝がもがいてワキワキしていると。
 騎士が来てくれた。
「タイジュ先生、大丈夫ですか?」
 黒い鎧を着た、俺たちの上に覆いかぶさった男をはがしてくれたのは。
 白い鎧を身につけた騎士、アンドリューさんだった。

「あぁ、助かりました。小枝は大丈夫か?」
「はいぃぃ」
 地べたにぺったり座り込んで、親子でヒーハー息をついた。

「こいつはっ、レーテルノンの黒い騎士じゃないかっ。こいつをタイジュ先生が倒したのですか?」
「…いやぁ、まぁ、そんな感じ?」
 スリーパーという魔法で眠らせた、なんて言えないから。曖昧に誤魔化す。
 そういえば、彼を眠らせる前に手をかざして『スリーパー』って叫んじゃったよ。
 いい年して、恥ずかしいっ。

「お手柄ですよ、こいつは敵方の滅法強い騎士で。俺も王子も、こいつに深手を負わされたんです」
 アンドリューさんは奴の剣を奪い、手早く縄で後ろ手に縛る。
 そして大きな声をあげると、仲間の騎士がやってきて。黒い騎士を連れて行ってしまった。
 おぉぉ、敵がいなくなってホッとしたぁ。
 やはり、意識がなくても。クマみたいな危険な人がそばにいると、いつ目を覚ますかって怖くなるもんだな。

「ちゃんとタイジュ先生が奴を倒したと報告しますからね? あの騎士には百人単位で味方兵がやられている。闇夜にまぎれて奇襲をかけるなんて、非道極まりないっ。まぁそういうやからですから、報酬が出るでしょう」
 アンドリューさんも地べたに座って、俺と小枝に話してくれた。
 鎧を着ているアンドリューさんは、テントにいたときよりも大きく見えます。ガタイが大きいから。彼は座っていても、小枝が立っているときと同じくらいの大きさがありそうだな。
 小枝はまだ身長一メートルないからな。
 早く大きくなぁれっ。

「報酬は魅力的なんですけど。俺たち、訳ありなんで。あの人はアンドリューさんが倒したことにしてくれませんか?」
「ええぇっ、なんで? パパっ」
 俺の言葉を聞いて、アンドリューさんではなく小枝が不満そうにたずねた。
「いや、だって。魔法のことは言えないよ」

 こっそり言ったけど。アンドリューさんに聞こえてしまった。
「魔法? もしかして、神の手のことですか?」
 俺らの噂は彼にも伝わっていたみたいだ。
 自分たちには身に覚えのないことだから、ちょっとくすぐったい噂だよな。

「神の手、だなんて。大袈裟なんですけど」
「そんなことない。私もあなたの神の手に救われたのです。あの男も、一週間前に倒した私が戦線に復帰したので。戦場でかち合ったときに目を丸くしていて。それで不死身ふじみのエメラルドなんて、私も敵方に言われているのですよ」
 ちょっと照れくさそうに苦笑して、アンドリューさんが言う。
 不死身のエメラルドだなんて、騎士には嬉しいふたつ名じゃないか。
 エメラルドは、彼の綺麗な緑の髪色と瞳の色からきているんだな?
 つか、ふたつ名自体が、もうカッコイイ。漫画の世界だ。

 それよりも。神の手って、あいつも言っていたような?

「あの、黒い騎士が。俺のことスタインベルンの神の手か、って聞いてきました」
 するとアンドリューさんは心配げに眉根を寄せて、言った。
「それじゃあ我らの士気を削ぐために、神の使者を討ち取りに来たのかもしれませんね? 我らスタインベルンの騎士は、女神フォスティーヌの加護を得たと意気込んでいますからねっ」
 鼻息荒く、アンドリューさんは拳を握って力説した。
 いえ、神の使者ではなく、俺たち奴隷医師なんですけど。

「実は、俺らの魔法は神の手ではなく、スリーパーと言いまして。麻酔と鎮痛の効果があるのです。ですが、奴隷商にはこのことを秘密にしているんです」
「奴隷商は貴方が女神のいとし子だと知らないのですか? だから奴隷なんかに?」
「その話は長くなるんですけど…」

 そう言って、俺は子爵の屋敷に滞在中、彼の息子が敵前逃亡したことで、使用人でもなかったのに奴隷の身に堕とされてしまったことを話した。
 今思っても、理不尽。

「…そうなのですか。そんな経緯が…。戦争のために国が人員を募っていることは知っていましたが、犯罪者でもない無辜むこの民を金に換えているなんて。この国の騎士として、貴方になんて詫びればよいのか…」
「アンドリューさんのせいではないですし。話は、そこではなくて。俺たちの魔法が奴隷商に知られたら、値がつり上がってしまうでしょう? 俺たちはなんとか借金返済して…俺の借金じゃないけど。とにかく、この現状から抜け出したい。だから魔法のことは内緒にしてもらいたいのです」

 俺の話に、アンドリューさんは驚きを隠せない顔で、黙り込む。
 そこに小枝が声をはさんだ。
「ねぇねぇ、パパ。今、ロークさんはスリーパーで寝こけているんだよね? 今なら首輪を外して逃げられるんじゃない?」
 その話に、俺は目を丸くする。
 確かに、管理者の目がない今は、逃げる絶好のチャンスかもしれないが。
「でも、首輪を外そうとしたら首が落ちると言われているよ? どうすれば解放になるのか、俺たちはわからないし。下手をして、小枝が怪我をしたら大変だ」
 迂闊うかつなことはできないと、俺が首を振ると。アンドリューさんも言った。

「タイジュ先生の言う通りです。首輪には奴隷紋が刻まれていて。奴隷商や所有者にしか解除はできないと言われています。私も、奴隷を所有したことはないので詳しくはないのですが。管理者は、奴隷を使用する権利を持つだけで、所有者ではない。なので管理者の手から奴隷が逃れても、所有者は奴隷紋で居場所を把握でき、生死も決められる。だから管理者が寝ようが、遠く離れようが、奴隷は逃げられない。今、あなた方が自由に動き回れるのは、そういうことなのです」

 そうなの? 早く言ってよぉぉ。
 いや、逃げるなとは言われていたけど。詳しく教えてくださいよ、そういうことはっ。
 俺は首輪を手でおさえて、おののいた。

「ちょっと、小枝。変なことをそそのかさないでくれよ。親子で首ちょんぱの危機だったよ」
「ひえぇぇ、ごめんなさぁい、パパっ」
 ヒシッと抱き合って無事を確かめ合う、俺たち親子。
 そんな俺たちを、アンドリューさんは微笑ましく見やった。

「でも、奴隷商に魔法のことを言わなかったことは、正解かもしれません。女神のいとし子を奴隷にすることにおののくような信心深さがあれば、解放されたかもしれませんが。逆にその能力を金儲けに利用することも考えられますからね?」
 そう言われ、俺はユカレフの顔を思い返す。
 あの人、なんでも面白がっていたから。絶対に後者だと思う。
 なら、魔法のことを言わなかったのは正解だな。

「わかりました。今回、敵将を倒したのは私ということにして。私が褒章を貰います。そして武功を上げて、あなたを奴隷商から解放します」
 アンドリューさんは俺の手を握って。緑の瞳をキラキラと輝かせる。

「タイジュ先生とコエダちゃんを、私が身請けします。そうしてもいいですか?」

 俺たちを身請けしてくれようとする彼の気持ちが、俺はとても嬉しくて。
 彼をみつめる瞳が、思わず涙ぐんでしまう。
 けれど、一千万の奴隷の身請けが、その値段以上のものだということは察しがつく。
 敵将を倒した報酬や、怪我を治したことに恩を着ているのかもしれないけれど。
 身請けは普通に、それには見合っていないと思う。

「ありがとうございます、アンドリューさん」
 だから、期待しないで。彼の気持ちだけを受け取ることにした。
「けれど、武功を上げるために無茶はしないでください。ここのテントに戻ってきたら、怒りますから」
 この戦争で、おそらく上官の位置にいる彼が、武功を上げて出世するのは悪いことではない。
 だから頑張るのは良いけれど。
 彼が元気なうちに戦争に決着がついて、平和な世の中になれば。それが一番。

 とにかく、怪我はしないで。せっかく治したんだからね。

「タイジュ先生に怒られたくないから。怪我をせずに頑張ります。必ず迎えに行きますから、待っていてくださいね?」
 柔らかい笑みを投げ。俺の手の甲にキスをした。
 ん? なんで?
 そして立ち上がって、形の良い目元をやんわり細めて俺を見ると、颯爽と去って行く。

 ん? なんかおかしかった?

「もうっ、パパったら。求婚を受けちゃうなんてっ?」
 そうしたら小枝が俺にしがみつきながら変なことを言い出した。

「キュウコンって、なんだ? 小枝、今のはなんだったのかなぁ?」
「だから、求婚でしょ? 身請けをオッケーしたでしょ?」
「オッケーはしていないよ。その気持ちは嬉しいです、ありがとうって言ったんだよ」
「オッケーじゃん。オッケーじゃーーん。でも、身請けされたら奴隷からは解放されるのかな? 底辺脱出の一歩にはなるかもね? あ、パパのテーソーはぼくが守るからねっ」
 なんか鼻息フンフンしながら小枝が言う。
 あぁ、命を狙われたから興奮しているんだね? 大丈夫、小枝はパパが守る。
 しかしテーソーってなに? 貞操? いやいや、五歳の子がそんなことは知らないよね? シーソー?

「よくわからんけど、小枝。身請けの話は気にしない方が良いよ。彼は優しいから、俺たちの境遇に同情したのかもしれないけど。普通に高額過ぎて無理だろ。ただ、他人にそこまで考えて提案してくれる、そんな優しい人と出会えて良かったなって思っていればいいんだ」
「そうかなぁ? 同情だけかなぁ? 愛があったら頑張っちゃうんじゃないかなぁ? でもでも。パパが身請けされても、パパはずっとぼくのパパなんだからねぇ。アンドリューにはあげないんだからねぇ」
 小枝は首を傾げながら、ぶつぶつとつぶやいているけど。

 男同士で、求婚も愛もないでしょ?
 小枝は想像力たくましいなぁ。パパはびっくりだ。ははは。

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