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14 スタインベルンの神の手

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     ◆スタインベルンの神の手

 この国の王子であるらしい、ディオンさんの治療に当たった俺たちだったが。
 王子の容態が安定していることを知った医師たちは、早々に俺たちを排除し。
 あとの治療は彼らがするということになった。
 お役御免で、正規医にバトンタッチ。はぁ??

 えぇ? そうですかぁ? 抜糸までは俺が様子を見た方がいいと思うんですけどぉ。
 と思ったところで、奴隷の俺らの意見が通るわけもない。

 というわけで、俺と小枝、そしてロークさんは再び重傷者テントに戻ってきた。
 王子に付き添っていた間に、重傷者テントの半数以上が新しい患者と入れ替わっていた。
 みなさん、やはり傷口が化膿していて。痛みと熱発に苦しんでいる。
 敵の剣は、余程不潔なんだね?
 戦場で剣の手入れがおろそかなのかもしれないが。切れ味も…いや、そこは考えないようにしよう。おぞぞ。

 小枝がテント内にそっとクリーンをかけ、清潔にし。
 俺がスリーパーで眠らせ、傷の処置をする。患者が目覚める頃には、痛みもやわらいでいることだろう。

 それでさぁ、さっきの話だけど。俺の中ではブスブスとくすぶっているんだよね。
 だから頭の中でぶつぶつ言ってしまいます。
 口に出して、バイアで電気ショック喰らうのは嫌なので。あくまで脳内処理です。むぅ。

 医者であるからには、担当した患者は責任を持って最後まで診たいものなんだ。
 それなりの自負を持って診察しているわけなので。
 それに、元気になって退院していく患者が笑顔で家に帰って行くのを見送るのが、医者の醍醐味だいごみってやつだろう?
 それを途中で奪われるのは、なんともやりきれないっていうかね。

 わかるよ? 私が王子を元気にしましたって言いたいんだよね?
 それで、なにかしら褒美とかももらいたいわけだよね?
 そういうのが透けて見えるから、またイラっとしてしまうわけだ。

 だから、言ったんだよ。
 もしも王子がひどい痛みを訴えるようでしたら、すぐにお知らせくださいって。
 結構な大手術だったんだから、山を越えたからって、まだ油断できないからね? それぐらいは医者なんだからわかっているよね? って顔で睨んだら。
 奴隷風情がって、言われたけど。知らんがな。

 でも、褒美かぁ。出るのかなぁ?
 奴隷契約の解除とかだったら、欲しかったかもぉ。せめて小枝だけでも…。
 まぁ一千万相当の褒賞なんて、そうそうないだろうけどな?
 それに王子の治療から離れてしまった俺には、決して回ってこない代物だ。買えなかった宝くじだと思おう。
 いつまでも女々しく取らぬタヌキの皮算用するのは、らしくないっ。
 でもなぁ、小枝がなぁ、あぁぁ。

 とにかく俺はディオンさんを最後まで診ることができなくて、不完全燃焼なのだった。

 しかし手柄は奪われても、知る人は知るようで。
 重体と言われていた王子が一命を取り留めたことと、重傷者テントから死人が出なくなったことで。
 俺たち親子は。
 女神フォスティーヌが遣わした使者、だとか。
 スタインベルンの兵士を癒す神の手、だとか。
 陰で言われるようになっていた。

 たとえば。
 夜、重傷者テントの裏で、いつものように小枝と夕食をとっていたら。
 強面こわもての兵士がそっと現れて…小枝の前にリンゴをそそっと置いていくのだ。
 …おそなえ?
 俺の前にも、パンや果物が置かれ。手を合わせられる。
 …仏像?

「俺たちには、どんな傷も癒してくれる神の手がある。女神フォスティーヌの加護があるのだから、この戦争に負けるわけはないのだっ」
 おおぉぉーと遠くで雄叫びも聞こえ、俺ら親子はびくぅぅっとする。
 兵士が鼓舞されている?

「パパぁ、もしかしてぼくたちは、死んだ王子の位置づけにぃ?」
「そうかもな。王子の命が助かって、運命が変わったとしても。結局兵士は鼓舞されて、戦争には勝つ。これ以上町が壊されず、歴史通りに戦争が終わり、この国が平和になってくれるなら、それでもいいんじゃないか?」

 小枝が言うことには。
 前回は王子が死んで、弔い合戦によって兵士が奮い起こされ、戦争に勝利したようだが。
 それよりは。神の使者に守られた兵士が、力づけられて勝利する方が健全かもしれないな。
 神の使者が俺たちなのは、ちょっと照れるけど。

 運命が変わると、悪い方に転がる。
 それも杞憂だったなら、もっといい。

 とても食べきれなさそうな量のリンゴが、小枝の目の前には積まれている。
 奴隷で、いつひもじい思いをするかわからないけど。さすがに、手に余る食料を抱えてはいられない。腐らせたら食料がもったいないし。

 なので最後の方は。
「お気持ちだけ受け取らせていただきます。このリンゴがあなたの血肉になることで、戦争が勝利に導かれることを祈っております」
 と言って固辞すると。

 兵士たちは滂沱ぼうだの涙を流して、手をこすり合わせるのだった。

 あぁあぁ、俺たち、そういうのじゃないんですけど。と思って、戸惑う。
 まぁしかし、クリーンとスリーパーの魔法が女神によって授けられたのなら、全く違うとも言い切れないのか?
 うーん、自覚がないし。女神に頼まれたわけでもないから、わからないよねぇ。

 そんな騒動がありながらも、夕食を終え。
 辺りも闇に沈んで、星のまたたきが聞こえるほどの静寂が流れた頃。

「おまえがスタインベルンの神の手とやらかぁ?」
 いきなり近くで声がして。気づいたときには、闇に紛れた黒い男が俺たちに剣を振りかぶっていた。

 誰ぇーーーっっ?
 と思いながら。俺は涙目で小枝に抱きついた。

 なになに、なんでいきなり、黒い人がいるのっ? 驚きで目が見開きっぱなしだぁぁ。
 だがなんも考えず、俺は小枝を抱えたまま横にぐるりと回転した。
 いてて、とっさに変な動きしたから、脇腹がったよっ。
 つか、すぐ横でザシャッと、重い剣が地べたをえぐるヤバい音が聞こえたよっ。

 脇腹痛いとか言っている場合じゃないよっ。
 顔の横で風圧が頬を舐めていったよっ。
 ひえっ? 剣? あっぶねぇぇっ。
 マジで剣で攻撃したの? 俺らを? 
 なにすんだ、てめぇっ、小枝に当たったら危ないだろがっ!!
 つか、なんで殺気満々?
 なんでぇぇぇ? 俺ら騎士じゃなくてただの医者なんですけどぉ?
 それとも、小枝があんまり可愛いから、嫉妬?? なら…仕方ない。

 安定の現実逃避、この間コンマ一秒!!

 てか、よくわからないが。俺らはこの黒い男に攻撃されている、みたいで?
 それは理解したけど。
 刺客しかくは返す刀、いや剣だけど。さらに剣を振りかぶって、俺らを狙う。
 けど体勢が、小枝を抱えたまま寝転んでいる状態で。

 もう避けられなぁぁぁい。もうムリィィィ。

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