【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶

文字の大きさ
上 下
15 / 174

13 …嘘だろ

しおりを挟む
     ◆…嘘だろ

 結論から言うと、ディオンさんの手術は無事に終了しました。
 大学病院以来の大手術で少し緊張したけど、器具が少なくてもなんとかやれるもんだね。
 今どきの心電図は波形も血圧も脈拍も、いろいろ細かい数値が出るし。そういう精密機器やレントゲンなどない状態での手術は、日本なら考えられないことだけど。
 ないものをないと嘆いても仕方がないので。ローク先生に脈を取ってもらって、早くなったり遅くなったら教えるようにしてもらったんだ。

 あと輸血もないのだが。輸液があったので。そこはラッキーだったね。
 生理食塩水、体液に近い成分のものだが。それを点滴していれば循環、血液やリンパなど体内の流れが滞らなくて、手術には有用。
 全く医療が発展していない世界ではなくて、良かった。
 点滴チューブがあるのなら、ゴムがあるだろうから、いずれ医療手袋なども作れそうだな。
 まぁ奴隷の身で、商品開発ができるとは思えないけど。いつかの話だ。

 しかし腹を切り開く手術というのは一般的ではない感じ。まぁ、感染症対策がなされていないこの世界では、オペ室で無菌を保てないから、手術自体が生死を分けてしまいそうだからね。
 俺だって、小枝のクリーンがなければ。この手術は行えなかったと思うもん。
 小枝さまさまです。

 王子の容態は、まず肩の負傷。鎧を剣で引っぺがされて、中に刃が食い込んだみたいな傷だった。ひぃ。
 それから太ももの裂傷、これは鎧のない部分の傷だね。
 一番ひどかったのが、腹部損傷。鎧は腹部も覆っていたが、動きやすいようにか蛇腹じゃばらになっていて。金属の薄い部分を、強く突いて貫通したみたい。
 金属貫通させるなんて、凄い剛腕だ。考えられない。

 今まで処置した患者の、傷の状態などを見ると。
 スパッとした綺麗な切り口ではなく。メリメリ、が多い。
 スパッとだったら、合わせてテープで留めれば綺麗にくっつくが。メリメリぐちゃぐちゃだと、切り口の部分を切開し綺麗にしてから縫合という方が、早く、綺麗に治る。
 戦場では不特定多数と戦うから、剣は不潔状態で。おのずと感染しやすい状況なわけだ。
 不潔な武器で腹部を刺されたら、大概の者は感染し、死亡する。
 だからこの世界では、戦場での腹部損傷は死を免れない負傷ということになるんだね。
 さらに腸管が傷ついて腹腔内を汚染されれば、死亡率はさらに高まる。
 こうした状況から、ディオンさんは本来なら助からない、ということだったのだが。

 俺と小枝が治しちゃった。

 ローク先生は、腹部を切り開く手術がはじめてだったみたいで。全然役に立たなくて。
 腹に手を突っ込んでここをおさえていて、って言ったら。目を回しちゃったんだ。なので、脈取りに降格。
 小枝の方がよっぽど力になった。器具やガーゼの受け渡しも堂に入ってきたよ。
 腸管を縫合し終えて、お腹の中にクリーンをかけるときは、薄目になっていたけど。

 子供をオペ室に入れるのは、血も出るし、良くないことだとわかってはいるんだけど。
 俺たちが一緒にいるためだから、がんばってくれ、小枝。

 というわけで、ディオンさんの腹部修復の手術と傷口の縫合をすべて終えた。
 彼は王子で、この戦線の指揮官でもあるので。
 術後の彼は、重傷者テントではなく、陣の一番後方にある建物の一室に運ばれた。兵団の幹部が滞在している家屋みたいです。
 ディオンさんの容態が安定するまでは、俺らとローク先生も同じ部屋で寝泊まりすることになる。

 王子が使用しているこの建物は。おそらくだが、この平原で牧畜を営んでいた人の丸太小屋だ。
 一般兵士はテントで寝泊まりしているのが多く。建物と言えるものは、ここら辺ではこの丸太小屋しかない。指令室として軍に接収されたんだろうなぁ、と察します。
 ゆえに、普通の木張りの部屋で。なんか、癒されるぅ。
 子爵の屋敷と、野宿やテント生活が続いたが。上質から地べたへと、両極端すぎなんだよね。
 このぐらいの中間のやつ、欲しかったです。
 元の世界では、こじんまりとした家で暮らしていたから。この木造感が郷愁あります。

 大手術を終えてお疲れの、小枝とローク先生は、部屋のソファで寝ている。
 ちっちゃい小枝は二人掛けソファに縦伸びになっていて。
 ローク先生はひとり掛けの椅子に座った状態で目をつぶる。
 大きなソファを小枝に譲っていただいて、すみません。ローク先生。

 俺はディオンさんのベッドのそばに椅子を置いて、腰かけていた。
 もうだいぶ、小枝のクリーンの威力は信用しているが。
 俺の手術は魔法ではないので。修復した内臓がちゃんと役目を果たして動くまで。気が気ではない。
 ディオンさんが急変したら、ほぼ俺のせいだからな。

 すると、彼が目を覚ました。
 先ほどは血走った、迫力のある眼力だったが。今は青い瞳がきらりと輝いている。
 スカイブルー、命のきらめきだな。

「ディオンさん、目が覚めましたか? ここはあなたの部屋ですよ。わかりますか?」
 彼の顔を覗き込んで、一応お約束の声掛けをする。
 スリーパーは、日本で使っていた薬物の麻酔ではないから。麻酔あけに意識が朦朧、などということはないけど。念のためだ。

「…嘘だろ」
 しかしディオンさんは、問いかけにそう答えた。大丈夫?
 そして俺を見て、目をみはる。
「黒髪? 黒髪の…奴隷医師っ…おまえ、あのときの不敬な医者だな? 俺になにをした?」
 ディオンさんは最初、俺の顔に見覚えなかったみたいだ。マスクしていて、見えていたのは目だけだったから、それは仕方がない。手術衣を着た医者はみんな別人に見えるものだ。
 だけど首輪を見て奴隷医師だと気づいたみたい。
 つくづくこの首輪は、目立つし、悪趣味だと思います。
 でも被害者面で、なにをした? は心外です。危害は加えていませんよ?

「なにって、手術しました。腹部の損傷です。覚えていますか? 戦場で大怪我を負われて…」
 術後の説明を言おうとするが、彼が起き上がろうとするので、肩を手でおさえて止めた。
「大きな手術をしたので、動かないで。もう少し寝ていてください」
「寝て? 俺は、寝ていたのか?」
 意識朦朧というわけではないが、会話が成り立ちませんね。
 でもこれは、スリーパーのせいじゃなくて。この患者のせいですね、たぶん。

「意識は鮮明のようですね。でももうちょっと、おやすみなさい」
 術後の説明はいくらでもしますが、話が通じないのは面倒くさいし、言いがかりもつけられたくないので。
 スリーパーをかけたら。
 またスコンと寝た。
 ともかく、彼は痛みを訴えることなく、正常に意識を取り戻したので。山場は超えたでしょう。

 うむ。いい仕事をしたな。

 俺も、二人掛けソファで小枝をかかえて、寝た。
 人助けのあとの睡眠は格別だ。

しおりを挟む
感想 308

あなたにおすすめの小説

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

婚約破棄された僕は過保護な王太子殿下とドS級冒険者に溺愛されながら召喚士としての新しい人生を歩みます

八神紫音
BL
「嫌ですわ、こんななよなよした男が夫になるなんて。お父様、わたくしこの男とは婚約破棄致しますわ」  ハプソン男爵家の養子である僕、ルカは、エトワール伯爵家のアンネリーゼお嬢様から婚約破棄を言い渡される。更に自分の屋敷に戻った僕に待っていたのは、ハプソン家からの追放だった。  でも、何もかもから捨てられてしまったと言う事は、自由になったと言うこと。僕、解放されたんだ!  一旦かつて育った孤児院に戻ってゆっくり考える事にするのだけれど、その孤児院で王太子殿下から僕の本当の出生を聞かされて、ドSなS級冒険者を護衛に付けて、僕は城下町を旅立った。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

悪役令嬢と同じ名前だけど、僕は男です。

みあき
BL
名前はティータイムがテーマ。主人公と婚約者の王子がいちゃいちゃする話。 男女共に子どもを産める世界です。容姿についての描写は敢えてしていません。 メインカプが男性同士のためBLジャンルに設定していますが、周辺は異性のカプも多いです。 奇数話が主人公視点、偶数話が婚約者の王子視点です。 pixivでは既に最終回まで投稿しています。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

弟、異世界転移する。

ツキコ
BL
兄依存の弟が突然異世界転移して可愛がられるお話。たぶん。 のんびり進行なゆるBL

処理中です...