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13 …嘘だろ

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     ◆…嘘だろ

 結論から言うと、ディオンさんの手術は無事に終了しました。
 大学病院以来の大手術で少し緊張したけど、器具が少なくてもなんとかやれるもんだね。
 今どきの心電図は波形も血圧も脈拍も、いろいろ細かい数値が出るし。そういう精密機器やレントゲンなどない状態での手術は、日本なら考えられないことだけど。
 ないものをないと嘆いても仕方がないので。ローク先生に脈を取ってもらって、早くなったり遅くなったら教えるようにしてもらったんだ。

 あと輸血もないのだが。輸液があったので。そこはラッキーだったね。
 生理食塩水、体液に近い成分のものだが。それを点滴していれば循環、血液やリンパなど体内の流れが滞らなくて、手術には有用。
 全く医療が発展していない世界ではなくて、良かった。
 点滴チューブがあるのなら、ゴムがあるだろうから、いずれ医療手袋なども作れそうだな。
 まぁ奴隷の身で、商品開発ができるとは思えないけど。いつかの話だ。

 しかし腹を切り開く手術というのは一般的ではない感じ。まぁ、感染症対策がなされていないこの世界では、オペ室で無菌を保てないから、手術自体が生死を分けてしまいそうだからね。
 俺だって、小枝のクリーンがなければ。この手術は行えなかったと思うもん。
 小枝さまさまです。

 王子の容態は、まず肩の負傷。鎧を剣で引っぺがされて、中に刃が食い込んだみたいな傷だった。ひぃ。
 それから太ももの裂傷、これは鎧のない部分の傷だね。
 一番ひどかったのが、腹部損傷。鎧は腹部も覆っていたが、動きやすいようにか蛇腹じゃばらになっていて。金属の薄い部分を、強く突いて貫通したみたい。
 金属貫通させるなんて、凄い剛腕だ。考えられない。

 今まで処置した患者の、傷の状態などを見ると。
 スパッとした綺麗な切り口ではなく。メリメリ、が多い。
 スパッとだったら、合わせてテープで留めれば綺麗にくっつくが。メリメリぐちゃぐちゃだと、切り口の部分を切開し綺麗にしてから縫合という方が、早く、綺麗に治る。
 戦場では不特定多数と戦うから、剣は不潔状態で。おのずと感染しやすい状況なわけだ。
 不潔な武器で腹部を刺されたら、大概の者は感染し、死亡する。
 だからこの世界では、戦場での腹部損傷は死を免れない負傷ということになるんだね。
 さらに腸管が傷ついて腹腔内を汚染されれば、死亡率はさらに高まる。
 こうした状況から、ディオンさんは本来なら助からない、ということだったのだが。

 俺と小枝が治しちゃった。

 ローク先生は、腹部を切り開く手術がはじめてだったみたいで。全然役に立たなくて。
 腹に手を突っ込んでここをおさえていて、って言ったら。目を回しちゃったんだ。なので、脈取りに降格。
 小枝の方がよっぽど力になった。器具やガーゼの受け渡しも堂に入ってきたよ。
 腸管を縫合し終えて、お腹の中にクリーンをかけるときは、薄目になっていたけど。

 子供をオペ室に入れるのは、血も出るし、良くないことだとわかってはいるんだけど。
 俺たちが一緒にいるためだから、がんばってくれ、小枝。

 というわけで、ディオンさんの腹部修復の手術と傷口の縫合をすべて終えた。
 彼は王子で、この戦線の指揮官でもあるので。
 術後の彼は、重傷者テントではなく、陣の一番後方にある建物の一室に運ばれた。兵団の幹部が滞在している家屋みたいです。
 ディオンさんの容態が安定するまでは、俺らとローク先生も同じ部屋で寝泊まりすることになる。

 王子が使用しているこの建物は。おそらくだが、この平原で牧畜を営んでいた人の丸太小屋だ。
 一般兵士はテントで寝泊まりしているのが多く。建物と言えるものは、ここら辺ではこの丸太小屋しかない。指令室として軍に接収されたんだろうなぁ、と察します。
 ゆえに、普通の木張りの部屋で。なんか、癒されるぅ。
 子爵の屋敷と、野宿やテント生活が続いたが。上質から地べたへと、両極端すぎなんだよね。
 このぐらいの中間のやつ、欲しかったです。
 元の世界では、こじんまりとした家で暮らしていたから。この木造感が郷愁あります。

 大手術を終えてお疲れの、小枝とローク先生は、部屋のソファで寝ている。
 ちっちゃい小枝は二人掛けソファに縦伸びになっていて。
 ローク先生はひとり掛けの椅子に座った状態で目をつぶる。
 大きなソファを小枝に譲っていただいて、すみません。ローク先生。

 俺はディオンさんのベッドのそばに椅子を置いて、腰かけていた。
 もうだいぶ、小枝のクリーンの威力は信用しているが。
 俺の手術は魔法ではないので。修復した内臓がちゃんと役目を果たして動くまで。気が気ではない。
 ディオンさんが急変したら、ほぼ俺のせいだからな。

 すると、彼が目を覚ました。
 先ほどは血走った、迫力のある眼力だったが。今は青い瞳がきらりと輝いている。
 スカイブルー、命のきらめきだな。

「ディオンさん、目が覚めましたか? ここはあなたの部屋ですよ。わかりますか?」
 彼の顔を覗き込んで、一応お約束の声掛けをする。
 スリーパーは、日本で使っていた薬物の麻酔ではないから。麻酔あけに意識が朦朧、などということはないけど。念のためだ。

「…嘘だろ」
 しかしディオンさんは、問いかけにそう答えた。大丈夫?
 そして俺を見て、目をみはる。
「黒髪? 黒髪の…奴隷医師っ…おまえ、あのときの不敬な医者だな? 俺になにをした?」
 ディオンさんは最初、俺の顔に見覚えなかったみたいだ。マスクしていて、見えていたのは目だけだったから、それは仕方がない。手術衣を着た医者はみんな別人に見えるものだ。
 だけど首輪を見て奴隷医師だと気づいたみたい。
 つくづくこの首輪は、目立つし、悪趣味だと思います。
 でも被害者面で、なにをした? は心外です。危害は加えていませんよ?

「なにって、手術しました。腹部の損傷です。覚えていますか? 戦場で大怪我を負われて…」
 術後の説明を言おうとするが、彼が起き上がろうとするので、肩を手でおさえて止めた。
「大きな手術をしたので、動かないで。もう少し寝ていてください」
「寝て? 俺は、寝ていたのか?」
 意識朦朧というわけではないが、会話が成り立ちませんね。
 でもこれは、スリーパーのせいじゃなくて。この患者のせいですね、たぶん。

「意識は鮮明のようですね。でももうちょっと、おやすみなさい」
 術後の説明はいくらでもしますが、話が通じないのは面倒くさいし、言いがかりもつけられたくないので。
 スリーパーをかけたら。
 またスコンと寝た。
 ともかく、彼は痛みを訴えることなく、正常に意識を取り戻したので。山場は超えたでしょう。

 うむ。いい仕事をしたな。

 俺も、二人掛けソファで小枝をかかえて、寝た。
 人助けのあとの睡眠は格別だ。

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