上 下
13 / 174

11 また会いに来てもいいですか?

しおりを挟む
     ◆また会いに来てもいいですか?

 小枝に添い寝しながら、結構深く寝入っていた。
 そこに、うぅと呻く声がして、目を覚ます。患者が苦しんでいるみたい。
 声の主は隣のベッドからで。俺は小枝を起こさないよう、そっとベッドを抜け出した。

 ベッドの足元にある隣の患者のカルテを見る。
 名はアンドリュー・ツヴァイクと書かれている。
 目の上の裂傷と脇腹の負傷で、割と重症の患者だった。

「アンドリューさん、気がつきましたか? どこか痛いところはありますか?」
 目覚めたアンドリューさんに声をかける。
 昼間に部屋全体に麻酔効果スリーパーをかけたが。軽症者は昼間の内に目覚めたのだ。
 しかしアンドリューさんは、夜更よふけまで昏々こんこんと眠り続けていて。今、覚醒したようだな?
 均等に魔法をかけても、怪我の程度で麻酔のかかりは違うみたい。

 魔法はまだまだわからないことが多く、興味深いな。

「…水を」
 俺はみ置いていた水をコップにそそぎ、彼の頭の下に腕を差し入れて少し体を起こさせ。水を飲ませた。
 アンドリューさんは物凄い勢いで水を飲み干す。
「もう少し飲みますか?」
「いや、もういい」
 ひと息ついたように彼が言うので。俺は抱えるようにしていた頭を枕に戻し、アンドリューさんを寝台に横たえさせた。
 布団をかけ直すと。彼は『信じられない』というような顔をしている。
「…なんで痛くないんだっ? ちょっと体を動かしただけで激痛があったのに。っ声を、出すのもきつかった…」
 彼は目の上あたりをざっくり切られ、胸の上には浅い傷が、脇腹には深い剣の傷がある。しかし背中に傷がないので、前へ前へと押していくような熱闘があったのだろうと察せられた。
 クリーンをかける前は細菌感染して傷口が膿んでいたので、相当痛かったのだろうと思う。
 今は感染源はないが、炎症はまだある感じか?

「麻酔をかけたので、痛みがおさえられているのです」
「まさか、どんな薬をもらっても、痛くてずっと眠れなかったのに…」
「痛みで眠れないなんて、おつらかったでしょうね?」
 夜で、他の人は寝ているので。顔を寄せてこっそりと声をかけた。

「…あなたは?」
 すると、ようやく俺の存在に気付いたような顔で、目をみはる。
 患者は、痛みが大きければそのことに注視して、周りが見えなくなってしまいがち。病院の看護師やスタッフの顔を覚えない者も多い。
 まぁでも、俺は彼にとっては初見さんだね?

「ここの医者のタイジュです」
「タイジュ、先生? 奴隷?」
 え、なんでわかるの? と思ったけど。
 そうだ、首輪をしているから。
 思い出して、俺は存在を忘れかけていた首輪に手で触れる。

「あぁ、まぁそうです。奴隷医師なんですけど。ちゃんと医者ですからご心配なく」
「顔が、痛くない。目が見える。なんで? 失明だと言われたのに」
 俺が診る前は、左半分がっつり顔が包帯で巻かれていたからな。患部も血液が固まってガッチガチだったし。まず目が開かない状態だったんだ。
 でも今は、縫ったばかりだけど目蓋が少し開いていて、そこから見えたみたい。

「見えますか? 良かった。傷は眼球に達していなかったので、失明は免れましたよ。顔に傷は残ってしまいますが、せっかくのイケメンだから、なるべく目立たないように綺麗に縫っておきましたからね?」
「…イケメン?」
 あぁ、イケメンは日本語? ここでは通じないのかな。
「えぇと、良い顔? かっこいい? 美形?」
「ちょっと…もう、いいです。わかりました」

 顔を褒めたから、照れちゃったみたい。頬の血色を良くして、目をつぶる。
 なんというか、彼は騎士というか剣士というか。ベッドに横たわっていても体格が俺よりがっつりたくましくて。
 骨太っていうのか。骨格の作りから俺とは違うような…え、体組成は同じだよね?
 体格が良いと、威厳や雰囲気が大人っぽくて。俺より年上かとも思ったんだけど。
 顔を褒められて照れるところなんかを見ると、年下?
 カルテを確認したら。二十三歳。
 うーん、微妙。子供というほど年下ではないが、俺なんかの言葉に照れる年でもないだろうに?

「でも、本当に。目が傷ついていなくて良かったですね。綺麗な瞳で、マジでエメラルドがはまっているのかと思いましたよ」
「瞳の賛辞は聞き飽きている」
「なんだ、褒め慣れていないわけじゃなさそうだ。そりゃそうだな、こんなにイケメンなんだから」
「またイケメンって…からかっているのか? タイジュ先生」

 そこはフフと笑って誤魔化して。彼にたずねる。
「今は深夜ですけど、もう少し眠れますか? 痛くはないと言いましたが、不快なところは?」
「いや、でも。あちこち熱い感じが。脇腹も引きれて」

 熱いのは、傷口が直ろうとしている反応だな。
 彼の体は鍛え上げられていて、腹筋バキバキなのだが。筋肉が剣によって断裂したことで違和感があるようだ。自己修復するのを待つしかないが。傷の炎症もあるのだろう。
 患部を見て、縫合部の不具合がないのを確かめたあとで。手を当てて鎮痛スリーパーをかけた。
「え、感覚なくなった」
「しぃ、この件は内緒ですよ」
 そしてアンドリューさんの頭にも手を当てて、言う。
「朝まで寝てください」
 そしてスリーパーをかけたら、彼はすぐに眠りについた。
 脇腹の処置をして、手を洗い。彼に布団をかけて。カルテを戻して。

 俺も小枝の隣に戻って目をつぶる。久しぶりのベッドだ、もう少し寝る。

     ★★★★★

 アンドリューさんは三日後に抜糸をして、戦線に復帰することになった。
 手術内容にもよるが。日本では、抜糸は三日から七日の間に行うことが多く。傷の治りは個人差があるので、具合を見て腫れや赤みがおさえられたときにするのが一般的。
 しかしこの世界では、小枝のクリーンがなかなかに良い感じで。三日で抜糸の人が多いね。
 あと傷の治りも、元の世界の人より早いような気がするなぁ。この世界の人の体質のせいなのか、クリーンの効果なのか、そこはわからないが。
 そうはいっても、戦線復帰はあまりおすすめできないんだけど。
 抜糸をして傷がふさがっていても。半年くらいは傷が開くこともあるんだからね?
 安静第一なのに。
 激しい動きは、普通の人はしないでください。

「一時は死も覚悟しましたが、こんなに早く起き上がれるようになるなんて夢のようです。本当にタイジュ先生のおかげです。ありがとうございました」
 アンドリューさんは軍服を身につけて、俺に挨拶に来る。
 短めの緑色の髪、前髪からのぞく緑色の瞳はキラキラ輝いて。
 けれど左目には眼帯がついているので、やはり痛々しい。
 筋の通った高い鼻、大きな口元は唇が肉感的で。外国のモデルさんみたいな整った顔立ちだ。
 軍服の種類はよくわからないけど、仕立てが良くて刺繍や飾りが多くついているから、えらい人? なのかも。えらい人だから、大怪我のあとなのに復帰しなければならないのか…。
 なんにしても、たくましい体躯に軍服がよく似合っています。

「いえいえ、本当は戦場を下がって病院でしっかり検査をしていただきたいところですけど。まぁともあれ、元気になって良かったです」
 医者的には、せっかく治ってきたのに無茶しないでくれぇという気分だが。
 退院はどんな状況でも嬉しいものだ。

「タイジュ先生、また会いに来てもいいですか?」
 って、アンドリューさんが言うから。

「えぇ、傷口が開いたり、どこか違和感があるようでしたら、すぐに処置室で診察を受けてください。あと眼帯は一ヶ月は外さないでくださいね? 目に負担がかかると視力低下や失明の恐れも、まだありますから」
 と俺が、少し脅し気味に言ったら。彼はシュンと肩を落とした。

 しかし、キリリと顔を上げて言うのだ。
「武功を上げたら、褒美がもらえるので頑張ります」
「…武功よりも、怪我をしないこと。またこのテントに戻ってきたら、怒りますからね」
 アンドリューさんは俺の手を握って、真摯にうなずいた。
「貴方がそう言うなら、怪我はもうしません。貴方が治したこの体に、一筋の傷もつけさせませんから」

 女性なら卒倒しそうな、麗しい笑みを浮かべたアンドリューさんは。そうして元気にテントを去って行った。

 彼を見送っていると。小枝が俺の手をギュッと握って、つぶやく。
「パパは小枝のパパだもん。誰にもあげないんだからねっ」
「んん? そんなの、当たり前だろ? パパは小枝だけのパパだよ」
 なんで急にそんなことを言い出したのか、わからないけど。
 ちょっと寂しくなっちゃったのかな? お仕事ばかりであまり遊んであげられないから。

「もう、パパったら。世の男性を魅惑する魔性の男なの? ユカレフもハッカクもロークもアンドリューもパパにメロメロじゃないかぁ。まさか、魅了の魔法もあるんじゃないかなぁ。ああぁぁあ、気が気じゃないよぉ」
 なんかよくわからないことを言いながら、俺の腕をブンブン振るから。
 俺は小枝の両手を握って、ぐるりと回るのだった。
「回転ぐるぐるぅ…」
「あぁあ、違うのぉ、パパ、そういうのじゃなくてぇ、あぁあ」
 遠心力で足が宙に浮く、小枝。

 小枝には、いつも楽しそうにしていてほしい。守りたいその笑顔、ってやつ。

しおりを挟む
感想 307

あなたにおすすめの小説

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい

おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。 生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。 地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。 転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。 ※含まれる要素 異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛 ※小説家になろうに重複投稿しています

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

異世界転生してハーレム作れる能力を手に入れたのに男しかいない世界だった

藤いろ
BL
好きなキャラが男の娘でショック死した主人公。転生の時に貰った能力は皆が自分を愛し何でも言う事を喜んで聞く「ハーレム」。しかし転生した異世界は男しかいない世界だった。 毎週水曜に更新予定です。 宜しければご感想など頂けたら参考にも励みにもなりますのでよろしくお願いいたします。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

処理中です...