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9 女神のいとし子
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◆女神のいとし子
戦場での食事は、朝と夜の二回だけ。一応、俺と小枝の二人分の食事が出たけれど。
メニューはパンと干し肉だけだ。輸送中と同じだな。
「はぁ、成長期の子供は野菜の摂取も不可欠だというのに…」
俺が嘆くと、小枝は天使の顔で大人びたことを言うのだった。
「仕方がないよ、戦場に子供がいるのは想定していないだろうし。新鮮な野菜を運ぶのは普通に大変でしょ。奴隷に食事が出るだけでもありがたい感じじゃない? 戦場で動かないと即戦力にならないから、食事はちゃんとくれるみたいだね」
「そうか。ただ働きの奴隷には、ご飯を出さない主人もいるってことなのか。じゃあ仕方ないのかな?」
そうは言っても、小枝はお肉がついていないから。もっと太らせたいんだ。
あぁ、不甲斐ないパパですまない、小枝っ。うぬぬ。
小枝をあまり兵士の目にさらしたくなかったから、俺たちはテントの裏で食事をとっていた。
医療テントの辺りには、兵士はあまり近づかない。
縁起悪い、とかかな? まぁ、静かでいいけど。
「小枝、俺のパンを半分…」
言いかけるとすかさず、小枝が唇をとがらせて言う。
「駄目だよ、パパが働いているんだから、むしろぼくの分を食べてよ。パパが倒れたら、ぼくは即どこかに売られてしまうよ? 離されちゃうよ?」
「うーん、そうだな。奴隷商に、稼げるやつだと思われないとマズいんだな? じゃあ、ちゃんとひとり分ずつ食べよう。小枝も成長期なんだから食べないと」
「…日本でもクリーンが使えたら、あの総菜パンは腐らないで食べられたかもね」
固いパンを歯でちぎってもぐもぐしながら、小枝が言うのに。
俺は苦笑する。
小枝が三歳のときに姉にアレされたときの因縁の総菜パンの話だけど。アレの問題点はソコではない気がするけど。
今となっては。柔らかくて味のついた総菜パンは、貴重で懐かしくて、美味しかったなぁと思うのだった。
「ご飯が出てくる魔法を使えたら、良かったかもな? そうしたら絶対に飢えないし。飢えなければ、なんでもできるもんな?」
「でも、スリーパーがないとパパは手術できないし。パパの医者スキルが発揮できないでしょ? そうしたらパパは兵士にされちゃうかもしれないじゃん。それは嫌だよ。パパと離れたくないし。だから医者に有利な魔法で良かったんだよ」
「そうだな。ニコイチで売れと主張できたのは、魔法ありきだった。小枝のクリーンと俺のスリーパーが医療面での最高の組み合わせだったから。俺も小枝がいなきゃって思って。それでニコイチでって、とっさにゴリ押しできたんだからな。医者の知識はあっても、魔法がなければここでは威力半減だし。そしたら奴隷兵になってすぐに命を落とすこともあり得たかも。たぶん俺、戦えないし。敵でも、誰かの命を奪うなんてできない」
小枝の命が危うい状況だったら、殺人もできるかもしれないけど。
医者になったからには、人の命を奪うようなことはなるべくしたくないものだ。
いまだこの世界がどういうものかわからない中、甘い考えなのかもしれないけどね。
「それにね、魔法は無から有を産むのが一番難易度高いって、漫画に描いてあった」
「漫画?」
「前世の日本でお兄ちゃんだった人が見ていたやつ」
俺は小枝に絵本しか与えていなかったから。いつ漫画を見たのかと思ったけれど。
そういえば前世でも五歳の頃にこの世界に来た、みたいなことを小枝は言っていたな?
前世では姉の子ではなく、別の家庭の子供だったってことか。
ループというのは、人生のやり直しだと小枝は言うが。
全く違う人物から生まれたというのは、どんな原理なのだろうな?
違う人物から生まれているから、前回の小枝は今の小枝ではないんだろ?
魂だけがやり直しさせられている? 魂のループ?
わからんもんは、いつまで考えてもわからんから、時間の無駄だけど。
「そうなのかい? 俺や小枝の魔法は、無から有じゃないのか?」
「ぼくの汚れを綺麗にするやつは。あるものをなくすやつでしょ? パパは荒れたものを抑える感じだから。あるものをなだめているだけというか?」
「じゃあ、この空間にパンをポンと出すのは、難しい魔法なんだな?」
「たぶんそう。でも、思い込みは良くないので、試してみましょう。パンよデロデロ…」
小枝が宙に手をかざして呪文を唱えるので、俺も一緒になって、パンよデロデロと言ってみる。
本当にパンが出たらすごいじゃん?
そうしたらパンが出て、おおッとなったけど。そこには差し出す手があって。
食事のトレーを持ったロークさんがいたのだ。
「食事が足りないのだろう? 子供はパンより野菜スープを食べなさい」
そう言って、ロークさんは俺にパンを渡し、小枝にはスープを渡す。
「スープには干し肉をちぎって入れると美味しく食べられる」
「ロークさん、ありがたいですけど。そうしたらロークさんの食べる分が…」
「ジジイはそんなに食べない。いいから働き盛りが食べなさい」
ロークさんは、日本の大学病院の外科部長に感じが似ている。寡黙で頑固で気難しそうな感じ。
外科部長は、若い医師がおろそかにしがちなことを、ひと睨みで抑制する威圧感みたいなものがあった。
近寄りがたいんだけど。でもそういう人は、多くの経験を態度で表すというか、見て覚えろ系というか。
俺はそうとって、外科部長のこと嫌いじゃなかったけど。
人前で怒られた同僚とかは、陰で愚痴ってはいたな?
でも怒られるってことは、医者の世界では一歩間違えれば人命に関わるんだから。おろそかにはできないことなんだよね。そこをわからないと、腐った医者になっちゃうよ。
外科部長のことはともかく。
ロークさんは奴隷に差別意識があるみたいだけど。俺たちが魔法を使ったあとで、少し態度が軟化した。
小枝に野菜を食べさせようとするところなんかは、子供好きな医者っぽい。
そういえば、小枝をテントに入れるのも躊躇していたし。根は悪い人じゃなさそうだ。
「それじゃ、遠慮なく。いただきます」
「いただきますぅ」
俺がローク先生に会釈すると。小枝も挨拶した。
上手に挨拶できて、いい子だなぁ、小枝ぁぁ。
彼が持っている食事トレーには、俺に渡したパンと小枝に渡したスープ。あと焼いた肉とみかんが乗っていたみたい。
小枝はスープに、ローク先生が言ったように干し肉を入れたが。パンもちぎってその中に入れる。
元の世界のパンを知っている小枝には、このパンはやはり固いよな。
「あの、昼間に言っていた女神のいとし子って、なんですか? 俺らは外から来たのでよくわからなくて…」
俺は、この国の人に見えないようなので。そう誤魔化して彼に聞いた。
だって、異世界から来たとは言えないじゃん?
ローク先生は、だからなにも知らないのか、というような顔をした。
はい。この世界のことは全然わからないのです。
「スタインベルンではフォスティーヌ女神を信仰している。魔法は女神の寵愛の証と言われていてな、魔法を扱える者は女神のいとし子と呼ばれ、敬愛されるのだ。上位貴族ほど、より強い魔法を保持している。庶民でも、魔法が使えると貴族が養子に迎えてくれることもあるぞ? それほどに尊ばれている力なのだ」
「でも、俺らは奴隷になってしまって…」
「だから、それがもうおかしなことなのだ。いったいどうしてそうなった?」
俺はこの異世界に来てからのことを、先生に話した。
穴に落ちたら異世界だった…というところは、外国から来たら、に置き換えてだけど。
暴漢に襲われた子爵を助け、治療の名目で子爵邸に滞在していたら。子爵の息子が敵前逃亡したことにより、いきなり騎士が現れて爵位を没収、その場にいた者は奴隷堕ちになった…件だ。
「なんというでたらめな話だ。君らに落ち度が全くない」
ですよね、と。俺は苦笑する。
自分で話していても、理不尽で、でたらめな話だと思うもん。
「小枝と引き離されそうになったから、とっさに、俺は医者だが助手の小枝がいないとなにもできないって言ったんです。魔法を持っていることは、奴隷商には言いませんでした」
「今からでも、魔法持ちであることを言ったら解放してくれるのではないか?」
「でも逆に、魔法を使えると知られたら、値がつり上げられてしまうかもしれません」
そう言うと、ローク先生は難しい顔で唸った。
「うーむ。それもあり得るか。君たちを身受けするにも、一介の医者であるわしの財産では無理だろうな。ちなみに、いくらだった?」
「ふたりで一千万です」
「法外な値段だな、無理無理」
ローク先生は五十代くらいに見えるが。無理無理なんて言うと、可愛く見える。
「奴隷商の人は、セットで売ってって交渉したら、なんか面白がっちゃって。やっぱり小枝が高いんでしょうね? 小枝はこんなに可愛いし、幼児好きの変態ジジイが高く買うんでしょ? 八百くらいで? マジで無理無理」
「いや、それだけではないと思うが? 君は黒髪で珍しいし、頭も良く、会話も楽しいのだろう」
「いいえ、俺のようなおっさんは二束三文です。小枝がほぼほぼ高値なのですっ。あぁ、うちの子が可愛いばかりに…」
俺が嘆くと、小枝が目をウルウルさせて言う。
「パパ、ぼくが可愛すぎてごめんなさいっ」
「いいや、小枝は悪くない。大丈夫だ、いつかきっと、俺が馬鹿みたいに稼いで小枝を身受けするからっ」
親子でヒシッと抱き合うと。ローク先生はジト目で俺らを見やった。
その目は、デジャブです。ハッカクがそんな目で俺らをよく見ていましたからっ。
「奴隷が奴隷を身受けするとか、聞いたことがないが…」
「とにかく、これ以上値を上げるわけにはいかないので。魔法のことは内緒にしたいのです」
ユカレフに知られたら、ヒーヒー笑いながら三千万とか値をつけられてしまいそう。無理無理。
「なるほど。衛生兵や患者の口は塞げないが。奴隷商の耳に入らないよう、静かに治療するしかないな」
「そうします。いろいろ教えていただき、ありがとうございました」
笑顔で礼を言うと、先生は気まずそうな顔をして。苦笑する。
「いや。タイジュとコエダと言ったな? 昼間は横柄な態度を取ってすまなかった」
そして出会いの非礼を謝罪した。
奴隷への差別意識を反省してくれたようだ。
「痛みを癒すという能力は、女神が医者のおまえに授けた、愛に満ちた御業なのだろう。そのような者が凄惨な戦場に降り立ったのは。女神の采配なのかもしれぬ。わしはこの奇跡を女神フォスティーヌに感謝して、タイジュとコエダに全面的に力を貸すよ。これからもよろしくな」
スープの器を小枝から受け取って、ローク先生は立ち上がった。
小枝は全部食べたな? よしっ。
「タイジュ、魔力が尽きないよう、しっかり食べなさい」
俺に注意して、ローク先生はトレーを返しに炊き出しの方へ歩いて行ってしまった。
言われなくても、食べますよ。ここへ来るまでの道中でも、お腹いっぱいは食べられなかったからな。
そして二個目のパンをかじるが。
「小枝、もう少し食べるか?」
「ううん、お腹いっぱいになった」
小枝の言葉にホッとして、改めてパンを食べる。
子供を差し置いてかぶりついちゃうなんて。
俺も結構、飢えていたようだ。
戦場での食事は、朝と夜の二回だけ。一応、俺と小枝の二人分の食事が出たけれど。
メニューはパンと干し肉だけだ。輸送中と同じだな。
「はぁ、成長期の子供は野菜の摂取も不可欠だというのに…」
俺が嘆くと、小枝は天使の顔で大人びたことを言うのだった。
「仕方がないよ、戦場に子供がいるのは想定していないだろうし。新鮮な野菜を運ぶのは普通に大変でしょ。奴隷に食事が出るだけでもありがたい感じじゃない? 戦場で動かないと即戦力にならないから、食事はちゃんとくれるみたいだね」
「そうか。ただ働きの奴隷には、ご飯を出さない主人もいるってことなのか。じゃあ仕方ないのかな?」
そうは言っても、小枝はお肉がついていないから。もっと太らせたいんだ。
あぁ、不甲斐ないパパですまない、小枝っ。うぬぬ。
小枝をあまり兵士の目にさらしたくなかったから、俺たちはテントの裏で食事をとっていた。
医療テントの辺りには、兵士はあまり近づかない。
縁起悪い、とかかな? まぁ、静かでいいけど。
「小枝、俺のパンを半分…」
言いかけるとすかさず、小枝が唇をとがらせて言う。
「駄目だよ、パパが働いているんだから、むしろぼくの分を食べてよ。パパが倒れたら、ぼくは即どこかに売られてしまうよ? 離されちゃうよ?」
「うーん、そうだな。奴隷商に、稼げるやつだと思われないとマズいんだな? じゃあ、ちゃんとひとり分ずつ食べよう。小枝も成長期なんだから食べないと」
「…日本でもクリーンが使えたら、あの総菜パンは腐らないで食べられたかもね」
固いパンを歯でちぎってもぐもぐしながら、小枝が言うのに。
俺は苦笑する。
小枝が三歳のときに姉にアレされたときの因縁の総菜パンの話だけど。アレの問題点はソコではない気がするけど。
今となっては。柔らかくて味のついた総菜パンは、貴重で懐かしくて、美味しかったなぁと思うのだった。
「ご飯が出てくる魔法を使えたら、良かったかもな? そうしたら絶対に飢えないし。飢えなければ、なんでもできるもんな?」
「でも、スリーパーがないとパパは手術できないし。パパの医者スキルが発揮できないでしょ? そうしたらパパは兵士にされちゃうかもしれないじゃん。それは嫌だよ。パパと離れたくないし。だから医者に有利な魔法で良かったんだよ」
「そうだな。ニコイチで売れと主張できたのは、魔法ありきだった。小枝のクリーンと俺のスリーパーが医療面での最高の組み合わせだったから。俺も小枝がいなきゃって思って。それでニコイチでって、とっさにゴリ押しできたんだからな。医者の知識はあっても、魔法がなければここでは威力半減だし。そしたら奴隷兵になってすぐに命を落とすこともあり得たかも。たぶん俺、戦えないし。敵でも、誰かの命を奪うなんてできない」
小枝の命が危うい状況だったら、殺人もできるかもしれないけど。
医者になったからには、人の命を奪うようなことはなるべくしたくないものだ。
いまだこの世界がどういうものかわからない中、甘い考えなのかもしれないけどね。
「それにね、魔法は無から有を産むのが一番難易度高いって、漫画に描いてあった」
「漫画?」
「前世の日本でお兄ちゃんだった人が見ていたやつ」
俺は小枝に絵本しか与えていなかったから。いつ漫画を見たのかと思ったけれど。
そういえば前世でも五歳の頃にこの世界に来た、みたいなことを小枝は言っていたな?
前世では姉の子ではなく、別の家庭の子供だったってことか。
ループというのは、人生のやり直しだと小枝は言うが。
全く違う人物から生まれたというのは、どんな原理なのだろうな?
違う人物から生まれているから、前回の小枝は今の小枝ではないんだろ?
魂だけがやり直しさせられている? 魂のループ?
わからんもんは、いつまで考えてもわからんから、時間の無駄だけど。
「そうなのかい? 俺や小枝の魔法は、無から有じゃないのか?」
「ぼくの汚れを綺麗にするやつは。あるものをなくすやつでしょ? パパは荒れたものを抑える感じだから。あるものをなだめているだけというか?」
「じゃあ、この空間にパンをポンと出すのは、難しい魔法なんだな?」
「たぶんそう。でも、思い込みは良くないので、試してみましょう。パンよデロデロ…」
小枝が宙に手をかざして呪文を唱えるので、俺も一緒になって、パンよデロデロと言ってみる。
本当にパンが出たらすごいじゃん?
そうしたらパンが出て、おおッとなったけど。そこには差し出す手があって。
食事のトレーを持ったロークさんがいたのだ。
「食事が足りないのだろう? 子供はパンより野菜スープを食べなさい」
そう言って、ロークさんは俺にパンを渡し、小枝にはスープを渡す。
「スープには干し肉をちぎって入れると美味しく食べられる」
「ロークさん、ありがたいですけど。そうしたらロークさんの食べる分が…」
「ジジイはそんなに食べない。いいから働き盛りが食べなさい」
ロークさんは、日本の大学病院の外科部長に感じが似ている。寡黙で頑固で気難しそうな感じ。
外科部長は、若い医師がおろそかにしがちなことを、ひと睨みで抑制する威圧感みたいなものがあった。
近寄りがたいんだけど。でもそういう人は、多くの経験を態度で表すというか、見て覚えろ系というか。
俺はそうとって、外科部長のこと嫌いじゃなかったけど。
人前で怒られた同僚とかは、陰で愚痴ってはいたな?
でも怒られるってことは、医者の世界では一歩間違えれば人命に関わるんだから。おろそかにはできないことなんだよね。そこをわからないと、腐った医者になっちゃうよ。
外科部長のことはともかく。
ロークさんは奴隷に差別意識があるみたいだけど。俺たちが魔法を使ったあとで、少し態度が軟化した。
小枝に野菜を食べさせようとするところなんかは、子供好きな医者っぽい。
そういえば、小枝をテントに入れるのも躊躇していたし。根は悪い人じゃなさそうだ。
「それじゃ、遠慮なく。いただきます」
「いただきますぅ」
俺がローク先生に会釈すると。小枝も挨拶した。
上手に挨拶できて、いい子だなぁ、小枝ぁぁ。
彼が持っている食事トレーには、俺に渡したパンと小枝に渡したスープ。あと焼いた肉とみかんが乗っていたみたい。
小枝はスープに、ローク先生が言ったように干し肉を入れたが。パンもちぎってその中に入れる。
元の世界のパンを知っている小枝には、このパンはやはり固いよな。
「あの、昼間に言っていた女神のいとし子って、なんですか? 俺らは外から来たのでよくわからなくて…」
俺は、この国の人に見えないようなので。そう誤魔化して彼に聞いた。
だって、異世界から来たとは言えないじゃん?
ローク先生は、だからなにも知らないのか、というような顔をした。
はい。この世界のことは全然わからないのです。
「スタインベルンではフォスティーヌ女神を信仰している。魔法は女神の寵愛の証と言われていてな、魔法を扱える者は女神のいとし子と呼ばれ、敬愛されるのだ。上位貴族ほど、より強い魔法を保持している。庶民でも、魔法が使えると貴族が養子に迎えてくれることもあるぞ? それほどに尊ばれている力なのだ」
「でも、俺らは奴隷になってしまって…」
「だから、それがもうおかしなことなのだ。いったいどうしてそうなった?」
俺はこの異世界に来てからのことを、先生に話した。
穴に落ちたら異世界だった…というところは、外国から来たら、に置き換えてだけど。
暴漢に襲われた子爵を助け、治療の名目で子爵邸に滞在していたら。子爵の息子が敵前逃亡したことにより、いきなり騎士が現れて爵位を没収、その場にいた者は奴隷堕ちになった…件だ。
「なんというでたらめな話だ。君らに落ち度が全くない」
ですよね、と。俺は苦笑する。
自分で話していても、理不尽で、でたらめな話だと思うもん。
「小枝と引き離されそうになったから、とっさに、俺は医者だが助手の小枝がいないとなにもできないって言ったんです。魔法を持っていることは、奴隷商には言いませんでした」
「今からでも、魔法持ちであることを言ったら解放してくれるのではないか?」
「でも逆に、魔法を使えると知られたら、値がつり上げられてしまうかもしれません」
そう言うと、ローク先生は難しい顔で唸った。
「うーむ。それもあり得るか。君たちを身受けするにも、一介の医者であるわしの財産では無理だろうな。ちなみに、いくらだった?」
「ふたりで一千万です」
「法外な値段だな、無理無理」
ローク先生は五十代くらいに見えるが。無理無理なんて言うと、可愛く見える。
「奴隷商の人は、セットで売ってって交渉したら、なんか面白がっちゃって。やっぱり小枝が高いんでしょうね? 小枝はこんなに可愛いし、幼児好きの変態ジジイが高く買うんでしょ? 八百くらいで? マジで無理無理」
「いや、それだけではないと思うが? 君は黒髪で珍しいし、頭も良く、会話も楽しいのだろう」
「いいえ、俺のようなおっさんは二束三文です。小枝がほぼほぼ高値なのですっ。あぁ、うちの子が可愛いばかりに…」
俺が嘆くと、小枝が目をウルウルさせて言う。
「パパ、ぼくが可愛すぎてごめんなさいっ」
「いいや、小枝は悪くない。大丈夫だ、いつかきっと、俺が馬鹿みたいに稼いで小枝を身受けするからっ」
親子でヒシッと抱き合うと。ローク先生はジト目で俺らを見やった。
その目は、デジャブです。ハッカクがそんな目で俺らをよく見ていましたからっ。
「奴隷が奴隷を身受けするとか、聞いたことがないが…」
「とにかく、これ以上値を上げるわけにはいかないので。魔法のことは内緒にしたいのです」
ユカレフに知られたら、ヒーヒー笑いながら三千万とか値をつけられてしまいそう。無理無理。
「なるほど。衛生兵や患者の口は塞げないが。奴隷商の耳に入らないよう、静かに治療するしかないな」
「そうします。いろいろ教えていただき、ありがとうございました」
笑顔で礼を言うと、先生は気まずそうな顔をして。苦笑する。
「いや。タイジュとコエダと言ったな? 昼間は横柄な態度を取ってすまなかった」
そして出会いの非礼を謝罪した。
奴隷への差別意識を反省してくれたようだ。
「痛みを癒すという能力は、女神が医者のおまえに授けた、愛に満ちた御業なのだろう。そのような者が凄惨な戦場に降り立ったのは。女神の采配なのかもしれぬ。わしはこの奇跡を女神フォスティーヌに感謝して、タイジュとコエダに全面的に力を貸すよ。これからもよろしくな」
スープの器を小枝から受け取って、ローク先生は立ち上がった。
小枝は全部食べたな? よしっ。
「タイジュ、魔力が尽きないよう、しっかり食べなさい」
俺に注意して、ローク先生はトレーを返しに炊き出しの方へ歩いて行ってしまった。
言われなくても、食べますよ。ここへ来るまでの道中でも、お腹いっぱいは食べられなかったからな。
そして二個目のパンをかじるが。
「小枝、もう少し食べるか?」
「ううん、お腹いっぱいになった」
小枝の言葉にホッとして、改めてパンを食べる。
子供を差し置いてかぶりついちゃうなんて。
俺も結構、飢えていたようだ。
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