【完結】異世界転移パパは不眠症王子の抱き枕と化す~愛する息子のために底辺脱出を望みます!~

北川晶

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7 お仕事頑張ろう

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     ◆お仕事頑張ろう

 本当に怒涛の展開としか言いようがない。
 朝までは子爵邸のブランチを優雅に食べていたというのに。
 今は奴隷となって、幌馬車の中に積まれて運ばれている最中って。

 どういうことだよ? 落差がエグくて、頭が全くついてこない。

 そうしたら、気丈に振舞っていた小枝が。俺にしがみついて泣き始めた。
 ひぇ、ひぇっ、と。泣き声を我慢するみたいにしゃくりあげて…あぁ、可哀想に。

「ごめんなさい、パパ。ぼく、大人なのに。こんなふうに泣いちゃうなんて」
 小枝には前世の記憶がある。だから、大人の気でいるのだろうが。
 俺は慰めるように小枝の肩を抱いて。そっと囁いた。
「いいんだよ、泣いても。小枝がどれだけ時を生きようと、生まれ変わったら、そこで一年生なんだ。みんなね? 今の小枝の体は子供で、脳みそも小さいから頭も子供だ。恐怖や恐れに怖がって泣くのは、子供の本能なんだよ。恥ずかしいことじゃないし。子供のうちは泣いちゃえばいいんだ」

 琥珀色の瞳をウルウルと潤ませる小枝は、俺の腕にキュッとしがみついて。ジャケットの袖に涙を染み込ませた。
 袖が濡れている、と思うと。
 元の世界の衣服を持ち出せなかったなぁ、なんて。どうでもいいことが脳裏に浮かんだ。
 現実逃避ってやつかな。脳みそが自分を守るために、本質から目をそらす。
 人間はそういうメカニズムになっているのだ。よくできているね。
 で、また着の身着のままで出てきちゃう感じになってしまった。
 救急キットやスマホや財布は、胸ポケットに入れてあるからいいけれど。
 元の世界の衣服が失われると、なんとなく元には戻れなくなるような気になってしまうな。
 小枝は、前回は十八歳になるまでの、十三年間。元の世界に戻る手立てをみつけられずに死んだと言ったが。
 今回も、ここで生涯生きる感じになるのだろうか…。

「ピーピーうるせぇなっ。子供を泣き止ませろよっ」
 小枝をあやしながら、いろいろ考えていたら。男の人が怒鳴った。
 幌馬車には、目的地の戦場に輸送中の奴隷の男たちが八人ほど乗っている。
 今後のことを悲観しているのか、みんな項垂れているのだが。
 ひとりだけ目をギラギラさせて、怒りに燃えている。

「あぁあ、子供はいいよなぁ? 泣きゃあ気が済むんだからよぉ」
 からかうように、イラつくように、声を張り上げて男は言う。
 これは、小枝に八つ当たりしているのだと思うのだけど。
 そりゃあ、奴隷なんかになってしまったら、ストレスで怒りを発散したくもなるんだろうね?

 でも、小枝には当たらないでくれる?

「あなたも泣けばいいじゃないですか」
「あぁあん? いい年した男が、ピーピー泣けるかよ」
 挑発的な男は、泣けばいいと言った俺を鼻で笑うが。

「そんなことない。だって、理不尽じゃないですか。どういう経緯で、ここにいるのかはわかりませんけど。奴隷になること自体が、人間として、もう理不尽なんだ。泣いたって、誰も笑いはしない」
 俺の言葉を聞いて、男は黙り込んだ。
 しばらくすると幌馬車の中で、男たちはみんな鼻を鳴らしてぐすぐすとすすり泣いた。

     ★★★★★

 幌馬車が止まって、戦場についたのかと思ったが。荷台から出るとそこは野原で。野宿になるみたい。
 荷台に乗っている八人…俺と小枝を入れて十人の奴隷の他に。
 馬車の運転手が二名、騎乗した警護人が三人いる。たぶん、奴隷商の人。
 野原で大きな焚火を起こして。そこで夕ご飯だ。
 ご飯は、固いパンと干し肉だけで。少ないけれど、ないよりはマシ。
 こういうの、生かさず殺さずっていうのかな?

「さっきは、悪かったな」
 馬車の中で怒りに燃えていた男が、食事している俺たちのところに来て、謝った。
 紫色の髪を短く刈り込んでいる、普通にしていても目つきの鋭い男だ。
 でも、えぇ? 強面だけど、謝るなんて意外と素直じゃん?

「俺の弟も町で捕まって、離れ離れになった。こいつみたいにノアも泣いているかもって思ったら。イライラした」
「そうなんだ。それは心配ですね? でも…捕まるって、街中で人を捕まえて奴隷にしているってことか?」
 そんなの、怖くて町を歩けないじゃないか、と思ったが。
 彼は俺を鼻で笑う。

「あんた、なにも知らないんだな? まぁ、普通はないことだが。今は戦時下だから、人員確保に国が躍起になっているんだろう。俺らみたいに親のない子がスラムで徒党を組んでいたら、はじめに捕獲される」
 ギラギラした強い視線をしているから。大人に見え、自分と同じくらいの年齢かと思っていたが。
 案外、十代かもしれない。なんか野良猫のボスみたいに貫禄があるんだよなぁ。

「弟さんはノアっていうのか? 俺は御厨大樹、そして息子の小枝だ。君の名は?」
「俺は、ハッカクだ。ミキュラーテージュ? 変な名前」
 この世界では、御厨は余程言いにくいようで、苦笑する。
 まぁ、以前も子供はみくりゃーせんせーと言っていたか。

「タイジュでいいよ。ところで、この一行はどこに向かっているんだ? 知ってる?」
 ハッカクは、呆れた目で俺を見やった。
「世間知らずの外人が捕まったのか? 運が悪いなタイジュ。戦場といったら、国境のノベリアに決まっている。隣国のレーテルノンが侵攻してきて、辺境伯が城門をなんとか死守しているが。敵は領内の平原に陣を張っているという噂だ」
「それって、国内に敵が入っているってこと?」
「そうだよ。劣勢だよ。俺らの命も風前の灯火だよ。奴隷兵なんて、一番前に配置されるに決まってる」
 ハッカクはそう嘆くが。薄ら笑いで、虚勢も張る。

「タイジュは子供を抱えて戦場を走るわけ? 敵が子供を討つの可哀想って思ってくれたらいいよなぁ?」
 まるで小枝を弾除たまよけみたいに言われて。ちょっとカチンときた。

「俺らは医者だ。小枝を戦場で戦わせるわけないだろ」
 ムッとして、言い返したけど。でも、はたから見れば、そう思われても仕方がないか。
 子供連れで戦場に行くこと自体が、親失格のような気もする。
 小枝は俺と離れたくないと言ってくれるけど。俺はずっと悩んでいる。

「戦場に子供を連れて行くことに変わりない。医療テントに敵が来ないという保証はないぞ」
「それはそうだが。小枝を手放したら、駄目だと思ったんだ」
 ハッカクの言うことは正論だ。
 そして俺の考えは、ふんわりとした勘、憶測にすぎない。
 しかし、ハッカクはうなずくのだ。

「その直感は正解だ。小枝は手放したら駄目だ。たぶん、タイジュと一緒にいる方が長生きできるし、小枝も幸せだ。心が死なない方が良いよな?」
「…なんだよ、俺を責めたり肯定したり。わけわかんね」
 ハッカクの言葉に俺は苦笑する。
 そうだ。奴隷として売られ、ひとりで働かされたら。まず、心が死ぬのだろう。
 それを、俺は本能的に悟ったのかな?

 人生は選択の連続だと言うけれど。はぁ、今回ばかりは、本当に悩む。

「ぼくはパパから離れない。それでいいのっ」
 小枝は俺の腕にしがみついて、ハッカクを涙目で見た。
「あぁ、パパも小枝から絶対に離れないっ」
 ギュッと小枝を抱き締め。ふたりでもぎゅもぎゅ抱きつき合う。
 悩むけど、見知らぬ土地で幼児の小枝をひとりにするのは、やはりありえないと思うのだ。

 そんな俺らを見やり、ハッカクはげんなりした三白眼になる。
「おまえら、奴隷の自覚、あんのか?」
「奴隷の自覚なんかないよ。わけわからないうちにこんなことになって、困惑の極致だが。従属の意識に頭を塗りつぶされたら、きっと顔を上げられなくなる。バイアは怖いし、奴隷の身でこんなことを言うのは綺麗ごとに聞こえるかもしれないけど。でもおとしめられても、己の意思は持ち続けたいし。人として顔を上げていたいんだ。だから、小枝とも仲良くするし。奴隷だから息子を愛しちゃダメってことにはならないだろ?」

「なんか、よくわからん持論だが。まぁそう思えるうちは、顔を上げて正々堂々としていればいいさ。いつまで持つかはわからんけど。敵の前に子供を置き去りにするような胸糞悪いことだけはしないでくれよな?」
 そう言って、席を立とうとするハッカクに。俺は聞いた。

「それでノベリアって、あとどれぐらいで着くの?」
「知るかっ。んー、三日くらいじゃね?」
 ウザがりながらも、ハッカクは律儀りちぎに教えてくれるのだった。
 うん、いい子だね?

 それで、就寝の時間になり。
 寝るのは、奴隷は荷台、護衛はテントだった。
 交代で見張るから逃げるなと釘を刺された。ご苦労様です。

     ★★★★★

 馬車に揺られて、三日ほどが経ち。国境のノベリア領に入った。
 幌馬車の布の隙間から見ると、町は閑散としていて。人は外を出歩いていなかった。
 もしかしたら隣の領に避難しているのかもしれないな。
 領内の平原まで、敵は進軍しているというから。防衛線を突破されたら、すぐに町は戦火にあう。

 その平原の、自軍の陣地で馬車は止まり。そこで奴隷は各々の上官となる管理者に引き渡された。
 この三日の間に仲良くなったハッカクとも、ここで別れることになったが。
「ハッカク、元気でな? 怪我しないで、絶対に生き延びるんだぞ?」
 俺の言葉に、ハッカクは不敵な笑みを浮かべる。
「はは、奴隷兵に元気もクソもあるかよ。でも、まぁ。おまえのところに敵が行かないように、俺が守ってやる」
 小枝をコチョコチョして笑わせて。俺の頭もポンと撫でる。
 たぶん、俺の方が年上なのに。ガキ扱いするなぁっ。俺はパパだぞっ!

「貶められても顔を上げていたいって、あんたの持論。なんか、刺さったよ。俺もそうありたいと思う。だから…またな? タイジュ、コエダ」
 そうして彼は背中を向けると、ひとつ手を振って去って行った。

 同じ奴隷の身の上で、彼を助けるなんてできるわけもないけれど。
 年長者として。仲良くなった友達として。
 まだ若年であるハッカクを救えなかったそのことに、俺の心に重い影が伸し掛かった。
 もしも願いが叶うなら。
 またなと言った彼に、再び元気で会いたいな。

 しんみりした気持ちになっていたが。どこかでミャーミャー誰かが言っているので。そちらに顔を向ける。
「あぁ、おまえがミャーという奴隷医師か。こちらに来い」
「あの、ミャーではなく、タイジュでよろしくお願いします。こちらは小枝です」
 どうやら御厨がみゃーになってしまったらしい。そんなに言いにくい?

「奴隷の名前などいちいち覚えない。とにかく二人分の飯が欲しかったらどんどん治療しろ」
 白髪交じりの、白衣を着たベテラン先生っぽい人が。俺の顔も見ずに、そう言う。
 戦場に来て早々、仕事のようだ。それは仕方がないな。

 さぁ、お仕事頑張ろう。

 
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