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4 かくれんぼかい?
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◆かくれんぼかい?
異世界ではじめて出会ったマクスウェルさん。マクスウェル・ローディ子爵の手当てをしたことで、俺と小枝は屋敷に招かれた。
麻酔、というか魔法のスリーパーをかけたが、屋敷につく頃には彼も目覚めていたので。彼の取り成しもあって、通りすがりの医者でも、屋敷の人に怪しまれることなく子爵邸に入れたよ。
現代日本なら、俺はそんなやつを家には入れないけどね。
お礼はするよ? でも家に入れるのは怖いご時世じゃん? だから外でできる限りのお礼をする感じになると思う。謝礼金とか、食事をご馳走するとか?
家で歓待するというのは、お国柄? 時代的に? 彼がお人好しだから?
この世界では恩義に報いて手厚くもてなすことが普通なのかもしれないな。
でも、小枝もいるし。野宿回避で、屋根の下で寝られることはとてもありがたいことだ。
医者として彼の容態を診ることを了承したので。軽く食事をいただいたあとで、もう少し彼の処置をした。
ありもののガーゼでは足りなかったので。清潔な包帯やガーゼなどを執事に用意してもらった。
これで、それなりの治療ができる。まぁ、もう縫ってあるので。あとは傷の保護だけだが。
処置のときに子爵のズボンを切ってしまったので。今彼は、ガウン型の寝衣に着替えてベッドに横になっている。治療しやすくて、ありがたいです。
かなり出血があって、術後はみんな汚れたけれど。それも小枝のクリーンで綺麗にしてもらったんだ。便利だね。
患部やその周囲も、今も清潔に保たれている。
俺は傷口に新しいガーゼを当て、包帯でとめた。
今どきは、結びめが肌に当たるのでこんなことはしないのだが。包帯の先端に縦にはさみを入れ、結ぶ方式だ。
親父が『昔はこんなふうにして包帯を結んでいてなぁ』なんて話していたから、かろうじてやり方は知っている。
前の世界なら、テープや留め具があるけれど。この世界にないものを言っても仕方がない。
「状態によりますが、一週間ほどで抜糸できます。傷のせいで今日は熱が出るかもしれませんので、俺が付き添いますね」
クリーンが効いていれば、重篤な感染はないはず。しかし傷が治る際の炎症で熱発することもあるからな。
小枝の言葉を信用しないわけではないが。
クリーンがどの程度の作用があるのかは、経過をみてみなければわからないし。
そもそも魔法が、まだよくわからないものだからな。
「無理を言っていろいろしてもらい、すまないな。えっと、君の名は…」
処置が済んで、安堵したのか。ベッドに深く沈み込んだマクスウェルさんが、俺にたずねる。
「御厨です。御厨大樹」
「ミクリャー・タイジュ? 発音が難しい名だなぁ。外国の方かい? 黒髪も我が国では珍しい…」
「言いにくいなら大樹と呼んでください。わけあって、こちらに来ましたが。外国の通貨しか持ち合わせがなく、実は困っておりました」
「そうかい。ならタイジュ先生。しばらく屋敷に滞在して、対価も受け取ってくれ。それで、この国で暮らしていけるだろう?」
マクスウェルさんは人の良い顔をして、そう提案してくれた。
「お申し出、ありがとうございます。お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
町で暮らすには先立つものも必要だからな。ここは診療代として遠慮なくいただくことにしよう。
異世界がどういうところかわからず、気分的にオロオロしていたが。
少し先の展望が見えて、俺はホッとした。
子爵の寝室の続きの間で、俺と小枝はその日はそこで寝ることになった。
夜に、彼の容態を診るためだ。
大きめのソファがあるので、小枝をそこに寝かせる。
執事さんが客室を用意してくれると言ったのだけど、小枝が俺のそばが良いって言うから。
やっぱり、この屋敷での恐怖感があるんだろうか? 俺と離れるのは不安みたい。
いったいどんな目にあったのやら、可哀想に。
「いろいろあって疲れただろう? 今日はここで、とりあえず休ませてもらおう」
子爵の屋敷は、ヨーロッパで貴族が住んでいるみたいな大きな横長の建物だった。白地の壁に、窓枠には凝った飾り彫刻。そして青い屋根がアクセントになっている。建物には詳しくないが…城ではなくて、やっぱ屋敷って感じ?
今いる部屋も、品のある壁紙に彩られ、小さな絵画がちょこちょこかかっていたり、花瓶や家具などの調度品がなにやらお高そう。
小さな診療所に併設された家は、六畳くらいの空間で細かく間仕切られた『ザ、庶民』の家だったから。ちょっと気後れするね。
やっぱり貴族ってこんな感じなんだぁ? と物珍しげに見てしまう、俺。
「ぼくは二度目なので、大丈夫だよパパ。ある意味この流れは想定内です。養子の話、出なかったね?」
「あぁ。やはり前回とは違う話の流れになったんだろうね?」
言うと、ソファに横になった小枝は、むふぅんとした嬉しそうな口の形で、目を細めた。
運命が変わって、嬉しいのか。はたまた、眠いだけなのか。
「悪い子にならなかったら、パパはぼくを嫌いにならないよね?」
「当たり前だ。どんなことがあっても嫌いになったりしない。小枝は俺の、大事な大事な息子だからな?」
額をごっつんこさせて言うと。良かったとつぶやいて、小枝は寝た。
俺的には、もう少しこの世界のことを聞きたかったところだけど。
ブランケットを肩までかけてやり…まぁ、今は。おやすみ。
★★★★★
夜も、翌日になっても、マクスウェルさんは熱を出すことなく。傷の治りも順調だった。
命に別状は、もうないと言っていいだろう。
それと同時に、小枝のクリーンもなかなかに効果的だということがわかった。
感染対策ができれば、あまり医療技術が発展していなさそうなこの世界でも、手術や治療をしていけそうだ。
仕事ができれば、ここでも小枝と暮らしていける。
朝食をご馳走になるだけでなく。
子爵は、着の身着のままだった俺たちに、この国の衣装を用意してくれた。
お風呂に入って、シャツやズボン、ジャケットも着替えると。だいぶ気持ちもすっきりした。
服は執事さんの私物で、この国では一般的に着られているもののようだ。でも、ジャケットがとても上等でしっかりした作りなので。俺も貴族になったみたいな気になるよ。
小枝も、子爵の息子さんが子供のときに着ていた衣装を貰って。こちらは本当に貴族の御子様みたい。
膝丈のズボンに、刺しゅう入りの青いジャケット、シャツはスカーフタイがついていてふんわりしている。ふんわり髪の小枝にすっごくよく似合っていて、キュートだった。
まるで、小枝のために作られたかのような服だなぁ、可愛いっ。
「ローディ子爵には息子さんがいらっしゃるんですか?」
まだベッドに横たわっているが、俺たちのファッションショーを楽しげに見やる子爵は。目を細めて、子供の話をした。
「あぁ、タイジュ先生と同じ年頃の息子がいるんだが。母親に似て浪費家で小心者で、困った子なんだよ」
そうしたら寝室に執事さんがやってきた。
「マクスウェル様、ベルナルド坊ちゃんがお見えです」
彼が言った途端、小枝はベッドの端っこに隠れた。
唐突な、かくれんぼかい?
俺は首を傾げるが。執事さんを押しのけるようにして寝室に入ってきた男に意識が向く。
ベルナルド坊ちゃん、たぶんマクスウェルさんの息子が現れた。
子爵はだいぶ白髪になっているが。ベルナルドはブラウンの髪色だ。
それより気になるのは、肌色がどす黒く、白目の部分が黄色がかっていること。
俺と同じ年頃…というか、やや年上に見えるけど。
ぱっと見で、肝臓がやられていそうだ。酒の飲みすぎですよ。
「父上、暴漢に襲われたって、今執事に聞きましたよ。お加減はいかがですか?」
「あぁ、彼が命を救ってくれたんだよ」
元気そうな子爵を見て、ベルナルドは目を丸くした。
「彼が父上を救った?」
「タイジュ先生だ。たまたま医者の彼が通りがかってね。私は本当に運がいい」
「へぇ、医者が、たまたま…君、父上の容態を教えてもらえるかい?」
そう言って、続きの間に出て行ったベルナルドを追って、私も部屋を出た。
家族に術後の説明を施すのは基本だ。
俺は大学病院時代に腐るほどした術後説明の文言を流れるように告げる。
「ローディ子爵は太ももをナイフで刺され、出血が多かったのですが。私が血管を縫合したので、命を取り留めました。一週間もすれば歩けるように…」
昨日の出来事を家族にとうとうと説明していたら、なんでかベルナルドに胸倉をつかまれた。
「貴様っ、余計なことをしやがって、俺が子爵家を継げば出征を免れられたのにっ」
怒りの眼差しで俺を見やるベルナルドは、胸倉を突き放すと、足音荒く屋敷を出て行った。
突然のことに、俺は驚くが。
患者の家族はたまに感情的な人がいるから。その類かと思っていた。
「パパぁ…」
彼が怖く見えたのだろう、ソファの影に隠れていた小枝が、俺に抱きついてきた。
あれ? ベッドの影にいたのに、いつの間にかこっちに来ている。
そして、ひぃひぃ泣いてる。可哀想に。
「大丈夫だよ、小枝。もう彼は出て行ったから」
泣く子をなだめるために、俺も小枝を抱き締め返して。ヨシヨシと背中を撫でる。
「違うのぉ。ぼく、子爵亡きあとベルナルド兄上に育てられたんだ。ローディ子爵の養子になったから、彼が兄になったの」
秘密を打ち明けるように、こっそり小枝が言う。それは前回の話だね?
「彼は性根が腐っていて、だから彼に育てられたぼくも悪い子になっちゃったの。あの言い草では、おそらく子爵を暴漢に襲わせたのは兄だったのでしょう。前のときも、子爵が死んですぐに彼が跡を継いだんです」
「…彼は、出征を免れたって言っていたけど。どういう意味かわかるか?」
目を若干キリリとさせた、大人びた小枝が出てきたから。難しそうな話だけどダメ元で聞いてみた。
「スタインベルン国は隣国と諍いがあって。でも爵位を持った貴族なら戦争に行かなくてもいい、という話だと思います」
そうしたら、かなりちゃんとした話が返ってくる。
子爵が死んで、あの男が子爵位を継いだら、貴族の兵役免除が適用されるという話だったのか。
なるほど。俺は平和な日本で暮らしていて、戦争は遠い国の話だった。医学部で勉強漬けだったから、なおさら社会情勢にも疎くて。
だから当たり前のように、この国は戦争をしているよ、と。しかも息子の小枝に言われると。ビビッてしまうな。
ベルナルドは金銭面のことだけでなく。命がかかっていたから、このような暴挙をしでかしたのだろうか。
それでも、実の父親を殺してまで、なんてことは。俺は考えられないけれど。
「兄上にみつかりたくなかったから、隠れちゃって。パパを助けられなくて、ごめんなさい」
「いいや? 小枝は小さいんだから。隠れていて正解だったよ。実の父を死に追いやろうとする乱暴な男だ、なにをしでかすかわからないだろう?」
しっかり目を合わせて言い、小枝を安心させる。
しかし、ベルナルドが怖かったのもあるのだろうが。それよりも俺を助けられなかったことを気に病んでいたなんて。小枝は本当に優しい子だな。
「パパは、小枝が俺をかばって怪我する方が嫌なんだ。だから小枝は正しかった。彼に、小枝がみつからなくて良かったって思ってる。小枝が彼に育てられて悪い子になったのなら。きっともう、小枝は悪い子にはならないね。だってあいつの弟じゃなくて、俺の可愛い息子になったんだから」
「パパっ、大好きっ。ずっとパパのそばにいる」
小枝は俺の胸にギュッとしがみついた。
小さな体なのに、強い力を感じると。小枝があの男に余程の恐怖を抱いていたことがわかるよ。
前回は、今と同じ年の頃に、この世界にひとりきりで落とされたのだろう。
生きていくには、あの男に頼るしかなかったんだな?
ベルナルドに育てられて悪い子になったと言うけど。悪い子だって自覚がある、悪いことをした意識があるのなら、小枝は芯から悪い子というわけではない。
これは悪いこと、だけど生きるためにしなければならない。そういうことだったんじゃないかと思うから。
あの男は、小枝を目にしていなかったかな?
だったら、もうあの男の手に小枝を一瞬たりとも渡さないから。
そうしたら小枝は、もうなにも怖くないはずだ。
異世界ではじめて出会ったマクスウェルさん。マクスウェル・ローディ子爵の手当てをしたことで、俺と小枝は屋敷に招かれた。
麻酔、というか魔法のスリーパーをかけたが、屋敷につく頃には彼も目覚めていたので。彼の取り成しもあって、通りすがりの医者でも、屋敷の人に怪しまれることなく子爵邸に入れたよ。
現代日本なら、俺はそんなやつを家には入れないけどね。
お礼はするよ? でも家に入れるのは怖いご時世じゃん? だから外でできる限りのお礼をする感じになると思う。謝礼金とか、食事をご馳走するとか?
家で歓待するというのは、お国柄? 時代的に? 彼がお人好しだから?
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でも、小枝もいるし。野宿回避で、屋根の下で寝られることはとてもありがたいことだ。
医者として彼の容態を診ることを了承したので。軽く食事をいただいたあとで、もう少し彼の処置をした。
ありもののガーゼでは足りなかったので。清潔な包帯やガーゼなどを執事に用意してもらった。
これで、それなりの治療ができる。まぁ、もう縫ってあるので。あとは傷の保護だけだが。
処置のときに子爵のズボンを切ってしまったので。今彼は、ガウン型の寝衣に着替えてベッドに横になっている。治療しやすくて、ありがたいです。
かなり出血があって、術後はみんな汚れたけれど。それも小枝のクリーンで綺麗にしてもらったんだ。便利だね。
患部やその周囲も、今も清潔に保たれている。
俺は傷口に新しいガーゼを当て、包帯でとめた。
今どきは、結びめが肌に当たるのでこんなことはしないのだが。包帯の先端に縦にはさみを入れ、結ぶ方式だ。
親父が『昔はこんなふうにして包帯を結んでいてなぁ』なんて話していたから、かろうじてやり方は知っている。
前の世界なら、テープや留め具があるけれど。この世界にないものを言っても仕方がない。
「状態によりますが、一週間ほどで抜糸できます。傷のせいで今日は熱が出るかもしれませんので、俺が付き添いますね」
クリーンが効いていれば、重篤な感染はないはず。しかし傷が治る際の炎症で熱発することもあるからな。
小枝の言葉を信用しないわけではないが。
クリーンがどの程度の作用があるのかは、経過をみてみなければわからないし。
そもそも魔法が、まだよくわからないものだからな。
「無理を言っていろいろしてもらい、すまないな。えっと、君の名は…」
処置が済んで、安堵したのか。ベッドに深く沈み込んだマクスウェルさんが、俺にたずねる。
「御厨です。御厨大樹」
「ミクリャー・タイジュ? 発音が難しい名だなぁ。外国の方かい? 黒髪も我が国では珍しい…」
「言いにくいなら大樹と呼んでください。わけあって、こちらに来ましたが。外国の通貨しか持ち合わせがなく、実は困っておりました」
「そうかい。ならタイジュ先生。しばらく屋敷に滞在して、対価も受け取ってくれ。それで、この国で暮らしていけるだろう?」
マクスウェルさんは人の良い顔をして、そう提案してくれた。
「お申し出、ありがとうございます。お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
町で暮らすには先立つものも必要だからな。ここは診療代として遠慮なくいただくことにしよう。
異世界がどういうところかわからず、気分的にオロオロしていたが。
少し先の展望が見えて、俺はホッとした。
子爵の寝室の続きの間で、俺と小枝はその日はそこで寝ることになった。
夜に、彼の容態を診るためだ。
大きめのソファがあるので、小枝をそこに寝かせる。
執事さんが客室を用意してくれると言ったのだけど、小枝が俺のそばが良いって言うから。
やっぱり、この屋敷での恐怖感があるんだろうか? 俺と離れるのは不安みたい。
いったいどんな目にあったのやら、可哀想に。
「いろいろあって疲れただろう? 今日はここで、とりあえず休ませてもらおう」
子爵の屋敷は、ヨーロッパで貴族が住んでいるみたいな大きな横長の建物だった。白地の壁に、窓枠には凝った飾り彫刻。そして青い屋根がアクセントになっている。建物には詳しくないが…城ではなくて、やっぱ屋敷って感じ?
今いる部屋も、品のある壁紙に彩られ、小さな絵画がちょこちょこかかっていたり、花瓶や家具などの調度品がなにやらお高そう。
小さな診療所に併設された家は、六畳くらいの空間で細かく間仕切られた『ザ、庶民』の家だったから。ちょっと気後れするね。
やっぱり貴族ってこんな感じなんだぁ? と物珍しげに見てしまう、俺。
「ぼくは二度目なので、大丈夫だよパパ。ある意味この流れは想定内です。養子の話、出なかったね?」
「あぁ。やはり前回とは違う話の流れになったんだろうね?」
言うと、ソファに横になった小枝は、むふぅんとした嬉しそうな口の形で、目を細めた。
運命が変わって、嬉しいのか。はたまた、眠いだけなのか。
「悪い子にならなかったら、パパはぼくを嫌いにならないよね?」
「当たり前だ。どんなことがあっても嫌いになったりしない。小枝は俺の、大事な大事な息子だからな?」
額をごっつんこさせて言うと。良かったとつぶやいて、小枝は寝た。
俺的には、もう少しこの世界のことを聞きたかったところだけど。
ブランケットを肩までかけてやり…まぁ、今は。おやすみ。
★★★★★
夜も、翌日になっても、マクスウェルさんは熱を出すことなく。傷の治りも順調だった。
命に別状は、もうないと言っていいだろう。
それと同時に、小枝のクリーンもなかなかに効果的だということがわかった。
感染対策ができれば、あまり医療技術が発展していなさそうなこの世界でも、手術や治療をしていけそうだ。
仕事ができれば、ここでも小枝と暮らしていける。
朝食をご馳走になるだけでなく。
子爵は、着の身着のままだった俺たちに、この国の衣装を用意してくれた。
お風呂に入って、シャツやズボン、ジャケットも着替えると。だいぶ気持ちもすっきりした。
服は執事さんの私物で、この国では一般的に着られているもののようだ。でも、ジャケットがとても上等でしっかりした作りなので。俺も貴族になったみたいな気になるよ。
小枝も、子爵の息子さんが子供のときに着ていた衣装を貰って。こちらは本当に貴族の御子様みたい。
膝丈のズボンに、刺しゅう入りの青いジャケット、シャツはスカーフタイがついていてふんわりしている。ふんわり髪の小枝にすっごくよく似合っていて、キュートだった。
まるで、小枝のために作られたかのような服だなぁ、可愛いっ。
「ローディ子爵には息子さんがいらっしゃるんですか?」
まだベッドに横たわっているが、俺たちのファッションショーを楽しげに見やる子爵は。目を細めて、子供の話をした。
「あぁ、タイジュ先生と同じ年頃の息子がいるんだが。母親に似て浪費家で小心者で、困った子なんだよ」
そうしたら寝室に執事さんがやってきた。
「マクスウェル様、ベルナルド坊ちゃんがお見えです」
彼が言った途端、小枝はベッドの端っこに隠れた。
唐突な、かくれんぼかい?
俺は首を傾げるが。執事さんを押しのけるようにして寝室に入ってきた男に意識が向く。
ベルナルド坊ちゃん、たぶんマクスウェルさんの息子が現れた。
子爵はだいぶ白髪になっているが。ベルナルドはブラウンの髪色だ。
それより気になるのは、肌色がどす黒く、白目の部分が黄色がかっていること。
俺と同じ年頃…というか、やや年上に見えるけど。
ぱっと見で、肝臓がやられていそうだ。酒の飲みすぎですよ。
「父上、暴漢に襲われたって、今執事に聞きましたよ。お加減はいかがですか?」
「あぁ、彼が命を救ってくれたんだよ」
元気そうな子爵を見て、ベルナルドは目を丸くした。
「彼が父上を救った?」
「タイジュ先生だ。たまたま医者の彼が通りがかってね。私は本当に運がいい」
「へぇ、医者が、たまたま…君、父上の容態を教えてもらえるかい?」
そう言って、続きの間に出て行ったベルナルドを追って、私も部屋を出た。
家族に術後の説明を施すのは基本だ。
俺は大学病院時代に腐るほどした術後説明の文言を流れるように告げる。
「ローディ子爵は太ももをナイフで刺され、出血が多かったのですが。私が血管を縫合したので、命を取り留めました。一週間もすれば歩けるように…」
昨日の出来事を家族にとうとうと説明していたら、なんでかベルナルドに胸倉をつかまれた。
「貴様っ、余計なことをしやがって、俺が子爵家を継げば出征を免れられたのにっ」
怒りの眼差しで俺を見やるベルナルドは、胸倉を突き放すと、足音荒く屋敷を出て行った。
突然のことに、俺は驚くが。
患者の家族はたまに感情的な人がいるから。その類かと思っていた。
「パパぁ…」
彼が怖く見えたのだろう、ソファの影に隠れていた小枝が、俺に抱きついてきた。
あれ? ベッドの影にいたのに、いつの間にかこっちに来ている。
そして、ひぃひぃ泣いてる。可哀想に。
「大丈夫だよ、小枝。もう彼は出て行ったから」
泣く子をなだめるために、俺も小枝を抱き締め返して。ヨシヨシと背中を撫でる。
「違うのぉ。ぼく、子爵亡きあとベルナルド兄上に育てられたんだ。ローディ子爵の養子になったから、彼が兄になったの」
秘密を打ち明けるように、こっそり小枝が言う。それは前回の話だね?
「彼は性根が腐っていて、だから彼に育てられたぼくも悪い子になっちゃったの。あの言い草では、おそらく子爵を暴漢に襲わせたのは兄だったのでしょう。前のときも、子爵が死んですぐに彼が跡を継いだんです」
「…彼は、出征を免れたって言っていたけど。どういう意味かわかるか?」
目を若干キリリとさせた、大人びた小枝が出てきたから。難しそうな話だけどダメ元で聞いてみた。
「スタインベルン国は隣国と諍いがあって。でも爵位を持った貴族なら戦争に行かなくてもいい、という話だと思います」
そうしたら、かなりちゃんとした話が返ってくる。
子爵が死んで、あの男が子爵位を継いだら、貴族の兵役免除が適用されるという話だったのか。
なるほど。俺は平和な日本で暮らしていて、戦争は遠い国の話だった。医学部で勉強漬けだったから、なおさら社会情勢にも疎くて。
だから当たり前のように、この国は戦争をしているよ、と。しかも息子の小枝に言われると。ビビッてしまうな。
ベルナルドは金銭面のことだけでなく。命がかかっていたから、このような暴挙をしでかしたのだろうか。
それでも、実の父親を殺してまで、なんてことは。俺は考えられないけれど。
「兄上にみつかりたくなかったから、隠れちゃって。パパを助けられなくて、ごめんなさい」
「いいや? 小枝は小さいんだから。隠れていて正解だったよ。実の父を死に追いやろうとする乱暴な男だ、なにをしでかすかわからないだろう?」
しっかり目を合わせて言い、小枝を安心させる。
しかし、ベルナルドが怖かったのもあるのだろうが。それよりも俺を助けられなかったことを気に病んでいたなんて。小枝は本当に優しい子だな。
「パパは、小枝が俺をかばって怪我する方が嫌なんだ。だから小枝は正しかった。彼に、小枝がみつからなくて良かったって思ってる。小枝が彼に育てられて悪い子になったのなら。きっともう、小枝は悪い子にはならないね。だってあいつの弟じゃなくて、俺の可愛い息子になったんだから」
「パパっ、大好きっ。ずっとパパのそばにいる」
小枝は俺の胸にギュッとしがみついた。
小さな体なのに、強い力を感じると。小枝があの男に余程の恐怖を抱いていたことがわかるよ。
前回は、今と同じ年の頃に、この世界にひとりきりで落とされたのだろう。
生きていくには、あの男に頼るしかなかったんだな?
ベルナルドに育てられて悪い子になったと言うけど。悪い子だって自覚がある、悪いことをした意識があるのなら、小枝は芯から悪い子というわけではない。
これは悪いこと、だけど生きるためにしなければならない。そういうことだったんじゃないかと思うから。
あの男は、小枝を目にしていなかったかな?
だったら、もうあの男の手に小枝を一瞬たりとも渡さないから。
そうしたら小枝は、もうなにも怖くないはずだ。
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