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3 スリーパーとクリーン
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◆スリーパーとクリーン
小枝が言うところの異世界に来て、はじめて出会ったマクスウェルさん。
ケガをしていたマクスウェルさんの治療をして、今は麻酔で寝ている彼をおぶって、お家に向かっているところだ。
「小枝、質問ばかりで悪いけど。どうしてマクスウェルさんを助けないで、なんて言ったんだ? それに、どうして彼の家や、子爵だなんて詳しいことを知っているんだ?」
小枝は小さな手で俺のジャケットをむぎゅりと握り、言いにくそうに唇をブルブルさせるが。
どんな人の命でも、助けないとダメなんだ。医者とはそういう生き物なんだ。
俺は息子ラブで、甘いパパだけど。
ダメなことはちゃんと駄目だと教えていくからね?
だけど、小枝が理由もなくそういうことを言う子じゃないのはわかっているから。怒らないで、優しくたずねた。
「ぼくは前世でも、五歳のときにここに来たの。そして十八で、この世界で死んで。生まれ変わって、今世はパパの子になったけど。やっぱり五歳でここに来ちゃった。同じ時間なんだ」
なかなか、スッとは入ってこない話で。
俺は黙って、小枝の話に耳を傾ける。
「前世で、五歳のぼくは。ここで、やっぱりマクスウェルさんに会って。そのときは怪我をしているマクスウェルさんに、そこの屋敷の人だと教えてもらって。人を呼びに行ったの。マクスウェルさんはぼくを命の恩人だって言って。それでこの世界のことがわからないぼくを不憫に思って、養子にしてくれたんだ。でも、やはり怪我が悪化してすぐに亡くなって。ぼくは子爵家の子になったんだけど。そこで…ぼくは悪い子になっちゃったんだ」
「悪い子?」
小枝が悪い子だなんて、全く想像つかなくて。思わずつぶやいた。
「パパに、ぼくが悪いことをした話はしたくない。パパに、嫌われたくないもん」
「そうか。じゃあ、そこは良い。なんにしても、俺がそばにいれば小枝は悪い子になんかならないんだからな?」
力づけるように言うと。小枝はちょっと大人びた顔で笑った。
「異世界っていうのは。日本の現世以外のところにある別世界のこと。ゲームの中の世界とか、本の中の世界に行って、そこで暮らす。そういう物語が日本には多くあったんだけど。パパはあまりライトノベルとか読まないでしょ?」
確かに、娯楽の本やテレビを見る余裕は、診療所勤めになるまではなかったな。
そういう習慣がないから、今も小枝が見ている教育番組やアニメやクイズ番組とかを、付き合って見るくらい。
漫画もゲームもアニメもライトノベルも、俺には縁がないものだった。
「でもぼくは、前世でお兄ちゃんがそういうの好きな人だったから。なんとなく知っていて。同じ時間を繰り返して、人生をやり直すことをループって言うんだ」
「あぁ、森で言っていたループって、そういうこと?」
でもライトノベルって、架空の話だろ? 作り物の意識が強いから、やはりまだピンとこないな。
だけど、知らない世界に今現在いるのだから。そろそろループや異世界というやつも納得しなければならないんだよな?
「だけどね、この世界がなんの話の中の世界なのかは、ぼくにもわからないんだ」
「…小枝が見た本や物語の中に、このスタインベルン王国が出てくる話がないってこと?」
「そうなの。パパ、頭良い。さすが、パパっ」
拍手して、褒めてくれるけど。
五歳児に感激されると、なんだか気恥ずかしい。
でも、こういう知識は全然ないからな。やっぱり小枝頼みになっちゃうよ。
「以前も今世も、ぼくが日本にいたのは五歳までで、本とかいっぱい読んだわけじゃないけど。有名なアニメや前世のお兄ちゃんが読んでいた本の中には、この世界はないみたい。だから…どういう行動をするのが正解なのか、ぼくもわからないの。きっと前世がダメダメだったから、またやり直しなんだよぉ」
そう言って小枝はぺそぉと、しょん垂れ眉毛をさらに下げる。
可哀想だから慰めてやりたいが。
どんだけ小枝の前世がダメダメだったのかわからないし。
患者をおんぶしていて手がふさがっているから、ナデナデして慰められないのが歯痒い。
「というわけで、ループしたぼくはここでマクスウェルさんに会うのが二回目なの。それで、このままマクスウェルさんの養子になってしまったら、またぼくは悪い子になっちゃいそうだから。助けないでって言っちゃった…」
自分でもいけないことを言った自覚があるみたいで。
小枝は俺に怒られたくないのか、語尾を小さくする。
「そういうことだったのかぁ。やっぱり、理由があったんだな? そうして詳しく話してくれたら、パパは小枝のことをちゃんと理解できるよ」
優しい声で、怒っていないよと俺の気持ちを伝えた。
「でもな、小枝。傷ついた人を見たら、助けてあげなければならないよ? 自分に不利益な人物でも、凶悪犯でも。とりあえず助ける。その後どうなるかは、そのあと考えること。そういうつもりでね? まずは怪我人や病人をみつけたら救いの手を差し伸べてあげるんだよ?」
小枝は普通にいい子で優しい心根を持っている。
それでも、怪我をしたマクスウェルさんを助けないでって言った。彼にとっては余程のことだったと思うけれど。人としてするべきことを、俺はパパとして小枝に教えていかなければならない。
可愛い、可愛い、と言って。甘やかして育てることは簡単だけど。
社会の常識や倫理を説くことも大事だよね。
お説教は聞きたくないっていう子もいるけど、これは忠告なんだ。小枝が将来つまづかないようにするために、パパが捧げる愛の言葉だから、頭の隅に置いてね?
まぁ。人様に迷惑をかけないこと。そしてできれば、ほんの少しの情けや愛を与えること。
それだけできれば、案外世の中はスムーズに回っていくものだ。
「はい、パパ。子爵を助けるのは怖いけど、これからはちゃんと人助けします」
小枝は大きな返事をした。
言えば小枝はちゃんと理解してくれる、いい子なのだ。
そのまままっすぐ健やかに育ってくれたら、パパは言うことなしだよ。
「小枝はさっき、マクスウェルさんが亡くなったあと悪い子になったと言ったけど。今回彼は死なないよ。俺がしっかり縫合して治したし。小枝のクリーンで感染対策もばっちりだからな?」
「クリーン?」
俺は患者が大丈夫だと言いたかったのだが。小枝は別なところに引っかかってしまう。
「小枝の魔法は綺麗にする魔法なんだろ? だからクリーンかなって。違った? なにか他に呼び方があった?」
言うと、小枝は目を真ん丸にして。口もまぁるく開けた。
その顔、どういう感情? 可愛いけど。
「…ううん。クリーンが良い。じゃあパパの魔法は?」
「麻酔効果か? うーん、なんだろう。麻酔…寝る? スリープ? スリーパーか?」
「スリーパー、カッコイイ。じゃあ、スリーパーとクリーンの無敵コンビだね?」
「そうだなぁ、親子でこの組み合わせは、医者的にも最高だな?」
パパの役に立てるって、小枝は嬉しそうにルンルンしているが。
話が大幅にそれてしまった。
俺はちゃんと小枝の不安を取り除いてやりたいのだ。
「小枝。パパは異世界やループというのは、まだよくわかっていないけど。同じ時間に戻っても、同じ人生にはならないと思うよ? だって、前のときはパパがいなかったんだろう? でも今は、小枝のそばにパパがいる。それだけでも、もう前回とは話が違っている。マクスウェルさんは死なないし。パパがいるから小枝は彼の養子にならなくていいし。だから小枝も、悪い子にはならない」
大体、小枝のように優しくて素直な子が、どうやったら悪い子になるというんだ?
どう転んでも、そうはならないし。
「俺は決して、小枝を悪い子に育てたりしない。だから小枝が不安になることはなにもないよ。いいね?」
「うん。ありがとう、パパ。大好きっ」
小枝は柔らかそうなほっぺをほんのり赤くして、元気いっぱいの明るい笑顔を見せてくれた。
そうして笑ってさえいれば、小枝は可愛い天使ちゃんのまま。
悪い子なんか、なるわけがない。
マクスウェルさん家の門が見えてきたところで、彼が目を覚ました。
「あぁ、私はどうしたんだ?」
「怪我をしたところは縫合して治しました。もう家につくところですよ」
俺の話を聞いた彼は、驚いて、宙に浮いた足を少し跳ねさせた。
「あまり大きく動かさないでください。また出血してしまいますよ」
「縫合? 痛くないが?」
俺の能力のスリーパーは、麻酔効果で患者を眠らせるだけかと思ったが、どうやら鎮痛効果もあるようだ。
いいね。でも、この能力に関してはもう少し小枝と話をしたいかな。
自分で使っておきながらも、自分でまだ納得できていないというか。
とにかく、もう少しいろいろ知りたかった。
実験もしたい。どうしたらどうなるのか、とか。
麻酔だから、人体で実験するのは危ないけれど。うーん。
「まだ麻酔が効いています。このあとはしばらく家で安静にして。お医者に診てもらってくださいね?」
とりあえずマクスウェルさんに説明しておく。術後だからな。
「いや、君に診てもらいたいのだが? ちゃんと治るのか、不安なのだ。そこが私の屋敷なので、しばらく滞在してくれないか?」
俺は、先ほどの小枝の話が気にかかっていたので。マクスウェルさんの家には入らない方が良いのではないかと思っていた。
小枝が不安を感じるのが、一番良くない。
しかし、異世界に来て。このあと、どこで寝泊まりするかも考えどころだ。
日本の通貨は使えないだろうし。使えないよね?
日もとっぷり暮れている。
この辺りには子爵家しかないようで、人通りもほぼなく。だから道端で縫合なんかしていても誰にも見咎められなかったのだけど。それは良かったのだけど。
これから町を探して、宿を探すのは大変だな。
いや、手持ちがないから野宿一択か。うーん。
「俺は、通りすがりの医者で…」
「金も取れないかもしれないジジイを助けてくれた、君の親切心は本物だよ。命の恩人だ。どうか、私の屋敷でもてなしを受けてほしい。そして回復するまで私の診察もお願いしたい。対価はもちろん支払わせてもらうよ」
一応遠慮してみたが。マクスウェルさんはご招待する気満々だ。
まぁ確かに、子供に野宿させたくないし。彼の具合も心配ではある。
前世の小枝も、こうして彼に恩返しされたのだろうな? と思った。
とにかく、養子縁組の話が出たら、断ろう。そうすれば大丈夫だろう。
小枝に視線をやると、彼もうなずいたので。
俺と小枝は、マクスウェルさんの好意に甘えて子爵家の屋敷に入ることになったのだ。
小枝が言うところの異世界に来て、はじめて出会ったマクスウェルさん。
ケガをしていたマクスウェルさんの治療をして、今は麻酔で寝ている彼をおぶって、お家に向かっているところだ。
「小枝、質問ばかりで悪いけど。どうしてマクスウェルさんを助けないで、なんて言ったんだ? それに、どうして彼の家や、子爵だなんて詳しいことを知っているんだ?」
小枝は小さな手で俺のジャケットをむぎゅりと握り、言いにくそうに唇をブルブルさせるが。
どんな人の命でも、助けないとダメなんだ。医者とはそういう生き物なんだ。
俺は息子ラブで、甘いパパだけど。
ダメなことはちゃんと駄目だと教えていくからね?
だけど、小枝が理由もなくそういうことを言う子じゃないのはわかっているから。怒らないで、優しくたずねた。
「ぼくは前世でも、五歳のときにここに来たの。そして十八で、この世界で死んで。生まれ変わって、今世はパパの子になったけど。やっぱり五歳でここに来ちゃった。同じ時間なんだ」
なかなか、スッとは入ってこない話で。
俺は黙って、小枝の話に耳を傾ける。
「前世で、五歳のぼくは。ここで、やっぱりマクスウェルさんに会って。そのときは怪我をしているマクスウェルさんに、そこの屋敷の人だと教えてもらって。人を呼びに行ったの。マクスウェルさんはぼくを命の恩人だって言って。それでこの世界のことがわからないぼくを不憫に思って、養子にしてくれたんだ。でも、やはり怪我が悪化してすぐに亡くなって。ぼくは子爵家の子になったんだけど。そこで…ぼくは悪い子になっちゃったんだ」
「悪い子?」
小枝が悪い子だなんて、全く想像つかなくて。思わずつぶやいた。
「パパに、ぼくが悪いことをした話はしたくない。パパに、嫌われたくないもん」
「そうか。じゃあ、そこは良い。なんにしても、俺がそばにいれば小枝は悪い子になんかならないんだからな?」
力づけるように言うと。小枝はちょっと大人びた顔で笑った。
「異世界っていうのは。日本の現世以外のところにある別世界のこと。ゲームの中の世界とか、本の中の世界に行って、そこで暮らす。そういう物語が日本には多くあったんだけど。パパはあまりライトノベルとか読まないでしょ?」
確かに、娯楽の本やテレビを見る余裕は、診療所勤めになるまではなかったな。
そういう習慣がないから、今も小枝が見ている教育番組やアニメやクイズ番組とかを、付き合って見るくらい。
漫画もゲームもアニメもライトノベルも、俺には縁がないものだった。
「でもぼくは、前世でお兄ちゃんがそういうの好きな人だったから。なんとなく知っていて。同じ時間を繰り返して、人生をやり直すことをループって言うんだ」
「あぁ、森で言っていたループって、そういうこと?」
でもライトノベルって、架空の話だろ? 作り物の意識が強いから、やはりまだピンとこないな。
だけど、知らない世界に今現在いるのだから。そろそろループや異世界というやつも納得しなければならないんだよな?
「だけどね、この世界がなんの話の中の世界なのかは、ぼくにもわからないんだ」
「…小枝が見た本や物語の中に、このスタインベルン王国が出てくる話がないってこと?」
「そうなの。パパ、頭良い。さすが、パパっ」
拍手して、褒めてくれるけど。
五歳児に感激されると、なんだか気恥ずかしい。
でも、こういう知識は全然ないからな。やっぱり小枝頼みになっちゃうよ。
「以前も今世も、ぼくが日本にいたのは五歳までで、本とかいっぱい読んだわけじゃないけど。有名なアニメや前世のお兄ちゃんが読んでいた本の中には、この世界はないみたい。だから…どういう行動をするのが正解なのか、ぼくもわからないの。きっと前世がダメダメだったから、またやり直しなんだよぉ」
そう言って小枝はぺそぉと、しょん垂れ眉毛をさらに下げる。
可哀想だから慰めてやりたいが。
どんだけ小枝の前世がダメダメだったのかわからないし。
患者をおんぶしていて手がふさがっているから、ナデナデして慰められないのが歯痒い。
「というわけで、ループしたぼくはここでマクスウェルさんに会うのが二回目なの。それで、このままマクスウェルさんの養子になってしまったら、またぼくは悪い子になっちゃいそうだから。助けないでって言っちゃった…」
自分でもいけないことを言った自覚があるみたいで。
小枝は俺に怒られたくないのか、語尾を小さくする。
「そういうことだったのかぁ。やっぱり、理由があったんだな? そうして詳しく話してくれたら、パパは小枝のことをちゃんと理解できるよ」
優しい声で、怒っていないよと俺の気持ちを伝えた。
「でもな、小枝。傷ついた人を見たら、助けてあげなければならないよ? 自分に不利益な人物でも、凶悪犯でも。とりあえず助ける。その後どうなるかは、そのあと考えること。そういうつもりでね? まずは怪我人や病人をみつけたら救いの手を差し伸べてあげるんだよ?」
小枝は普通にいい子で優しい心根を持っている。
それでも、怪我をしたマクスウェルさんを助けないでって言った。彼にとっては余程のことだったと思うけれど。人としてするべきことを、俺はパパとして小枝に教えていかなければならない。
可愛い、可愛い、と言って。甘やかして育てることは簡単だけど。
社会の常識や倫理を説くことも大事だよね。
お説教は聞きたくないっていう子もいるけど、これは忠告なんだ。小枝が将来つまづかないようにするために、パパが捧げる愛の言葉だから、頭の隅に置いてね?
まぁ。人様に迷惑をかけないこと。そしてできれば、ほんの少しの情けや愛を与えること。
それだけできれば、案外世の中はスムーズに回っていくものだ。
「はい、パパ。子爵を助けるのは怖いけど、これからはちゃんと人助けします」
小枝は大きな返事をした。
言えば小枝はちゃんと理解してくれる、いい子なのだ。
そのまままっすぐ健やかに育ってくれたら、パパは言うことなしだよ。
「小枝はさっき、マクスウェルさんが亡くなったあと悪い子になったと言ったけど。今回彼は死なないよ。俺がしっかり縫合して治したし。小枝のクリーンで感染対策もばっちりだからな?」
「クリーン?」
俺は患者が大丈夫だと言いたかったのだが。小枝は別なところに引っかかってしまう。
「小枝の魔法は綺麗にする魔法なんだろ? だからクリーンかなって。違った? なにか他に呼び方があった?」
言うと、小枝は目を真ん丸にして。口もまぁるく開けた。
その顔、どういう感情? 可愛いけど。
「…ううん。クリーンが良い。じゃあパパの魔法は?」
「麻酔効果か? うーん、なんだろう。麻酔…寝る? スリープ? スリーパーか?」
「スリーパー、カッコイイ。じゃあ、スリーパーとクリーンの無敵コンビだね?」
「そうだなぁ、親子でこの組み合わせは、医者的にも最高だな?」
パパの役に立てるって、小枝は嬉しそうにルンルンしているが。
話が大幅にそれてしまった。
俺はちゃんと小枝の不安を取り除いてやりたいのだ。
「小枝。パパは異世界やループというのは、まだよくわかっていないけど。同じ時間に戻っても、同じ人生にはならないと思うよ? だって、前のときはパパがいなかったんだろう? でも今は、小枝のそばにパパがいる。それだけでも、もう前回とは話が違っている。マクスウェルさんは死なないし。パパがいるから小枝は彼の養子にならなくていいし。だから小枝も、悪い子にはならない」
大体、小枝のように優しくて素直な子が、どうやったら悪い子になるというんだ?
どう転んでも、そうはならないし。
「俺は決して、小枝を悪い子に育てたりしない。だから小枝が不安になることはなにもないよ。いいね?」
「うん。ありがとう、パパ。大好きっ」
小枝は柔らかそうなほっぺをほんのり赤くして、元気いっぱいの明るい笑顔を見せてくれた。
そうして笑ってさえいれば、小枝は可愛い天使ちゃんのまま。
悪い子なんか、なるわけがない。
マクスウェルさん家の門が見えてきたところで、彼が目を覚ました。
「あぁ、私はどうしたんだ?」
「怪我をしたところは縫合して治しました。もう家につくところですよ」
俺の話を聞いた彼は、驚いて、宙に浮いた足を少し跳ねさせた。
「あまり大きく動かさないでください。また出血してしまいますよ」
「縫合? 痛くないが?」
俺の能力のスリーパーは、麻酔効果で患者を眠らせるだけかと思ったが、どうやら鎮痛効果もあるようだ。
いいね。でも、この能力に関してはもう少し小枝と話をしたいかな。
自分で使っておきながらも、自分でまだ納得できていないというか。
とにかく、もう少しいろいろ知りたかった。
実験もしたい。どうしたらどうなるのか、とか。
麻酔だから、人体で実験するのは危ないけれど。うーん。
「まだ麻酔が効いています。このあとはしばらく家で安静にして。お医者に診てもらってくださいね?」
とりあえずマクスウェルさんに説明しておく。術後だからな。
「いや、君に診てもらいたいのだが? ちゃんと治るのか、不安なのだ。そこが私の屋敷なので、しばらく滞在してくれないか?」
俺は、先ほどの小枝の話が気にかかっていたので。マクスウェルさんの家には入らない方が良いのではないかと思っていた。
小枝が不安を感じるのが、一番良くない。
しかし、異世界に来て。このあと、どこで寝泊まりするかも考えどころだ。
日本の通貨は使えないだろうし。使えないよね?
日もとっぷり暮れている。
この辺りには子爵家しかないようで、人通りもほぼなく。だから道端で縫合なんかしていても誰にも見咎められなかったのだけど。それは良かったのだけど。
これから町を探して、宿を探すのは大変だな。
いや、手持ちがないから野宿一択か。うーん。
「俺は、通りすがりの医者で…」
「金も取れないかもしれないジジイを助けてくれた、君の親切心は本物だよ。命の恩人だ。どうか、私の屋敷でもてなしを受けてほしい。そして回復するまで私の診察もお願いしたい。対価はもちろん支払わせてもらうよ」
一応遠慮してみたが。マクスウェルさんはご招待する気満々だ。
まぁ確かに、子供に野宿させたくないし。彼の具合も心配ではある。
前世の小枝も、こうして彼に恩返しされたのだろうな? と思った。
とにかく、養子縁組の話が出たら、断ろう。そうすれば大丈夫だろう。
小枝に視線をやると、彼もうなずいたので。
俺と小枝は、マクスウェルさんの好意に甘えて子爵家の屋敷に入ることになったのだ。
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