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2 五歳の幼児の話すことじゃない
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◆五歳の幼児の話すことじゃない
とりあえず、夜の森は危ないということで。夕方のまだ薄日のあるうちに、町に向かうことにした。
小枝と手をつないで、よくわからない道を進むが。以前もここに来たことがあるという小枝の足取りは、よどみない。
ここのことはなにもかもわからないので、小枝頼みになっちゃう。
俺は、元々パパとして未熟だから。わからないことやしてほしいことは素直にたずねるスタイルだ。
たとえば小枝がどんなおもちゃが好きだとか、どんな料理がおいしくて好きなのか。赤ん坊の頃から接していたらわかるかもしれないけど。
そういう一般的な親子ではないから。小枝の気持ちは小枝に聞かなきゃわからないだろ?
なにも言わなくても子供の考えることはわかる、なんて上級パパの域は、まだまだ遠いな。
だから、小枝の話をよく聞くようにしているんだ。
それに今は、この世界のことは小枝が先輩だしな。
先輩にも、俺は素直に教えを乞うスタイル。
知ったかぶりして見栄を張っても、手こずったら時間ロス。その方が結局は手間がかかっちゃうものだ。
「ところで小枝、ここはなんなんだ? 異世界ってなんだ? 元の場所に帰れるのかな?」
歩きながら小枝にたずねる。情報収集しないとね。
「ここはね、剣と魔法の世界だよ。ぼくが知っている世界に戻ったのだとしたら、ここはスタインベルン王国。王様が統治している国で。感覚としてはフランス革命以前の文化発展かな?」
俺は。小枝がフランス革命を知っていたのが驚きだったし。
本当に、五歳の幼児の話すことじゃないから。戸惑ってしまう。
「あの、小枝くん。俺はどうしても気になるんだけど。どうしてそんなに頭が良さそうなの?」
「あ、あ、頭が良いのではないのです。全然、パパにはかないません」
小枝が頭を振ると、綿菓子のような頭がフワフワンとする。それが可愛い。
それはともかく。
話す内容がもう、俺より頭良さそうなんだけど?
歴史とか文化とか、いろんなことを知っていそう。
医者ではある俺だけど、医学部に入るために十代は英理数を主にする偏った勉強漬けの毎日で、ある意味医者の知識しかないと言っても過言ではない。
なんとなく、人生経験は小枝の方が多そうだよぉ?
疑いの眼差しで見やると。
小枝は。大きな目をウルウルさせて。心細そうにつぶやくのだ。
「やっぱり、子供じゃないとダメ? パパはぼくを守ってくれない?」
「バカバカ、そんなことあるわけないだろ? 見た目は子供、頭脳は大人でも。小枝は俺のだぁい好きな息子に変わりないんだからな?」
「パパぁ」
小枝の好きなアニメの引用をして言うと、彼は足に抱きついてきて感激を表すが。
「歩いていたら危ないから、足に抱きつくのはなしだ。抱っこしてやる」
抱き上げると、小枝は足を背中に回して、コアラおんぶみたいにして前側で抱きついた。
俺は中肉中背であまり体格には恵まれていないけど。医者は意外と体力勝負で腕力も必要なので、適度に筋トレしているし。小枝は軽いから、まだまだ抱っこできるよ。
というわけで、そのまま真っすぐに歩いて行く。
「実はぼく、この世界で十八歳で死んだの。そのことを覚えているから、今世と合わせて実質二十三歳くらいの頭脳なんです」
「あぁ、そうなのか。パパより先輩でなくて、良かったよ。威厳的に?」
「パパは、ぼくの最高のパパなので、ぼくより下になることは絶対にありえません」
「いやいや、ここではパパが後輩だから。小枝先輩にいろいろ教えてもらわないとな?」
俺が言うと、小枝は頬を染めて『小枝先輩っ』とつぶやいた。
「しかし十八で死ぬなんて、短命すぎる。病気だったのか?」
「それは…」
小枝は言いにくそうに、唇を震わせる。
そのとき『ぎゃああ、助けてくれぇ』という、尋常じゃない叫びが聞こえた。
俺は小枝をしっかり抱えて、駆け足で森を抜ける。
すると舗装はされていないが、馬車が通れる感じの道に出て。俺の横を馬車が猛スピードで走り抜けていった。
辺りを見回すと、人がひとり道に倒れていて。
小枝が『あぁ、やっぱり』とつぶやいた。
「パパ、あの人…助けないでほしい」
「小枝、それは駄目だよ。そんなことを言ったらいけない」
医者としても、人としても、怪我をした人を放置することはできない。
いつも心優しい小枝が、そんなことを言うのは理由があるんだと思うけれど。
まずは、この人を助ける。
道端に倒れていた人に駆け寄り、小枝をおろして彼の様子を見る。
うめいているのは、六十代くらいの男性。頭から血を流していたから、馬車にひかれたのかと思ったが。
太ももにナイフが刺さっていた。
「聞こえますか? お名前言えますか?」
男性に言うと、彼はマクスウェルと答える。
うぅ、外国名だな。でも、言葉は通じるみたいだ。
「どうされましたか? 治療するのに、詳しく状況を知りたいです」
「強盗だ。馬車を止めて、私の荷物と馬車を持っていかれた」
すごい、荒々しい手口だな。ちょっとギョッとする。
「乗り込んできた男が、私の足を刺して。馬車から落とされた」
彼の話を聞いて、俺は目視でざっと状況を確かめた。
頭の傷は、馬車から落ちたときのものか? 受け答えがはっきりしているから、頭を打ってはいないようだが。
足の傷は、ヤバい。
太ももの中心よりやや外れた位置に刺さっている。大動脈は避けているが、支流の動脈が傷ついているのは、出血量や血の色が鮮やかなところから判断できる。放置したら失血死だ。
「マクスウェルさん、治療します。ズボンを切りますね」
「な、なにするんだっ、君たちはなんだ?」
「俺は医者です。安心して」
そうは言うものの。この状態なら血管縫合をした方がいいのだが。
麻酔もないし、外でそんなことをしたら、一命は取り留めても感染リスクが高すぎる。
材料も少ない。ジャケットの内ポケットに救急キットがあるのだが、筆箱サイズのそこには、簡易メスと針と糸、滅菌ガーゼが少量だけだ。
「…アルコール綿がない」
以前往診したときに使って、補充していなかった。失態だ。
「酒なら、少しあるが」
マクスウェルさんが内ポケットから携帯するお酒を出した。あの、器が銀色で、ちょっと湾曲した形のやつ。
昔の映画で見たことがある。うわぁ、レトロ。と言っている場合ではない。
酒は消毒的には、効き目が薄いかもしれないが。ないよりましか。
俺は全部、中身を傷にぶちまけた。
「あぁ、もったいない」
「命の方が大事ですよ。ナイフを抜くとき痛いので、なにか布を咥えて…」
「パパ、ぼく。汚いのを綺麗にする能力があります」
治療の話をマクスウェルさんにしていたら、小枝がそう言った。
またもや、すぐに理解できない話で。俺は驚きの目で小枝を見やる。
「え? なにそれ」
小枝はマクスウェルさんに聞こえないように、俺の耳に囁いた。
「汚れを浄化…綺麗にする力なんです。異世界に来ると、なにか魔法の恩恵がもらえるの」
「浄化? 綺麗? 清潔を保てる…それって滅菌っ!!」
すごいよ、滅菌出来たら、感染対策ばっちりじゃん。手術に超、有用。
俺は小枝の能力にひとりで興奮していたが。
「パパにもなにか、あるかも?」
俺に魔法の恩恵がぁ?
よくわからんが。半信半疑ながら。どうせなら、なにもしなくても治る魔法が良い。
「傷よ治れ、治れ、治れ」
ナイフが刺さっている上に手をかざして、傷に向かって唱えてみたが。
なんか光ったけど、傷は治っていないな。
「マクスウェルさん、寝た?」
だが、傷は治っていないけど。小枝の言葉で、患者が寝てしまったのに気づく。
「え、マジか? 麻酔効果か? それなら遠慮なく手術できるな?」
そう簡単に傷は治らないかぁ。楽しないで地道に治療しろってことだな?
まぁいい。麻酔できれば俺なら治せる。
「小枝の、綺麗にするやつもかけて。感染リスクおさえられるかな?」
「たぶん。できます」
うなずいて、小枝が太ももの上に手をかざす。すると辺りがパッと一瞬明るくなった。
どうやら、これで魔法はかかったようだ。
魔法少女が活躍するアニメみたいに派手な感じではないな。
ん? 派手なのは変身のシーンだっけ? まぁいいか。
「向こうむいていていいぞ? ナイフを抜くと一時的に出血が増える」
「大丈夫、パパの助手になりたいの。ぼく、やる」
「頼もしいな。でも、無理はするなよ?」
褒めると、色白の顔のほっぺをバラ色に染めてはにかむ。可愛い天使ちゃんだっ。
気を取り直して。
普通なら挟む器具、止血鉗子で血管の血流を止めて、ナイフを抜くが。その器具がないから、時間勝負だ。
簡易メスで傷口を少し切り開き。そのときは小枝にナイフを持ってもらっていた。
小枝は目を細め、うぇぇという顔をするが。無理するな?
そのあとナイフを抜いて、ガーゼを当てながら針で縫う。
自分で言うのはなんだけど、大学病院では一年目から外科部長の補佐を手掛け、腕を見込まれた。新人でオペ室を任されるのは珍しいのだが、執刀医も数十件経験している。そんな俺なので、縫合はお手の物だ。
手術はなんでも、手早くすると患者の負担が軽減されるので。縫合に時間をかけないよう、馬鹿みたいに練習した。今では目をつぶっていてもできる。
というわけで、マクスウェルさんは失血をおさえられたので命は無事なはずだよ。
救急キットのガーゼと糸は、終了したが。針とメスは滅菌したら再利用できるかな?
この世界にどれくらい滞在するのか、わからないが。
俺の医者の知識は有用だろうか?
「応急処置はできたけど。この世界の医療はどんなものかな?」
小枝にたずねると、答えがいろいろ返ってきた。
「病気やケガは基本、治癒魔法で治すのです。でも高額で。貴族でもなきゃ診てもらえない。病院や医者はやはり少なくて、高額。一般市民は怪しげな民間療法でしのぐ感じ?」
「あぁ、剣と魔法の世界だって、さっき言っていたね? 魔法か…」
先ほどはあまり深く考えなかったが。麻酔がないのに患者が寝て、手術できた。
あれが、魔法?
「マクスウェルさんは身なりがいいけど、お医者に診てもらえるかな?」
「パパが治せばいいじゃない? あとマクスウェルさんは子爵家の人だよ。あそこの家の人」
小枝が指を差したのは、斜め向こうに見えている大きな門構えの家。
えぇ? 家の目と鼻の先で強盗にあったんだ? 目をつけられていたんだね。怖っ。
「じゃあ、俺がおんぶしていこう。小枝、案内して」
「そうなるよねぇ。そういう運命なんだなぁ、はぁ」
小枝はせつないため息をついたが。
そこらへんも、屋敷に向かうまでの間に教えてもらおうかな?
とりあえず、夜の森は危ないということで。夕方のまだ薄日のあるうちに、町に向かうことにした。
小枝と手をつないで、よくわからない道を進むが。以前もここに来たことがあるという小枝の足取りは、よどみない。
ここのことはなにもかもわからないので、小枝頼みになっちゃう。
俺は、元々パパとして未熟だから。わからないことやしてほしいことは素直にたずねるスタイルだ。
たとえば小枝がどんなおもちゃが好きだとか、どんな料理がおいしくて好きなのか。赤ん坊の頃から接していたらわかるかもしれないけど。
そういう一般的な親子ではないから。小枝の気持ちは小枝に聞かなきゃわからないだろ?
なにも言わなくても子供の考えることはわかる、なんて上級パパの域は、まだまだ遠いな。
だから、小枝の話をよく聞くようにしているんだ。
それに今は、この世界のことは小枝が先輩だしな。
先輩にも、俺は素直に教えを乞うスタイル。
知ったかぶりして見栄を張っても、手こずったら時間ロス。その方が結局は手間がかかっちゃうものだ。
「ところで小枝、ここはなんなんだ? 異世界ってなんだ? 元の場所に帰れるのかな?」
歩きながら小枝にたずねる。情報収集しないとね。
「ここはね、剣と魔法の世界だよ。ぼくが知っている世界に戻ったのだとしたら、ここはスタインベルン王国。王様が統治している国で。感覚としてはフランス革命以前の文化発展かな?」
俺は。小枝がフランス革命を知っていたのが驚きだったし。
本当に、五歳の幼児の話すことじゃないから。戸惑ってしまう。
「あの、小枝くん。俺はどうしても気になるんだけど。どうしてそんなに頭が良さそうなの?」
「あ、あ、頭が良いのではないのです。全然、パパにはかないません」
小枝が頭を振ると、綿菓子のような頭がフワフワンとする。それが可愛い。
それはともかく。
話す内容がもう、俺より頭良さそうなんだけど?
歴史とか文化とか、いろんなことを知っていそう。
医者ではある俺だけど、医学部に入るために十代は英理数を主にする偏った勉強漬けの毎日で、ある意味医者の知識しかないと言っても過言ではない。
なんとなく、人生経験は小枝の方が多そうだよぉ?
疑いの眼差しで見やると。
小枝は。大きな目をウルウルさせて。心細そうにつぶやくのだ。
「やっぱり、子供じゃないとダメ? パパはぼくを守ってくれない?」
「バカバカ、そんなことあるわけないだろ? 見た目は子供、頭脳は大人でも。小枝は俺のだぁい好きな息子に変わりないんだからな?」
「パパぁ」
小枝の好きなアニメの引用をして言うと、彼は足に抱きついてきて感激を表すが。
「歩いていたら危ないから、足に抱きつくのはなしだ。抱っこしてやる」
抱き上げると、小枝は足を背中に回して、コアラおんぶみたいにして前側で抱きついた。
俺は中肉中背であまり体格には恵まれていないけど。医者は意外と体力勝負で腕力も必要なので、適度に筋トレしているし。小枝は軽いから、まだまだ抱っこできるよ。
というわけで、そのまま真っすぐに歩いて行く。
「実はぼく、この世界で十八歳で死んだの。そのことを覚えているから、今世と合わせて実質二十三歳くらいの頭脳なんです」
「あぁ、そうなのか。パパより先輩でなくて、良かったよ。威厳的に?」
「パパは、ぼくの最高のパパなので、ぼくより下になることは絶対にありえません」
「いやいや、ここではパパが後輩だから。小枝先輩にいろいろ教えてもらわないとな?」
俺が言うと、小枝は頬を染めて『小枝先輩っ』とつぶやいた。
「しかし十八で死ぬなんて、短命すぎる。病気だったのか?」
「それは…」
小枝は言いにくそうに、唇を震わせる。
そのとき『ぎゃああ、助けてくれぇ』という、尋常じゃない叫びが聞こえた。
俺は小枝をしっかり抱えて、駆け足で森を抜ける。
すると舗装はされていないが、馬車が通れる感じの道に出て。俺の横を馬車が猛スピードで走り抜けていった。
辺りを見回すと、人がひとり道に倒れていて。
小枝が『あぁ、やっぱり』とつぶやいた。
「パパ、あの人…助けないでほしい」
「小枝、それは駄目だよ。そんなことを言ったらいけない」
医者としても、人としても、怪我をした人を放置することはできない。
いつも心優しい小枝が、そんなことを言うのは理由があるんだと思うけれど。
まずは、この人を助ける。
道端に倒れていた人に駆け寄り、小枝をおろして彼の様子を見る。
うめいているのは、六十代くらいの男性。頭から血を流していたから、馬車にひかれたのかと思ったが。
太ももにナイフが刺さっていた。
「聞こえますか? お名前言えますか?」
男性に言うと、彼はマクスウェルと答える。
うぅ、外国名だな。でも、言葉は通じるみたいだ。
「どうされましたか? 治療するのに、詳しく状況を知りたいです」
「強盗だ。馬車を止めて、私の荷物と馬車を持っていかれた」
すごい、荒々しい手口だな。ちょっとギョッとする。
「乗り込んできた男が、私の足を刺して。馬車から落とされた」
彼の話を聞いて、俺は目視でざっと状況を確かめた。
頭の傷は、馬車から落ちたときのものか? 受け答えがはっきりしているから、頭を打ってはいないようだが。
足の傷は、ヤバい。
太ももの中心よりやや外れた位置に刺さっている。大動脈は避けているが、支流の動脈が傷ついているのは、出血量や血の色が鮮やかなところから判断できる。放置したら失血死だ。
「マクスウェルさん、治療します。ズボンを切りますね」
「な、なにするんだっ、君たちはなんだ?」
「俺は医者です。安心して」
そうは言うものの。この状態なら血管縫合をした方がいいのだが。
麻酔もないし、外でそんなことをしたら、一命は取り留めても感染リスクが高すぎる。
材料も少ない。ジャケットの内ポケットに救急キットがあるのだが、筆箱サイズのそこには、簡易メスと針と糸、滅菌ガーゼが少量だけだ。
「…アルコール綿がない」
以前往診したときに使って、補充していなかった。失態だ。
「酒なら、少しあるが」
マクスウェルさんが内ポケットから携帯するお酒を出した。あの、器が銀色で、ちょっと湾曲した形のやつ。
昔の映画で見たことがある。うわぁ、レトロ。と言っている場合ではない。
酒は消毒的には、効き目が薄いかもしれないが。ないよりましか。
俺は全部、中身を傷にぶちまけた。
「あぁ、もったいない」
「命の方が大事ですよ。ナイフを抜くとき痛いので、なにか布を咥えて…」
「パパ、ぼく。汚いのを綺麗にする能力があります」
治療の話をマクスウェルさんにしていたら、小枝がそう言った。
またもや、すぐに理解できない話で。俺は驚きの目で小枝を見やる。
「え? なにそれ」
小枝はマクスウェルさんに聞こえないように、俺の耳に囁いた。
「汚れを浄化…綺麗にする力なんです。異世界に来ると、なにか魔法の恩恵がもらえるの」
「浄化? 綺麗? 清潔を保てる…それって滅菌っ!!」
すごいよ、滅菌出来たら、感染対策ばっちりじゃん。手術に超、有用。
俺は小枝の能力にひとりで興奮していたが。
「パパにもなにか、あるかも?」
俺に魔法の恩恵がぁ?
よくわからんが。半信半疑ながら。どうせなら、なにもしなくても治る魔法が良い。
「傷よ治れ、治れ、治れ」
ナイフが刺さっている上に手をかざして、傷に向かって唱えてみたが。
なんか光ったけど、傷は治っていないな。
「マクスウェルさん、寝た?」
だが、傷は治っていないけど。小枝の言葉で、患者が寝てしまったのに気づく。
「え、マジか? 麻酔効果か? それなら遠慮なく手術できるな?」
そう簡単に傷は治らないかぁ。楽しないで地道に治療しろってことだな?
まぁいい。麻酔できれば俺なら治せる。
「小枝の、綺麗にするやつもかけて。感染リスクおさえられるかな?」
「たぶん。できます」
うなずいて、小枝が太ももの上に手をかざす。すると辺りがパッと一瞬明るくなった。
どうやら、これで魔法はかかったようだ。
魔法少女が活躍するアニメみたいに派手な感じではないな。
ん? 派手なのは変身のシーンだっけ? まぁいいか。
「向こうむいていていいぞ? ナイフを抜くと一時的に出血が増える」
「大丈夫、パパの助手になりたいの。ぼく、やる」
「頼もしいな。でも、無理はするなよ?」
褒めると、色白の顔のほっぺをバラ色に染めてはにかむ。可愛い天使ちゃんだっ。
気を取り直して。
普通なら挟む器具、止血鉗子で血管の血流を止めて、ナイフを抜くが。その器具がないから、時間勝負だ。
簡易メスで傷口を少し切り開き。そのときは小枝にナイフを持ってもらっていた。
小枝は目を細め、うぇぇという顔をするが。無理するな?
そのあとナイフを抜いて、ガーゼを当てながら針で縫う。
自分で言うのはなんだけど、大学病院では一年目から外科部長の補佐を手掛け、腕を見込まれた。新人でオペ室を任されるのは珍しいのだが、執刀医も数十件経験している。そんな俺なので、縫合はお手の物だ。
手術はなんでも、手早くすると患者の負担が軽減されるので。縫合に時間をかけないよう、馬鹿みたいに練習した。今では目をつぶっていてもできる。
というわけで、マクスウェルさんは失血をおさえられたので命は無事なはずだよ。
救急キットのガーゼと糸は、終了したが。針とメスは滅菌したら再利用できるかな?
この世界にどれくらい滞在するのか、わからないが。
俺の医者の知識は有用だろうか?
「応急処置はできたけど。この世界の医療はどんなものかな?」
小枝にたずねると、答えがいろいろ返ってきた。
「病気やケガは基本、治癒魔法で治すのです。でも高額で。貴族でもなきゃ診てもらえない。病院や医者はやはり少なくて、高額。一般市民は怪しげな民間療法でしのぐ感じ?」
「あぁ、剣と魔法の世界だって、さっき言っていたね? 魔法か…」
先ほどはあまり深く考えなかったが。麻酔がないのに患者が寝て、手術できた。
あれが、魔法?
「マクスウェルさんは身なりがいいけど、お医者に診てもらえるかな?」
「パパが治せばいいじゃない? あとマクスウェルさんは子爵家の人だよ。あそこの家の人」
小枝が指を差したのは、斜め向こうに見えている大きな門構えの家。
えぇ? 家の目と鼻の先で強盗にあったんだ? 目をつけられていたんだね。怖っ。
「じゃあ、俺がおんぶしていこう。小枝、案内して」
「そうなるよねぇ。そういう運命なんだなぁ、はぁ」
小枝はせつないため息をついたが。
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