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2-33 大事な話 ①

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     ◆大事な話 ①

 ぼくは、陛下が休憩室に借りている、小教室の一角で、チクチクしています。
 闇落ちハルルンコス黒ドレスバージョンを制作中だ。
 チクチクしているから、前髪はちょんちょこりんにしていますけど、なにか?

 もう。夜会では、陛下とおそろいの礼装を作ろうと思っていたのにぃ。
 でも、ぼくの分は、これから着手するつもりだったし。
 今回の陛下の衣装は、黒で作っていたので。お衣装に差し色の赤を入れれば『おそろ』にはできそうなので、いいのだけど。

 ほらぁ、ぼくは黒しか似合わないモブ顔でしょう?
 だから。今回は、恐れ多いことながら、陛下に合わせていただこうと思って、黒で作っていたんだよね。
 それは、作り直しなしで、ラッキーだった。

 あと、パターンが、すでに三着作っているものと同じだから、ぼく的には、全然、苦ではないというか?
 ま、頭を使うことなく、ただチクチクしていればいい感じです。

 悩みといえば、胸を、どのくらいボリューミーにするか、というところで。
 せっかくだから、ボンンキュッボンにしましょうか?
 でも、元が鳥ガラだからバランスが悪いかなぁ?
 ダンスしたら、ズレちゃうかもしれないし。悩みどころですぅぅ。

「クロウ、大丈夫か? 何着も仕立てをしなければならないようだが、ちゃんと寝ているか?」
 執務机で、書類仕事をしている陛下に聞かれ。ぼくは、手を止めることなく答えた。
 ちなみに、護衛の方は、廊下で警護していて。室内には、ふたりきりです。照れ照れ。

「はい。昔は、寝食忘れて、仕立てをしたりしたこともありましたが。今は、ちゃんとご飯を食べて、寝て、仕立てしてって、しています。ぼくにとって仕立ては、息を吸うより簡単なことなので。心配には及びません」
「…本当なら、エスコートする我が、ドレスを贈ったり、宝石を贈ったりするものなのだが。おまえが素敵な衣装を作ってしまうから、我の出番がなく寂しいな?」

 世の殿方は、婚約者を、晴れの席で飾り立てたい、という想いがあるみたいです。
 この頃は、お相手に、ドレスと宝石を贈るというのが、義務みたいになっている風潮もあるのですけどね。
 できる範囲で良いとは思うのですよ? こういうことは気持ちなので。
 でも、ドレス職人だったぼくとしては、ドレスが売れるのは嬉しいことなので。その風潮に反対はできませぬ。

「でしたら、黒水晶のブローチを贈っていただけませんか? ねだるような形になって、申し訳ありませんが。ハルルンは、その闇のブローチを身につけることで、闇落ちするという設定なのです」
「…ハルルンは、よくわからぬが。おまえたちのたくらみに一役買えるのなら、嬉しいよ。では、その『闇のブローチ』とやらを、我の婚約者殿にプレゼントしようか」
 そうして、ぼくは当日の小道具をゲットした。よしよし。

「クロウ、珍しくふたりきりだから、少し、大事な話をしても良いか? 手は止めなくてもいい」
 そう言って、陛下は、ぼくが座るカウチの横に腰かけた。
 そうだ。ぼくも、大事な話がある。
 でも、まずは。陛下のお話を聞こう。
 手は止めなくていいと言われたけれど。ぼくは縫物を置いて、陛下に目を合わせた。

「イアン様、なにかありましたか?」
「いや。なにも。順調に、結婚式を迎えられそうで、我も、ひと安心しているところだ。ただ…この頃よく耳にすることがあって。そのことを、クロウに聞いておきたいと思うのだ」
 そこで、陛下はひとつ息を吸い。ぼくをしっかりみつめて、口を開く。

「学園で、我は、己の魔法を制御できないかと、いろいろ試したが。それは叶わなかった。我の炎の鎮火は、今しばらく、バジリスク公爵家の血脈に頼るしかない。クロウが王妃となり、我のそばにいてくれれば、その問題はクリアできる。ま、歴代の王家がしてきた、今までどおりということだな?」

 そうですね。まぁ、バミネに監禁されていた事実があるので、陛下は不安でしょうが。それは、ぼくがともにいれば解決できることだ。
 もう二度と、陛下を、あのような目にあわせたりいたしません。
 そんな気持ちを込めて、ぼくは陛下に告げた。

「陛下が、炎の魔法に振り回されることのないよう。ぼくが、いつもそばにおります。陛下がぼくをおそばに置いてくださる、それはぼくにとって、誉れであり、幸せでもあるのです」
「しかし、クロウ。おまえは、大魔法使いなのだ。もしかしたら、カザレニア国、いや、この世界で、今までにない、強力な魔法使いかもしれない。王都全域に放送を流せるということは、王都全域に魔力を行き渡らせられる、膨大な魔力の持ち主だということ。そのおまえを、我の魔法のせいで、王宮に囲ってしまうことになる。それに対して、制する声があるのだ」

「…ダメって、ことですか?」
 反対意見があるのかなと思って、悲しげに見やると。
 陛下は、苦笑する。

「駄目、じゃない。というか。もったいない、かな? 魔法の研究や、潤沢な魔力、豊富な魔法のレパートリーなどを、有効活用したい、そんな感じだ。それは、クロウの頭脳も同じくだ。歴史に造詣が深く、教師にも一目置かれているだろう? その、優秀な人材を、王家がひとり占めする気か? というところか」

「ぼくは、ただの仕立て屋です。でも、なにか、お手伝いできることなら、致します。陛下との結婚を、そ、その人たちに、許してもらうには。どうしたらいいのですか?」
 陛下と、結婚したい。
 陛下のおそばにいたいのです、という目でみつめると。

 ぼくのことを、陛下はきつく抱き締めてくれた。その力強さに、ホッとしてしまう。

「クロウは、もうただの仕立て屋ではない。我の伴侶で、これから王妃になって、国の中枢で働く頭脳にもなる、素敵な仕立て屋だ」
 そう言って、陛下は、ぼくのちょんちょこりんを避けて、額に小さくキスしてくれた。

 あ、ちょんちょこりん、つけたままだった。恥ずかしい。

 でも、そんなおマヌケな、仕立て屋のぼくを肯定してくれる陛下が、好きです。
 この頃は、公爵子息という面が大きくて。
 公爵子息は、チクチクしなくていいとか。
 あれやっちゃダメ、これは誰かに任せなさい、服はここで買えばいい、と。いろいろ言われていて。
 アイデンティティー崩壊寸前でしたが。
 ぼくは基本、チクチクしたい人なのです。
 それがなくなったら。空っぽになっちゃうような気がするのです。

 だから、チクチクを許してくれる陛下を、ぼくは大尊敬するのです。
 お心が広くて、大好きっ。

「クロウが、したいと思うことを、すればいいと思う。ただ、我の結婚よりも、クロウが他にしたいことがあるのなら。事前に相談しておきたいと、思っただけなのだ。大魔法使いとして、世間の役に立ちたいとか。歴史を極めるために、学園に残って研究したいとか。…城下でお店を出したい、とか」
「…陛下」

 陛下は、ぼくの夢を覚えてくださっていた。
 孤島で、城下町を散策中、ぼくの夢を語った。
 城下町で、ドレス職人としてお店を出すのが夢なのです、と。

 でもそれは。陛下と結婚する前のお話。

「確かに、ぼくは城下町にお店を出すことを、ずっと夢に見てきました。でも、仕立ては、どこでもできます。ぼくの今の夢は、陛下と添い遂げること。どうか、ぼくの新しい夢を、陛下が叶えてくださいませんか?」
「…いいのか?」
 ちょっと自信なさそうに聞いてくる、陛下。
 なぜですか? ぼくはずっと、陛下のおそばにいたいと願っているのに?

「陛下を…イアン様を、愛しているのです。ぼくを離さない。どこへもやらないと、言ってください。陛下のおそばにいられるよう、陛下の望むことは、なんでもやります。ぼくは、たまに…ちょっとだけ…縫物をできれば、満足できますから。どうか、イアン様のおそばで、こき使ってくださいませ」

 ぼくの言葉に、ふふ、と笑い。では、さっそく、こき使ってやると言って。
 陛下は、甘い、甘い、チュウをしたのだった。

「クロウを離さない。どこへもやらない。我の…我だけの…愛しい死神よ。我と結婚してくれ」
「何度でも。結婚いたしますと、返事をします。イアン様、愛しています。どうか、死がふたりを分かつまで、貴方のおそばにいさせてくださいませ」
 そうして、陛下と。絆を深く結ぶようなキスをした。

 ぼくは、モブで、しがないただの仕立て屋だ。

 大魔法使いとして、世の中に君臨することも。歴史の大家として、名を残すことも。全然興味がないし、ピンともこない。
 実は、王妃になることも、ね。

 でも。陛下のおそばにずっといる、ということだけは。なにがなんでも叶えたい夢、なのだ。
 陛下のかたわらに置いてもらい、そこで、たまに、チクチク出来たら。それが最高の未来のビジョン。
 ぼくも、陛下の望みを、出来うる限り叶えます。
 だから。ぼくのささやかな夢を叶えてくださいませ。イアン様。

 あ。結婚はするのですが。その前に。
 もうひとつ、大事なお話がありました。お聞きしても良いですか?

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