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番外 モブから略奪? リーリア・ブランの野望 ⑦
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「そうです。私はアルガル公国の第三公女、リーリア・アルガル。同じく、国を背負う者として、私、陛下のお気持ちが、よくわかりますの。クロウ様に救われたとはいえ、男の方を婚約者に据えなければならなかったことは、本当におつらい決断でしたわね? でも陛下の責務は、王族の血脈を子々孫々まで永らえること。それはクロウ様にはできないことです。そんなときに陛下と家格の合う私が現れたから。クロウ様は、婚約者の座を脅かされると思って、私に嫌がらせをし始めたのですわっ」
どうよ? 完璧じゃね?
つか、クロウは子が産めないとか、家格が合うとか、国を背負うとか、血脈を永らえるとか、王族ならぐらりとくるワードを、てんこ盛りに出来たわ?
私、超天才っ。
これだけ言って、落ちない王族なんかいないわよ。さぁ、駄目押しよ?
「クロウ様も、お可哀想な方ですわね? そのように、陛下にしがみつかないとならないなんて」
悪役にも情をかける、優しい私を演出よ。健気でしょ?
男の方は、こういう、わかりやすいのが好きよね?
「必死で、醜い方だから、陛下もクロウ様に、愛など感じられないのでしょう?」
知ってるのよ? 私。陛下は、クロウ様を一度たりとも愛したこと、ないのよね?
ゲームの中で、そう主人公に愚痴っていたもの。
孤島から脱出したのは、クロウ様のおかげで。
世論とか。常識とか。公爵家の確執とか。そういうものを鑑みて、渋々、婚約者にしたのよね?
その呪縛から、今、私が解放して差し上げるわ?
「でも、私。妙案を思いつきましたの。クロウ様と私が、入れ替わってしまえば、いいのですわ?」
なんか、遠くでブモブモ言っているけど。
目の前の陛下は、頬がゆるんでいて。うふふ、好感触ですわ?
「クロウと貴方が入れ替わる?」
ほら、食いついてきている。
いいアイデアですものね? いけるわっ。
「えぇ、結婚式の号外が出てしまったから、その日は、もう延期できませんでしょう? でも、陛下は、クロウ様と結婚なさることは、ないんじゃないかしら? 私がクロウ様と入れ替わって、陛下と結婚式を挙げればいいのです。そうすれば、陛下が愛のない結婚をすることもなく。お世継ぎも、私が産んで差し上げられますから。すべてが丸くおさまるでしょう?」
そして、私の辻褄合わせも完璧に丸くおさまったわ。
どう? 良い話でしょう? さぁ、ノッてきなさいよ。
そうしたら、その足で、クロウに婚約破棄を突きつけて差し上げるわぁ!!
「がえんじない」
ブモブモブモブモブーーーーッ。
これまでにもなく、ブモが激しく鳴ったわ?
は? 今、なにが起こったのかしら? 完璧な話の流れだったはずよ?
つか、横のクマみたいな人。なんで、笑ってんのよ。
私が王妃になったら、即、解雇してやるからっ。
「リーリア嬢。我は、クロウを心の底から愛している」
驚きすぎて、目をみはり。頭もぼんやりしていて。
気づいたら。陛下が。それは、それは、麗しく、柔らかい微笑みをして、言った。
私を好きで、その顔をしていたのなら。うっとりするところだけど。
彼はその顔で、クロウを愛していると口にした。
「我は、クロウと結婚式を挙げるその日を、指折り数えて待っているのだ。我とクロウの仲に水を差す者は、たとえ公女と言えど、容赦は出来ぬ」
そうして、私に背中を向けた陛下は。光の中へ歩いて行ってしまわれた。
えっ? マジで、今なにが起こった?
陛下が、私にがえんじないって言うなんて。嘘でしょ?
私、主人公なのよ? どうしてうまくいかないの?
つか、クロウとの結婚を楽しみにしてる、みたいなこと、言った?
なんで? クロウよ? モブよ? 男よ?
ここは乙女ゲームの世界じゃん。
なんで、陛下は男のクロウにうつつを抜かすわけ?
百歩譲って、前の主人公のアイリスだったら、納得できなくもないけど。あり得ないんですけどぉ?
大歓声の中、陛下とシオン様の対戦が始まった。
私は暗い暗い、関係者専用通路で。しばらくぼんやりしていたけれど。
おっさんの騎士に追い立てられて、観客席に戻っていった。
それでも、まだモヤッとしていたのだけど。
ようやく頭を働かせて、グラウンドに目をやると。陛下が。なんか、大きなものに抱えられて、ウィニングランをしている。
シオン様、負けたのね?
まぁ、陛下は第一攻略対象者ですものね? 試合に勝つのは、決まっているわ。
元の席まで、戻ってきて。貴賓席を見やると。
クロウが、陛下のキスを受けて。うっとりしていた。
その場面を見て、怒ったシオン様が、剣でフェンスをガンガン叩いている。
ベルナルドは、シオン様をなだめつつも、クロウを微笑ましく見やり。
カッツェは、クロウと陛下がキスしたのを、面白くなさそうに、口をとがらせている。
そして、クロウと陛下を守るように。アルフレドもそばにいて。アイリスとともに、笑っていた。
なによ。その場面は。逆ハールートを達成しているときに見られる、レアスチルじゃん?
クロウのいるところには、私がいるはずだった。
陛下に、キスされるのも私。
シオン様やカッツェ様が、それを見て嫉妬する、その対象も、私。
ベルナルドに、優しい眼差しで見られるのも、私。
アルフレドが、命を懸けて守るのも、私だったはずなのにぃ。
どうして。どうして。どうして。
黒い気持ちで、塗り潰されていたとき。ハッと目が覚めるような、声が聞こえた。
人の声で『ぴんぽんぱんぽーん』と言っているが。
これって、前世でよく聞いた、放送?
機械がないこの世界で、なんで、放送なんてできるの?
「カザレニア国民の皆様。セントカミュ学園で行われた剣術大会は、イアン・カザレニア二十四世陛下の優勝で、幕を閉じました。陛下の雄姿をご覧になれなかった方に、朗報でございます。八月十三日に、剣闘士大会が行われます。今回は、流血死者はなしの、健全な大会で。女性やお子様も、安心して観戦できる仕様に、生まれ変わりました。さらに、今代の騎士爵をかけて争っている、永遠のライバル、セドリック騎士団長と、シヴァーディ副長の闘いも、見逃せませんよぉ? 華麗なる騎士たちの、闘いが繰り広げられる剣闘士大会に、ぜひ足を運んでくださいませ。ここで、ビッグサプラーイズ。なんと、剣術大会の準決勝で、見事な剣術を披露した、カッツェ・オフロ公爵子息、シオン・バジリスク公爵子息の、ゲスト出演も決定っ! リニューアル後の剣闘士大会を、お楽しみにお待ちください。ピンポンパンポーン」
耳に柔らかく響く、男性の声で。クロウがそう言い。放送が終わった。
「天から響く、神の声よ? 陛下が、本土に渡ったときに聞いた、アレと同じだったわ」
「え、これが噂の? 俺、四月は地方の実家にいて、聞きそびれたんだけど。これがそうなのか? すごいな。これって、王都中に響いているんだろう?」
「そうなの。クロウ様の魔法の効果らしいわよ?」
そばにいた生徒たちが、口々にそう言って。クロウの魔力に、舌を巻いていた。
つか、王都中に響かせる魔法って、なに?
どうすれば、放送の魔法なんか出来るのよ?
それに、王都中ってことは、そこまで魔力が行き届いているってことでしょう? どんだけ強力な魔力を持っているの?
ズルいわ。モブのくせに、魔力チートとか。聞いてないんですけどぉ?
うぅ…もう、無理なのかしら?
陛下にも、がえんじないを貰って。攻略対象ほぼ全員の、好感度が底辺のブモブモ音。
これって、挽回できない? これからどうしましょう。
でも…ちょっと待って? 私が公女だってことは、もう、バレているんでしょう?
そうしたら、大々的に身分を明かして、警護対象に加えてもらえばいいんじゃないかしら?
これは、ナイスアイデアよ? リーリア。
だって。警護上、という口実で、特別扱いされているランチの席に、私、座れるじゃん?
警護される名目で、陛下とご一緒していても、不自然じゃないわ?
陛下に近づけさえすれば、男なんか、簡単に落とせる。
か弱いフリして、体を寄せれば。どんな男もドキッとするものよ。
あと…そうね。ダメ押しで。クロウには浮気をしてもらおうかしら?
今はラブラブでも、誰かと浮気するような男なら。陛下もすぐに、愛想が尽きるはずよ。
いいね、いいね、まだやれるわ? 張り切って、次に行くわよぉ。
翌日は、剣術大会の振り替え休日で。その翌日の火の日。
私は、食堂の、特別席に。しずしずと歩いて行って。ランチを食べる、みなさまたちに向かって。淑女の礼を取った。
「お食事中、申し訳ありません。御挨拶させていただきます。私、隣国アルガル公国の公女、リーリア・アルガルでございます。諸事情により、身分を隠してまいりましたが。今日からは、公女として。こちらでお勉強をさせていただきますので。よろしくお願いします」
すると、さっそく。ブモブモが鳴り出した。もう。うるさいぃ。
「まぁ、公女様でしたの? 私、シャーロットです。仲良くしてくださいね? リーリア様」
この席の人の中で、唯一、私のことを知らなかったらしい、シャーロット王妹殿下が。無邪気にそう言った。
つか、途中参戦の薄茶モブが、どうして私の出自を知っているのかしら?
それとも、ただぼんやりしているだけかしら?
たぶんそうね。公女って地位がどういうものかも、わからない。田舎の、芋貴族令嬢って感じですもの。
「それで、公女として。私も、警護対象にしていただきたいの。ランチの席や、普段の生活にも、警護をつけていただきたいのですわ? 近頃は物騒ですものね」
そう言って、ちらりとクロウを見やる。
私、クロウに狙われているの。って、芽を植え付けておくのよ。
陛下は、眉間のシワはあるものの、小さくうなずいた。
よし。ここに加わることが出来たわ。
この、特別な人たちに囲まれる席が。どれだけ、学園の生徒たちの垂涎の的か。貴方たち当事者は、わかっていないのでしょうね?
そして。公女の私が座る席は。身分的、警備対象優先順位的に見ても、クロウの席よっ。
「クロウ、我の隣に来い。むしろ…来い」
陛下に誘われ、クロウは席を移動した。
むしろ、ってなに?
つか、クロウの席をゲットしたのは、良いけれど。陛下の隣の席の方が、良かったわぁ?
クロウが席につくと。陛下が近くからクロウの顔をのぞき込んで。
クロウは、恥じらって、頬を染め。
シオン様は近い近いと、陛下を牽制する。
なに? この甘々空間。私、なにを見せられているのかしら?
そしてブモブモ音が…特にカッツェとベルナルドのブモ音が、激しいんですけど?
対面の窓際に、カッツェ、陛下、クロウ、シオン様、の順で並び。
私の列は、窓際から、ベルナルド、私、アイリス、シャーロット、薄茶モブの順に並んでいる。
つか、なんでアイリスで一拍置くのよ。殿下に危害を加えるとでも思っているのかしら? いやぁな感じね。
「あぁ、正面からクロウ様を見ていられる、良い席だったのに」
カッツェがつぶやく。
はい? いつの間に、カッツェはクロウに攻略されていたのかしら?
「そういう点なら。隣り合っていたのも良いが、私からクロウ様がよく見えて、なかなか良い」
そうして、ベルナルドのブモ音が、少し小さくなった。
なに、それ? ベルナルドもクロウラブなの?
まぁ、剣術大会で、その傾向は現れていたけど。
ってことは? まさか、クロウが逆ハー制覇しているってことなの? 考えられんっ。なんで、こんなモブがっ。
「お兄様、マリーが、お話があるっていうのだけど。少々いいかしら?」
ランチの後のティータイムで、シャーロットの声がかかり、陛下はうなずいた。
つか、薄茶モブは、マリーっていうのね? 陛下に話しかけるとか。無礼極まりないわね?
「陛下とクロウ様の結婚式が終わると、肖像画が、瞬く間に売れると思うのですけど。肖像画は、時間も手間もかかりまして、量産ができません。でも、わが社の印刷技術が向上いたしまして、プロマイドなるものを制作いたしましたの。こちら、サンプル品になります。失礼がない品かどうか、ご覧いただきたいのですが?」
マリーとやらは、プロマイドのサンプルを、陛下に差し出した。
つか、プロマイドって? あの、アイドルの写真みたいなやつ?
まぁ、前世でも廃れた文化になりつつあったけど。
でも、プロマイドって名前は、前世のものよね? このマリーも転生者なのかしら?
「肖像画は、一枚一枚手書きですから、お値段もそれなりにいたしますけど。こちらは印刷なので。手頃なお値段で販売できまして、王国の民には、手が届きやすい品になります。しかし、王族の威信が傷つくようでは困りますので。陛下に事前に、ご判断いただければと」
「良いのではないか? 印刷も綺麗だし、光沢があって高級感もあるではないか。それに、クロウと我が結婚したということを、安価で国の隅々にまで広げられる、一品になりうるなら、なんの文句もない」
陛下は上機嫌で、マリーに許しを出し。
「しかし、マリー様。この顔は、ちょっと盛りすぎでは?」
と、クロウが困り顔で言い。
「マリー殿、このプロマイドを売ってください。肖像画でなければいいのだろう? シオンっ」
と、カッツェが鼻息荒く言い。
「いいえ、マリー殿。ぜひ私に、全部売ってください。言い値で買います。クロウ様の人気は、すでに我が領地では絶大なのです。農地の危機を救った、大恩人ですから」
と、ベルナルドが眼鏡をキラリとさせて言う。
つか、ベルナルドの領地問題を解決したのも、クロウなの? きぃぃ。
「あぁ、ぼくの兄上がぁ…全国にさらされてしまう、ぼくの兄上がぁ…」
と、シオン様が、しょんぼり眉でつぶやく。イケメンが台無し。
「さすがのクロウフィーバーですわね。心配は、杞憂でしたわ」
と、アイリスがつぶやいた。
なんか、意味深に、こちらを見て、笑みを浮かべるのが、気にはなったけど。
とにかく、私は事前に立てた計画を実行するだけよ。
クロウを貶めて、婚約者の座から引きずり落とす計画を、ね。
どうよ? 完璧じゃね?
つか、クロウは子が産めないとか、家格が合うとか、国を背負うとか、血脈を永らえるとか、王族ならぐらりとくるワードを、てんこ盛りに出来たわ?
私、超天才っ。
これだけ言って、落ちない王族なんかいないわよ。さぁ、駄目押しよ?
「クロウ様も、お可哀想な方ですわね? そのように、陛下にしがみつかないとならないなんて」
悪役にも情をかける、優しい私を演出よ。健気でしょ?
男の方は、こういう、わかりやすいのが好きよね?
「必死で、醜い方だから、陛下もクロウ様に、愛など感じられないのでしょう?」
知ってるのよ? 私。陛下は、クロウ様を一度たりとも愛したこと、ないのよね?
ゲームの中で、そう主人公に愚痴っていたもの。
孤島から脱出したのは、クロウ様のおかげで。
世論とか。常識とか。公爵家の確執とか。そういうものを鑑みて、渋々、婚約者にしたのよね?
その呪縛から、今、私が解放して差し上げるわ?
「でも、私。妙案を思いつきましたの。クロウ様と私が、入れ替わってしまえば、いいのですわ?」
なんか、遠くでブモブモ言っているけど。
目の前の陛下は、頬がゆるんでいて。うふふ、好感触ですわ?
「クロウと貴方が入れ替わる?」
ほら、食いついてきている。
いいアイデアですものね? いけるわっ。
「えぇ、結婚式の号外が出てしまったから、その日は、もう延期できませんでしょう? でも、陛下は、クロウ様と結婚なさることは、ないんじゃないかしら? 私がクロウ様と入れ替わって、陛下と結婚式を挙げればいいのです。そうすれば、陛下が愛のない結婚をすることもなく。お世継ぎも、私が産んで差し上げられますから。すべてが丸くおさまるでしょう?」
そして、私の辻褄合わせも完璧に丸くおさまったわ。
どう? 良い話でしょう? さぁ、ノッてきなさいよ。
そうしたら、その足で、クロウに婚約破棄を突きつけて差し上げるわぁ!!
「がえんじない」
ブモブモブモブモブーーーーッ。
これまでにもなく、ブモが激しく鳴ったわ?
は? 今、なにが起こったのかしら? 完璧な話の流れだったはずよ?
つか、横のクマみたいな人。なんで、笑ってんのよ。
私が王妃になったら、即、解雇してやるからっ。
「リーリア嬢。我は、クロウを心の底から愛している」
驚きすぎて、目をみはり。頭もぼんやりしていて。
気づいたら。陛下が。それは、それは、麗しく、柔らかい微笑みをして、言った。
私を好きで、その顔をしていたのなら。うっとりするところだけど。
彼はその顔で、クロウを愛していると口にした。
「我は、クロウと結婚式を挙げるその日を、指折り数えて待っているのだ。我とクロウの仲に水を差す者は、たとえ公女と言えど、容赦は出来ぬ」
そうして、私に背中を向けた陛下は。光の中へ歩いて行ってしまわれた。
えっ? マジで、今なにが起こった?
陛下が、私にがえんじないって言うなんて。嘘でしょ?
私、主人公なのよ? どうしてうまくいかないの?
つか、クロウとの結婚を楽しみにしてる、みたいなこと、言った?
なんで? クロウよ? モブよ? 男よ?
ここは乙女ゲームの世界じゃん。
なんで、陛下は男のクロウにうつつを抜かすわけ?
百歩譲って、前の主人公のアイリスだったら、納得できなくもないけど。あり得ないんですけどぉ?
大歓声の中、陛下とシオン様の対戦が始まった。
私は暗い暗い、関係者専用通路で。しばらくぼんやりしていたけれど。
おっさんの騎士に追い立てられて、観客席に戻っていった。
それでも、まだモヤッとしていたのだけど。
ようやく頭を働かせて、グラウンドに目をやると。陛下が。なんか、大きなものに抱えられて、ウィニングランをしている。
シオン様、負けたのね?
まぁ、陛下は第一攻略対象者ですものね? 試合に勝つのは、決まっているわ。
元の席まで、戻ってきて。貴賓席を見やると。
クロウが、陛下のキスを受けて。うっとりしていた。
その場面を見て、怒ったシオン様が、剣でフェンスをガンガン叩いている。
ベルナルドは、シオン様をなだめつつも、クロウを微笑ましく見やり。
カッツェは、クロウと陛下がキスしたのを、面白くなさそうに、口をとがらせている。
そして、クロウと陛下を守るように。アルフレドもそばにいて。アイリスとともに、笑っていた。
なによ。その場面は。逆ハールートを達成しているときに見られる、レアスチルじゃん?
クロウのいるところには、私がいるはずだった。
陛下に、キスされるのも私。
シオン様やカッツェ様が、それを見て嫉妬する、その対象も、私。
ベルナルドに、優しい眼差しで見られるのも、私。
アルフレドが、命を懸けて守るのも、私だったはずなのにぃ。
どうして。どうして。どうして。
黒い気持ちで、塗り潰されていたとき。ハッと目が覚めるような、声が聞こえた。
人の声で『ぴんぽんぱんぽーん』と言っているが。
これって、前世でよく聞いた、放送?
機械がないこの世界で、なんで、放送なんてできるの?
「カザレニア国民の皆様。セントカミュ学園で行われた剣術大会は、イアン・カザレニア二十四世陛下の優勝で、幕を閉じました。陛下の雄姿をご覧になれなかった方に、朗報でございます。八月十三日に、剣闘士大会が行われます。今回は、流血死者はなしの、健全な大会で。女性やお子様も、安心して観戦できる仕様に、生まれ変わりました。さらに、今代の騎士爵をかけて争っている、永遠のライバル、セドリック騎士団長と、シヴァーディ副長の闘いも、見逃せませんよぉ? 華麗なる騎士たちの、闘いが繰り広げられる剣闘士大会に、ぜひ足を運んでくださいませ。ここで、ビッグサプラーイズ。なんと、剣術大会の準決勝で、見事な剣術を披露した、カッツェ・オフロ公爵子息、シオン・バジリスク公爵子息の、ゲスト出演も決定っ! リニューアル後の剣闘士大会を、お楽しみにお待ちください。ピンポンパンポーン」
耳に柔らかく響く、男性の声で。クロウがそう言い。放送が終わった。
「天から響く、神の声よ? 陛下が、本土に渡ったときに聞いた、アレと同じだったわ」
「え、これが噂の? 俺、四月は地方の実家にいて、聞きそびれたんだけど。これがそうなのか? すごいな。これって、王都中に響いているんだろう?」
「そうなの。クロウ様の魔法の効果らしいわよ?」
そばにいた生徒たちが、口々にそう言って。クロウの魔力に、舌を巻いていた。
つか、王都中に響かせる魔法って、なに?
どうすれば、放送の魔法なんか出来るのよ?
それに、王都中ってことは、そこまで魔力が行き届いているってことでしょう? どんだけ強力な魔力を持っているの?
ズルいわ。モブのくせに、魔力チートとか。聞いてないんですけどぉ?
うぅ…もう、無理なのかしら?
陛下にも、がえんじないを貰って。攻略対象ほぼ全員の、好感度が底辺のブモブモ音。
これって、挽回できない? これからどうしましょう。
でも…ちょっと待って? 私が公女だってことは、もう、バレているんでしょう?
そうしたら、大々的に身分を明かして、警護対象に加えてもらえばいいんじゃないかしら?
これは、ナイスアイデアよ? リーリア。
だって。警護上、という口実で、特別扱いされているランチの席に、私、座れるじゃん?
警護される名目で、陛下とご一緒していても、不自然じゃないわ?
陛下に近づけさえすれば、男なんか、簡単に落とせる。
か弱いフリして、体を寄せれば。どんな男もドキッとするものよ。
あと…そうね。ダメ押しで。クロウには浮気をしてもらおうかしら?
今はラブラブでも、誰かと浮気するような男なら。陛下もすぐに、愛想が尽きるはずよ。
いいね、いいね、まだやれるわ? 張り切って、次に行くわよぉ。
翌日は、剣術大会の振り替え休日で。その翌日の火の日。
私は、食堂の、特別席に。しずしずと歩いて行って。ランチを食べる、みなさまたちに向かって。淑女の礼を取った。
「お食事中、申し訳ありません。御挨拶させていただきます。私、隣国アルガル公国の公女、リーリア・アルガルでございます。諸事情により、身分を隠してまいりましたが。今日からは、公女として。こちらでお勉強をさせていただきますので。よろしくお願いします」
すると、さっそく。ブモブモが鳴り出した。もう。うるさいぃ。
「まぁ、公女様でしたの? 私、シャーロットです。仲良くしてくださいね? リーリア様」
この席の人の中で、唯一、私のことを知らなかったらしい、シャーロット王妹殿下が。無邪気にそう言った。
つか、途中参戦の薄茶モブが、どうして私の出自を知っているのかしら?
それとも、ただぼんやりしているだけかしら?
たぶんそうね。公女って地位がどういうものかも、わからない。田舎の、芋貴族令嬢って感じですもの。
「それで、公女として。私も、警護対象にしていただきたいの。ランチの席や、普段の生活にも、警護をつけていただきたいのですわ? 近頃は物騒ですものね」
そう言って、ちらりとクロウを見やる。
私、クロウに狙われているの。って、芽を植え付けておくのよ。
陛下は、眉間のシワはあるものの、小さくうなずいた。
よし。ここに加わることが出来たわ。
この、特別な人たちに囲まれる席が。どれだけ、学園の生徒たちの垂涎の的か。貴方たち当事者は、わかっていないのでしょうね?
そして。公女の私が座る席は。身分的、警備対象優先順位的に見ても、クロウの席よっ。
「クロウ、我の隣に来い。むしろ…来い」
陛下に誘われ、クロウは席を移動した。
むしろ、ってなに?
つか、クロウの席をゲットしたのは、良いけれど。陛下の隣の席の方が、良かったわぁ?
クロウが席につくと。陛下が近くからクロウの顔をのぞき込んで。
クロウは、恥じらって、頬を染め。
シオン様は近い近いと、陛下を牽制する。
なに? この甘々空間。私、なにを見せられているのかしら?
そしてブモブモ音が…特にカッツェとベルナルドのブモ音が、激しいんですけど?
対面の窓際に、カッツェ、陛下、クロウ、シオン様、の順で並び。
私の列は、窓際から、ベルナルド、私、アイリス、シャーロット、薄茶モブの順に並んでいる。
つか、なんでアイリスで一拍置くのよ。殿下に危害を加えるとでも思っているのかしら? いやぁな感じね。
「あぁ、正面からクロウ様を見ていられる、良い席だったのに」
カッツェがつぶやく。
はい? いつの間に、カッツェはクロウに攻略されていたのかしら?
「そういう点なら。隣り合っていたのも良いが、私からクロウ様がよく見えて、なかなか良い」
そうして、ベルナルドのブモ音が、少し小さくなった。
なに、それ? ベルナルドもクロウラブなの?
まぁ、剣術大会で、その傾向は現れていたけど。
ってことは? まさか、クロウが逆ハー制覇しているってことなの? 考えられんっ。なんで、こんなモブがっ。
「お兄様、マリーが、お話があるっていうのだけど。少々いいかしら?」
ランチの後のティータイムで、シャーロットの声がかかり、陛下はうなずいた。
つか、薄茶モブは、マリーっていうのね? 陛下に話しかけるとか。無礼極まりないわね?
「陛下とクロウ様の結婚式が終わると、肖像画が、瞬く間に売れると思うのですけど。肖像画は、時間も手間もかかりまして、量産ができません。でも、わが社の印刷技術が向上いたしまして、プロマイドなるものを制作いたしましたの。こちら、サンプル品になります。失礼がない品かどうか、ご覧いただきたいのですが?」
マリーとやらは、プロマイドのサンプルを、陛下に差し出した。
つか、プロマイドって? あの、アイドルの写真みたいなやつ?
まぁ、前世でも廃れた文化になりつつあったけど。
でも、プロマイドって名前は、前世のものよね? このマリーも転生者なのかしら?
「肖像画は、一枚一枚手書きですから、お値段もそれなりにいたしますけど。こちらは印刷なので。手頃なお値段で販売できまして、王国の民には、手が届きやすい品になります。しかし、王族の威信が傷つくようでは困りますので。陛下に事前に、ご判断いただければと」
「良いのではないか? 印刷も綺麗だし、光沢があって高級感もあるではないか。それに、クロウと我が結婚したということを、安価で国の隅々にまで広げられる、一品になりうるなら、なんの文句もない」
陛下は上機嫌で、マリーに許しを出し。
「しかし、マリー様。この顔は、ちょっと盛りすぎでは?」
と、クロウが困り顔で言い。
「マリー殿、このプロマイドを売ってください。肖像画でなければいいのだろう? シオンっ」
と、カッツェが鼻息荒く言い。
「いいえ、マリー殿。ぜひ私に、全部売ってください。言い値で買います。クロウ様の人気は、すでに我が領地では絶大なのです。農地の危機を救った、大恩人ですから」
と、ベルナルドが眼鏡をキラリとさせて言う。
つか、ベルナルドの領地問題を解決したのも、クロウなの? きぃぃ。
「あぁ、ぼくの兄上がぁ…全国にさらされてしまう、ぼくの兄上がぁ…」
と、シオン様が、しょんぼり眉でつぶやく。イケメンが台無し。
「さすがのクロウフィーバーですわね。心配は、杞憂でしたわ」
と、アイリスがつぶやいた。
なんか、意味深に、こちらを見て、笑みを浮かべるのが、気にはなったけど。
とにかく、私は事前に立てた計画を実行するだけよ。
クロウを貶めて、婚約者の座から引きずり落とす計画を、ね。
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前世の記憶『予知』のもと、目的達成のためグレイは奔走するが、メルロロッティ嬢の婚約破棄後、少しずつ歴史は歪曲しグレイの予知からズレはじめる……
*主人公の股緩め、登場キャラ貞操観念低め、性癖尖り目、ピュア成分低めです。苦手な方はご注意ください。
*他サイト様にも投稿している作品です。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について
はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
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