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2-26 剣術大会っ! ③
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陛下とシオンの対決は、初めから熾烈を極めた。
陛下は、今までの生徒たちとの対戦で、ほぼ一撃で、剣を弾いたり、場外に落したりしていた。
そのため、毎試合十秒も、舞台上にいなかったのだ。
でもシオンとの対戦では、剣を交える、というところまで来ていて。
それだけで、陛下の雄姿を存分に目にしたい観客たちを、満足させた。
シオンは、持ち前のスピードで、陛下に剣を繰り出し。
陛下は、それを如才なく受け止めているのだが。
まだ、様子見のような。不敵な笑みを浮かべて、この対戦を楽しんでいるような気配がする。
うぅむ、余裕ですな?
一閃、陛下が剣を横に振るうと。
シオンは、高い運動神経で、それをヒラリとかわす。
「ほう? これをかわすとは、さすがだな。猫のような、機敏でしなやかな動きは、なかなか厄介だ。しかし、これはどうだ?」
そう言って、陛下は、なにやら小さな袋を、シオンの足元に落す。
途端、シオンの気配がゆるんだ。
「この、甘い香り…力が抜ける、これは…マタタビかっ? 卑怯だぞ? 陛下ともあろう人が…」
なんか、シオンは鋭い目で、シリアスな雰囲気出しているけど…マタタビ、効くんだ?
「卑怯ではない。戦いでは、いつでも全力を尽くすものだ。おまえの弱点を知っていて、利用しない手はない」
「ふん、こんなもの。兄上の良い匂いの魔力ほどの誘惑は、ないっ!」
シオンは、再び足に力を込めて、陛下に襲い掛かる。
剣を受け止め、ギリギリと、つばぜり合いするふたり。
つか、ぼくは。話が変な方向に行っているのが、先ほどから気にかかっています。
嫌な予感しかしません。
「なにっ? クロウの魔力の匂いを、嗅いでいる…だとっ?」
「えぇ、ぼくは毎晩、兄上とベッドをともにしているのです。毎日毎晩、嗅ぎまくりです」
いやぁぁぁぁっ!
誤解を招く発言をするんじゃない、シオン。
おまえが毎晩、ベッドの中に、勝手にもぐり込んで来るのではないですか?
猫になって、窓から侵入し、いつの間にかベッドでぬくぬくしているだけなのです。
決して、ぼくが招き入れているのではありませんよ? 陛下ッ。
ぼくが頬を両手でおさえて、顔を真っ赤にすると。
なにやら御令嬢の黄色い声援が、キャーーーッとあがる。
そうでしょう、そうでしょう?
イケメンエロビーストのシオンが、モブ兄のベッドで一緒に寝ているとか、御令嬢方は知りたくなかったですよね?
えぇ、わかります。イメージ崩れますよね?
「クロウの、お日様の独特の爽やかな香りと相まって、ほの甘く、とてもかぐわしい、あの匂いを。毎晩嗅いでいるというのか? 許せん。シオン、おまえはここで成敗してやるっ」
ギャーー、陛下? 公爵家後継を成敗しないでください。
そして、公衆の面前で、ぼくの匂いについて、事細かに解説しないでくださいぃいぃ。
再び、御令嬢方の悲鳴があがる。
そうでしょう、そうでしょう? モブの匂いとか、誰も知りたくないに決まっています。
「陛下こそ、なんで、兄上の魔力の匂いを知っているのですか? 嫁入り前の清らかな兄上に、不埒なことをしているんじゃないでしょうね?」
「…………恋人なら、不埒をしても良かろう?」
意味深な間を持たせて、な、な、なに、言っちゃってんのぉ? 陛下ッ。
みなさんの前ですよ。やーめーてー。
「し、真剣にやってください。シオンも、陛下もっ」
もう黙っていられず、ぼくは客席で声をあげた。
すると、その声に反応し。ふたりとも、同時に、こちらを向いた。
ひえっ、怖いです。なんで、ぼくの声が聞こえるのですか?
そんな大声でもないというのにっ。
「我の嫁が心配している。遊びは終わりだ、シオン」
「まだ、嫁ではありません、陛下ッ」
そうして、ふたりは。遠慮もなにもなく、バチバチに剣を叩き合うのだった。
うわっ、ふたりの剣筋が全く見えません。
目が追いつかないくらいの勢いで、剣が体に当たったら。いくら刃が潰れているとはいっても、怪我しそう、痛そうです。
そんな中、陛下が徐々に、シオンを押し始めている。
シオンは、陛下の重い剣戟を当てられて、一歩一歩、後ろに下がっていくしかない。
「はは、スピードはあるが、受けられないほどではないな。それに、とにかく軽いぞ」
陛下は、笑いながら言うと。渾身の力で、シオンを弾き飛ばしてしまった。
たまらず、シオンは舞台の端から落っこちて、地面に着地してしまう。
そこで、勝者は陛下となった。
生徒たちの大歓声が、剣闘技場を揺らし。
トーナメント表をちぎって作った紙吹雪が、舞う。
陛下は舞台の上で、剣先をシオンに向け。告げた。
「なかなかに楽しかったぞ、シオン。だが、おまえは我に負けたのだから、クロウと一緒に寝るのは禁止だ」
「横暴だ、陛下。そんな約束してないしぃ」
「横暴じゃない。というか、早く兄離れしろ」
「もうすぐ嫁に行くからこその、最後の甘えくらい許してくださいよ。器が小さい…」
「なんか、言ったか? シオンよ?」
目をすがめて見やられ。
シオンは、いさぎよく勝者に礼を取るのだった。
もう、シオンったら。陛下にそのような言葉遣いで、不敬に問われたらどうするんだ? 公爵子息失格です。
「シオン、我とクロウが結婚したら、おまえは我の弟になるな。たまには、剣の稽古をつけてやってもいいぞ?」
「お手柔らかにお願いいたしますぅ、陛下ぁ」
気のなさそうな棒読みと、気の抜けた三白眼で、シオンは言う。
本当に不敬だな、あいつ。
もっと厳しく、天誅をくだした方が良かったのでは? あとでこんこんと叱っておこう。
大歓声の中、陛下が真っ直ぐに、こちらにやってきます。
ぼくも、陛下が優勝して、嬉しくて。思わずフェンスに駆け寄ってしまいました。
「イアン様、優勝おめでとうございます。とっても素敵でした」
「そうか、そうか。では、クロウ。褒美をいただこうか?」
褒美? ハッ。そうだ。陛下が優勝したら、ご褒美のチュウをする約束だった。
いえ、ぼくは約束をしたつもりはないのですが。なにやら、そのようなことに。
「そ、そんな。みなさんの前でチュウなど…」
恥ずかしいじゃないですかっ。
顔が、燃えるように熱くなっているんですけどぉ?
ぼくは熱をおさえるため、またもや頬を両手ではさむ。
「なにを言うんだ? 結婚式では、国民の前でチュウをするのだぞ? 国中の皆々に知らしめる、チュウだっ。その予行演習だと思えばいい。さぁ、こちらに来るのだ、クロウ」
陛下が手を差し伸べてくる。
もちろん、陛下の御言葉には従わなければなりません。それが王家への忠義ですから。
しかしながら。
恥ずかしいのは、恥ずかしい。国中に知らしめるチュウっ? 無理ぃ。
「ど、ドラゴンっ」
ぼくは闘技場に向かって、指をさした。そこに、あの氷でできたドラゴンが、アンギャ―と言いながら、出現する。
ドラゴンを初めて見た生徒たちが、アレはなんだと騒ぎ始めた。
「ドラゴン、陛下をウィニングラン、してきてっ」
薄青の氷結ドラゴンは、嬉しそうにアンギャっ、と返事をすると。陛下をお姫様抱っこして、闘技場を一周し始めた。
セドリックが慌てて、ドラゴンのうしろについて走るが。
ドラゴンは、陛下が大好きなので。陛下を傷つけたりはしないよ。アレは、ぼくの化身のようなので。
陛下が、ご無事な様子を見て。生徒たちも、ドラゴンが無害だとわかってくれたみたい。
陛下におめでとうの祝福を贈り、手を振っている。
ぼくは、ふぃー、と息をつく。
でも、えぇ、問題を先延ばしにしただけですよね? わかっています。さぁ。どうしよう。
ドスドスという音とともに、陛下は、観客席の声援に応えて、一応手など振っているが。
こめかみに、怒りマークが浮いているのが、遠目からでもわかります。ヤバヤバ。
そして、とうとう、誇らしげな顔のドラゴンが、闘技場を一周して、帰ってきた。
「クロウ、このドラゴンを消すのだ。なにやら、聖母のような顔つきで、ゆりかごのように我を揺らして、寝かしつけにかかっているぞっ」
見ると、ドラゴンは。陛下を自分の子供のように優しく抱いて。イイ子イイ子だネンネしな、とばかりにゆらゆらしている。あわわ。
ぼくはまた、指をさした。
「ドラゴン、終了」
すると、ふわわんと、ドラゴンを形作る結晶が、空中に溶けていく。
陛下を寝かしつけたかったドラゴンは、本懐を遂げられずに、そんなぁ…という、悲しそうな顔つきで、ぼくを見やる。
うぅ、そんな顔するなよぉ。
ま、陛下には。ドラゴンが消えることへの感傷は、なさそうですが。
消えゆくドラゴンの腕から、ひらりと地に着地した陛下は。そのままの勢いで、フェンスも飛び越えた。
「こら、クロウ。ちゃんと褒美を寄越すのだ」
貴賓席に飛び込んできた陛下は、ぼくをガバッとして、ブチュッとした。
恥ずかしいと思う前に、チュウされたから。ただただ、びっくりしたけど。
でも、あぁ。久しぶりの陛下とのキスです。
やっぱり、うっとりしてしまいます。
ブチュッときたので、色気やムードはないですが。
でも、陛下の唇がうごめいて、ぼくの唇を揉むようにくすぐる。陛下のぬくもりに包まれて、トロトロに蕩けてしまいそう。
体の芯がうずうずする。ぼくだって、陛下に飢えていたのですから。
腰が抜けそうで、陛下の服にしがみついた。
そのとき、生徒たちが、ひやぁぁぁっ、と黄色い悲鳴のような、ため息のような声を上げる。
や、やっぱり、駄目でした。公衆の面前はいけません。
モブのキスシーンなんて、誰得? み、醜いものをお見せして、すみませえぇぇん。
そこに、なにやら、ガンッと。異質な音が響く。シオンが模造剣で、フェンスを叩いていた。
「嫁入り前の(ガン)兄上を(ガン)離しやがれ(ガン)ク(ガン)ソ(ガン)へ(ガン)い(ガン)か(ガンガン)っ!!」
目を回して、ぐったりしかけているぼくの唇から、陛下はチュッとリップ音を鳴らして唇を離した。
陛下は、片腕でしっかりぼくを抱えたまま、シオンを見やり。鼻の頭に筋を作る。器用ですね?
「とうとうクソ陛下って言いやがったな? チョン。我は、おまえが猫のときから、我のことをクソ陛下呼ばわりしていたのを知っているぞ。その目が、そう言っていたからなっ?」
「そのような恐れ多いこと、言ってはおりませんんん」
「その慇懃無礼なところが、生意気なのだ。小うるさい、小姑めっ」
シオンはジト目で、フェンスをガンガンと叩き。
みんなが集まって、陛下とシオンをとりなしたりして。もう、わちゃわちゃだったけれど。
それがとにかく、いわゆる学生生活、みたいな?
友達っぽくね? これって、あぁ、憧れの、友達いっぱいの学生生活じゃんっ。
前世でボッチだったぼくが、このような充実した生活を味わえるなんて。感無量です。
しかしながら。そのとき、ぼくは。
視界の端に、見てはいけない、ホラーなものを見てしまったのです。
あの、主人公ちゃんパートⅡの公女様が。ぼくたちのことを、なんか、ものすっごい怖い顔で見ているんですけどぉ?
うえぇっ? 丸い瞳が、目が吊り上がって逆三角です。
桃色の髪が、燃えているみたいに赤みがかって、下あごにしわが寄っていて。
すぐにも、チッと舌打ちが聞こえそうな口から、牙みたいな歯が見えて。あれは八重歯ではなく犬歯です。
マジで鬼の形相ってやつなんですけど。怖っ。な、なんですかぁ?
やばやば。見…見なかったことにしよう。うん。
陛下は、今までの生徒たちとの対戦で、ほぼ一撃で、剣を弾いたり、場外に落したりしていた。
そのため、毎試合十秒も、舞台上にいなかったのだ。
でもシオンとの対戦では、剣を交える、というところまで来ていて。
それだけで、陛下の雄姿を存分に目にしたい観客たちを、満足させた。
シオンは、持ち前のスピードで、陛下に剣を繰り出し。
陛下は、それを如才なく受け止めているのだが。
まだ、様子見のような。不敵な笑みを浮かべて、この対戦を楽しんでいるような気配がする。
うぅむ、余裕ですな?
一閃、陛下が剣を横に振るうと。
シオンは、高い運動神経で、それをヒラリとかわす。
「ほう? これをかわすとは、さすがだな。猫のような、機敏でしなやかな動きは、なかなか厄介だ。しかし、これはどうだ?」
そう言って、陛下は、なにやら小さな袋を、シオンの足元に落す。
途端、シオンの気配がゆるんだ。
「この、甘い香り…力が抜ける、これは…マタタビかっ? 卑怯だぞ? 陛下ともあろう人が…」
なんか、シオンは鋭い目で、シリアスな雰囲気出しているけど…マタタビ、効くんだ?
「卑怯ではない。戦いでは、いつでも全力を尽くすものだ。おまえの弱点を知っていて、利用しない手はない」
「ふん、こんなもの。兄上の良い匂いの魔力ほどの誘惑は、ないっ!」
シオンは、再び足に力を込めて、陛下に襲い掛かる。
剣を受け止め、ギリギリと、つばぜり合いするふたり。
つか、ぼくは。話が変な方向に行っているのが、先ほどから気にかかっています。
嫌な予感しかしません。
「なにっ? クロウの魔力の匂いを、嗅いでいる…だとっ?」
「えぇ、ぼくは毎晩、兄上とベッドをともにしているのです。毎日毎晩、嗅ぎまくりです」
いやぁぁぁぁっ!
誤解を招く発言をするんじゃない、シオン。
おまえが毎晩、ベッドの中に、勝手にもぐり込んで来るのではないですか?
猫になって、窓から侵入し、いつの間にかベッドでぬくぬくしているだけなのです。
決して、ぼくが招き入れているのではありませんよ? 陛下ッ。
ぼくが頬を両手でおさえて、顔を真っ赤にすると。
なにやら御令嬢の黄色い声援が、キャーーーッとあがる。
そうでしょう、そうでしょう?
イケメンエロビーストのシオンが、モブ兄のベッドで一緒に寝ているとか、御令嬢方は知りたくなかったですよね?
えぇ、わかります。イメージ崩れますよね?
「クロウの、お日様の独特の爽やかな香りと相まって、ほの甘く、とてもかぐわしい、あの匂いを。毎晩嗅いでいるというのか? 許せん。シオン、おまえはここで成敗してやるっ」
ギャーー、陛下? 公爵家後継を成敗しないでください。
そして、公衆の面前で、ぼくの匂いについて、事細かに解説しないでくださいぃいぃ。
再び、御令嬢方の悲鳴があがる。
そうでしょう、そうでしょう? モブの匂いとか、誰も知りたくないに決まっています。
「陛下こそ、なんで、兄上の魔力の匂いを知っているのですか? 嫁入り前の清らかな兄上に、不埒なことをしているんじゃないでしょうね?」
「…………恋人なら、不埒をしても良かろう?」
意味深な間を持たせて、な、な、なに、言っちゃってんのぉ? 陛下ッ。
みなさんの前ですよ。やーめーてー。
「し、真剣にやってください。シオンも、陛下もっ」
もう黙っていられず、ぼくは客席で声をあげた。
すると、その声に反応し。ふたりとも、同時に、こちらを向いた。
ひえっ、怖いです。なんで、ぼくの声が聞こえるのですか?
そんな大声でもないというのにっ。
「我の嫁が心配している。遊びは終わりだ、シオン」
「まだ、嫁ではありません、陛下ッ」
そうして、ふたりは。遠慮もなにもなく、バチバチに剣を叩き合うのだった。
うわっ、ふたりの剣筋が全く見えません。
目が追いつかないくらいの勢いで、剣が体に当たったら。いくら刃が潰れているとはいっても、怪我しそう、痛そうです。
そんな中、陛下が徐々に、シオンを押し始めている。
シオンは、陛下の重い剣戟を当てられて、一歩一歩、後ろに下がっていくしかない。
「はは、スピードはあるが、受けられないほどではないな。それに、とにかく軽いぞ」
陛下は、笑いながら言うと。渾身の力で、シオンを弾き飛ばしてしまった。
たまらず、シオンは舞台の端から落っこちて、地面に着地してしまう。
そこで、勝者は陛下となった。
生徒たちの大歓声が、剣闘技場を揺らし。
トーナメント表をちぎって作った紙吹雪が、舞う。
陛下は舞台の上で、剣先をシオンに向け。告げた。
「なかなかに楽しかったぞ、シオン。だが、おまえは我に負けたのだから、クロウと一緒に寝るのは禁止だ」
「横暴だ、陛下。そんな約束してないしぃ」
「横暴じゃない。というか、早く兄離れしろ」
「もうすぐ嫁に行くからこその、最後の甘えくらい許してくださいよ。器が小さい…」
「なんか、言ったか? シオンよ?」
目をすがめて見やられ。
シオンは、いさぎよく勝者に礼を取るのだった。
もう、シオンったら。陛下にそのような言葉遣いで、不敬に問われたらどうするんだ? 公爵子息失格です。
「シオン、我とクロウが結婚したら、おまえは我の弟になるな。たまには、剣の稽古をつけてやってもいいぞ?」
「お手柔らかにお願いいたしますぅ、陛下ぁ」
気のなさそうな棒読みと、気の抜けた三白眼で、シオンは言う。
本当に不敬だな、あいつ。
もっと厳しく、天誅をくだした方が良かったのでは? あとでこんこんと叱っておこう。
大歓声の中、陛下が真っ直ぐに、こちらにやってきます。
ぼくも、陛下が優勝して、嬉しくて。思わずフェンスに駆け寄ってしまいました。
「イアン様、優勝おめでとうございます。とっても素敵でした」
「そうか、そうか。では、クロウ。褒美をいただこうか?」
褒美? ハッ。そうだ。陛下が優勝したら、ご褒美のチュウをする約束だった。
いえ、ぼくは約束をしたつもりはないのですが。なにやら、そのようなことに。
「そ、そんな。みなさんの前でチュウなど…」
恥ずかしいじゃないですかっ。
顔が、燃えるように熱くなっているんですけどぉ?
ぼくは熱をおさえるため、またもや頬を両手ではさむ。
「なにを言うんだ? 結婚式では、国民の前でチュウをするのだぞ? 国中の皆々に知らしめる、チュウだっ。その予行演習だと思えばいい。さぁ、こちらに来るのだ、クロウ」
陛下が手を差し伸べてくる。
もちろん、陛下の御言葉には従わなければなりません。それが王家への忠義ですから。
しかしながら。
恥ずかしいのは、恥ずかしい。国中に知らしめるチュウっ? 無理ぃ。
「ど、ドラゴンっ」
ぼくは闘技場に向かって、指をさした。そこに、あの氷でできたドラゴンが、アンギャ―と言いながら、出現する。
ドラゴンを初めて見た生徒たちが、アレはなんだと騒ぎ始めた。
「ドラゴン、陛下をウィニングラン、してきてっ」
薄青の氷結ドラゴンは、嬉しそうにアンギャっ、と返事をすると。陛下をお姫様抱っこして、闘技場を一周し始めた。
セドリックが慌てて、ドラゴンのうしろについて走るが。
ドラゴンは、陛下が大好きなので。陛下を傷つけたりはしないよ。アレは、ぼくの化身のようなので。
陛下が、ご無事な様子を見て。生徒たちも、ドラゴンが無害だとわかってくれたみたい。
陛下におめでとうの祝福を贈り、手を振っている。
ぼくは、ふぃー、と息をつく。
でも、えぇ、問題を先延ばしにしただけですよね? わかっています。さぁ。どうしよう。
ドスドスという音とともに、陛下は、観客席の声援に応えて、一応手など振っているが。
こめかみに、怒りマークが浮いているのが、遠目からでもわかります。ヤバヤバ。
そして、とうとう、誇らしげな顔のドラゴンが、闘技場を一周して、帰ってきた。
「クロウ、このドラゴンを消すのだ。なにやら、聖母のような顔つきで、ゆりかごのように我を揺らして、寝かしつけにかかっているぞっ」
見ると、ドラゴンは。陛下を自分の子供のように優しく抱いて。イイ子イイ子だネンネしな、とばかりにゆらゆらしている。あわわ。
ぼくはまた、指をさした。
「ドラゴン、終了」
すると、ふわわんと、ドラゴンを形作る結晶が、空中に溶けていく。
陛下を寝かしつけたかったドラゴンは、本懐を遂げられずに、そんなぁ…という、悲しそうな顔つきで、ぼくを見やる。
うぅ、そんな顔するなよぉ。
ま、陛下には。ドラゴンが消えることへの感傷は、なさそうですが。
消えゆくドラゴンの腕から、ひらりと地に着地した陛下は。そのままの勢いで、フェンスも飛び越えた。
「こら、クロウ。ちゃんと褒美を寄越すのだ」
貴賓席に飛び込んできた陛下は、ぼくをガバッとして、ブチュッとした。
恥ずかしいと思う前に、チュウされたから。ただただ、びっくりしたけど。
でも、あぁ。久しぶりの陛下とのキスです。
やっぱり、うっとりしてしまいます。
ブチュッときたので、色気やムードはないですが。
でも、陛下の唇がうごめいて、ぼくの唇を揉むようにくすぐる。陛下のぬくもりに包まれて、トロトロに蕩けてしまいそう。
体の芯がうずうずする。ぼくだって、陛下に飢えていたのですから。
腰が抜けそうで、陛下の服にしがみついた。
そのとき、生徒たちが、ひやぁぁぁっ、と黄色い悲鳴のような、ため息のような声を上げる。
や、やっぱり、駄目でした。公衆の面前はいけません。
モブのキスシーンなんて、誰得? み、醜いものをお見せして、すみませえぇぇん。
そこに、なにやら、ガンッと。異質な音が響く。シオンが模造剣で、フェンスを叩いていた。
「嫁入り前の(ガン)兄上を(ガン)離しやがれ(ガン)ク(ガン)ソ(ガン)へ(ガン)い(ガン)か(ガンガン)っ!!」
目を回して、ぐったりしかけているぼくの唇から、陛下はチュッとリップ音を鳴らして唇を離した。
陛下は、片腕でしっかりぼくを抱えたまま、シオンを見やり。鼻の頭に筋を作る。器用ですね?
「とうとうクソ陛下って言いやがったな? チョン。我は、おまえが猫のときから、我のことをクソ陛下呼ばわりしていたのを知っているぞ。その目が、そう言っていたからなっ?」
「そのような恐れ多いこと、言ってはおりませんんん」
「その慇懃無礼なところが、生意気なのだ。小うるさい、小姑めっ」
シオンはジト目で、フェンスをガンガンと叩き。
みんなが集まって、陛下とシオンをとりなしたりして。もう、わちゃわちゃだったけれど。
それがとにかく、いわゆる学生生活、みたいな?
友達っぽくね? これって、あぁ、憧れの、友達いっぱいの学生生活じゃんっ。
前世でボッチだったぼくが、このような充実した生活を味わえるなんて。感無量です。
しかしながら。そのとき、ぼくは。
視界の端に、見てはいけない、ホラーなものを見てしまったのです。
あの、主人公ちゃんパートⅡの公女様が。ぼくたちのことを、なんか、ものすっごい怖い顔で見ているんですけどぉ?
うえぇっ? 丸い瞳が、目が吊り上がって逆三角です。
桃色の髪が、燃えているみたいに赤みがかって、下あごにしわが寄っていて。
すぐにも、チッと舌打ちが聞こえそうな口から、牙みたいな歯が見えて。あれは八重歯ではなく犬歯です。
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常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___
「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」
ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。
寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。
髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?
【本編完結】攻略対象その3の騎士団団長令息はヒロインが思うほど脳筋じゃない!
哀川ナオ
BL
第二王子のご学友として学園での護衛を任されてしまった騎士団団長令息侯爵家次男アルバート・ミケルセンは苦労が多い。
突撃してくるピンク頭の女子生徒。
来るもの拒まずで全ての女性を博愛する軽薄王子。
二人の世界に入り込んで授業をサボりまくる双子。
何を考えているのか分からないけれど暗躍してるっぽい王弟。
俺を癒してくれるのはロベルタだけだ!
……えっと、癒してくれるんだよな?
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