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番外 モブにモヤモヤ、カッツェ・オフロの懊悩 ②

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 陛下が、王宮に無事に入られたあと。
 陛下の帰還を祝う、盛大な夜会が催された。

 そこで、陛下は。小柄な男性と、ファーストダンスを踊った。

 それは、あの、神の声のように天から降り注いだ、陛下の説明にもあったことだが。
 陛下は、クロウ・エイデンという男性に救われて、本土に渡ることが出来。その彼を伴侶にする、らしい。
 だから、一緒に踊る、あの線の細い男性が、クロウなのだろう。

 俺は、そのふたりの姿を、遠目に見ていた。
 夜会では、陛下のご無事な姿を見せることと。クロウをお披露目することに、重点が置かれ。
 貴族との顔合わせは、後日改めて。ということに、なっていたから。挨拶などは出来なかったのだ。

 しかし、遠目だから、彼らの表情などは見えなかったが。
 陛下は、こんな大人数の前で、男と踊ることになって、お気の毒だな、なんて考えていた。
 国民に大々的に、クロウを伴侶にすると言ってしまったから。引けなくなってしまったのだろう。
 責任を取って、とか。
 恩を感じて、なんて言葉が、脳裏をよぎる。

「クロウ様って、バジリスク公爵様の嫡男らしいわよ?」
 御令嬢たちの噂話を耳にして、えっ? となる。

 新聞や、貴族のお茶会などで聞いた話によると。彼は、陛下の衣装を作るために、王城に呼ばれた仕立て屋だったという話なのに。
 だが、平民が、高位貴族に嫁ぐときに。一度、家格の合った家の養子になる。というのは、よく聞く話だ。
 クロウも、陛下に嫁ぐ前に、バジリスク家に養子に入ったのだと思った。

 しかし、違ったのだ。
 夜会を終え、その翌日の新聞を見て、俺は目をみはった。

 クロウは正真正銘、バジリスク公爵の御子息だったのだ。

 新聞は、毎日のように、どんどん新情報を出してくる。
 バジリスク公爵子息だったクロウは、封印されていた魔力を取り戻して、水魔法を使えるようになり。
 その魔法で海を割り、陛下を孤島から救出することが出来た。と、書かれている。

 なに、それ。

 そんなの…俺だって、陛下が幽閉されていると知っていたら。すぐにも駆けつけて、陛下をお救いした。
 どんなことをしたって。
 海を泳いで渡っても、良かった。
 オフロ公爵家の、いや、俺の忠誠心を、陛下に示せたはずだ。

 しかし、俺にはそれができなかった。ただ、知らなかったから。

 もしも、前国王が亡くならなければ。
 もしも、バミネが陛下を幽閉しなかったら。
 陛下の隣で笑っていた、クロウの場所にいるのは、俺だった。

 普通に、陛下が王太子として学園に通っていたら。
 いや、その前に。七歳のお披露目会で、王太子の友人候補として、俺が紹介されていたら。
 俺が、陛下の友達になれたはず。
 そうしたら、クロウの位置には、俺がいたに決まっている。

 クロウには、なんの非もない。
 だけど、俺と同じ公爵子息が。たまたま王城に渡る機会を得て。たまたま陛下に見初められた。
 それは、なんとなく、のみ込めるものではなかったのだ。

 別に、陛下と結婚したいわけではないけれど。
 俺と似た境遇のクロウが、うまくやって。
 俺は、描いた夢を叶えられない。
 それを理不尽に感じてしまっただけだ。

 陛下が、俺たちとクロウを引き合わせた日。
 俺は、そんな黒い気持ちを持っていたのだが。
 ベルナルドも、なにかしらクロウに思うところがあるようで。彼に対する空気感が、ピリリとしていた。

 でも、このクロウというやつは。どうにも、とぼけた男だった。
 なにやら、どこから出した? と思うような量のハンカチを懐から取り出し、陛下を爆笑させ。
 なにやら、グラウンドでドラゴンとやらを出して、陛下を喜ばせ。
 なにやら、魔力で陛下を眠らせて、お疲れを癒して差し上げる。

 やっていることは、俺らが考えつきもしないこと。
 そして、ちょっと的が外れている。
 でもそんなところが、陛下には魅力的に映っているのだろうか? 俺にはわからないが。

 ただ、びっくり箱のような男であることは、わかった。
 そして、俺やベルナルドは。決して、陛下を爆笑させたりできないことも…。

 クロウが、そばにいないときの陛下は。それは、それは、神経をとがらせていて。
 口は、いつも引き結んでいて。
 厳しい眼差しで、前をみつめるような。隙のない御方だ。
 謁見のときも、そうそう笑みなど見せはしない。孤高で、誇り高い、王の中の王。

 陛下が表情を和らげるのは、クロウの前でだけだった。

 しかし…そんなに良いか? あのとぼけた、ほのぼのしているだけの男が?
 まぁ、顔が良いのは、認める。
 俺は、断然シヴァーディ派だが。

 学園の剣術大会で、シヴァーディー様のお顔を拝見したことがあるのだが。
 彼は、何者も寄せつけない、凛々しくも気高き、怜悧な美貌だった。
 一方のクロウは、清楚、可憐で、どちらかというと可愛い系かな。ここは好みが分かれるところだろう。

 さらにクロウは、とても賢い男でもあった。
 すでに、学園の入学試験で。卒業レベルを修了していて、官吏の試験問題も解いてしまったらしい。

 マジか。俺は騎士科なので。頭脳明晰さというのは、ないからな。
 まぁ、すごいんじゃね?
 ベルナルドは、頭脳派なのだが。彼の領地の問題も、クロウはあっさり解決してしまい。彼も目を丸くしていた。
 それで、ベルナルドはあっさり、クロウに堕ちてしまった。
 単純なやつめ。池を作る…なんて。突拍子もない提案で、納得できちゃうのかよ?
 彼の領地問題はよくわからねぇから、なんとも言えないけど。

 まぁ、クロウの良いところは、いろいろあるみたいだが?
 でも、剣術の腕は、からっきしだ。

 顔見知りの騎士団員から、聞いた話。
 クロウの弟のシオンは、セドリック騎士団長に目をかけられるほどの逸材だという。
 その師匠だと言うから。どんだけ強いのかと思ったら。
 見かけどおりの、りょろい剣だった。
 一振りで、尻餅ついちゃって。
 みんなに…その場にいたシヴァーディ様にも、手加減ッ、と怒鳴られてしまい。

 はぁ? 俺が悪いのかよ?

 確かに、陛下のご婚約者様を、弾き飛ばしてしまったが?
 つか、弱いなら、自分が強いって匂わせるんじゃない。誤解しただろうがっ。

 あぁ、ムカつく。せっかく、シヴァーディ様に、俺の雄姿を見てもらうチャンスだったのに。
 しかし、あの氷の騎士であるシヴァーディ様が、クロウには優しく笑いかけていた。
 俺は、目が点になったよ。
 子供のときに見た、剣術大会では。圧倒的優勝したにもかかわらず、彼はニコリともしなくて。
 でも、そのクールさが、逆に格好良いというか。美麗というか?
 なのに、その、シヴァーディ様が。クロウに笑みを向けるなんて…。

 いつも厳しい顔つきを崩さない、陛下や、シヴァーディ様の笑顔を引き出す、クロウは。いったい何者なのだろう?

 兄上が、ふたりも勘当されてしまって。
 残る俺が、公爵家の後継に指名された。

 それは、当たり前のようで。
 でも、納得がいかないような。
 勘当にはなってしまったが、まだ、兄上たちの再起する余地は、あるのではないか?
 どうしても、そう思ってしまい。モヤモヤしていた。

 クロウは、話によると。公爵子息なのは、そうなのだが。第二夫人の子で。
 バミネの引き起こした事件のせいで。公爵家に入ったのがつい先日、ということだった。
 そんなところも、俺と似ている。
 公爵家の嫡男で。陛下と年が近しく。つい先日、公爵家嫡男として正式に迎えられた。
 俺は、なるはずのない後継に、指名された…みたいなところがだ。

 それでも、クロウは気負ったところがなく、ひょうひょうとして、のほほんとしている。
 それは、どういう心がけから来ているのだろう?
 なんで、そんなに余裕があるのだろう?
 大きな家を背負うという、プレッシャーとか、感じないのだろうか?
 
 極意があるなら、知りたい。
 そう思い、陛下に、クロウと話しても良いかと、願い出た。

 最初は、陛下は恩義だけを持って、クロウと婚約したのかと思っていたが。
 今ではもう、陛下が、クロウにベタ惚れなのを知っている。
 男も女も、クロウに近づけたくないという、気合を感じるので。

 お許しをいただかないと、クロウとは話せない。
 まぁ、陛下の意志に背くようなことをする気は、毛頭ないので。目で威圧しなくても大丈夫ですよ。
 つか、クロウをそんな目で見るのは、陛下だけだと思います。

 まずは、クロウのことを尊敬しているという気持ちを、嘘でも知らしておきたかった。
 話を、円滑に進めるためだ。
 シヴァーディ様の笑顔を引き出したのは、すごい。みたいな話をしたのだが。
 そうしたら、クロウもなにやら、目をキラキラさせて、食いついてきた。

 シヴァーディ様が生まれ出でたことが奇跡、などと言われると。
 おぉ、わかってんじゃん? という気になる。
 好意の想いを、熱く語っていき。ヒートアップして。ふたりで『騎士の中の騎士ッ』と叫んだときは。
 なんとなく。兄上と、シヴァーディ様の良さを語り合ったときのことを、思い出してしまって。嬉しい気分になってしまった。

 しかし陛下に『おまえはクロウとシヴァーディについて語り合いたかったのか?』と、冷たい視線を向けられ。我に返った。
 ハッ。違います。本題はまだです。

 つか。陛下の、クロウへの独占欲が半端ない。
 長話は許さん、という圧を感じる。

 クロウは、シヴァーディ様について熱く語り合える同志に、成り得そうだったのに。
 でも、クロウと関わったら。無二の友を作る前に、オフロ家の存続がヤバくなりそうだ。
 自重するべきだな。うん。

 半分は大袈裟に、クロウの尊敬している点をあげていったが。
 そうしたら、褒め殺しがはなはだしいと、クロウに指摘されてしまった。
 ドキ。すべてが本心でないことを見破られたか?
 ぼんやりしているように見えるが、意外と鋭いのだな。

 まぁ、そうでなくては、陛下の伴侶は務まらないか。

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