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2-3 強制力は最小限でお願いいたしますぅ

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     ◆強制力は最小限でお願いいたしますぅ

 殿下とアイリスへ、そして前王妃様にもご挨拶をして。ぼくは、王宮を出ることになった。
 最後に、陛下に挨拶できなかったことが、心残りだなぁ。

 王宮の出入り口の前に、公爵家の馬車が止まっている。
 ラヴェルがお見送りしてくれたので。ぼくは馬車に乗る前に、彼の手を取って、お願いした。

「ラヴェル、陛下のおそばに、ついていてくれるか? 陛下はお強い方だけど、王城での心の傷は、まだ癒えていないんだ。セドリック様やシヴァーディ様、アルフレドみたいな、古参の者がそばにいてくれることが、一番心強いだろうと思う。ラヴェルは、陛下に最も近しい、頼りにしている者だから。陛下のお心に、寄り添ってあげて?」

「クロウ様、せっかく、クロウ様と陛下のおそばで、お世話ができる喜びを、かみしめていたというのに、三ヶ月も離れなくてはならないなんて…でも、ご結婚されたら、晴れて、クロウ様は王妃となられる。私はカザレニア国王とその王妃に仕えられるその日を、指折り数えて待つことにいたします。クロウ様の代わりなどには、なれませんが。私の力の限り、陛下をお支えし。クロウ様に、よくやったと褒めてもらえるよう、精進いたします」

 すでに、茶色い瞳を涙でウルウルさせているラヴェルは。赤茶色の髪から犬耳が出ているような錯覚をしてしまうくらいの懐きようで。相変わらずである。

 おかしいな。スーパー執事の威厳が見えない。

 それはともかく。
 ぼくは馬車に乗り込んで。一週間ほどを過ごした王宮から去った。

 公爵家の馬車は、どっしりした立派なもので。内装も、クッションのきいた椅子や、飴色の上等な木材でできた車体で、重厚感がある。
 平民のときに乗った、辻馬車と比べると。振動もおさえられて、乗り心地が段違いに良い。

 ぼくは、車内でひとりになり。先ほどの、アイリスとの話を考えていた。
 アイリスは、ぼくが指輪を返そうとしたとき『がえんじない』と言われたのだと説明したら。

「だったら、大丈夫よ。クロウ様から指輪を返されたくない、という意味でしょう? 大丈夫、大丈夫」
 とは言っていたが、口元は明らかに引きつっていて。
 アイキンⅡの中での『がえんじない』が、いかに強固な呪言であるかを、物語っているようだった。

 あぁ、気が重い。
 学園に通うようになったら、陛下とは会えるけれど。
 アイキンⅡのゲームが開始されるってことだろう?
 主人公が誰なのかも、わからないし。攻略対象も、半分以上、知らない人だろうし。
 もしも、ゲームの強制力が働いてさ、陛下が主人公を好きになったら?
 今日みたいに、海色の瞳を凍らせて、ぼくに死罪を…陛下が、言い渡したりしたら…。

 ひえぇぇ、考えただけで、泣きそうなんですけどぉ?

 今朝まで、陛下は、優しくて、温かい眼差しで、ぼくを見てくれていたけれど。
 あの、愛情たっぷりの表情で、ぼくのことを、もう見てくれなくなるのかなぁ?
 そんなの、嫌だなぁ。

 なにが一番嫌って。もちろん、愛する陛下の心変わりは嫌だけど。
 それよりも、今まで築いてきた関係性が、よくわからない力で捻じ曲げられて、なかったことにされてしまう、その恐ろしさが嫌なのだ。

 それでなくても、コミュ障の気は、残っているというのに。
 学園に行った途端、陛下やシオンやアイリスたちに『おまえ、誰?』みたいな目で見られたら。心が死にます。確実です。

 あぁ、神様、公式様。どうか、強制力は最小限でお願いいたしますぅ。

 なんて、祈っていたら。公爵家についた。
 王宮は大きいから、敷地内でも馬車移動するくらいに、広くて。隣接、という感じではないのだが。公爵位は王族の次に高い地位だから。ある意味、王宮のお隣さんくらいのところに、屋敷が建っているんだよね?

 馬車の扉が開けられて、外に出ると。
 一番に、母上が手を広げて迎えてくれた。

「お帰りなさい、クロウ。もう、顔も出さないで、王宮に行ってしまうのだから。薄情な息子ね? 島から無事に出たことは、シオンや叔母様から聞いて知っていたけれど、顔を見るまでは安心できないものなのよ?」
 柔らかく、包むようにハグされて。ぼくは、母のぬくもりをかみしめた。
 あぁ、やっぱり。ここがぼくの帰る場所。そう思ってしまう。

「ご心配おかけして、すみませんでした。母上」
「兄上ぇ、お帰りなさいませぇ」
 ぼくと母が抱き合う、その上から、シオンがガバッとハグしてきて。
 もう、さっき会ったばかりだというのに、甘えんぼの弟で困ったもんだ。
 外見はすっかり大人びているというのに。

「さぁ、食事の支度もできているぞ、クロウ。これでようやく、家族水入らずだな?」
 嬉しそうに、父が笑顔で言い。
 ぼくら四人は、玄関の向こう、明るい室内へと歩を進めた。


 一週間前、ここを訪れたときは、十年分の埃が溜まっていたかのような、荒れた様相だった公爵邸。
 でも今は、隅々まで手入れが行き届いていて、明るく、華やかで、ちょっとギラギラしい感じの屋敷に戻っていた。
 すごいよ、ラヴェル。短期間でここまで戻すとは。さすが執事の鑑だな。

 使用人も大勢いて、母はその差配を、よどみなく取り仕切っている。すでに公爵家の女主人として、屋敷に馴染んでいた。

「なんか、きらびやか過ぎて、場違い感半端ない」
 思わず、つぶやくと。シオンが言った。

「なにを言っているのですか? 兄上。つい最近まで、王宮で暮らしていたくせに」
「王宮の方が、質素だよ。陛下も前王妃様も、華美なものは好まれないから。王族が暮らす区域は、離れのこじんまりとした、小さめのパレスといったところかな?」
「でも、ここが兄上の実家なのですから。慣れてください。陛下と喧嘩したら、陛下と離縁したら、ここに帰ってくるのですよ?」
「縁起でもない。まだ結婚もしていないのに」

 ぼくは、ちょっとムッとして、口をとがらせる。
 アイキンⅡが始まったら、シャレにならないかもしれないから。ピリピリしているのだ。

「お、怒らないでください、兄上ぇ。どうしたのですか? 今日、会ったときは、ラブラブな空気で胸焼けしそうなくらいだったのに。ぼくの嫌味なんか、鉄壁バリアで跳ね返していたではありませんか?」

 ぼくの八つ当たりに、シオンがオロオロし始めた。
 ま、弟に当たっても仕方がない。
 ぼくは、彼のしっとりウェーブの髪をクシャリと撫でて、笑みを浮かべた。

「いろいろ、あとで説明する。とりあえず、夕食にしよう。お腹空いた」
 つぶやいたら、使用人に部屋へ案内され。さらには、上等な衣装に着替えさせられて。ディナールームに連行された。
 ひえぇ、夕食食べるのに、いちいち着飾らなきゃダメなの? 面倒くさいんですけどぉ?

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