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2-プロローグ②
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父は陛下に、ぼくを公爵家に返してくれと言い。
ぼくは驚愕の眼差しだ。
嫁いだばかりなのに、里帰りは早いんじゃないですかぁ?
いいえ、ぼくは帰りませんよ。
「クロウは、我の伴侶だ。そして王妃であり。王宮には、すでに彼の部屋がある」
やんわりと、返さないという意思表示を陛下はしてくれた。
そうだ、そうだ。もっと言ってやってくださいっ。
でも、父は食い下がるのだった。
「…シオンから、王城で、身内だけの小さな式を挙げたと、聞き及んでおります。しかしそれは、国が認める結婚ではないでしょう? 有力貴族も、クロウの婚姻には反対している」
「誰がなんと言おうと、クロウは我の伴侶。三ヶ月後には必ず、クロウと、国が認める結婚式を挙げるつもりだ。もちろん、国も、民も、クロウが王妃になることを、納得して認めるだろう。クロウは我を、あの孤島から、バミネから救い出した英雄なのだからな?」
「それは、とてもありがたいお言葉であります、陛下。私も、息子の泣く姿は見たくはない。陛下がそこまで確固としたお考えをお持ちならば。私もクロウを、安心してお預けできます」
父がゆっくりうなずいたので。
ぼくは、王宮にいて良いんだなと解釈して、ホッとした笑みを、陛下に向けた。
「しかし、でしたら。皆へのお披露目が済むまでは、クロウはまだ、公爵令息の立場です。いかがでしょう、まずはクロウを、婚約者として据えていただけませんか? 口うるさい重鎮を納得させるのには、しかるべき段取りというものが必要なのでございます」
めんどくさっ。
頭の中では、その言葉がすぐにも出てきたが。
大人の世界って、そういう面倒くさい段取りで、構築されているものなのです。
陛下が、結婚式は三ヶ月後、と言うのも。
国を挙げての大々的な結婚式を執り行うには、式場の準備や国内外への招待状やら。国賓を招くなら、その警備やら滞在中のおもてなしやら。いろいろなことを手配するのに、それくらいの時間はかかるだろうと。それぐらいの譲歩はする、という意味での、三ヶ月なのだもの。
めんどくさっ。
「その件は、承諾しても良いが。クロウは返さないぞ。クロウは我とともに、王宮での政務を担ってもらうつもりなのだ。それに…彼と離れたくない」
最後の言葉は、陛下の本音だと思った。
陛下は…。もう、バミネもいないし。王宮は、万全の警備がなされているのに。夜眠るときに、まだ警戒心を持っている。
隣で、ぼくが寝ているのを感じれば。安寧の心持ちになれるのだと、言っていた。
この件は、長年、命の危機に瀕していた、陛下のトラウマだ。
子供の頃から、夜、誰かが自分を殺しに来るのではないか?
バミネが乗り込んで来るのではないか? と脅えていた。
ただ、怖がるのではなく、その恐怖をねじ伏せるために、剣術を習い、心身ともに鍛え上げたのだけど。
それで、剣豪になってしまうくらいには、戦慄していたということだ。
そんな大きな心の傷は、すぐに解消されるようなものではない。
もしかしたら、その傷を癒すには、同じだけの時間、それ以上の時間をかけなければならないのかもしれない。
それと、やはり。愛する者のそばにいたい、と思うのも。真理だしね?
「婚姻前に、王宮へ入り浸る、ふしだらな息子だと、心無い者に、陰口を叩かれたくないのです。それに、結婚するまでは、実家にて嫁入り準備をするものですっ」
父は、拳を握って力説するが。
その隣で、シオンが半目で、父を見ている。
あぁ、弟よ。そのような、無駄な時間を費やしやがって、などという顔を、あからさまにしてはいけませんっ。
よし、ここはぼくが。父上をあきらめさせる、決定打を打ってやろうではないか。
「ですが、父上。ふしだらと言いますが、ぼくと陛下は、もういたしてお…」
横から…大きな手で、ぼくは口をふさがれた。
ビッタンと、小気味よい音が鳴りましたよ、陛下?
その陛下は。笑みをかたどる口元をヒクヒクとさせている。
ちなみに、父も、口を引き結んでプルプルしている。
まぁ、父はどうでもよいとして。
ぼくは、ちょっとオコで。手に塞がれる口を、もごもごさせて、陛下に言いつのった。
「イアン様っ、ぼくたち、あんなにエロエロベロべロしたではありませんか。お忘れですか?」
悲しくなって、目もウルウルです。
そうです。ぼくと陛下は。陛下凱旋のお披露目パーティーのあと。
つ、ついに。
いたしてしまったのです。一線を、超えましたよぉ!!
これは、大事なことです。
ふたりは、心と体をつないだ。いわゆる、もう離れられない体になったわけですからねっ?
ま、あまり、それをゴリ押しすると、ウザい伴侶になるから。この辺にしておきますが。
だけど。あったことを、なかったことにはできないのですぅ。
そう思って、ぼくは陛下をみつめるのですが。
そんなぼくを見て、陛下はウッとうめいて。
ぼくの口から離した手で、頭を撫でながら説明した。
「忘れるわけがないだろう? しかし、あれは、ふたりの秘め事だと、おまえが言ったのではないか? 父上にそのようなことを報告しては、ならぬ」
「そうですがぁ、事実ですしぃ…」
不満たらたらで、ぼくは口をとがらせる。
「クロウ、父上の言も一理ある。婚姻前に閨をともにするのは、はしたないと取られることもあるからな? 我らはすでに婚姻した身で、体の関係があろうと、誰に咎められることもないが。でも、クロウを色眼鏡で見られたくはないのだ。クロウは、これほどに清楚で可憐であるというのに…それを知るのは、我だけだからな?」
ええぇ? そうですかぁ?
もう、陛下ったら。落として上げるのが上手いんだから。照れ照れ。
「親の前で、イチャつくんじゃない。クロウ、たとえ陛下と…いたしたとしても↓いたしてないとしても↑余所様がおまえをふしだらだと思わなければ、それで良いのだっ」
父は、いたしたで、小声の低いテンションで。いたしてないで、高音のアゲテンションで、言った。
抑揚が激しいですね?
気を取り直すためか、ちょっと咳払いして、父は話を続けた。
「えぇ…少し話は変わりますが。シオンが、編入試験に受かりまして。一年遅れではありますが、学園に通うことになりました。頭の固い重鎮貴族は、貴族子女なら、必ず足を踏み入れる、由緒正しき学園を卒業していないというだけで、あなどる輩がおります。それで、いずれ王妃になるクロウが、学がないとあなどられるのは避けたいと思い、私はクロウも学園に通わせたいと思っているのです」
なんだか、突拍子のないことを言われ。ぼくは驚く。
というか、呆れる。
「父上、ぼくは二十歳を越えているのですよ? 学園になんか入れるわけないではないですか?」
無理無理ぃ、冗談はよしてください、という気持ちで、ヘラリと笑うが。
父は、いたって真面目顔だ。
「おまえが頭脳明晰なのは知っている。元より神童と言われていたのだし、シオンが編入試験を好成績でパスしたのも、おまえのスパルタ教育があってこそだと聞いているしな。だが、さっきも言ったとおり、ポッと出の公爵令息が陛下の伴侶となるのには、箔付けが必要なのだ」
ぼくには、目を吊り上げて言うが。
陛下には、柔和な笑みを浮かべて言う。
シオンモドキの顔で、柔和な笑みとか、ウケる。
「学園には、特別編入枠を設けさせるよう、働きかけております。よろしければ、陛下もご一緒にいかがですか? 陛下がご入学するとなれば、特別編入枠の話も、すみやかに通ります。もちろん、陛下は頭脳明晰、剣術の腕も秀でており、魔力の扱いも見事なものだと聞き及んでおります。学園で学ぶ必要はないと思いますが…」
そうそう、陛下はなんでもできる、スパダリですから。と、ぼくがドヤ顔してしまう。
「でもクロウは、魔力が発現したばかりで、基本の魔法やコントロールに関しては赤子同然。この先、陛下の対の者となるには、陛下に並ぶ魔力コントロールが必須です。さらには、陛下との魔法コンビネーションを習熟させるのにも、良い機会だと思うのです」
「なるほど、なかなかに面白い提案であるな?」
ええぇぇ? なんか、陛下が乗り気です。
それって、陛下と学園生活ができるってことぉ?
それって、それって…。すっごい、楽しみ過ぎて、鼻血が出そうなんですけどぉ?
陛下の、制服姿!? レア中のレア。
ぎゃぁぁぁ、見たい。見たすぎるっ。
「クロウには、いざというとき、陛下をお守りできるくらいの剣術も、身につけさせたい。うちの息子の頭脳明晰さを知るのは、家族のみですから。陛下と並んでも遜色ない、教育履修度があると、世に知らしめておきたいという理由もあります」
「我も、魔力制御については、学びたいところがある。それに、我の世代になる貴族の子女と顔つなぎをするのも、必要なことだと思っていた。政務なども、習っている最中ではあるが。今まで我がいなくても回していたのだから、学園に通う余地は、作れなくはないだろう。ぜひ、我も入学できるよう取り計らってくれ」
おおぉっ、学園に行くことが、本決まりになったみたいです。
学校とは、この世界では縁がないものと思っていたので。思いがけなく、陛下と学校生活できることになり。ちょこっと、ウキ。ちょこっと、不安。
だって、ぼく。前世では、上手に学校生活送れなかった系だからなぁ?
生徒の陛下は、見たいものの。
キラキラ学園生活というものは、遠い憧れ。遥かなる夢。的な?
「承知いたしました。それで、話は戻りますが。学園に通う間は、クロウを公爵家に住まわせたいのです」
グルっと、大きく、父が話を戻してきた。
陛下は、眉間に深くしわを刻むが。嫌とは言わなかった。
「陛下、私は十年という大事な年月、眠り。クロウとシオンと、親子として過ごす貴重な時間が失われました。そしてクロウはすぐにも、陛下に嫁いでしまう。どうか、私に父としての時間をください。せめて、クロウが学園に通う間…一年だけでも…」
「いや、一年は長すぎる。やはり、三ヶ月だ。クロウも我も教育課程は済んでいる。学園では魔力制御と人間関係の構築が主題になるだろう。だがそれには、長い期間はいらぬ。三ヶ月後の結婚式は予定通りに。そのように事を進めてくれ。その期間は…クロウを実家に戻しても良い」
陛下が了承しちゃったから、ぼくは、はあぁぁぁっ、と、目を大きく見開いた。
「そんなぁ…ぼくは、陛下から離れたくはありません。伴侶がともにいられないのは悲しいことです」
ちょっと情けない声が出てしまったが。ぼくは、危機感を持っているのだ。
だって、ぼくはモブだよ?
こんなあっさり顔の、なんの特徴もない男が。陛下のそばを離れたら、すぐにも忘れ去られてしまうではないかっ。
さらには、学園に通うことで、若くてピチピチな美男美女に囲まれてしまったら。今は、ぼくの顔を可愛いなんて勘違いしている、ちょっと残念な美的感覚の陛下も。本来の美的感覚を取り戻してしまうのではないか?
一般的な感覚を、陛下が取り戻したら。ぼくなんか、見向きもしてもらえなくなるじゃーん?
父上めぇ、余計なことを。
だけど、陛下は言うのだ。
「我も、クロウと離れたくはない。だが学園に行くのなら、やはり、クロウは実家から通うのが良いだろう。ヘタに邪推されて、クロウを中傷されるようなことは、我は望まない。おまえが大切なのだ、クロウ」
そんな、ぼくのことをなにより考えてくれる言葉を告げられたら。ぼくは従うしかないではありませんかぁ?
でも嫌じゃー。離れたくないのじゃー。
「それに、学園で。初々しい学生恋愛などの雰囲気も、クロウと楽しんでみたいではないか?」
その言葉を聞いて、ぼくはハッとした。
あぁ、陛下は。
学生という身分を体験したことがないのだ。
だから、すごい、ワクワクとした表情で、目をキラキラさせている。
ぼくは、前世で学生を嫌というほど体験したから。今世で学校に行っていなくても、その記憶があるから。若者はみんな、学校生活を体験していると思い込んでいた節がある。
学校には、ぼくは、そんな良い思い出もないし。今更学校なんて、と思ってしまったが。
でも陛下にとっては、なにもかもが初めての体験なのだった。
前世で、ぼくには友達がいなかったから。
いわゆる、学生の醍醐味的なものを、実はぼくも体験していない。
部活も、廊下でのおしゃべりも、学食ランチも。体育祭や文化祭も、積極的にやらなかったな。
一生懸命勉強して、かといって勉強が好きなわけではなくて。
ただただ、ひとりきりの無味乾燥な時間が過ぎ去るのを、膝を抱えて待っていたような気がする。
あれ? これってぼくも、初体験でいいんじゃね?
ぼくも、友達や恋人のいるリア充学生生活は初めて…なんじゃね?
いやいや、モブがリア充だなんて。無理無理ぃ。
でも、陛下やアイリスたちと過ごす学園生活は、楽しそうだね?
「そうですね、イアン様。この際だから、学園生活を目一杯楽しんじゃいましょうか?」
「ありがとう、クロウ。また我の夢が、ひとつ叶えられそうだ」
にっこりと笑い合って。ぼくたちは父の提案を了承した。
「しかしながら、それほどクロウと長く離れてはいられぬ。三ヶ月後は、すみやかに結婚式だ。そのように準備するのだぞ? バジリスク公爵」
ぼくには、素敵な笑みを向けてくれるが。
陛下は父に、厳然と言い渡すのだった。
父とシオンは、深く頭を下げる。でも、なんかふたりとも、どこか嬉しげな空気感を醸していた。
なーにー? なんか、ぼくがうちに帰らなきゃいけない理由でもあるのぉ? 怖いんですけどぉ。
ま、それはさておき。そんな経緯がありまして、陛下とぼくは、学園に入学することになったのだった。
ぼくは驚愕の眼差しだ。
嫁いだばかりなのに、里帰りは早いんじゃないですかぁ?
いいえ、ぼくは帰りませんよ。
「クロウは、我の伴侶だ。そして王妃であり。王宮には、すでに彼の部屋がある」
やんわりと、返さないという意思表示を陛下はしてくれた。
そうだ、そうだ。もっと言ってやってくださいっ。
でも、父は食い下がるのだった。
「…シオンから、王城で、身内だけの小さな式を挙げたと、聞き及んでおります。しかしそれは、国が認める結婚ではないでしょう? 有力貴族も、クロウの婚姻には反対している」
「誰がなんと言おうと、クロウは我の伴侶。三ヶ月後には必ず、クロウと、国が認める結婚式を挙げるつもりだ。もちろん、国も、民も、クロウが王妃になることを、納得して認めるだろう。クロウは我を、あの孤島から、バミネから救い出した英雄なのだからな?」
「それは、とてもありがたいお言葉であります、陛下。私も、息子の泣く姿は見たくはない。陛下がそこまで確固としたお考えをお持ちならば。私もクロウを、安心してお預けできます」
父がゆっくりうなずいたので。
ぼくは、王宮にいて良いんだなと解釈して、ホッとした笑みを、陛下に向けた。
「しかし、でしたら。皆へのお披露目が済むまでは、クロウはまだ、公爵令息の立場です。いかがでしょう、まずはクロウを、婚約者として据えていただけませんか? 口うるさい重鎮を納得させるのには、しかるべき段取りというものが必要なのでございます」
めんどくさっ。
頭の中では、その言葉がすぐにも出てきたが。
大人の世界って、そういう面倒くさい段取りで、構築されているものなのです。
陛下が、結婚式は三ヶ月後、と言うのも。
国を挙げての大々的な結婚式を執り行うには、式場の準備や国内外への招待状やら。国賓を招くなら、その警備やら滞在中のおもてなしやら。いろいろなことを手配するのに、それくらいの時間はかかるだろうと。それぐらいの譲歩はする、という意味での、三ヶ月なのだもの。
めんどくさっ。
「その件は、承諾しても良いが。クロウは返さないぞ。クロウは我とともに、王宮での政務を担ってもらうつもりなのだ。それに…彼と離れたくない」
最後の言葉は、陛下の本音だと思った。
陛下は…。もう、バミネもいないし。王宮は、万全の警備がなされているのに。夜眠るときに、まだ警戒心を持っている。
隣で、ぼくが寝ているのを感じれば。安寧の心持ちになれるのだと、言っていた。
この件は、長年、命の危機に瀕していた、陛下のトラウマだ。
子供の頃から、夜、誰かが自分を殺しに来るのではないか?
バミネが乗り込んで来るのではないか? と脅えていた。
ただ、怖がるのではなく、その恐怖をねじ伏せるために、剣術を習い、心身ともに鍛え上げたのだけど。
それで、剣豪になってしまうくらいには、戦慄していたということだ。
そんな大きな心の傷は、すぐに解消されるようなものではない。
もしかしたら、その傷を癒すには、同じだけの時間、それ以上の時間をかけなければならないのかもしれない。
それと、やはり。愛する者のそばにいたい、と思うのも。真理だしね?
「婚姻前に、王宮へ入り浸る、ふしだらな息子だと、心無い者に、陰口を叩かれたくないのです。それに、結婚するまでは、実家にて嫁入り準備をするものですっ」
父は、拳を握って力説するが。
その隣で、シオンが半目で、父を見ている。
あぁ、弟よ。そのような、無駄な時間を費やしやがって、などという顔を、あからさまにしてはいけませんっ。
よし、ここはぼくが。父上をあきらめさせる、決定打を打ってやろうではないか。
「ですが、父上。ふしだらと言いますが、ぼくと陛下は、もういたしてお…」
横から…大きな手で、ぼくは口をふさがれた。
ビッタンと、小気味よい音が鳴りましたよ、陛下?
その陛下は。笑みをかたどる口元をヒクヒクとさせている。
ちなみに、父も、口を引き結んでプルプルしている。
まぁ、父はどうでもよいとして。
ぼくは、ちょっとオコで。手に塞がれる口を、もごもごさせて、陛下に言いつのった。
「イアン様っ、ぼくたち、あんなにエロエロベロべロしたではありませんか。お忘れですか?」
悲しくなって、目もウルウルです。
そうです。ぼくと陛下は。陛下凱旋のお披露目パーティーのあと。
つ、ついに。
いたしてしまったのです。一線を、超えましたよぉ!!
これは、大事なことです。
ふたりは、心と体をつないだ。いわゆる、もう離れられない体になったわけですからねっ?
ま、あまり、それをゴリ押しすると、ウザい伴侶になるから。この辺にしておきますが。
だけど。あったことを、なかったことにはできないのですぅ。
そう思って、ぼくは陛下をみつめるのですが。
そんなぼくを見て、陛下はウッとうめいて。
ぼくの口から離した手で、頭を撫でながら説明した。
「忘れるわけがないだろう? しかし、あれは、ふたりの秘め事だと、おまえが言ったのではないか? 父上にそのようなことを報告しては、ならぬ」
「そうですがぁ、事実ですしぃ…」
不満たらたらで、ぼくは口をとがらせる。
「クロウ、父上の言も一理ある。婚姻前に閨をともにするのは、はしたないと取られることもあるからな? 我らはすでに婚姻した身で、体の関係があろうと、誰に咎められることもないが。でも、クロウを色眼鏡で見られたくはないのだ。クロウは、これほどに清楚で可憐であるというのに…それを知るのは、我だけだからな?」
ええぇ? そうですかぁ?
もう、陛下ったら。落として上げるのが上手いんだから。照れ照れ。
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父は、いたしたで、小声の低いテンションで。いたしてないで、高音のアゲテンションで、言った。
抑揚が激しいですね?
気を取り直すためか、ちょっと咳払いして、父は話を続けた。
「えぇ…少し話は変わりますが。シオンが、編入試験に受かりまして。一年遅れではありますが、学園に通うことになりました。頭の固い重鎮貴族は、貴族子女なら、必ず足を踏み入れる、由緒正しき学園を卒業していないというだけで、あなどる輩がおります。それで、いずれ王妃になるクロウが、学がないとあなどられるのは避けたいと思い、私はクロウも学園に通わせたいと思っているのです」
なんだか、突拍子のないことを言われ。ぼくは驚く。
というか、呆れる。
「父上、ぼくは二十歳を越えているのですよ? 学園になんか入れるわけないではないですか?」
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父は、いたって真面目顔だ。
「おまえが頭脳明晰なのは知っている。元より神童と言われていたのだし、シオンが編入試験を好成績でパスしたのも、おまえのスパルタ教育があってこそだと聞いているしな。だが、さっきも言ったとおり、ポッと出の公爵令息が陛下の伴侶となるのには、箔付けが必要なのだ」
ぼくには、目を吊り上げて言うが。
陛下には、柔和な笑みを浮かべて言う。
シオンモドキの顔で、柔和な笑みとか、ウケる。
「学園には、特別編入枠を設けさせるよう、働きかけております。よろしければ、陛下もご一緒にいかがですか? 陛下がご入学するとなれば、特別編入枠の話も、すみやかに通ります。もちろん、陛下は頭脳明晰、剣術の腕も秀でており、魔力の扱いも見事なものだと聞き及んでおります。学園で学ぶ必要はないと思いますが…」
そうそう、陛下はなんでもできる、スパダリですから。と、ぼくがドヤ顔してしまう。
「でもクロウは、魔力が発現したばかりで、基本の魔法やコントロールに関しては赤子同然。この先、陛下の対の者となるには、陛下に並ぶ魔力コントロールが必須です。さらには、陛下との魔法コンビネーションを習熟させるのにも、良い機会だと思うのです」
「なるほど、なかなかに面白い提案であるな?」
ええぇぇ? なんか、陛下が乗り気です。
それって、陛下と学園生活ができるってことぉ?
それって、それって…。すっごい、楽しみ過ぎて、鼻血が出そうなんですけどぉ?
陛下の、制服姿!? レア中のレア。
ぎゃぁぁぁ、見たい。見たすぎるっ。
「クロウには、いざというとき、陛下をお守りできるくらいの剣術も、身につけさせたい。うちの息子の頭脳明晰さを知るのは、家族のみですから。陛下と並んでも遜色ない、教育履修度があると、世に知らしめておきたいという理由もあります」
「我も、魔力制御については、学びたいところがある。それに、我の世代になる貴族の子女と顔つなぎをするのも、必要なことだと思っていた。政務なども、習っている最中ではあるが。今まで我がいなくても回していたのだから、学園に通う余地は、作れなくはないだろう。ぜひ、我も入学できるよう取り計らってくれ」
おおぉっ、学園に行くことが、本決まりになったみたいです。
学校とは、この世界では縁がないものと思っていたので。思いがけなく、陛下と学校生活できることになり。ちょこっと、ウキ。ちょこっと、不安。
だって、ぼく。前世では、上手に学校生活送れなかった系だからなぁ?
生徒の陛下は、見たいものの。
キラキラ学園生活というものは、遠い憧れ。遥かなる夢。的な?
「承知いたしました。それで、話は戻りますが。学園に通う間は、クロウを公爵家に住まわせたいのです」
グルっと、大きく、父が話を戻してきた。
陛下は、眉間に深くしわを刻むが。嫌とは言わなかった。
「陛下、私は十年という大事な年月、眠り。クロウとシオンと、親子として過ごす貴重な時間が失われました。そしてクロウはすぐにも、陛下に嫁いでしまう。どうか、私に父としての時間をください。せめて、クロウが学園に通う間…一年だけでも…」
「いや、一年は長すぎる。やはり、三ヶ月だ。クロウも我も教育課程は済んでいる。学園では魔力制御と人間関係の構築が主題になるだろう。だがそれには、長い期間はいらぬ。三ヶ月後の結婚式は予定通りに。そのように事を進めてくれ。その期間は…クロウを実家に戻しても良い」
陛下が了承しちゃったから、ぼくは、はあぁぁぁっ、と、目を大きく見開いた。
「そんなぁ…ぼくは、陛下から離れたくはありません。伴侶がともにいられないのは悲しいことです」
ちょっと情けない声が出てしまったが。ぼくは、危機感を持っているのだ。
だって、ぼくはモブだよ?
こんなあっさり顔の、なんの特徴もない男が。陛下のそばを離れたら、すぐにも忘れ去られてしまうではないかっ。
さらには、学園に通うことで、若くてピチピチな美男美女に囲まれてしまったら。今は、ぼくの顔を可愛いなんて勘違いしている、ちょっと残念な美的感覚の陛下も。本来の美的感覚を取り戻してしまうのではないか?
一般的な感覚を、陛下が取り戻したら。ぼくなんか、見向きもしてもらえなくなるじゃーん?
父上めぇ、余計なことを。
だけど、陛下は言うのだ。
「我も、クロウと離れたくはない。だが学園に行くのなら、やはり、クロウは実家から通うのが良いだろう。ヘタに邪推されて、クロウを中傷されるようなことは、我は望まない。おまえが大切なのだ、クロウ」
そんな、ぼくのことをなにより考えてくれる言葉を告げられたら。ぼくは従うしかないではありませんかぁ?
でも嫌じゃー。離れたくないのじゃー。
「それに、学園で。初々しい学生恋愛などの雰囲気も、クロウと楽しんでみたいではないか?」
その言葉を聞いて、ぼくはハッとした。
あぁ、陛下は。
学生という身分を体験したことがないのだ。
だから、すごい、ワクワクとした表情で、目をキラキラさせている。
ぼくは、前世で学生を嫌というほど体験したから。今世で学校に行っていなくても、その記憶があるから。若者はみんな、学校生活を体験していると思い込んでいた節がある。
学校には、ぼくは、そんな良い思い出もないし。今更学校なんて、と思ってしまったが。
でも陛下にとっては、なにもかもが初めての体験なのだった。
前世で、ぼくには友達がいなかったから。
いわゆる、学生の醍醐味的なものを、実はぼくも体験していない。
部活も、廊下でのおしゃべりも、学食ランチも。体育祭や文化祭も、積極的にやらなかったな。
一生懸命勉強して、かといって勉強が好きなわけではなくて。
ただただ、ひとりきりの無味乾燥な時間が過ぎ去るのを、膝を抱えて待っていたような気がする。
あれ? これってぼくも、初体験でいいんじゃね?
ぼくも、友達や恋人のいるリア充学生生活は初めて…なんじゃね?
いやいや、モブがリア充だなんて。無理無理ぃ。
でも、陛下やアイリスたちと過ごす学園生活は、楽しそうだね?
「そうですね、イアン様。この際だから、学園生活を目一杯楽しんじゃいましょうか?」
「ありがとう、クロウ。また我の夢が、ひとつ叶えられそうだ」
にっこりと笑い合って。ぼくたちは父の提案を了承した。
「しかしながら、それほどクロウと長く離れてはいられぬ。三ヶ月後は、すみやかに結婚式だ。そのように準備するのだぞ? バジリスク公爵」
ぼくには、素敵な笑みを向けてくれるが。
陛下は父に、厳然と言い渡すのだった。
父とシオンは、深く頭を下げる。でも、なんかふたりとも、どこか嬉しげな空気感を醸していた。
なーにー? なんか、ぼくがうちに帰らなきゃいけない理由でもあるのぉ? 怖いんですけどぉ。
ま、それはさておき。そんな経緯がありまして、陛下とぼくは、学園に入学することになったのだった。
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結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
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止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
騎士団で一目惚れをした話
菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公
憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悪役王子の取り巻きに転生したようですが、破滅は嫌なので全力で足掻いていたら、王子は思いのほか優秀だったようです
魚谷
BL
ジェレミーは自分が転生者であることを思い出す。
ここは、BLマンガ『誓いは星の如くきらめく』の中。
そしてジェレミーは物語の主人公カップルに手を出そうとして破滅する、悪役王子の取り巻き。
このままいけば、王子ともども断罪の未来が待っている。
前世の知識を活かし、破滅確定の未来を回避するため、奮闘する。
※微BL(手を握ったりするくらいで、キス描写はありません)
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
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