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91 愛の力で王を救えっ! ②

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 ぼくが命からがらだった日の、翌日。

 陛下とともに、王城の玄関から外に出ると。昨夜の嵐が、雲を全部吹き飛ばしてしまったかのように、早朝の空は鮮やかな青色が広がっていた。
 空気もどこか澄んでいて、四月の、頬にちょっと暖気が当たる感覚は、なんとなく入学式を迎えるような、晴れやかな気持ちを湧き上がらせた。

 今日は、みんなで海を渡って、島を脱出する。

 ある意味、新しい日々の幕開けという点では、入学式を迎える新入生の気持ちと似てはいるよな?
 ま、とにもかくにも、ぼくがちゃんと海を割れれば、って話だけど。
 つか、簡単に言うけど、これって普通に考えて、無理なんじゃね?

 責任重大で、ドキドキです。

 住居城館の庭には、島にいる三十人全員が、とりあえず手に持てる貴重品だけを持って、すでに集まっている。
 ぼくは、ラヴェルが乾かしてくれた、あのいつものマントを着ているよ。
 びちょびちょだったはずだけど、ぎゅぅぅ、と絞れば、あの生地はすぐに乾くのだ。
 ビバ、防風防水撥水効果。

 そして、陛下は。
 貴族が夜会で着用するような、刺繍がふんだんで豪華仕様な…けれど色味は濃紺で、上品かつ、華美に見えないが壮麗なお衣装を身にまとっている。
 濃い色めのお衣装は、陛下の黄金の髪が輝くように引き立つので、とてもお似合いです。
 今日も、麗しすぎて、目が潰れそうですぅ。

「みんな、今日まで長い年月、待たせたな。では、行こう」
 どちらかというと、粛々という感じに、陛下がみんなに声をかけ。
 皆も、陛下の後ろに続いて、粛々と住居城館の敷地を出て行く。
 皆、たぶん、まだ疑心暗鬼なのかな?
 そうだよねぇ? ぼくがちゃんと海を割るまでは。ぬか喜びしたくないもんな。

 そして。あんまり覚えていないが。昨日通ってきた、王幾道につながる秘密の通路がある、酒屋っぽい倉庫に、みんなで入っていく。
 陛下とぼくが、一番前を歩いていったので。通路の先にある、あの、海に面したところに出る扉は、ふたりで開けた。
 すぐ後ろには、シオンとラヴェルがいて。
 その後ろに、王妃様たちが。そして最後尾は騎士様たちだ。

 ぼくは、踊り場に出て。昨日、溺れそうになって、いっぱいもがいた階段の下を見やる。
 春の嵐の名残か、海はちょっと荒れていて。階段にザパザパと波が押し寄せている。
 ぼくは、もう、あんな苦しい思いをしたくなくて、ゾワリとした。

 でも、ここで海を割らなきゃ、みんな助からない。
 陛下をお救い出来ない。
 あぁ、どうしよう? どうやって、魔法って使うの?

 なんて、ひとりでテンパっていたら。陛下がぼくの背中をテンテンしてくれた。
 もう、それだけで。浅くなった息が、深く吸えるようになる。

「落ち着いて。大丈夫。魔法や魔力の発動は、息を吸うようにするものだ。とりあえず、我の炎を消してみろ」
 そう言って、踊り場に立つ陛下は、黄金の髪を海風に揺らしながら、手のひらの上に炎を出した。
 海に落ちても、しばらくは燃え盛るという、燃焼度の高い炎。

 つか、いちいち立ち姿が格好良くて。ぼくの目を釘づけにするのは、やめてください。

 いけない、集中集中。
 ぼくは、陛下の炎に手をかざして、唱える。水よデロデロ。
 そうしたら、プシャッと、一応水が出た。
「ひぇっ?」
 急に、なにもない手から、いきなり水が出たから。マジで出たから。びっくりして変な声も出た。

 つか、コップ一杯くらいだよぉ?
 陛下の炎を消すのに、こんなしょぼい水じゃ駄目じゃん?

 って思ったんだけど。陛下の手の上の炎は…消えた。
「うぇ? 消えた? こんな少ない水で?」
「そうだな、我も驚いたが。ただの水ではなく、性質が違うのではないか? バジリスクの水魔法にだけ、我の魔法が中和されるというイメージかな?」
「ぼ、僕だけでは、心許ないので。シオン、おまえも陛下の炎を消してみて」
 手のひらを揺らして、来い来いすると。
 朝になっても、ちゃんと人型のシオンが。踊り場に出てくる。
 ラヴェルは、ぼくが陛下の炎を消したのを見て。陰でむせび泣いていた。
 …うん。見なかったことにしよう。

 陛下が手の上に炎をかざし、シオンはそれに水をかけるが。コップ一杯くらいでは消えず。タライ三杯分くらい出して、ようやく鎮火した。

「あぁ、なるほど。やはり、魔力量だな。一定の、バジリスクの魔力が注がれて、陛下の魔法が中和される感じですね? 兄上の魔力は純度が高いから、少量の水で鎮火したのでしょう。たぶん兄上は、ぼくより百倍、魔力濃度が高い」
「いやぁ、そんなことないよ。シオンは僕よりなんでも上手にできる子なんです」
 ぼくは陛下に、うちの弟がいかに優秀か、売り込みをかけたが。
 なんでか、シオンも陛下も、嫌そうな顔をした。
 どうした? 仲悪いの?

「次は、海を動かしてみてくれ」
 うーん、と思って。ぼくは階段の水際まで降りて行って、手を海につけた。

 実は、さっき手から水を出したとき。なんとなく、極意を掴んだ。
 なんていうか、陛下の『息を吸うように』という言葉と、ほぼ合っていた。
 息って、考えて吸わないじゃん?
 意識して吸うときも、あるけど。呼吸って、どうやってするんだっけって、考えたことがないじゃん?
 あれと同じで。なんとなく、やり方がわかるのだ。

 それで。海は。
 ちょっと荒れてて波も高いというのに、さっと引いていって。
 三分くらいで、砂洲が海の上に顔を出す状況になったのだ。

 昨日は、砂洲の上に上がっても、まだ海が膝下くらいまであった。
 けれど今は、しっかりと、砂洲の砂地が現れて、白く輝く一本の道が本土まで続いているのが見えるのだ。

「すごい…我の夢。本土の民たちにつながる、聖なる道」

 その美しい情景に、感動したみたいで。陛下が唇を震わせて、そうつぶやいた。

 陛下は、この道を通って、逃げてしまいたい…なんておっしゃっていたが。
 それは、使命を捨てたいという意味ではなく。きっと、陛下を慕う臣下や民を目にしてみたい、そんな本土への憧憬が、その言葉を言わせたのじゃないかな、とぼくは思うんだ。
 昔の人が、この道を通って島を渡ったように。自分もこの道を通って…と。

 それに、単純に。バジリスクの御先祖様が、王家の人と一緒になって、魔法で道を作ったんだ、と思うと。感動しちゃうよ。
 すごーいって、なるぅ。

「開いた。本当に開いたぞ? 行こう。海を渡るぞ」
 使用人の誰かが叫んで、他のみんなが我先にと、砂洲の上を歩いていく。
 ぼくはもう、海水から手を出していて、魔力で引き潮をおさえている感じ。
 そんなに重くないよ。扉が閉まるのをおさえている、くらいの感覚だ。
「大丈夫か? クロウ。疲れる前に言うのだぞ?」
 魔力が途中でなくなっちゃうのを、心配しているのかな? 陛下がぼくの顔をうかがうように見やる。でも。
「はい。でも、大丈夫そうです。今なら、なんでもできそう」
 今日のぼくは無敵モードです。
 魔力も、無理なく、体に影響ない感じで出せます。

 それよりも、とにかく。陛下のお役に立てたことが、ぼくはものすっごく嬉しかった。
 海を割って、島から陛下をお救い出来るので、人知れずテンションアゲアゲになっているのだ。

 最後尾の騎士様たちが、砂洲を渡り始め。ぼくと陛下たちも、砂洲を歩いていく。
 陛下は、王幾道の話をしたとき。この道筋は、およそ五キロ。制限時間は三十分って言っていた。
 でも、海をおさえているのはぼくで。感覚としては一時間くらいは、楽におさえていられると思ったし。
 だから、全力疾走しなくても、女性も子供も、ぼくみたいな体力なしも、悠々渡れそう。
 でもちょっとだけ、早足で歩くけど。
 距離が長いからね。
 それに早く、本土に陛下をお連れしたくて、気が急いてしまうんだ。

 ぼくと陛下は、手をつないで、青い海に縁どられたミルク色に輝く道を、進んでいく。
 陛下の温かく大きな手が、力強く、心強く、愛情深く、ぼくの手を握ってくれるから。
 嬉しくて嬉しくて、とても幸せだった。

 昨日は、半分くらいの位置から島まで、一時間以上はかかったけど。
 海の波に邪魔されない、砂洲の上だから。島から本土までの道筋を、早足で、一時間くらいで、つくことができたよ。三十人全員が、無事に渡り終えることができた。

「みなさん、全員いますね? では、海を閉じまーす」
 海岸に全員いることを確認したあと、ぼくは魔力を引き上げた。
 そうしたら、海の沖の方がざわざわして、やがて、ザプンと、砂洲が海の中に消えてしまった。
 でも、そのあと。誰からともなく、喝采が湧き上がった。

 わぁっ、と笑顔でみんなが拍手して、抱き合って喜んだり。泣いている人もいて。

 ぼくも、すごいことをやり切ったんだなって、実感が湧いてきた。
 良かった。やりましたね、みなさん。
 バミネの目をかいくぐって、全員無事に本土に渡り切ることができましたっ。

 ちなみに、シオンも海に手を付けて、海を割ろうとしたけど。
「うわっ、重っ。兄上、こんな重いのを、一時間も支えていたのですか? ぼくはたぶん、十分くらいが限界ですよ?」
「ふーん、そうなのか? 僕は重いと感じなかったけど。やっぱ、魔力の純度って関係あるのかな? ま、シオンはきっと、慣れてくれば楽に海を割れるようになるよ」
 うんうんと、笑顔でうなずくと。
 シオンは買い被り過ぎですと、苦笑した。

 そうしたら、海の上に砂洲ができる、海が割れる現象に気づいて驚いた、本土のカザレニア国民たちが。海岸にわらわらと集まってきたのだ。

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