【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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83 王幾道を渡って

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     ◆王幾道を渡って

 海の中で、偶然、砂洲を探し当てたぼくは。
 その隆起がちょっとした小山ほどもあり、驚くが。なんとか砂洲へ登り上がる。
 海の上に体を起こすのだけど、浮力がない分、水を含んだ衣服は重くって、立ち上がるのが大変だった。

 砂洲の上に立ち。ひとつ息をつく。

 とりあえず、水を吸って重すぎるマントの裾を、ギュッと絞る。そうしたら、ジャバーと水が出て。だいぶ軽くなったような気がした。
 マントの下のシャツやズボンは普通の生地だから。重いままだけど。

 それから、辺りを見回し、状況確認した。
 潮が引き切ったら、この砂洲が海の上に出るのだろうが。今はまだ、砂洲は海の中にある。
 けれど、右には本土が、左を向けば島が、よく見え。

 ぼくらは、その道筋の、ちょうど真ん中の位置にいる。

 あの、秘密の扉を教えてもらったとき。陛下に砂洲のことを聞いた。
 この道を通って、本土の者が島へ渡ったと言っていた。王城へ至る道、王幾道だ。
 ブルリと、身も心も震えた。

 この道は、陛下に至る道。この王幾道を渡って行けば、陛下にもう一度会える。

 ぼくは、笑みを浮かべ。鞄から手を離した。
 助かった、と思ったのだ。
 ぼくらの命綱であった鞄は、寄せる波に乗って、ゆらゆらと、本土の方へ流れていった。
 それを見送り、ぼくは島に向かって、ひとつ歩を進める。

「兄上、本土の方が近いのではありませんか?」
 頭にしがみつくチョンが、そう言うけど。
「ごめん、チョン。僕は、島に行きたいんだ」

 海の中の砂洲は、よく見えなくて。踏み外したら、また海の中に沈んでしまうかもしれないけど。
 陛下が、海にのまれた者もいたと言っていたし。
 引き潮の時間が短いのも知っている。とても、たどりつけないかもしれないけど。

「この砂洲をまっすぐに行けば、島に上がれるんだ。ほら、真っ直ぐ先の、岩壁に、少し色の違うところがあるだろう? あそこに階段があってね? 陛下に教えてもらったんだ」
 チョンに説明しながら、ぼくは島へ上がれるかもしれないという希望を胸に、力を取り戻し。砂洲の上を、海水をかき分けながら進んでいく。
 実は、海の中の方が温かかった。
 曇り空の肌寒さに、急速に体温が奪われて行くけれど。

 ぼくはどうなっても構わないから。チョンを島に送り届けたい。
 このペンダントで、どうか、陛下を救ってくれないか?

「兄上、泣かないでください。ぼくは、兄上に従います。兄上は、陛下にお会いしたいのでしょう? だったら、島へ行きましょう?」

 チョンに言われて、自分が泣いていることに気づいた。
 なにも、泣くことなんかないよ。
 だって、もうすぐ陛下に会えるのだから…。

「ありがとう。チョンは、やっぱり、ぼくの一番の味方だな?」

 本当は、チョンの命のことを考えたら、本土へ行くべきなのだ。
 陛下にとっても、チョンが生き抜くことが、一番の方策だ。
 チョンが本土に上陸出来れば。バジリスクの魔力を解放したシオンに、あとから陛下を救ってもらうことも。できるもんな。
 でも、どうしても。
 ぼくは。
 ぼくが。
 陛下に会いたかったから…。我が儘、言っちゃった。

「さぁ、行こう。王幾道を渡って、陛下の元へ」
 首元に、チョンがいるから。温かくて。寒さなんか感じないよ。
 元気出していこうっ、と。ざぶざぶと海の真ん中を歩き。島の、あの秘密の扉まで進んでいく。
 けれど、二十分ほど歩くと、もう胸の位置まで海水が上がってきてしまった。

 ううぅぅ、あと、もうちょっとなのにぃ。

 元気なときだったら。船から落とされてすぐ、ぐらいだったら。島の岩壁まで泳ぎ切れただろうけど。
 今は。
 目当ての階段が、もうすぐそばに見えるのに。

 そこまでが、とても遠い。

 鞄を捨ててしまったから、頼る物もないし。
 頭も朦朧としてきて。息も苦しい。
 でも、きっと陛下も、ずっとつらかった。
 十年も、つらい日々を過ごしてきたのだ。これぐらい、なんだっ。

「チョン、しっかり掴まっていてくれ。あそこまで、一気に泳ぐから」
 ぼくは奥歯をかみしめて。気合を入れると。思い切って、泳いだ。
 クロールだから、チョンは、くっついているのが大変かもしれないけど。
 もう、余裕ない。頑張れよ、チョン。

 そうして、もがくように。若干、溺れ気味で、だったけど。ようやく、島の岩壁に取りついた。
 そこを伝って、階段のあるところまで、立ち泳ぎし。
 あの、海賊チックだと思った、鎖の手摺りに掴まった。

 はぁ、ヤバかった。死ぬ、一歩手前だったな。

 そのとき、ポツリと。水が頬に当たった。雨がとうとう降り出したのだ。
 途端に波が荒くなってくる。
 いやあぁぁ、やーめーてー。

 手摺りを力いっぱい引いて、階段をのぼろうとするけれど。
 海水が常時浸かっている階段のところが、苔むしていて。滑って、のぼれない。

「チョン、とりあえず。踊り場のところに上がれるか?」
 聞くと、チョンは。猫の身軽さで、ぴょんと飛んで。階段の一番上までのぼることができた。
 ちょっと水をかぶったのか、プルプルと体を震わせて、水気を弾き飛ばしている。
 ま、元気そうで、良かった。

 これで、最低限のことは出来たんじゃね?

 陛下に。バジリスクの魔力を届けられる。
 きっと、チョンが、やって、くれる。

「チョン、よく聞いて。踊り場のところの、岩壁が、扉になっているから。人型に戻ったら、そこを押し開けて、王城へ行きなさい。扉の…下の方に。穴があって。そこを押すと、ロックが外れる。力任せに、壊したらダメだぞ?」
 そうして、首からネックレスを外して、チョンに投げた。ネックレスは、踊り場から二段下のところに落ちる。

「なにを言っているのですか? 兄上。兄上がいなきゃぁ。ぼくは、わかりませんっ」
「扉を入ったら、ちょっとくねくねしているけど。一本道だから。壁を伝って、外に出るんだ」
「嫌です。聞きません。ぼくは、兄上が一緒じゃなければ、王城へなんか行きませんっ」
「ペンダントを、拾って…」
「嫌ですっ」
 聞き分けのない、生意気な弟め。
 苦笑するけど…でも、ごめん。もう、体力、ないかなぁ…?

 怒って、目を吊り上げているんだろう、その可愛らしい顔も。
 にじんで、見えないよ。

 手摺りを持つ手が、震えて。今にも離してしまいそう。
 これを手放したら、ぼくはすぐにも、この荒れた波にさらわれて、沖に運ばれてしまうだろう。

 あぁ、先人の、島へ渡ろうとした人々も。こんなに大変な思いをして。この、憧れの王城を目指したのだなぁ?
 すごいよ。尊敬します。

 震える手の感覚が失われていくのを、自分で感じて。
 ぼくは、死を覚悟した。

 あぁ、これって。すっごくフラグっぽくて、嫌だけど。
 死ぬ前に、お会いしたかったな。

 陛下に、会って。お伝えしたい言葉が、あった、のだけど…。

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