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80 子供かっ

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     ◆子供かっ

 船の手摺りに寄り掛かって、こちらを見下ろすバミネを。
 ぼくとセドリックは、港から睨みつける。

「衣装の納品書を預かってきた。報酬のネックレスを渡してもらおう」
 大きな声を張り上げて、ぼくはバミネに言うが。
 やつは、減らず口を叩く。

「公爵子息のバミネ様、どうかネックレスをくださいませぇ、とお願いしてみろよ? クロウ坊ちゃん?」
 相変わらず、騎士服がはち切れそうな腹を揺らして、ゲヘゲヘと下品に笑うバミネ。
 あぁぁぁ、むっかーっ。イライラするぅぅぅ。

「坊ちゃんではない。僕は平民だ。それに、この取引は。商人と騎士団の、対等な契約のはずだが?」
「だったら、さっさと船に上がってきて、納品書を渡しに来い」
 ぼくの言葉に。バミネは、どこまでも偉そうに言ってくる。

 それに、セドリックがかみついた。桟橋で、大声を上げる。
「ネックレスが先だ。陛下は、正しき取引を望んでいる。約束は履行しろ」
「今ここで、ネックレスを渡したら、クロウは城に戻るだろう? 陛下の抱き人形を、島に置いて行くような。そんな陛下が喜ぶようなことを、俺がするとでも思うか? セドリック」
 セドリックは怒って、奥歯をかみしめるが。
 それは、バミネを喜ばせるだけだった。
「あぁ、その顔、いいなぁ。セドリック。なにもできずに、無為に八年も、この島で暮らして。どうだ? 情けなさに打ちひしがれただろう? 学園始まって以来、最強の正統派騎士様も、こうなっては、みじめなものだなぁ?」
「いいや、のんびりゆったりのバカンスライフで、最高だぜ?」
 セドリックは、バミネをいつまでも喜ばせはしなかった。

 ぐぬぬと、バミネが喉で唸る。
「ふん、負け惜しみを。生粋の騎士が、そんなことで満足できるものかっ。とにかく、報酬は、海の中ほどまで行かなければ、渡さない。クロウ、船に乗れ」

 できればネックレスを返してもらって、島に残りたかったが。うまくいかなかったな?
 バミネは悪賢わるがしこいから。人の嫌がることが大好きで。ぼくの思惑には、簡単に乗らないのだろう。
 仕方がないと思い、セドリックとうなずき合って、ふたりで船に乗ろうとした。

「おいおい、なに、ナチュラルに、おまえまで船に乗ろうとしているんだ? セドリック」
 そうしたら、バミネが待ったをかけてきた。
 えぇ? いちいちうるさいなぁ。

「陛下から、クロウを本土へ無事に送って来いと言われている」
「過保護なことだ。しかし、おまえを船には乗せない。もしも船に足をかけたら、敵対行為とみなして、この島に騎士たちを解き放つぞ。俺はそれでも構わないがな? もう死に装束は出来上がっているのだし? クロウが作った白装束を着た陛下を、ひつぎに入れて、本土に持ち帰ってもいいかもな?」
 ゲヘゲヘゲヘと、また、つぶれたカエルのような笑い声で言うバミネ。

 すっげぇ、悪役令息。
 判で押したような、悪役令息。
 いっそ清々しいくらいに、悪役令息。

 ぼくは、横で拳を震わせるセドリックに、声をかけた。
「ここは、僕ひとりで行きます。セドリック様は、どうか、陛下の御身をお守りください。僕が帰ってくるまで、絶対に守ってくださいよ?」
「…わかった。この船の中にいる人数くらいなら、俺だけでも皆殺しにできるが。バミネがどういう指示を、本土に残しているか、わからないからな。昼までに戻らなければ総攻撃とか…」
「えぇ、あり得ます。とりあえず。僕は穏便に取引を成立させます。陛下に、お心遣いありがとうございましたと、お伝えください」
「クロウ…わりぃ」
 セドリックが体を抱き寄せて。ぼくを軽くハグした。

 うわぁ、イケメンの、たくましい体の、安心感を与える、素敵なハグですぅ。

 いえ、これは浮気ではありませんよ、陛下。
 ぼくは、たくましい男性には、等しくリスペクトしているだけですからね?
 陛下のたくましい体が、一番に決まっています。照れ。

「いってきますね、セドリック様」
 そっと微笑み、ぼくは桟橋と船に渡されている橋に、足をかけた。

 ぼくが船に乗り込んだのを、バミネは横目で見て。すぐに出航の合図を出す。
 早朝、どんより雲がかかっていたが。
 今は、薄っすらと日が射して。海面をチラチラと光らせている。
 それでも、波がそこそこ立っていて。

 陛下の海色の瞳よりは、断然青黒かった。

 ぼくの心を表すような、不穏な色合いの海です。
 でも、四月の、まだ春の入り口だったが。気温は案外温かい。南風が吹いているからか。ぬるい風が頬を過ぎていく。
 しかし、帆船ゆえ、風が出ると船が進んでしまうのだった。

 セドリックは、桟橋の上から、ぼくを心配そうにみつめていて。姿が見えなくなるまで、ぼくを見送ってくれた。
 ありがとうございます。必ずペンダントを持って帰りますからね?

 とはいえ…あぁ、島が遠ざかっていくぅ。
 住居城館での日々が楽しすぎて、帰りたくないんですけどぉ?

 でも、ペンダントを取り戻すまでの辛抱だ。
 大丈夫、すぐに帰れる。と、自分に自分で言い聞かせていた。
 そうでもしないと、不安な気持ちに蓋をして、おさえ込められないじゃん?

 それでも、あの、三角屋根の塔が印象深い、城の姿がモヤにかすんで見えにくくなると。すっごく寂しくなって。自然に眉尻が下がってしまう。

「兄上、ぼくがついていますよ。こんなナリでも、必ず兄上をお守りいたします」
 チョンが顔の横で、頼もしく言ってくれるから。
 ぼくは彼に頬をすり寄せて。ありがとうと気持ちを込める。
 そして、バミネと対峙する腹をくくった。

「バミネ、島からだいぶ離れたから、もういいだろ? 納品書だ。ネックレスと交換してくれ」
 この男はなにをするかわからないので、少し体を離した位置で交渉する。
 バミネも、ネックレスをぼくに見せつけて、ブラブラさせた。

 細工をされているかもしれないが、母上のペンダントなのは、見た感じ、間違いない。
 手を差し出すと、バミネは隣にいた兵士に、ペンダントを投げた。
 放物線を描くそれを追いかけて、ぼくは反射的に、手を伸ばすが。
 受け取った兵士も、下卑た笑いを浮かべながら、他の兵士に投げ渡す。

 追いかけるぼくの咄嗟の動きに、チョンがついていけず。床に降りるが。
 チョンも、兵士たちにシャーシャー言いながら、ペンダントを追いかけた。

「はははっ、踊れ、踊れぇ」
 さも愉快そうに、バミネが言うのに。

 ぼくは。なんだか、スンとしてしまって。足を止める。

 背の高い騎士が、ぼくがペンダントに手が届かないことを、面白そうに見やっているが。
 良い大人が、ネックレスを投げまわして遊ぶ、その光景が。ひどく滑稽で。
 カザレニア国民として、嘆かわしかった。

 子供かっ。

「そんな子供っぽい真似をして、そんなに楽しいのですか? 貴方方、騎士も。誇り高きカザレニア国の騎士服をまとって、こんな子供の遊びに付き合わされて。そのことを恥ずかしく思わないのかっ?」

 こんな子供、と言ったところで、バミネを指差す。
 こいつはぼくより年上だが、精神年齢が、子供なのだ。
 しかも、残虐な子供だから始末が悪い。だから、子供でいいのだ。

「道をたがえた己を、恥じなさい」
 強い視線で、目の前の騎士を睨むと。ヘラッとした笑みを、男は引きつらせた。

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