【完結】幽閉の王を救えっ、でも周りにモブの仕立て屋しかいないんですけどぉ?

北川晶

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幕間 兄弟のこそこそ話 ④

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     ◆幕間 兄弟のこそこそ話 ④

 アイリスがサロンを去ったあと、ぼくは帰り支度をするために自室に入る。
 そこには、すでに子猫になっているチョンが、寝台の上に座っていた。
 寝台の上に放り出されている、ぼくよりも大きな男の服を、軽く畳んで、衣装ボックスの中に入れる。
 着替えの服や、生地などの備品、トルソーなどサイズの大きな物は、後程、別便で運ぶことになっているのだ。

「兄上、クソ陛下と一線を越え…」
「言わないよ?」
 なんで、みんな。ぼくと陛下のアレコレを知りたがるのだ?
 ぼくたちの秘密なんだから。言わないよっ。

「兄上、笑顔が怖いです。ま、いいです」
 猫顔で、口をへの字に結ぶ。
 弟のくせに、この頃、妙に偉そうである。

 あれか? モグラでワーキャー騒いだから、兄の威厳が損なわれてしまったのだろうか?

「もう、ここを出るのですか?」
「あぁ。バミネが汽笛を鳴らしたんだ。もう、港についているらしい。あいつが城に乗り込んでくるのは、いやだから。上陸を阻止しよう」

 できるだけ、バミネと陛下を会わせたくなかった。ぼくが戻るまでは、危険な目にあわせたくない。

 ぼくがどれほど、陛下の力になれるのか、全然想像つかないけど。
 もし、なんの力もなくても。ぼくは陛下の元に戻り、バミネの前に立ちはだかるつもりだった。
 陛下は、ぼくに、戻ってくるなと言ったけど。

 王命じゃないから、従いません。

 ちょっと小腹が空いたので、チョンが余らせていたパンを腹におさめ。
 いわゆるぼくの、仕立て屋的七つ道具の入った、木製の鞄を手に持って。自室を出た。

 衣服は、式のときに、すでにマント着用しているから、いつものスタイルだし。
 ぼくの頭とマントの襟の間には、チョンがシカッと鎮座していて。

 これで、行きと同じ格好になった。キリッ。

 火の元、戸締りを指差し確認し。
 必ず帰ってきます、という気持ちを込めて、サロンの室内に、ぼくはそっと頭を下げた。
 帰ってくるのだから、泣くのは違う。だけど、なんだか悲しい気持ちには、なってしまうな?
 一ヶ月しか、いなかった場所だけど。時間なんて関係ないくらい、濃密で、大切な日々だったからね。

 階段を降り、大きな両開きの玄関扉を開けて、外に出た。
 大体、朝の六時くらいか?
 薄暗さが残る庭には、モヤが立ち込めている。
 つか、バミネ、来るの早くね? 徹夜明けじゃなかったら、まだ寝ている頃だぞ。

 空を見上げれば、たなびく雲が分厚くて、薄日が差しているくらいだ。
 そんな空模様のように、ぼくの心もどんよりだ。

 あぁ、バミネの顔、見たくねぇ。

 でも、仕方がないから、城館の庭を横切っていく。
 庭の通路を彩る花々を見ると。陛下が庭を散策したときに見せた、穏やかな笑みを思い出す。
 ぼくをからかう、子供のような笑顔も。

 ダメダメ、感傷的な想いは、泣きそうになるじゃん?
 つか、帰ってくるんだから。
 陛下の笑顔は、また見られるのだからねっ。

「兄上、先ほどの、アイリスとの話のことなのですが…」
「…話が、聞こえていたのか?」
 チョンに言われ。ぼくはちょっとビビって、涙が引っ込んだ。

 アイリスとは、前世とかアイキンの話を、ガッツリしたから。
 兄がおかしくなったとか、思われていたらどうしよう?

「えぇ。まぁ、話の内容は、半分以上、理解ができませんでしたけど」
 外に出れば、もう誰も、ぼくたちの話を聞き咎めたりしないだろうが。早朝の空気はやけに静まっているような気になるから。こそこそは続行していく。

「ぼくには宇宙語を話しているように聞こえました。兄上はよく、あのアイリスと話ができましたね? すごいです。つか、アイリスは宇宙人だったのですね?」
 アイリスが宇宙人で、ぼくが宇宙語を話したとしたら、ぼくも宇宙人だということになるのだが。
 チョンはそうは思わないらしい。
 兄がすごいから、兄は宇宙語を話せたのだと、理解したのか?
 すっごい買い被りで、逆に引きます。

 そんなわけあるかっ、とツッコミたいけど。

 では、どういうことかと聞かれたら、説明できないから。苦笑するにとどめた。
 ツッコミてぇ。

「その中で、少し引っかかったのです。兄上は、愛を知らないと言っていましたが。ぼくや母のことを愛しているではありませんか? だから、愛を知らないというのは、違うと思うのです」
「家族を愛する、ということは。わかるんだ。実際、僕は。母もチョンも愛している。でも。さっきの話で言えば、僕は恋愛経験がなくて、家族以外の人を愛したことがなかった、という意味合いだった」

 これは、前世も含めてだから、ぼく的にはかなり、大きな問題点というか。
 一番、自信がないところでもあった。

「でも、兄上は陛下が好きでしょう? とても好きでしょう? すっごく好きでしょう?」
 黒猫が、横からのぞき込むようにぼくを見て、耳元で畳み掛けてくる。
 圧がすごい。

「好きだよ、好き。結婚を承諾するくらいに、真剣に好きだ」
「死んでほしくないと思うくらいに、好きでしょう? ぼくが猫になっても、兄上は愛してくれましたが。陛下がどんな姿になっても、好きでしょう? ただ息をしているだけでいい、そう願うほどに、好きでしょう? それは家族の愛と匹敵するくらいの、なのではありませんか?」

「もちろん、チョンが言うように、陛下のことが好きだ。でも、死んでほしくないというのは…陛下はもちろん、たとえばラヴェルや、セドリックたちにも当てはまる。…たとえ陛下が、猫の呪いを受けたとしても。好きを損なう要因にはならない。できれば、息災であってほしいが。バミネの脅威にさらされている中にあっては、ただ息をしてくれるだけでいい。そう願う気持ちがある」
 そこまで話して、ぼくは。ふぅと、大きく息をついた。

「でもね、チョン。僕は。わからないんだ。その想いがあれば、愛していると言っていいの? すっごい愛しているに、認定されるの? どれくらい想いがつのれば、それを愛と、言って良いのだろうな?」
 ぼくは、陛下を愛している、と思う。
 でも、それは真実の愛なのですか? 最高の愛なのですか? と、アイキンに突きつけられているような気がしているんだ。
 つか、マジで…愛ってなんですか?

 陛下を救える愛の力って、どういうものなのですか?

「…兄上の、自分の子供とも言えるような、衣装、作品を。陛下のために、切り刻もうとしたではありませんか。それはもう、愛していると言っても、いいのではありませんか?」
「そう…か。うん…」
 チョンが言いたいことはわかるのだ。
 愛を知らないと言うけれど、ぼくの中にはちゃんと愛はあるのだと、一生懸命教えてくれているのだ。

「愛していないと思うなら、陛下とは離婚してください」
「えぇ?」
 どうも、ぼくが納得していないようだと感じ取ったチョンは、少し拗ねた低い声で言った。
 また、極論を言ってきたよ、この子猫は。

「陛下のことを、マックスで愛していないのなら。家族的にマックスで愛している、ぼくのそばにずっといれば良いのです。一生、ぼくと兄上と母上とで暮らしていきましょう?」
「嫌だよ。陛下がいらないとおっしゃるまでは、僕は陛下のそばにいると誓ったのだから」

「ほら、それが本音でしょう? 愛とか好きとか誓いとか、一緒くたでぐちゃぐちゃだから、自分の気持ちがわかりにくくなっているだけなんですよ。兄上は、難しく考え過ぎですっ」
「くっそぅ、生意気な黒猫めっ」
 そばにある、その小さい頭をグリグリと撫でてやる。弟に諭されてしまった。

 でも結局のところ。愛がなにかなんて。自分で気づかないと、本当には、己の中に落とし込めないのだ。
 アイリスやチョンに、ぼくは陛下を愛していると言われても。
 書物にある、まことしやかに書かれていることを参考にしても。
 それはたぶん、自分の『愛してる』ではなくて。
 自分で納得する、なにかがないと。きっと本当の『愛してる』ではないような気がするのだ。

 だから、ぼくは。
 永遠の愛を誓う、とは言ったけれど。

 陛下自身に『愛している』とは言えなかった。

 なんで、言えなかったんだろうな?
 心にとげが刺さっているみたいに、痛くて。ぼくは、すっごく後悔している。
 忘れ物をしてしまった。そんな気持ちで、やるせなくて。
 体の中に、取れない重しがあるようで、苦しくて仕方がなかった。

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