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72 ラストダンスは死神と ①

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     ◆ ラストダンスは死神と

 ぼくは陛下と、甘々蜜月ラブな日々を送っていたが。
 月末は、さすがに追い込みになって。衣装にかかりきりになってしまった。
 そんなぼくを、陛下も気遣ってくれて。顔を見せたら、すぐにいなくなるような感じになる。

 おい、王に気を使わせんじゃねぇよ。
 つかっ、ぼくの癒し、もうちょっと満喫させてくださいぃィ。
 と、げっそりと頬のこけたゾンビ顔で、手を伸ばすが。無情にもその手は陛下に届かないのであった。パタリ。
 そんなこんなで、えぎえぐと泣きながら、チクチクしていたのだけど。
 三月三十一日。ぼくは完璧な婚礼衣装を作り上げたのだ。
 そう、これは婚礼衣装だ。

 ぼくは、陛下の死に装束など作らないっ。

 サロンで、仕立ての最終確認を、陛下にしてもらう。
 袖を通してもらい。ラヴェルと一緒になって、陛下に衣装を着つけていった。

 ボタンを留め、肩の位置やすそ周りを整え。丁寧な手つきで、陛下の身を飾り立てていく。
 そうして、一部の隙もない容貌風姿を目にした、ぼくは。
 感動に打ち震える手で。陛下の前に、姿見を置いた。

 鏡の前に立った陛下は。夢の中のような、ぼんやりした顔つきで、鏡の中の、己の姿をみつめていた。
「素晴らしい出来栄えでございますね、陛下」
 ラヴェルが、なにやら涙目で、陛下に賛辞を贈る。
 もう、ラヴェルは大袈裟な感激屋さんだな。そんなにぼくの衣装を褒めるなよ、えへ、えへ。

 とはいえ、ぼくも大満足な出来だ。

 最初、ぼくは。騎士服を参考にして、衣装作りを進めていたのだが。
 もう、ぼくの独断で、デザインを大胆に方向転換した。最っ高ーに、きらびやかに。華やかにね。
 だって、陛下は存在自体がきらびやかでゴージャスなのだから。それに衣装が負けたら、駄目なわけだ。

 全部、白地に白糸で、なんて指示も。無視無視。

 衣装は、いわゆる軍服調ではなく。和風と洋風をかけ合わせた、ちょっとコスプレ寄りの、創作デザインだ。
 礼服であるので、スタンドカラーは外せないが。えり、裾の折り返しなどには。黒地に、王家の紋章の刺繍を、金糸で縫いつけている。
 首から肩にかけては、金モールなどで、豪華に装飾し。陛下の厳格さを引き立てる、仕様だ。
 オリジナル創作部分は、和装の直垂ひたたれのように、前身ごろの刺繍をたっぷりと見せるように、一面を多く取ったところだ。
 前面にはフェニックスの刺繍が堂々と施されているので、模様の邪魔にならないよう、ボタンなどの装飾はない。
 右寄りにある、隠しボタンやひもなどで、結ぶ様式だ。

 上着は、ももの中ほどまでの長さがある。
 立ち襟の装飾と同じ、黒地に金糸の王家の紋章の入った帯を作り、剣を携える剣帯なども用いて、腰でゆるく留める。
 スリットではなく、脇は、重ね着みたいに、合わせた部分が開くので、足の動きを制限させない。
 その重なり合う部分には、シフォンの柔らかい生地が、アクセントにつけられていて。ダンスでターンをしたときなどに、軽やかさを演出するだろう。

 そでの部分は、振り袖ほどではないが、幅広で。袖口の部分をかっちりした素材で作ったので、手首があらわにならないよう、どっしりした重みを持たせている。
 ズボンももちろん、衣装と同じ生地で作ってあるよ。

 どうよ、どうよ? 白を基本にこれほどのゴージャス感を出したぼくっ。
 精も根も尽き果てたぜっ。

「陛下、動くと。なんか刺繍の鳥も、動いているように見えますよ?」
 シヴァーディの声に、陛下が振り向くと。刺繍がきらりと光る。

「本当だ。浮き上がったり、羽がくねくねして見える。そげぇな、クロウ」
 セドリックも、感嘆の声を上げた。

 そうなんです。ぼくは刺繍にも、金糸と薄青の糸を使っちゃったんだもんね。
 今回、縁取りや、シフォンなど。白に近い、控えめな薄青を、アクセント部分に使用している。

 白一色では映えなかったり、立体感を出せなかったりしたが、薄青を足すことで、かなり刺繍の立体感を出せるようになり。鳳凰が、より浮かび上がるように見せることができたのだ。

「そうです。このお衣装は、動くことで、より魅力的に見えます。陛下がダンスで舞うたびに、胸の鳳凰も鮮やかに羽を広げるのです」
 ひつぎにおさまり、微動だにしないものに。この衣装は相応しくない。生きて、動いて、きらめく御仁のための、お衣装なのだ。

「クロウ…これは…」
「恐れながら。陛下、僕は。陛下のお姿を初めて目にしたとき、御身を、より輝かしく見せる衣装を作りたいと思った…その気持ちのままに、衣装を仕立てさせていただきました。元の指示とは、違う出来栄えではありますが。陛下と僕の婚礼衣装なのですから、僕が好きに作っても、構いませんよね?」

 陛下も、最初は白地に白糸で、指示通りに作れとおっしゃっていた。
 だから、その豪華絢爛な衣装に、驚きを隠せないのだろう。

 でもそれは、死に装束の指示であって。
 だからぼくは、ぼくの思う婚礼衣装を、思うままに作り上げたのだ。

 波打つ、王の黄金の髪が、胸の上で揺れると。シルクの白糸と金糸が、キラキラと輝いて。王の神々しさを際立たせる。
 立派で男らしい体躯を、存分に大きく見せ。
 気品と威厳のオーラが、四方に放たれているかのようだ。
 ぼくはよく、物語の王族の姿を、脳内で映像化したけれど。

 想像した、どんな英雄たちよりも。陛下が一番、まばゆく、御美しい。

 あぁ、本当にお似合いです。
 感無量で、涙が出そう。お衣装を汚してしまうから、泣かないけど。

「イアン様…とても…」
 だけど。死に装束という意識が、どこかにあって。
 この衣装を身につける陛下を、褒めたりするのは。違うような気になってしまって。言葉に詰まる。
 その気持ちを、陛下は察してくださった。
「言葉など、いらぬ」
 陛下は、腕を上げ下ろし、したり。その場でくるりと、回ったりして。どこにも不都合のないことを確かめ。
 ぼくに笑顔を向けた。

「よくぞ、ここまでのものを作り上げたな。おまえが以前言ったとおり、動きの制限もなく、着心地が素晴らしい。なにより、この刺繍が見事だ。まるでフェニックスが、胸の上から飛び立ちそうなほどに、躍動感があるではないか? 我は、とても満足している」

 王の誉め言葉に、ぼくはただただ恐縮する。
 仕立て屋冥利に尽きます。
「あ、ありがたいお言葉です。イアン様」
「城下に店を出せ。我が許す」

 柔らかい表情で、笑いかけられ。
 感激のあまり、大粒の涙をこぼしてしまった。
 もう、お衣装が汚れたらまずいから、一生懸命涙をこらえていたのにぃ。
 泣かせにかかっていますよね? 陛下。
 こんなの、我慢できないよ。

 以前、ぼくは。ぼくがこの島に店を出したら、人々も集まって。いずれ島が賑やかになる。そんな夢を陛下に語った。
 のんきに、婚礼衣装を作っていると思っていたときの話だ。

 今では。バミネをなんとかしなければ、実現不可能な夢物語と化した。

 それはわかっていたが。陛下がぼくの夢を叶えようとしてくれている、その優しいお心は、伝わっている。
『城下に店を出すなら、我が余程、満足する衣装を作り上げなければならないな。腕前を見せてもらうぞ?』と、あのとき陛下はおっしゃった。

 陛下…陛下とぼくの婚礼衣装、お気に召していただけたってことですよね?

 婚礼衣装…衣装…。
 このあと、陛下とぼくは、エントランスで結婚式の予定なのだけど…?
「あぁっ! い、イアン様っ。僕の婚礼衣装を作るの、忘れていましたぁっ」

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