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69 心のよすが(イアンside)

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     ◆心のよすが(イアンside)

 クロウを残して死にゆく運命を、嘆く日々は。永遠のようでもあり。刹那せつなのようにも感じる。
 ある日は、城の敷地内を散策し。騎士の目を盗んで、路地の陰に隠れて、彼の痩躯そうくを情熱的に抱き締めたり。
 ある日は、森の中で。ゆるりと手をつなぐだけの、優しさに満ちたひとときに、心を和ませた。

「…たまに、青い鳥を見かけるのだ。鉄のような光沢があって、鮮やかで、美しいぞ?」
「青い鳥? 見てみたいです」

 好奇心のあるクロウは、我の言葉に、ぴかりと瞳を輝かせる。
 その、無防備な笑顔が、我の心をいつも癒してくれるのだ。
 可愛らしくて。守りたいのに、支えられている。そんな感じだ。

「あぁ、この森に生息しているのだろう。ほら、あの枝に、リスがいるぞ」
 指し示す先に、首をキョロキョロさせるリスがいたのだが。
 クロウがみつけ出す前に、どこかへ行ってしまった。
 しょげ返る彼の表情、残念そうな目の色や、口をへの字にするところが、印象的だ。
 クロウはそれほど、派手な容貌ではないのだが。表情はよく動く。
 それが、見ていて飽きないというか。いろいろな彼の表情を見たいと思ってしまう。
 いつまでも。いつまでも…。

 悲しげなクロウに、慰めのキスを贈る。
 最初は、優しい、触れるだけのくちづけ。だが、次第に燃え上がってしまい。
 吐息を奪うほどに、熱く、くちづけるたび。離れたくないと、切実に思う。

 彼と触れ合うたびに、我は、内に潜む、野蛮な本能を思い知らされた。
 もっと、深く。もっと、淫らに。クロウを引き裂くほどに。抱き潰すほどに。彼と交わりたい。混ざり合いたい。そう思ってしまう。

 だが、どんなに荒れ狂った、血迷ったキスをしても。クロウはやんわりと受け止めてくれる。

 我は。クロウによって、美味で、刺激的な、悦楽をもたらす触れ合いにいざなわれるのだ。
 だが、彼のすがる手を強く感じると。クロウのことだけを、愛する者の幸せだけを考えてやれない、王のごうを背負う己が、忌々しくて…。
 そんな、甘さと苦々しさが交互に訪れる、毎日だった。

 クロウが手掛ける衣装が、出来上がりに近づくにつれ。自分で作り上げろと命じたくせに、その衣装を引き裂いてしまいたい衝動に駆られる。

 あの衣装は、クロウがネックレスをバミネから取り返すために、必要なもの。
 そう思って、感情のままに動くようなことはなかったが。

 クロウも、我と同じ気持ちがあるようで。

 サロンに行くと、衣装がかかる人台の前で、ハサミを手に、思い詰めた顔つきで立ち尽くすクロウを見ることがあった。
 だが、そんな彼を目にすると。我の心は、逆に凪いだ。

 己の死に、心を痛める者が、確実にひとりはいる。
 それを実感すると、我の心には幸福感があふれた。

 幼くして即位したあとから、今まで。どうにもならない状況下で暮らしてきたから。生きること、それ以上を望む心も、枯れ果てている。
 だから、クロウという存在が我をみつめる、ただそれだけで、我は充分満たされるのだ。

 我が顔を出すと、クロウは仕事の手を止めて、我とともに過ごす時間を作ってくれる。
 手を止めなくても。クロウが仕事をしていても。我は、別に構わない。
 彼が思いを込めて縫物をする姿も、好きだから。
 仕事をする彼の、真剣な表情も、好きだから。

 ただ、なるべく、そばにいたいだけだから。

 優しい時間を、クロウと共有したいだけ。
 でも、クロウは手を止め、我の近くに少しでもいようとするのだ。

 そばにいてくれるのは、それはそれで嬉しいのだが。
 我といる時間を、クロウが作るということは。その時間を、他のところから取ってくるしかないということ。

 彼が寝る間を惜しんで、無理をして、衣装作りをしているのだと。わかっていた。

 日に日に、疲れがにじんでくる顔つきを見ていれば、察せられることだ。
 それでも、離せなくて。
 彼と寄り添う時間が欲しくて。
 一分、一秒でも長く、一緒にいたいと思ってしまう。

 だけど、やっぱり疲れているのだな。
 カウチに、ふたり並んで座っていたら。クロウはいつの間にか、我の肩に寄り掛かって、寝てしまった。

 だいぶ気温が、温かくなってきているから。今は、暖炉に火がついていない。
 麗らかな春の日が、部屋の中に射し込んで。のどかなぬくもりが、室内に広がっているから。火がなくても心地よかった。

 そして、我の肩を温めてくれる、クロウの重みは。幸せの重み。格別だ。

 日向ぼっこをしていた黒猫が、クロウが寝てしまったのに気づいて、我たちの前に歩いてくる。
 飼い主に声をかけようとするのを、我は人差し指を口に当てて、止めた。
「静かに。起こすのは、忍びないだろう?」
 少し口を開けて、今にも、あの甲高い声を出そうとしていた黒猫は。
 我の言葉に。口を引き結ぶ。

 おかしな猫だな。我の言葉が通じているみたいだ。

 黒猫は、ソファセットの小さなテーブルの上に乗って。前足をきっちりと揃えて座り、我とクロウを黙って見ている。
 黒猫…チョンは、最初から我を敵視して、全然可愛くなかったが。
 思えば、クロウを大事に想う同志である。
 そんな子猫に。我は、言葉をつむぐ。
 理解などしなくて良いのだ。ただ、言葉に、彼への想いを乗せたかっただけ。

「なぁ、チョンよ。恋というのは、楽しくて、癒されて、温かくて、胸が弾むものだが。痛くて、苦しくて、つらい方が多いな。だが、クロウは、我にとって、心のよすがだ。苦しくても。そばにいたい」

 王として、威厳を保つように、教育されてきた。
 弱音など、決して、誰にも、告げられなかったが。
 猫相手だと、ぽろぽろと本音が漏れてしまう。
 でもそれは。思いがけなく、心の重しが取れるような効果があった。

「我は。クロウを愛しているのだ。おまえの飼い主を、このように苦しめ。疲れさせるばかりの、愚かな我を、許してくれ、チョンよ」
 いつも。我に、文句のような鳴き声を発する黒猫だが。
 うたた寝をするクロウを、気遣ってか。今回はなにも言わずに、窓辺に歩いていってしまった。
 日のさす窓の外をみつめ。我に背を向ける猫は、黒くて長い尻尾をパタリと動かすだけだ。

 ふたりの時間をくれてやる、とでも言っているのか?

 空気を読むが。なんとなく偉そうだな、チョンよ。
 クロウと猫と、我の。奇妙な三角関係。
 やはり、このほのぼのとした時間は、我のかけがえのない宝物だ。

 さて。いつも真面目に、仕事に取り組んでいるクロウが。こうして手を止めて、我のそばにいようとするのは。
 おそらく、死に装束を作っているという、後ろめたさがあるからなのだろう。

 クロウは、我の願いを叶えようとして、辛苦の想いをのみ込んで。それでも一生懸命手を動かしている。可哀想に。
 だがこれは、クロウのためにもなることだから、頑張ってもらわなければならないのだ。

 せめて、負の物を手掛けるという意識だけでも、拭い去ってやらなければな。

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