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56 王城へ至る道 ②(クロウside)

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     ◆王城へ至る道(クロウside)

 陛下は、王幾道の説明を丁寧にしてくれた。
 砂洲というのは、前世の日本のどこかに、そういう現象があると聞いたことがあった。
 とても珍しいのだが、どういうものかは、だいたい頭の中に浮かんでいる。
 あと、フランスの、さん…もん…もん…。モンサンミッシェルも。
 孤島の上に修道院があるが、潮が引いて現れた海底を、歩いて、巡礼者が島へ渡ったという話があった。
 公式はそれを参考に、この王城を設定したのかもしれないな。
 見た目も、海の上に城が建っているように見える感じが、すっごく似ているしな。

 けれど、公式が、数年で設定した世界だけど。
 ぼくは今、何百年もの歴史をしっかりと築いてきたカザレニア国の上に立っているのだ。
 それって、なんか不思議な感じだな?

 そして、陛下は。この道を通って、逃げてしまいたい。と、非常につらそうなお顔で言った。

「そんなに、結婚が御嫌おいやなのですか?」
 以前、結婚は人生の墓場などと言う者がいる、と言ったぼくに。
 陛下は、婚礼衣装を作るぼくは、墓場に案内する死神だ、みたいなことを言った。
 それを、なんとなく思い出したのだ。ぼくを死神と称するほどに、逃げ出したくなるほどに、陛下は結婚が御嫌なのだろう。

 まぁ、他にも。バミネに孤島に閉じ込められているのだから、逃げたいと思うのは当たり前だろうし。
 バミネが王座を狙って、なにをやらかすかわからない、そういう不安もあるのだろうけど。

 たずねたぼくを、陛下は、少し驚いた顔でみつめた。
 あ、変なこと言っちゃったかな?

 ぼくは。陛下に、恋をしちゃったと思って。でも、そうすると、陛下の結婚話が気になってしまって。無意識に、ずーっと、そのことを考えていたのかもしれない。

「あぁ、嫌だな。顔も見たことのない相手と、結婚など。考えられぬ」
 苦笑して、陛下はそう言った。
 なら、案外、的外れではなかったのだろうか? だったら、ちょっとホッとしたけど。
「そうですねぇ…お気持ちは、わかります」
 前世では、自由恋愛が謳歌されていた。
 だから、ぼくも。顔を合わせたことのない相手と結婚とか、考えられない。

 つか、それ以前に、恋人など、出来たためしはないけどねっ!

「顔を見たこともない相手ではなく。我は今、おまえを好いているのだ。だから、尚更、考えられぬ」
 そう言って、陛下はぼくの手を取り、指先にキスした。

 ひえぇっ?

 え、なにが起きた?
 目を開けたまま夢を見ている?
 それぐらい、リアリティーがないんですけどぉ?

 つか、好きって言った? よね? 
 ぼくを? モブのぼくを? まさか、恋愛的な好きではないですよね?

 でも、好きと言ってから指先にキスしたから、そういう意味か。
 え? 指先に、温かい陛下の唇が触れたよ?
 や、柔らかかった…。感触が、なんだかよくわからないけど。チュッて、なった。
 うっぉぉぉぉ、語彙力ゼロすぎるぅ。

 じゃなくて、本当に恋愛的なやつ?
 マジか。え? ぼくはモブですよ? 正気ですか? 陛下。

 いや、でも。王城の中には、きらびやかな美形の人物ばっかりで。美々しい人たちを、毎日見てきたから、のっぺり顔のモブが、逆に新鮮だったりとか?
 毎日ステーキじゃなくて、たまにはお茶漬けが良い、みたいな? そういうことなのですか? 陛下。

 いや、しかし。それでは陛下の美的センスが疑われてしまうのでは?
 陛下のお気持ちは嬉しいが。早々に、審美眼を正常に戻された方が良いと思われます。陛下ッ。

「…なんだ、その。単純に驚いたり。我の正気を疑ったり。なんか思いついたり。可哀想な子を見るように憐憫を漂わせたりする、顔つきは? というか、最後の憐れな顔つきは、なにをどう思ってそうなったのだ?」
「僕の心情が、どうしてそのように、的確におわかりで?」

 すごいです、陛下。もしかして、魔法ですか? 超能力ですか?
 と思っていたら。じろりと睨まれてしまった。
「全部顔に出ているぞ」
 そんな馬鹿な、と思い。ぼくは手のひらで、頬をムニュムニュさすった。

「…それで、おまえは我をどう想っているのだ? 偏屈で、悪戯ばかりする王は、嫌いか?」
「嫌いだなんて。おっ、お…」
 これ、言ってもいいやつ?
 ぼくは、もちろん陛下が好きだけど、その気持ちをさらけ出しちゃって、大丈夫なのか、よくわからなかった。
 王への不敬とか、そういうのにならないのか?
 なんか基本的なことがわからなくなった。

 だって、指先にキスで、もう、頭がバーンなのにぃ。
 目がグルグルで、顔が熱くて。のぼせて。よくわからないけど。

 でも、ぼくをみつめる陛下が。すっごく心配そうな顔をしている。
 不安そうな、そんな顔を、いつまでも陛下にさせられないではないか。
 ここは、やはり。自分の心を正直に、ちゃんと打ち明けるべきだよな。うん。

「お、お慕い、しておりますぅ…」

 言ったっ。言ったよ、ぼくっ。
 人生、初告白。

 モブなのに王様に、初告白。

 釣り合わなーい、相応しくなーい、身分違いはなはだしーい。
 でも公式っ、怒らないでっ。これはぼくの気持ちだから。
 陛下とどうにかなるなんて、マジで考えてないから。

 ほら、陛下に嘘はつけないじゃん? だから、正直に言いましたっ。
 心の中で、ぼくは盛大に言い訳を、並び連ねました。だから、怒らないでぇ。

「それは、触れてもいい、という意味か?」
 そう、ぼくに聞いた陛下は。ぼくの唇にキスをした。

 ええええぇっ、まだ返事してないんですけどぉ?

 陛下の麗しいお顔が、ズイッと近づいて、ゼロ距離になった。ゼロ…。
 唇が、リアルタイムで触れています。感触が、わっわっ。
 陛下の大きな手が、ぼくの頬を包み込んで、わっわっ。
 優しく髪を撫でてくれて…気持ち良い。
 海風と、陛下の香りが混ざって、すごくいい匂い。
 でも、あとはもうわからない。失神寸前で。無理ぃ。

 返事、返事は…ま、もう、いいか。もう、キスしちゃっているし。

 でも、いいの? これ、本当にいいの?
 だって、陛下は。もうすぐ誰かと、結婚するんだよ?
 その前に、ぼくなんかと…男とキスとかしちゃって、いいの?
 陛下が、けがれてしまったり…しない?

 そう思ったら。怖くなって。
 カザレニアの国王である陛下を、崇高な方を、ぼくが汚すことになってしまったのではないか、と思ったら。
 申し訳なくて。恐れ多くて。

 ぼくは、涙ぐんでしまった。

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