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番外 モブの弟、シオン・エイデンの悩み ④
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モグラを狩猟する誘惑に耐え、ぼくがサロンに戻ると。ちょうど、ラヴェルが昼食を運んできているところだった。
ラヴェルのことを、ぼくは、あまりよく覚えていない。
小さい頃に、遊んでもらっていたと、兄上は言うけれど。遊び相手の記憶は、兄上しかないな。
ラヴェルは、ぼくたちが公爵家の別邸に住んでいたとき、世話をしてくれた、執事見習いだったらしい。
そう言われたら、薄っすら。覚えているような?
でも、印象は少ない。
それよりも、彼が兄上を敬愛の目で見ることが。なんか、やだ。
彼的には、兄上は主人のようなものらしいけど。
兄上は、傅かれるべき人物ではあるけれど。なんか、やだ。
やっぱり、ぼくとしては。兄上は、ぼくだけの兄上でいてほしいのだ。
独占欲だ。ひとり占めしたいのだ。
ぼくと兄上の間に、誰も入ってほしくないのだ。ラヴェルも、陛下も、シャーロットもっ。
「クロウ様、陛下がお話があるということなので。昼食のあと、外出の支度をして、玄関前まで出てきていただけますか?」
「…陛下が? わかりました」
ラヴェルの言葉に、ほんのりと頬を染める兄上は、美しい。
いつもの凛としたたたずまいが、ゆるりとほどけて。引き結んでいた唇が、ふんわりほころび。切れ長の目元が、優美にゆるむ。
その兄上の顔を見て、ラヴェルもハッと息をのんだ。
「大丈夫ですか? クロウ様。陛下に無体なことを、されてはいませんか?」
「無体? そのようなこと、陛下はいたしませんよ。とてもお優しい方ですから」
ぼくもラヴェルも、クソ陛下が兄上に剣を向けたことを知っているので。眉間にしわが寄ってしまう。
優しい方では、絶対ないですからね、兄上っ。
「陛下に、忠誠を誓ったと。セドリックから報告を受けましたが…」
「はい。剣を持たぬ僕が、そばにいても。大したことはできませんが。そばにいることで、少しでも、陛下のお心を癒せたらと思って。王城での滞在を、許してもらったのです」
「クロウ様には、大きな英知があります。陛下が孤島から出る助けになっていただけたら、私も嬉しいです」
「英知、なんて、大袈裟だけど。うん。どうやったら陛下をお救い出来るのか、そこも考えていけたらと思っているよ」
「心強いです、クロウ様」
ラヴェルは、陛下の執事でもあるから。陛下の窮状を救ってくれるかもしれない兄上に期待するのだろうけど。
そんな簡単なことじゃないと。猫のぼくでも、わかるよ。
ラヴェルが退室して。ぼくと兄上は自室で昼食を取る。
スープとミルクを合わせたものを、ぼくは飲む。
スープの中に玉ねぎが入っている。ネギ系は猫が死んじゃうから厳禁だけど、ぼくは純粋な猫ではないから大丈夫だ。
「兄上、衣装の仕立てが終わったあとも、この孤島にいる、ということですか?」
「うん。そう決めたんだ。チョンは、ここにいてもいいし、本土に帰ってもいいし。考えておいて? ここでの危険はもうないから、ボディガードとして、そばにいなくても大丈夫だよ?」
「なにを言っているのですか? バミネに危害を加えられる可能性は、まだあるのですよ? ここに滞在することも、あのバミネが許すかどうか…」
「バミネなんか、関係ないじゃん。僕は僕の意志で、ここに残るんだ。陛下のお許しも貰ったし。あぁ、もちろん。ペンダントを返してもらって、チョンの呪いを解いた、そのあとの話だよ?」
「本土での仕事は?」
「縫物は、どこでもできる。生地を運んでこられれば、ここで開業してもいい。あっ、いいアイデアじゃね? ジェラルド商会の王城支部を作ろう」
「僕は、兄上から離れませんからね?」
スープをたいらげて、ぼくは丸い手で、口周りを綺麗に舐める。
「そうか? それはそれで、僕は心強いから、嬉しいよ。でも、僕の我が儘に付き合わなくてもいい。シオン、人型に戻ったら。学園に入学することも、できるかもしれないんだから。この先のことも、よく考えるんだぞ? おバカな兄ちゃんの面倒を、いつまでも見ていなくてもいいんだから」
おバカだなどと、なにを言っているのか。
兄上が秀才であることは、よくわかっている。
兄上が本気になったら、王宮の官吏でさえ、余裕でなれるはずだ。
ぼくの学力も、すでに学園で学ぶ以上のものを、兄上から叩き込まれている。
どりる、という。兄上が作り出した、問題集は。ヤベェ。
「…で、兄上はやはり、陛下が好きだから、そばにいたいのですか?」
昨夜の質問を、改めてしてみる。
つか、つまびらかにしたくねぇ…。
「シオンに言われて、昨日じっくり考えてみたんだけどぉ…僕、陛下のこと、好き」
語尾にハートマークがついたッ。
はにかんで、えへっと笑うの、可愛いけど。可愛いけどぉ…。
「でもさ、でもさ。陛下は王様。それはわかっているよ? 恐れ多いと思っているし。うまく、いきっこない。それは、シオンが言ったとおりだと思う。でもね。そういう気持ちとは別にさ。僕は、陛下の助けになりたいんだ。この孤島から、僕の力だけで、陛下を救い出せるなんて。そんな大それたこと、考えていない。それよりも僕は、陛下のお気持ちを癒したいと思って。僕のそばにはチョンがいて、すっごい心強いんだけど。僕にとってのチョンのように。陛下にとって、僕が、チョンのような心強い味方に、なれたらなって…」
違うのです、兄上。うまくいきっこないなんて、そんなことない。
だって、陛下はもう。兄上のことを好いている。それを感じます。
王様だろうと、誰だろうと、兄上が好意を寄せるなら、きっとうまくいく。
だって、兄上はこんなにも、魅力的な方なのだもの。
でも。ぼくは、それが嫌で。
兄上が、ぼくから離れていくのが嫌で。
うまくいかない。傷つくだけだ、なんて。心にもないことを言ってしまって…ちょっと意地悪でした。すみません。
その気持ちは。言いませんけど。
敵に塩を送るようなことは、いたしませんけど。
意地悪だけど、兄上を離したくないから、いっ、言いませんっ。
こうなったら、ぼくはとことん邪魔をします。陛下と兄上を、ふたりきりになどさせませんからねっ。
昼食を終えた兄上は、ラヴェルの言うとおり、外出の準備をする。いつもの黒マントをまとって、玄関を出ていった。
庭先で、陛下と、その護衛のシヴァーディが待っている。
陛下は、王城の中では、シャツにズボンという軽装が多いが。
今は、刺繍された立ち襟の、上質な濃紺の上着を身にまとっている。黒ズボンに長い黒ブーツ。舞踏会で着ていてもおかしくない、きらびやかな礼装で。
兄上などは、陛下に見惚れちゃって、ぽやーんとしている。
「兄上、しっかりしてくださいっ」
ひとつ、鳴くと。兄上はハッとして、意識を取り戻した。
あぁ、やっぱり、どこかへ行っていましたね?
「…では、行くか」
陛下は兄上の手を引いて、庭を横切っていった。
つか、なに、ナチュラルに手を握りやがっているのかなぁ?
ぼくは、フンと鼻息を鳴らし、ふたりと、シヴァーディのあとについて行く。てちてちてち。
庭を出て、王家の紋章入りの門をくぐっていく。石畳の、なだらかな坂を下っていくうちに、また門をいくつかくぐって。そして一番大きな門にたどり着く。
この島に来たときに、見ていたからわかるが、ここを出たら、城下町へ降りていくことになる。
城の外に、出るのか?
高くそびえる、王城を守るように囲む、防御塀。シヴァーディが、その鉄の門を開け。ふたりは外へ出た。
ぼくも行こうと思ったのだけど。
いきなり、空に浮かんだ。
というか、誰かにひょいと、抱き上げられたのだ。
「いってらっしゃいませぇ、陛下、クロウ様」
ぼくを抱き上げたのは、アイリスだった。
おまえっ、またどこから現れた?
アイリスが兄上と陛下に、ひらりと手を振り。シヴァーディが門を閉める。
ガガーンと、島中に鳴り響く大きな音が鳴り、門は閉ざされた。
うそぉ! ぼくが、兄上について行かないと。邪魔しないとっ。
「今日は、陛下とクロウ様の、最大のイベント日よ? 誰も邪魔しちゃいけないの。もちろん、私もね?」
くふっ、と。アイリスは口元に手を添えて、小さく笑った。
つか、イベント? それはなんのことだ?
よくも邪魔をしてくれたな? アイリス。いつも変なことばっかり言いやがってぇ。
文句が次から次へと脳内にあふれかえる。
もうっ、追いかけたいけれど、猫の姿では、この門を開けることが、できないじゃないかっ。
「さぁ、シャーロット様がお待ちかねですよ? 行きましょう、チョン様」
門に背を向けて、アイリスは王城へ戻っていく。
いーやーだー。兄上の邪魔をするんだぁ。
ぼくは、アイリスの腕の中でワタワタするけれど。彼女は絶妙な力加減で、ぼくを抱き続けた。
おまえ、もしや猫飼いの経験があるな?
この島に来たとき、飼えなかったとか言っていたような気がするが?
「ねぇ、チョン様。昨日、陛下がクロウ様の頬をムニュムニュしていたじゃありませんかぁ? 私、あれを見て。無性にプリンが食べたくなってしまったの。あの、プルプルほっぺが、プリンを連想させるのよぉ。本当は、大福が食べたいんだけど、ここにはないしねぇ? あっ、アルフレド様に、プリンを作ってもらいましょう? そうだ。お庭でプリンパーティするのも、いいわねぇ?」
スキップしそうな勢いで、アイリスはルンルンだった。
くっそう、ぼくだって、兄上のほっぺをムニムニしたことは、まだないのにぃ。
ぼくは、アイリスに抱っこされながら、憤っていた。
ちょっと、俯瞰してみれば。
兄上のお相手が、この国の王様というのは、すごいことだ。陛下が、兄上を大事にしてくださるなら、それは、良いこと。これ以上の相手なんか、いない。
でも、ぼくは嫌なのだ。
兄上の相手が、この国の最高権力者である陛下だろうと。
その者と結婚すれば、王族の一員となれる…陛下にもしものことがあったら、王配として国の頂点に立てるかもしれない可能性がある、王妹のシャーロットが相手であろうとも。
嫌なのだ。兄上には、ずっと、ぼくのそばにいてほしい。
けれど。初めて恋をした兄上が、あまりにも美しいから。
ぼくのそばにいるだけでは駄目なのだと、思い知らされてしまったんだ。
あんな、いじらしい表情。ぼくは、引き出せないもの。
でも。やっぱ。簡単には、兄上を陛下に渡したくない。兄上は、ぼくの兄上なんだからっ。
うー、悩むなぁ。
ラヴェルのことを、ぼくは、あまりよく覚えていない。
小さい頃に、遊んでもらっていたと、兄上は言うけれど。遊び相手の記憶は、兄上しかないな。
ラヴェルは、ぼくたちが公爵家の別邸に住んでいたとき、世話をしてくれた、執事見習いだったらしい。
そう言われたら、薄っすら。覚えているような?
でも、印象は少ない。
それよりも、彼が兄上を敬愛の目で見ることが。なんか、やだ。
彼的には、兄上は主人のようなものらしいけど。
兄上は、傅かれるべき人物ではあるけれど。なんか、やだ。
やっぱり、ぼくとしては。兄上は、ぼくだけの兄上でいてほしいのだ。
独占欲だ。ひとり占めしたいのだ。
ぼくと兄上の間に、誰も入ってほしくないのだ。ラヴェルも、陛下も、シャーロットもっ。
「クロウ様、陛下がお話があるということなので。昼食のあと、外出の支度をして、玄関前まで出てきていただけますか?」
「…陛下が? わかりました」
ラヴェルの言葉に、ほんのりと頬を染める兄上は、美しい。
いつもの凛としたたたずまいが、ゆるりとほどけて。引き結んでいた唇が、ふんわりほころび。切れ長の目元が、優美にゆるむ。
その兄上の顔を見て、ラヴェルもハッと息をのんだ。
「大丈夫ですか? クロウ様。陛下に無体なことを、されてはいませんか?」
「無体? そのようなこと、陛下はいたしませんよ。とてもお優しい方ですから」
ぼくもラヴェルも、クソ陛下が兄上に剣を向けたことを知っているので。眉間にしわが寄ってしまう。
優しい方では、絶対ないですからね、兄上っ。
「陛下に、忠誠を誓ったと。セドリックから報告を受けましたが…」
「はい。剣を持たぬ僕が、そばにいても。大したことはできませんが。そばにいることで、少しでも、陛下のお心を癒せたらと思って。王城での滞在を、許してもらったのです」
「クロウ様には、大きな英知があります。陛下が孤島から出る助けになっていただけたら、私も嬉しいです」
「英知、なんて、大袈裟だけど。うん。どうやったら陛下をお救い出来るのか、そこも考えていけたらと思っているよ」
「心強いです、クロウ様」
ラヴェルは、陛下の執事でもあるから。陛下の窮状を救ってくれるかもしれない兄上に期待するのだろうけど。
そんな簡単なことじゃないと。猫のぼくでも、わかるよ。
ラヴェルが退室して。ぼくと兄上は自室で昼食を取る。
スープとミルクを合わせたものを、ぼくは飲む。
スープの中に玉ねぎが入っている。ネギ系は猫が死んじゃうから厳禁だけど、ぼくは純粋な猫ではないから大丈夫だ。
「兄上、衣装の仕立てが終わったあとも、この孤島にいる、ということですか?」
「うん。そう決めたんだ。チョンは、ここにいてもいいし、本土に帰ってもいいし。考えておいて? ここでの危険はもうないから、ボディガードとして、そばにいなくても大丈夫だよ?」
「なにを言っているのですか? バミネに危害を加えられる可能性は、まだあるのですよ? ここに滞在することも、あのバミネが許すかどうか…」
「バミネなんか、関係ないじゃん。僕は僕の意志で、ここに残るんだ。陛下のお許しも貰ったし。あぁ、もちろん。ペンダントを返してもらって、チョンの呪いを解いた、そのあとの話だよ?」
「本土での仕事は?」
「縫物は、どこでもできる。生地を運んでこられれば、ここで開業してもいい。あっ、いいアイデアじゃね? ジェラルド商会の王城支部を作ろう」
「僕は、兄上から離れませんからね?」
スープをたいらげて、ぼくは丸い手で、口周りを綺麗に舐める。
「そうか? それはそれで、僕は心強いから、嬉しいよ。でも、僕の我が儘に付き合わなくてもいい。シオン、人型に戻ったら。学園に入学することも、できるかもしれないんだから。この先のことも、よく考えるんだぞ? おバカな兄ちゃんの面倒を、いつまでも見ていなくてもいいんだから」
おバカだなどと、なにを言っているのか。
兄上が秀才であることは、よくわかっている。
兄上が本気になったら、王宮の官吏でさえ、余裕でなれるはずだ。
ぼくの学力も、すでに学園で学ぶ以上のものを、兄上から叩き込まれている。
どりる、という。兄上が作り出した、問題集は。ヤベェ。
「…で、兄上はやはり、陛下が好きだから、そばにいたいのですか?」
昨夜の質問を、改めてしてみる。
つか、つまびらかにしたくねぇ…。
「シオンに言われて、昨日じっくり考えてみたんだけどぉ…僕、陛下のこと、好き」
語尾にハートマークがついたッ。
はにかんで、えへっと笑うの、可愛いけど。可愛いけどぉ…。
「でもさ、でもさ。陛下は王様。それはわかっているよ? 恐れ多いと思っているし。うまく、いきっこない。それは、シオンが言ったとおりだと思う。でもね。そういう気持ちとは別にさ。僕は、陛下の助けになりたいんだ。この孤島から、僕の力だけで、陛下を救い出せるなんて。そんな大それたこと、考えていない。それよりも僕は、陛下のお気持ちを癒したいと思って。僕のそばにはチョンがいて、すっごい心強いんだけど。僕にとってのチョンのように。陛下にとって、僕が、チョンのような心強い味方に、なれたらなって…」
違うのです、兄上。うまくいきっこないなんて、そんなことない。
だって、陛下はもう。兄上のことを好いている。それを感じます。
王様だろうと、誰だろうと、兄上が好意を寄せるなら、きっとうまくいく。
だって、兄上はこんなにも、魅力的な方なのだもの。
でも。ぼくは、それが嫌で。
兄上が、ぼくから離れていくのが嫌で。
うまくいかない。傷つくだけだ、なんて。心にもないことを言ってしまって…ちょっと意地悪でした。すみません。
その気持ちは。言いませんけど。
敵に塩を送るようなことは、いたしませんけど。
意地悪だけど、兄上を離したくないから、いっ、言いませんっ。
こうなったら、ぼくはとことん邪魔をします。陛下と兄上を、ふたりきりになどさせませんからねっ。
昼食を終えた兄上は、ラヴェルの言うとおり、外出の準備をする。いつもの黒マントをまとって、玄関を出ていった。
庭先で、陛下と、その護衛のシヴァーディが待っている。
陛下は、王城の中では、シャツにズボンという軽装が多いが。
今は、刺繍された立ち襟の、上質な濃紺の上着を身にまとっている。黒ズボンに長い黒ブーツ。舞踏会で着ていてもおかしくない、きらびやかな礼装で。
兄上などは、陛下に見惚れちゃって、ぽやーんとしている。
「兄上、しっかりしてくださいっ」
ひとつ、鳴くと。兄上はハッとして、意識を取り戻した。
あぁ、やっぱり、どこかへ行っていましたね?
「…では、行くか」
陛下は兄上の手を引いて、庭を横切っていった。
つか、なに、ナチュラルに手を握りやがっているのかなぁ?
ぼくは、フンと鼻息を鳴らし、ふたりと、シヴァーディのあとについて行く。てちてちてち。
庭を出て、王家の紋章入りの門をくぐっていく。石畳の、なだらかな坂を下っていくうちに、また門をいくつかくぐって。そして一番大きな門にたどり着く。
この島に来たときに、見ていたからわかるが、ここを出たら、城下町へ降りていくことになる。
城の外に、出るのか?
高くそびえる、王城を守るように囲む、防御塀。シヴァーディが、その鉄の門を開け。ふたりは外へ出た。
ぼくも行こうと思ったのだけど。
いきなり、空に浮かんだ。
というか、誰かにひょいと、抱き上げられたのだ。
「いってらっしゃいませぇ、陛下、クロウ様」
ぼくを抱き上げたのは、アイリスだった。
おまえっ、またどこから現れた?
アイリスが兄上と陛下に、ひらりと手を振り。シヴァーディが門を閉める。
ガガーンと、島中に鳴り響く大きな音が鳴り、門は閉ざされた。
うそぉ! ぼくが、兄上について行かないと。邪魔しないとっ。
「今日は、陛下とクロウ様の、最大のイベント日よ? 誰も邪魔しちゃいけないの。もちろん、私もね?」
くふっ、と。アイリスは口元に手を添えて、小さく笑った。
つか、イベント? それはなんのことだ?
よくも邪魔をしてくれたな? アイリス。いつも変なことばっかり言いやがってぇ。
文句が次から次へと脳内にあふれかえる。
もうっ、追いかけたいけれど、猫の姿では、この門を開けることが、できないじゃないかっ。
「さぁ、シャーロット様がお待ちかねですよ? 行きましょう、チョン様」
門に背を向けて、アイリスは王城へ戻っていく。
いーやーだー。兄上の邪魔をするんだぁ。
ぼくは、アイリスの腕の中でワタワタするけれど。彼女は絶妙な力加減で、ぼくを抱き続けた。
おまえ、もしや猫飼いの経験があるな?
この島に来たとき、飼えなかったとか言っていたような気がするが?
「ねぇ、チョン様。昨日、陛下がクロウ様の頬をムニュムニュしていたじゃありませんかぁ? 私、あれを見て。無性にプリンが食べたくなってしまったの。あの、プルプルほっぺが、プリンを連想させるのよぉ。本当は、大福が食べたいんだけど、ここにはないしねぇ? あっ、アルフレド様に、プリンを作ってもらいましょう? そうだ。お庭でプリンパーティするのも、いいわねぇ?」
スキップしそうな勢いで、アイリスはルンルンだった。
くっそう、ぼくだって、兄上のほっぺをムニムニしたことは、まだないのにぃ。
ぼくは、アイリスに抱っこされながら、憤っていた。
ちょっと、俯瞰してみれば。
兄上のお相手が、この国の王様というのは、すごいことだ。陛下が、兄上を大事にしてくださるなら、それは、良いこと。これ以上の相手なんか、いない。
でも、ぼくは嫌なのだ。
兄上の相手が、この国の最高権力者である陛下だろうと。
その者と結婚すれば、王族の一員となれる…陛下にもしものことがあったら、王配として国の頂点に立てるかもしれない可能性がある、王妹のシャーロットが相手であろうとも。
嫌なのだ。兄上には、ずっと、ぼくのそばにいてほしい。
けれど。初めて恋をした兄上が、あまりにも美しいから。
ぼくのそばにいるだけでは駄目なのだと、思い知らされてしまったんだ。
あんな、いじらしい表情。ぼくは、引き出せないもの。
でも。やっぱ。簡単には、兄上を陛下に渡したくない。兄上は、ぼくの兄上なんだからっ。
うー、悩むなぁ。
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