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番外 モブの弟、シオン・エイデンの悩み ③

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     ◆モブの弟、シオン・エイデンの悩み

 兄上の暗殺者疑惑がなくなったことで。ぼくは猫の姿で、王城内を自由に行き来できるようになった。
 兄上の指示で、一日一回は、シャーロット殿下の元へ、行くようにしていたが。

 はっきり言って、面倒。

 後宮では、それほど有益な情報を取れないからな。
 ま、王城の中は、案外平和で。どこに行っても、大した情報はないのだが。
 だから、シャーロットのところへ行くのは。暇つぶしだ。

「チョンちゃんは、本当に可愛いわねぇ? バミネのブタからは、私が必ず守ってあげるからね?」
 後宮の、シャーロットの自室に、招かれて。ぼくは。暖炉の前にあるソファに腰かけている、彼女の膝の上にいる。
 自分で乗ったわけではない。乗せられたのだ。

 殿下の私室は、一階にあり。サンルーフの張り出したテラスが、室内に明るい日差しをもたらしている。
 ぼくが侵入できるので、セキュリティー的にはどうかと思うが。
 一応、賊対策で。殿下の私室の庭は、垣根で囲まれていて、入りにくくはなっている。
 猫のぼくには効かないが。

 ちなみに、バミネのブタ、というのは。アイリスの言葉の真似のようだ。
 アイリス。王妹さまに、変な言葉を教えると、縛り首になるぞ?
 ま、気持ちはわかる。あいつにはぼくも、煮え湯を飲まされているからな。

 兄上は、ぼくの呪いを解くのに、あのネックレスが必要だと言って。本当は、バミネの言うことなんか聞きたくなかったのに、仕方なく王城に来たのだ。
 弟のために、命を懸けて、危険な場所に赴いてくれるなんて。

 兄上はなんて、お優しい方なんだっ。

 ぼくは、自分で呪いを解かなければならなかった。
 人型になれば、少しは魔力を感じられる。
 どんどん、魔力を溜めていければ、こんな呪い、簡単に跳ね除けられそうなのに。
 猫になるとリセットされてしまう。くっそ、歯痒いったらない。
 兄上に負担をかけたくないのに。

 それで王城に来たら…クソ陛下が、兄上を見初めやがった。

 ああああぁぁっ。この日を恐れていたのだ、ぼくは。
 兄上は、とっても魅力的なのだ。
 王族であろうと、誰であろうと、兄上の清楚な美貌と、上品な立ち振る舞いを見れば、一目惚れをするし。
 ちょっと抜けてる、愛らしい性格を知ったら、ギャップで、ノックアウトなのだ。

 兄上には、その自覚がないから、困る。

 鏡の前に立つと、兄上は変な顔をして。よし、今日も安定のモブ顔だ。とか言って、納得しているが。
 兄上。鏡に映った顔と、ぼくたちが見ている貴方の顔は、全くの別物なのです。
 兄上は、十把一絡じっぱひとからげのモブ顔ではなく。誰もがうなずく、魅惑の至宝なのですっ。
 まぁ…兄上が自分の顔に無頓着なのは、今に始まったことではないので。良いのだけど。

 問題なのは、兄上も陛下に恋をしちゃった、みたいだってことだ。

 駄目です。嫌です。許しません。
 兄上は、ぼくの。ぼくだけの、兄上だっ。

「チョンちゃん。お兄様が後宮に来るとね? ルーシーが怒るのよ? 男性はみだりに、後宮に足を踏み入れてはなりませんって」
 ぼくを、ぎこちない手つきで撫でながら、シャーロットは話しかけるていで、愚痴る。
 猫に話しかけるヤバい子になってしまうが、仕方がない。
 彼女が容易に話しかけられるのは、アイリスしかいないからな。

 使用人たちは、王妹である彼女を、主人とみなしているから。馴れ馴れしくできないのだ。
 アイリスは、子爵令嬢であるから。少しは、くだけた話ができる。
 でも、内情の不満を言うのは、気が引ける、ということだな?

 男子禁制の場所に、ぼくがいるのって。ウケるぅ。
 あ、ウケるぅ、は。たまに兄上が言っているので、取り入れています。

 そして、ルーシーというのは。バミネの息がかかった侍女頭のことだ。
 ルーシーは、アイリスの気ままな感じに振り回されているようだ。手を焼いている、みたいな?
 凪いだ湖面に、一石を投じたように。アイリスが後宮に新鮮な風を吹き入れ。孤独に沈んでいたシャーロットや王妃様や、使用人にも明るい光をもたらした。

 ぼくには、得体のしれない、変な女にしか見えないがな。

「まぁ、確かに? クロウ様が後宮に現れたら、ドッキリしてしまうわ? 王城にいる人たちは、みなさん整った顔立ちですけど。クロウ様は、みなさんとは違うタイプの美形で、初めてお会いしたとき、心臓が止まりそうになったもの。男性を感じさせない、天使のような、妖精のような、近寄りがたいお美しさなのですもの。本土には、あのようにお美しい方が、いっぱいいらっしゃるのかしら?」
 ぼくの体を丸く撫でながら、シャーロットは語り掛ける。

 おぉ、見る目があるな、シャーロット。
 そうだ、ぼくの兄上は、とっても綺麗なのだ。
 一見、近寄りがたい、気品を醸すが。話してみると、気さくでとてもお優しい。
 兄上のような、優美で可憐な人物は、本土にも、そうはいないぞ?

 どんなに恋焦がれても、兄上はあげないけどなっ。
 ちょっとだけ美人だが、まだまだ小娘だ。ゆめゆめ結婚など考えるんじゃないぞ!

「でも、お兄様は、男性だけど、家族じゃない? どうして家族が一緒にいては駄目なの? 私、もっとお兄様に会いたいの。あ、でも、チョンちゃんがそばにいてくれたら、寂しくないわぁ」
 彼女の言い分は、もっともだ。
 家族は一緒にいるべき。だから。ぼくは兄上を陛下には渡さないっ。

 決意を込めて、ぼくは拳を握るが。
 丸い手がくにゅっと動くだけで。しまらないな。

「あら? モミモミしてくれるの? ありがとうね、チョンちゃん? あのね、私、来年、学園に入学するの。でもぉ、お兄様はそう言っているけれど。バミネが、私をここから出すとは思えないわ。どうなっちゃうのかなぁ。私、怖いの。チョンちゃん」
 不安を吐露されると。同情してしまう。
 よし。ぼくを強い力でギュッとしたことは、許してやってもいいぞ。
 でも、そろそろ昼食の時間だ。ぼくは兄上の元へ戻る。

 彼女の膝から降り、クワッとあくびをして。窓の隙間から出ていく。
「もう行っちゃうの? チョンちゃん、また来てね?」
 尻尾をブンと振って、挨拶し。ぼくは後宮を出た。兄上の指示だから、また来てやる。

 垣根の下の方をくぐって、住居城館の庭の方へ歩いていく。
 花壇のところで、モコッと。なにかが動いた。モグラである。
 ぼくは、狩猟本能が疼いて、ひげをピクリと動かした。
 しかし、ここはスルーしよう。先日、モグラを捕まえて、兄上に献上したら。怒られてしまった。

 人型のときなら、それが迷惑だとわかるのだ。
 だが、猫のときは。無性に、兄上に、獲物を見ていただきたい、感謝の気持ちを捧げたい、という気持ちになってしまう。
 その心情をおさえられなかった。

「ちょ、チョン!? モグラ? モグラって、本当にいるの? 生きてるの? いやぁぁ、ここで離さないでぇっ」
 もちろん生きております。新鮮です。きが良いですよ?
 どうぞ。とばかりに、目の前に置くのだが。兄上は喜んでくださらなかった。がっかりである。

 兄上は。部屋の隅に逃れようとするモグラを、なんとか捕まえて。二階の窓から捨てていた。
 野生の獣は、案外丈夫だから、大丈夫だろう。
「チョン、君の、僕への感謝の気持ちは、じゅーーーぶんに、伝わっている。なので、以後、献上品は御遠慮願います」
 献上品を捨てられてしまい、ぼくは、悲しい気持ちになったけど。
 人型に戻ったとき、自分のしでかしたことに、ショックを受けた。

 ただただ、喜んでもらおうという気持ちしかなかったけど…生きたモグラはエグイな。

 もしかしたら、ぼくは。真に、猫になりかけているのだろうか?
 そうだったら、怖い。
 人型に戻れなくなったりしたら。兄上に抱きついたり。兄上とダンスしたり。できなくなる。
 シオンと、兄上に呼んでもらえなくなったら。どうしよう。
 この頃、ちょっとだけ、そんなことを悩んでいる。
 今まで、猫と人間の交互生活に支障を感じたことはなかったが。やはり、呪いは早く解くべきだ。

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